【完結】その男『D』につき~初恋男は独占欲を拗らせる~

蓮美ちま

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その先は聞かない

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「あの、友藤さん?」

いつまでも解放されない頬がさすがに熱を持ちそう。エアコンが効いてきたのでこの熱は夏のせいではない。

それを知られたくなくてやんわり名前を呼ぶことで離してほしかったのに、彼は頬に触れていた手を私の首筋に下ろすと、ぐっと自分の方に引き寄せた。

その時一瞬見えた彼の表情は、眉根を寄せ複雑そうな笑みを浮かべていて、どこか泣いてしまいそうに見えた。

「わっ、ちょっと……!」

抗議の声を上げるのを許さないとでも言うように、私を強く抱きしめる。

センターコンソールを挟んで引き寄せられた身体は右腰が不自然に捻れてるし、左腰は限界まで伸びていてちょっとしたストレッチ状態。運動不足の私には堪える体勢だ。

急な抱擁に驚いて突き放そうと身体を捻ってもがいても、その拘束が緩むことはなくて戸惑いばかりが色濃くなっていく。

さらに厄介なことに、男性との久しぶりの触れ合いに否応なしに心臓がドキドキと暴れだす。

これは間違っても友藤さん個人にドキドキしているわけではない。

賢治以外の男性とそういうお付き合いをしたことがないわけじゃないけど、それだってかなり前。だから慣れないシチュエーションに戸惑って鼓動が早くなってしまっているだけであって、決して彼に抱き締められているからではない。

無言で私を捕える友藤さんの腕の力の入れ方は、抱きしめるというより縋り付いているようで、女性慣れしている彼の慰め方にしては甘さの欠片もない。

最近ではよくからかうように私を気に入ってるだとか言って構ってきていたけど、それを本気に取ることはなかった。

それは私が恋愛相手として求めているのが『Dの男』であり、初対面で人妻ナースとの情事をバッチリ見せつけてきた彼は恋愛対象外だと自分に言い聞かせてきたからに他ならない。

だからこの抱擁にドキドキするなんてことはないはずだし、そもそも抱き締められる理由もない。

再度抜け出そうと試みると、やっと友藤さんが腕の力を抜いた。

それでも両方の二の腕は掴まれたまま、近距離で見つめ合う。

雰囲気イケメンだなんてバカにしていたけど、この真剣な瞳に囚えられて一時だけでも彼に溺れたいと願った女性たちの気持ちが分かる気がした。

私が入所する前にいた事務の女性ふたりも、彼にハマってしまったせいで辞めていったと聞いた。

『朱音ちゃんはそんなことにならないでね?』と心配そうに言っていた遥ちゃんに『大丈夫、チャラ男は対象外だから』と豪語していたはずなのに。

いや、今もそう。もちろん対象外だ。私が求めているのは『Dの男』なんだから。

「嫉妬って感情、初めて知った……」

私の二の腕を掴む彼の手が震えている。その震えが私の心にも伝染して、どうしようもないくらい胸が高鳴る。

だめだ。言わせてはだめだ。

「俺、たぶん朱音ちゃんが」
「気のせいです!」

自分で思った以上に大きな声が出た。そうでもしないと彼の言葉を止められないと思ったから。

友藤さんがどんな言葉を言おうとしたのかくらい、ウブな女の子なわけじゃないからわかってる。抱き締める腕の強さとか、至近距離で見つめる真剣な瞳で、そう言われるんじゃないかという予感もあった。

だけど、聞くわけにはいかなかった。

友藤さんが考える『好き』という感情がどれだけ薄っぺらいのか、私はこの一年で嫌というほど見てきている。

女性に対してどれだけ不誠実な男なのか、過去に関係のあった女性がどれほどの数いるのか、私は知っている。

きっと彼の言う『好き』なんて、『カレーが好き』とか『夏が好き』というのと同義。もしくは『セックスが好き』というニュアンスかもしれないとさえ思う。

私はそんな食べ物や季節や性欲とごっちゃになった『好き』が欲しいわけじゃない。

そんな不純物しかない『好き』なんて聞きたくない。

万が一聞いてしまって、うっかりときめきでもしたら……。

もうきっと私は立ち直れない。友藤さんだけには堕ちるわけにはいかない。

彼に堕ちた先にあるもの。それは嫉妬と独占欲にまみれて心が壊れていく未来…。

本気で彼を好きになればなるほど、私はきっと壊れていく。

だから聞きたくない。関わりたくない。

気のせいだと正気に戻って。今からでもあの受付嬢を誘いに行って。やっぱり友藤さんはクズで最低の男だって、私を安心させて。

「自分になかなか靡かない女の元カレを見て、そんな気になってるだけですよ」
「朱音ちゃん」
「知ってます? エベレストって登るのに許可が必要なんです。時間もお金もかかるし体力もいる。友藤さん、そんな過酷な山登りたくないでしょ? なだらかな丘をおすすめします」

いまだに掴まれている腕を手のひらで押しやるように外し、友藤さんが呆然としている間に助手席から降りた。

「さっきの受付嬢、可愛かったと思いますよ。胸はあのナースに負けるけど、若いし何回戦でも付き合ってくれそう。私は電車で戻るんで、お気遣いなく」

わざと思いっきり下世話な発言をした後お疲れさまでしたと声を掛けて、私は去年まで利用していた最寄り駅を目指し、唇を噛み締めて歩き出す。

先程まで晴れていた青空は、雨が降り出しそうなほど真っ黒な雲に覆われていた。



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