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拗らせた初恋《Side遊人》
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痛む唇を舌で舐めると、鉄の味が口の中に広がった。噛まれた唇以上に痛む胸は既に後悔で一杯で張り裂けそうになっている。
朱音の煽るような発言に理性が利かず、彼女の身体の自由を奪って強引に口づけた。
甘く柔らかい唇を無理矢理こじ開け、小さな舌を吸い上げるように絡め取り、思うままに彼女を貪った。
嫉妬や独占欲といった感情に、さらに征服欲や嗜虐心にまで火が付いた。
このまま彼女を自分のものにしてしまいたい。俺しか見えず、俺の声だけを聞き、俺だけを感じるように。他のことは何も考えられなくなるほど、ぐちゃぐちゃに愛して抱き潰してしまいたい。
そんな真っ黒で醜い感情をぶつけるようにキスを続ける俺を正気に戻したのは、彼女の瞳からとめどなく流れる冷たい涙だった。
隙きを突いて振り払われた手が俺の左頬を打つ。その衝撃というよりは自分のしてしまったことの愚かさにその場でしゃがみ込み、合わす顔もなく俯いたまま呻いた。
『……君が好きだ』
二週間前は言わせてもらえなかった言葉をついに言った。でも彼女の感情はひとつも動かせなかった。
資料室を出ていった朱音の背中を無言で見つめる。彼女は一度も俺を見ようとはしなかった。
『……本当に少しでも私を好きなら、もう私に構わないで下さい』
朱音は俺にそう言った。しかしもう俺の想いは彼女だけに真っ直ぐ向かってしまっている。構わないでと言われて「はいわかりました」と言えるほど生半可なものではない。
好きだから。いつの間にか、好きすぎるから。どれだけ迷惑そうにされても彼女を追い求めるのを止められそうにない。
『私は誰かの『唯一』になりたいの』
きっと、朱音が一番俺に伝えたいのはこの言葉なんだろうと思う。俺の過去の愚行を知る彼女は、俺を選べば自分が『唯一』になれないと思っている。
どうしたら信じてもらえるだろう。俺にとって、たったひとりが朱音だということを。
無意識に姿を目で追ってしまうのも、どれだけ邪険にされても話しかけてしまうのも、喜ぶ顔が見たくて美味しいと評判のランチの店をいくつも探したのも、誰かを守りたいと思ったのも。
全部、朱音が初めてだった。
一生縁がないと思っていた『恋』におちた。誰にも渡したくない、傷つけたくない、縛り付けたい。
『初恋』だなんて可愛らしい響きの言葉では足りない。彼女の全てを自分のものにしたい。
そんな激情が自分の中にあっただなんて、俺ですら知らなかったのだから、朱音にすぐに信じてもらえるとは思っていない。
それでも。このまま彼女が飢えた狼の中に自ら飛び込んでいくのを、みすみす指を咥えて見ているわけにはいかない。
『知ってます? エベレストって登るのに許可が必要なんです。時間もお金もかかるし体力もいる。友藤さん、そんな過酷な山登りたくないでしょ? なだらかな丘をおすすめします』
告白すらさせてくれなかった時に朱音に言われた言葉。いつだったか、俺が彼女のつれない態度に対して『エベレストもびっくり』だなんて軽口を叩いたことを覚えていたんだろう。
彼女は自分を面倒な女だから嫌でしょうと言っている。もっと軽い女を選べと。さっきも、自分を好きなら構うなと言っていた。
だが、彼女は自分で気付いているだろうか。俺の告白に対し、いくら態度で突き放そうと、一言も俺自身を拒絶した言葉を発していないことに。
好きだという言葉に対し「無理」だとも「嫌い」だとも言わず、ただ構うなと繰り返す。
俺の酷い過去に嫉妬してしまうがゆえに受け入れられないのだと、俺を突っぱねるために闇雲に合コンなんかに行こうとしているのだと、そう考えてしまうのは『恋』に慣れていない俺の自惚れなんだろうか。
いや、自惚れでもいい。そうだとしても、もう朱音を諦めるという選択肢は俺にはない。
ここから電車で四十分。乗り換えもあると言っていた。そして、ホテルが徒歩圏内にあるという合コンに適したイタリアンレストラン。
座り込んだまま前髪をくしゃっと乱暴に掻き乱す。なんとか冷静になろうとひとつ大きく深呼吸をした。今慌てて追いかけてもきっと追いつけない。ならば探し当てるだけ。
俺にとって朱音は『唯一恋に落ちた相手』なんだ。
逃さない、絶対に。
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