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拗らせた初恋《Side遊人》
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しおりを挟むそれからどのくらいの時間ひとり呆けていたのか。
どうやって会社に戻ったのかも覚えていない。よく事故を起こさず帰ってきたものだと自嘲する。会社に着いた頃にはフロントガラスにパラパラと雨が落ちてきていた。
いっそ憂さ晴らしにあの受付嬢を抱いてしまおうか。そう思ったものの、これでは朱音の思うツボだと思い返した。
それに朱音への気持ちを自覚すると、不思議なことに他の女に触れるのも触れられるのも、想像するだけで嫌悪感が沸いた。
『なんでそんなに妬けるの?過去何があったって今抱き合ってるのは自分だし、楽しければそれでいいと思わない?それに今がダメになったって、すぐ先にまた楽しみが転がってるのに』
いつかの自分の発言に反吐が出る。考えてみれば彼女との最悪な初対面以降、一度も女を抱いていない。
誘われない限りそういった行為をすることがなく、過去にも仕事で余裕がない時は1年半近く間が空いたことだってある。
しかし思い返してみれば、この半年は誘われるのすら避けるように行動していた。行きつけのバーに行くのも控えていたし、職業病である無駄な笑顔を振りまくことも減ったように思う。
朱音に対して以外は。
告白もさせてもらえなかった情けない出来事から二週間。彼女は分かりやす過ぎる程に俺を避けた。
八月は学校が夏休みで一切健診が入らないのと、お盆休みの前後にわざわざ健診を入れたいという企業も少なく、事務はほとんど所内にいる。
営業は特に関係なく外回りは行くものの、さすがにお盆前の週は普段溜め込んでいる領収書を整理して経理に回したり、急ぎでない契約書を作ったりとデスクワークが多くなる。
いつ捕まえて話の続きをしようかと機会を窺っているのに、朱音は俺が所内にいる日は何かと理由をつけてフロアに姿を見せない。
下のフロアの検査科や看護科も医師会に提出する書類がさばききれておらず、たまに彼女がファイリングを手伝いに行っているのだと小柴部長が言っていた。
「あの、朱音ちゃんと何かありました?」
「……いや。どうして?」
俺が書類のコピーを取りながら事務フロアをじっと見つめていたからだろうか。急に「朱音ちゃんなら資料室ですよ」と話しかけられて少し驚いた。
瀬尾さんが俺に話しかけてきたのは、記憶が正しければ現場に差し入れをした時にお礼を言われたくらい。
人見知りなのかあまり目も合わさず話す子だという印象だったが、朱音とは仲良く話している姿をよく見かけた。
「あ、いえ。今日はやけに可愛い格好をしてるなと思ったので。『デートなの?』って聞いたんですけど…」
そこで一旦話すのを止め、続きを言葉にするのを躊躇ってみせた。しかし俺をじっと見据えると、意を決したように口を開いた。
「あの、朱音ちゃん、私の大事な友達なんです。だから……泣かせるようなことしないでくださいね」
言いたいことだけ言うと、俺の返事を待たずに「すみません、失礼なこと言って」と頭を下げ、自分のデスクに戻っていった。
やはり事務の女性職員がふたりも一気に辞めたせいで、俺の印象はよくないらしい。しかし、今問題はそこではない。
瀬尾さんのあの言い方からして、朱音が『可愛い格好』をしているのは俺とデートだと思ったらしい。何度かランチに出ているところを見ていたんだろう。付き合いだしたとでも思っていたんだろうか。しかし、朱音はそれを否定した。
当然だろう。俺はこの二週間避けられ続け、就業後の約束どころか朝の挨拶すら交わせていない。
彼女がどんな格好をしているのか見ていないが、瀬尾さんがデートだと思うくらいの格好をしているんだろう。普段パンツスタイルが多い朱音が、『可愛い格好』をして俺ではない誰と何処に何をしに行くのか。
考えれば考えるほど、知ったばかりの嫉妬という厄介な感情が俺の身体全体を蝕んでいく。
時刻は午後四時五十五分。もうまもなく定時。今捕まえなければ、朱音は間違いなく定時で帰っていくだろう。
俺は急いで踵を返し、エレベーターで地下へ向かった。
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