バビロニア・オブ・リビルド『産業革命以降も、神と科学が併存する帝国への彼女達の再構築計画』【完結】

蒼伊シヲン

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-epilogue-

68『彼女達の再構築計画』

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 「…どうして、ここに…」
エンキドゥの箱庭から離れた南花達は、気が付くと…見覚えのある古び錆びた木造校舎の廊下に立っていた。
そして、南花の目の前には以前、訪れた工作室の扉がある。

「南花、入りましょう。」
「うん…ってあれ?アリサだけなの?サクラやヨハンナさん達は…」
南花は背後に立つアリサに声を掛けられ、振り返るがそこには…さっきまで一緒にいた筈のサクラ達は居ない。

「きっとこの部屋の主は、私と南花だけに話をしたい事があるのじゃないのかしら…」
少し考える様子を見せたアリサが答える。
「そっか…入るよ。」
納得し短く返事をした南花が、木製の古びた引き戸に手をかけ…ゆっくりと開ける。

「おっ、来たね…好きな所に座ってよ。」
南花とアリサに気付いた、この木造校舎の主であり生徒会長ドミニウムでもある【エレシュキガル】が歓迎する。

「さっきまでエンキドゥさんの箱庭にいた筈なのに、どうしてエレシュキガルさんの工作室に…」
木造の椅子に座った南花が、真っ先に抱いた疑問を投げ掛ける。

「あぁ…それはね、私がエンキドゥに頼んで南花君とアリサ君の意識を、ここに転移して貰ったんだよ。」
黒板を背にして立つエレシュキガルが答える。

「転移…それは【アヌの使徒】としての能力という事かしら?」
南花の隣に座ったアリサが質問する。
「まぁ、私も原理は聞かされていないけど…多分そうだと思うよ。」
曖昧な回答をしたエレシュキガルが本題に移る。

「今回の『再構築計画リビルド・コード』を実行してくれた事に対して、南花君とアリサ君達に改めて感謝するよ、ありがとう。」
エレシュキガルの口角が僅かに上がる。

「はい、こちらこそありがとうございます。私も父さんの意思を引き継ぐ事が出来て良かったです。」
南花が軽く頭を下げて、感謝を伝える。

「私もエレシュキガル様に出会った事で、父が残した意思と…そして、帝国の真実に関して知れた事に関しては感謝します。」
感謝を伝えたアリサが続ける。

「ですが…あなたの計画に賛同したのは利益が一致した点が大きいので。」
アリサが一言、付け加える。
「まぁ、アリサ君のそういうところも嫌いじゃないよ…」
苦笑したエレシュキガルが話を進める。

「それで、今回の『再構築計画リビルド・コード』によって世界を書き換え…いや…更に世界を分岐させたと言う表現の方がしっくり来るかな…」
考える素振りを見せつつも、エレシュキガルが続ける。

「まぁ、どっちでも良いか…2人は世界を分岐させた事で大きな『権利ノブレス』と『責務オブリージュ』を課せられた訳だけれど、これからどうするのか教えて欲しいな。」
そう問い掛けたエレシュキガルは、南花、アリサの順番で視線を送る。

問われた南花は、ポケットから『アトラの懐中時計』を取り出し、視線を落とす。
時計の蓋に刻まれた『この時計を持つ者に、権利ノブレス責務オブリージュを与える。』の文字を再び見る。

そして、エレシュキガルへ視線を戻し…深呼吸した南花が口を開く。

「私はバビロニア帝国の外の世界については知らない事が多いし…見識を深める為にも世界を旅したいと思います。モルガーナさんやギルガメッシュ王と同じように…その上で、これからの私に何が出来るのか考えて行きます。」
南花が、エレシュキガルに対して面と向かって決意の言葉を述べる。

「南花…」
南花の方を見ながら思わず名前を漏らしたアリサは、エレシュキガルの方を見て決意を述べる。

「私も南花と同じく、先ずは視野を広める事に徹するわ…モルガーナ様との契約で得た知識だけでは見えない世界もあるだろうし…」
そう答えたアリサは、工作室の窓際にある地球儀と望遠鏡を一瞥する。

「アリサもそうだと思ったよ…これからもよろしくね。」
「えぇ、そうね…南花もよろしく。」
2人は顔を見合わせて、僅かに微笑む。

「そっか…聞かせてくれてありがとう…次はこれからの私について話す番かな。」
2人の決意に対して頷いたエレシュキガルが続ける。

「私は『再構築計画リビルド・コード』によって生まれ変わったこの帝国に残って、引き続き統括長ドミニウムとしての役割に徹するよ…イシュタルの為にもね…」
そう答えたエレシュキガルの表情が僅かに曇る。

生徒会長ドミニウムの曇った気持ちを払拭するかの様に、木造校舎のチャイムが鳴り響く…

「うん…どうやら、そろそろ別れの時間みたいだね…2人にとって実りのある旅路になる事と安全を心から祈るよ…そして、いつの日か2人ともこの世界に導かれる時を、気長に待っているよ…あぁ、勘違いしないでよ!滅茶苦茶ゆっくりで良いからね。」
明るい調子で別れの挨拶を述べたエレシュキガルは、右手を差し出す。

「はい、エレシュキガルさんにはお世話になりました。まだ先の話だと思いますが、その時はよろしくお願いしますね。」
南花が先に、握手を交わす。

「私も色んな面で助かりました…また会う日まで、さようなら。」
アリサも、続いて握手を交わす。

2人と握手を交わした生徒会長ドミニウムのエレシュキガルは踵を返し、長いスカートをなびかせながら黒板の方に向く。

そして、太股に装着している革製のチョーク入れから取り出したチョークで、黒板に門を描く。
エレシュキガルが手にしているチョークを折ると、門が開いていき、黒板全体が光に包まれていく…

その光の眩しさのあまり、南花とアリサは瞳を閉じ…暗転する。

ーーー

「…南花さん…南花さん…聞いてます?」
隣からアオイの声が聞こえた南花が振り向く。

「あっ…ごめんね、アオイちゃん…それでなんだっけ?」
上の空だった南花が聞き直す。
「もう、油を使っているんですし…ボーっとしないで下さいね…それで、牛海老ブラックタイガーから揚げますね。」
注意したアオイが恐る恐る、油が温まった鍋に食材の一つを投入する。

次の瞬間…牛海老ブラックタイガーの水気がバチバチっと音を立てながら、蒸発する。
そして、アオイが短くヒィ!っと驚きの声を上げる。

「ふっ…アオイはビビりだな。」
「ちょとコマチ、また見に来たの!まだ出来ていないから向こうに行っててよね。」
調理の様子を見に来たコマチに対して、アオイが照れ隠しの様に追い返す。

「そうか…まだなのか…」
腹の虫を鳴かせながら、シュンとした表情を見せつつコマチは去っていく…
「ふっふふ…これも天丼ね。」
そのやり取りを見た南花は、思わず笑う。

「天丼?…もう、南花さんまでからかわないで下さいよ…それよりも、土鍋の火加減はどうかな?」
アオイの言う通り、油の鍋の隣で加熱されている、土鍋では赤子が泣いている。

調理場を去ったコマチは…アリサ、サクラ、ユキノが海図を広げて話合いをしている一室に向かう…

「一先ず、アトラさんの家があると聞いてる【祇園精舎】に向かうのはどうかな?」
サクラが、アリサとユキノに提案する。
「うん…それが良いかもね。」
その隣に立つユキノが頷く。

「確か…祇園精舎は東の方角にあるってエレシュキガル様が言っていたわね。」
アリサが、地球儀を回しながら答える。
「その祇園精舎の地域には、スパイシーな食べ物が沢山あるとも王様から聞いたぞ!またしてもアリサに奢って貰おうかな。」
コマチにたかられた、アリサは涙目になる。

「ふっ…ふふ」
サクラとユキノが、ほぼ同時に笑みを見せる。

「ほら、お昼の準備が出来たし一先ず中断してね。」
アオイが天丼を乗せたトレーを持って部屋に入ってくる。
「へぇ…これが南花さんの一族の故郷に伝わる天丼かぁ…」
初めて見る黄金の衣に、ユキノの目も輝く。

「ユキノさん、楽しみにしていましたもんね…って、あれ?ヨハンナさん達は?」
アオイの次に入って来た南花が、ヨハンナとハンムラビについて聞く。

「確か外で風に当たっていたはず…」
アリサが答える。
「そっか…呼んで来るよ。」
南花がその2人を探しに行く。

外へ出た南花の耳に穏やかな波と風の音が届く…

「らぁんちょう(団長)!ぜぇんぜぇん飲んでいないじゃあねぇか!いつもよりもお酒が薄くなぁいですか?体のどこか悪いんですか?」
普段とは異なり、ハンムラビの方が泥酔している。

「いや、ほらぁ…海の上だし、悪酔いしちゃうからね。」
ヨハンナが隣でウィスキーを控えめに飲んでいる。
「2人とも、お昼の準備が出来ましたよ。」
南花が、若干引き気味に伝える。

「おっ、待ってまぁした!…うっ…」
吐き気に襲われたハンムラビの口から、海に向けて虹色が放たれる。
「ほら、言ったそばから…」
溜め息混じりにぼやいたヨハンナに支えられて、ハンムラビが去っていく…

誰も居なくなった甲板上で、南花は快晴の空を少しのあいだ見上げた後に…船内に戻っていく。

そして、南花達が舵を取る帆船は、バビロニアの地から遠退いていく。
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