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Dの男
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しおりを挟む少し冷めた紅茶を飲んで、ふうっと一息ついた。かなり話し込んでしまったせいで、お昼休憩があと十分しかない。
そろそろ出ましょうと声を掛けて伝票を掴むと、何やら考え事をしていたはずの友藤さんにツイっと指で摘まれて取り上げられてしまった。
「あ、ちょっと。自分の分は払いますからね」
「なんで」
「逆になんでですか。奢られる理由がないです」
「男のメンツを保つため?」
「お金出さなきゃ保てないメンツなんてドブに捨てたらいいと思います」
きっぱりそう告げると、友藤さんはまた吹き出すように笑った。
「朱音ちゃんのそういう所良いよねぇ」
「タダより高いものはないと思ってるんで」
お昼の混雑時にレジで言い合いする程周りが見えていないわけではないので、纏めて精算してくれた友藤さんにお財布から千円札を二枚抜き出して差し出す。
しかしお金ではなく私の手首を掴んだ友藤さんが、ぐいっと自分の方に引き寄せた。
ちゅ、と唇に柔らかい感触。
「今のがランチ代ってことで……って酷い! そんなゴシゴシ拭く?!」
決め顔で鳥肌モノのセリフを言っている男を睨みながら、袖でキスされた唇を拭う。
酷いのはどっちだ。私はこんなことであなたに堕ちたりしない。絶対に。
「最低だしクズだとは思ってましたけど。見境いなさすぎです」
「今の、少女漫画じゃ真っ赤になるところだと思うんだけど」
「生憎、現実世界で同意なくキスをすれば立派な犯罪ですから。強制わいせつ罪。今から警察に突き出してもいいんですよ?」
「……ごめんなさい」
こういう人。こういう人が嫌だから、私は躍起になって『Dの男』を探しているのだ。
しゅんと俯いて反省した振りをしているが、実際のところは怪しい。でもこれだけ冷たく言えば二度としてこないだろう。そもそももう二度と一緒にランチなんてごめんだ。
ここ最近なぜかよく誘われてランチに付き合ってしまっているけど、次からは断固断らなければ。むしろ毎回どうしてちゃんと断れなかったんだろう。
「あ、それから」
隣を歩くのも、変な思考に陥りそうになるのも、赤くなりそうな顔を見られるのも嫌でスタスタと先に行っていたけど、ふと思い出して未だにしょんぼりしている友藤さんを振り返った。
「さっきの話、たとえ話ですからね」
「え?」
「これは就職した時自分で買ったものです」
「……は?」
「祖母はピンピンしてますし、私長女なんで姉はいません」
「……はぁ?!」
今まで一度も見たことないような顔をしている友藤さん。目を見開いて、本当に驚いたようにあんぐりと口を開けている。
きっとさっき神妙な顔をして何か考えていたのは、この万年筆を見るたび私がモヤモヤすると思って、何か言ってあげなくてはと必死に考えていたんだろう。
話の最初に『たとえば』と言っておいたはずだけど、途中から友藤さんが真剣な顔をしだしたのを見て、なんとなく勘違いしているかなというのは分かっていた。
それでもすぐに訂正しなかったのは、その方が『モヤモヤした気持ち』や『独占欲』に囚われている私の感情を理解してくれると思ったから。
でも、こんな間抜けな顔を晒して驚いてくれるとは……。予想外だった。
『ザマーミロ』と心の中で舌を出しつつ、「Dの男が良い理由、友藤さんにわかるように説明するには『恋愛』じゃなくて『情』に例えたほうがいいと思って」と弁解した。
実際、彼は営業職という仕事柄、『人との繋がり』や『情』というものを大切にしている。
だからこそ、こんな下手な例え話をしたんだけど。
「……その万年筆はさ、朱音ちゃんを選んだんだよ」
いつの間にか間抜けだった顔はしゃんと戻っていて、垂れた目が私を優しく見つめている。
「文房具屋でもなく、お姉さんの所でもなく、おばあちゃん家の引き出しの中でもなく、朱音ちゃんのもとにいたかったから今そこにある」
私のネームホルダーにぶら下がっている万年筆を指差し、たった今例え話だと聞いたはずの設定で話を続ける。それが何を意味するのか、私は分からずに彼の瞳を見つめ返す。
「過去に誰かのものだったのは事実でも、その場所が違うと思ったから今朱音ちゃんのところにある。でしょ?」
何も言えず、ただ気圧されるようにこくんと頷く。
「だったら過去を気にするよりも、自分が選ばれたって思えばいい」
「……選ばれた?」
「過去に誰といた事実があっても、今現在自分が選ばれてるんだってこと。勝ち負けではないけど、開き直って過去に勝ってるって思えばいい」
これは……『Dの男』に拘っている私への恋愛アドバイスなんだろうか。
気にすべきとんでもない過去を現在進行系で更新中の友藤さんに言われてもピンとこないというのが正直な感想だったけど、私のことを考えて捻り出してくれた励ましの言葉だと思えば少し嬉しい。
「ありがとう、ございます」
強制わいせつを受けたばかりでお礼を言うのは癪だったけど、一応人としての礼儀は欠かしたくない。小声で伝えて小さくぺこっと頭を下げると、とても嬉しそうな顔を向けられた。
顔を伏せている時だけでなく、こうして笑った顔も雰囲気でなくちゃんとイケメンに見えた。無言で伏せるか笑うかしとけばいいらしい。そりゃ女の子もチョロく落とせるってもんだ。
「うん。Dの男に拘るの、やめる気になった?」
「うん? なりませんよ?」
「なんで?!」
なんでと言われても。やはりイケメンとかモテる男は私には合わない。
なんとしても見つけたい。私のDの男。
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