母を訪ねて十万里

サクラ近衛将監

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第五章 サザンポール亜大陸にて

5-3 魔物の群れ

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 ケサンドラスを発って五日目、マルコ達が便乗してくっついている隊商集団がサグレシュに到着しました。
 マルコ達の馬車と護衛は、ここで隊商集団とは分かれます。

 翌朝にはシナジル往還から外れて、サグレシュの北へと進路を取りました。
 サグレシュから二日の旅程で最初の目的地であるマルディがあります。

 マルディは有名な温泉街であり、温泉が発見されてから数百年の歴史があるようです。
 泉質は硫黄泉で、白濁していることから「白銀泉エジス・セクィゴ」と呼ばれているようです。

 マルディに近づくにつれ卵の腐ったような硫黄の匂いが強くなりますが、左程強いものではありません。
 但し、窪地などにガスが貯まる恐れがありますので要注意ですね。

 特に密閉されたような場所では硫化ガスによる事故も有り得ます。
 従って、マルディ温泉郷では温泉は全て風通しの良い露天風呂になっているようです。

 ちゃんと男女別の露天風呂になっている辺りは、湯量が豊富だからできることでしょう。
 温泉宿は例によって、いわゆる旅籠はたご(食事も出る宿泊所)と木賃宿きちんやど(自炊若しくは外食が前提の宿泊するだけの安宿)がありますけれど、マルコ達は高級宿に逗留することにしています。

 理由は単純にこの周辺の治安があまりよくないからであり、マルコ達が襲われても撃退できるだけの能力は十分にありますけれど、事後処理に時間を取られてしまうことを避けたのです。
 宿に泊まるのは、カラガンダ夫妻とマルコ、セバスとエマにクリシュ、それに護衛役の6人で合わせて12名です。

 コックのアッシュと船員三名については、馬車の別室でお留守番です。
 尤も、馬車は扉に鍵が掛けられますので、余所者が荒らす心配もありません。

 カギのかかった特製馬車の内部に無理やり入ろうとするなら破壊槌でも持ち出して大人数で試すことになりますが、多分ドラゴンでも馬車の扉を壊すのはできないと思いますよ。
 馬車を曳いてくれた馬も、護衛が乗っていた馬もここでは厩舎に入ってお休みです。

 マルコの亜空間に収容することもできますけれど、普通に見せるには厩舎につなぐのが一番です。
 馬泥棒の心配?

 馬たちが馬泥棒に従うはずもありません。
 無理強いすれば半殺しにして構わないと命じてありますから、絶対に大丈夫です。

 但し、このマルディ温泉郷は緩斜面に旅館が並んでおり、最下層が川面に面しています。
 高度の高いところほど高級宿となっているようで、露天風呂から眺める景観が人気なのだそうです。

 一方で温泉郷全体が川面を除いて周囲を高い壁で覆われていますので、危険動物若しくは魔物の襲撃がある場所なのかもしれません。
 確かに、マルディの一つ手前の宿場町ローワンには下級ダンジョンがあって、下級冒険者たちの稼ぎ場所になっているという話をケサンドラスの冒険者ギルドで聞いています。

 本当に稀な話ではありますが、そうしたダンジョンがあふれ、スタンピードを起こすことがあります。
 ローワンでは160年ほど前にダンジョンから溢れた魔物が、南西に向かい集落二つを滅ぼしたことがあるそうです。

 この際には、国軍を動員して魔物狩りをしなければならなかったようで、マルディやサグレシュでもスタンピードのハグレ魔物による被害が少なからず生じたようで、それから街の周囲に高い障壁を築くようになったとのことでした。
 カラガンダ夫妻とマルコは、マルディに足掛け四日の逗留予定であり、その後、サグレシュに戻って寄生できる東向けの隊商を見つける予定なのです。

 第一日目と第二日目は何事もなく過ぎました。
 温泉はかけ流しの露天風呂ですから、いつでも好きな時に入浴ができます。

 特に、マルコ達の泊っている宿は高台の上に建っていますので、露天風呂からの景観がとても素晴らしく、特に斜面が西に面していることから日没時の茜色の景観は得も言われぬ美しさですね。
 そうしてのんびりと過ごすマルコ達ですけれど、三日目の深夜にマルコは異変を感じ取りました。

 方角は南、隣町のローワンです。
 マルコの脳内マップには、ローワン近傍のダンジョンのあるあたりに真っ赤な表示の点が多数見えます。

 念のために数機のドローンをダンジョン近傍に配置しておきましたけれど、その暗視スコープが人型の魔物多数を確認しています。
 ダンジョン入口には柵が設けられており、簡単には魔物が外に出ないようにしているのですが、残念ながら溢れた魔物の圧力で柵は瞬時に崩壊してしまいました。

 風向きは北ですので人の匂いを嗅ぎつけてやってくるとしたならば、最初に略北方に位置するローワン、次いでマルディが襲われそうです。
 目の前で大勢の人の命が失われるのを見過ごすわけにも行きません。

 ここには温泉郷で働く沢山の人達と湯時客が居ます。
 二日目に知り合った、この旅館の経営者の娘、イレーヌは笑顔の素敵な娘ですが、何かとマルコに好意を寄せてくれています。

 当然のことながら彼女とは長いお付き合いになるはずもありません。
 でも、彼女の笑顔は守ってあげたいですね。

 あれ?
 色気づくにはまだ早いような気がしますけれど・・・・。

 何れにしろ、マルコは6人のマッチョ・ゴーレムと共に、ローワンに出撃しました。
 6人のゴーレム達は全員黒づくめでマントを着用し、マスクをしています。

 周囲は暗いので人目についても誰であるかは判別がつかないはずなんです。
 マルコは瞬時に現場上空に遷移し、ゴーレム6体をスタンピードの最前線に送り込みました。

 ゴーレム6体は、碌に灯りもない場所で無双を始めています。
 そうして、マルコも中央から後方にかけての集団に広範囲魔法の絨毯爆撃を敢行して殲滅して行きます。

 マルコとゴーレム6体が出撃して30分後、ゴブリン、オーク、オーガからなる概ね数千体におよぶ魔物集団は壊滅していました。

 ◇◇◇◇

 俺は、ローワンの門衛をやっているスタブロンだ。
 相棒のラズリーと共に、今夜は夜勤で深夜から明け方の門衛当直なんだが、前直から引き継いで左程時間も経っていない頃、ダンジョン方面で黄色の火魔法の狼煙が上がった。

 ダンジョンで異常があったときに打ち上げられる固定式魔導具による狼煙だ。
 これまでにもダンジョン内部で大規模な異常発生が認められた際は、黄色の狼煙が上がったことがあり、いつ何時であろうと警備隊駐屯地と冒険者ギルド支部に知らせることになっている。

 まぁ、狼煙は派手な音も立てるから起きてさえいれば気づく筈なんだが、さて、今回はどうかな?
 俺は、ラズリーに言って、警備隊駐屯地と冒険者ギルド支部に警報を知らせることにした。

 これで、万が一にも次に赤の狼煙が上がれば伝説になっているスタンピードを知らせる最大級の警報だ。
 少なくともここ百年以上もスタンピードは発生していない。

 が、昔々に起きたことは確からしい。
 ラズリーが急ぎ足で警備隊駐屯地に向かってから左程の時間もおかずに、ダンジョン方面で赤の狼煙が上がったのが見えた。

 おいおい冗談じゃねぇぞ。
 あれを上げたのは、ダンジョン入り口で門番をやっているグスタフ爺さんだろうが、まさか耄碌もうろくして間違ったわけじゃないだろうな?

 但し、仮に本物だとすればダンジョン入り口付近にある詰め所は無事じゃぁ済まない。
 俺がふとそんなことを思った瞬間、ダンジョン方面に火の手が上がった。

 多分、あれはグスタフ爺さんの最後の一手で、爆炎魔導具で自身を吹っ飛ばしたんだな。
 生きたまま食われるなんざぁ、おれでも嫌だ。

 もしそんなことになるならこいつで魔物もろとも吹っ飛ばすと爺さんが冗談で言っていた。
 燃えているのは多分詰め所だな。

 ダンジョン入り口の防護柵は破られたということだ。
 そうしてダンジョンから町までは俺の足でも急げば一刻はかからない。

 最悪なことに風は北風、ローワンはダンジョンの風上にある。
 魔物は風上に獲物の匂いがあると察知するんだ。

 スタンピードが間違いなければ、ローワンが襲撃される。
 門は夜間だから閉めてあるが、状況をできるだけ確認せにゃならん。

 俺は門の監視哨に登り、一応星明りででも魔物の襲来が見えないか確認してみた。
 ダンジョン間近の詰め所が派手に燃えているようだが、流石に遠すぎてその周辺に魔物が居るかどうかまでは見分けられん。

 だがそれから半刻ほどもすると、地響きが聞こえ始めた。
 大勢の軍人が行進をする時のような整然とした音じゃないが、低い地響きが感じられる。

 俺もスタンピードなんてのは初めてだが、その音だけで背筋がぞくッとするな。
 はぁ、メラニーちゃんに好きだと告っても居ないんだぜ。

 これで俺の人生は終わりか?
 門の周囲には多数の人が武装して集まり始めたが、門外に出るバカはいない。

 俺も監視哨に灯りをつけているから、俺が昇っていることは下の連中も気づいている。
 ギルド支部長のシュルツさんが、監視哨に登ってきた。

 低い声で言った。

「見えるか?」

「いやダンジョン詰め所が燃えていたのは見えたが、魔物までは流石に見えん。
 どうする?」

「どうもこうもないな。
 襲って来れば守るだけだ。
 今更逃げても逃げきれん。
 魔物の数が少なければ助かるかも知れん。」

「一体どれぐらいの数が来るんだ?」

「文献では163年前のスタンピードでは4千を超える魔物が溢れ出したらしい。
 で、二つの村は壊滅、その後も国軍と冒険者合わせて一万が総がかりで何とか退治できたようだが、国軍と冒険者の半数以上が死傷した。
 同じ規模なら、ローワンは間違いなく助からん。」

 俺もそれ以上の声は出なかった。
 更に半刻ほど経ったとき、ダンジョン方面で大きな音と閃光が続けざまにあった。

 おそらくは歩いて半時ほどの距離で何事か起きている。
 光と音が断続する中で、確かに俺は吹き飛ぶ魔物の姿を垣間見たような気がする。

 魔法?なのか?
 それにしてもどっから攻撃している?

 この街には魔法を使える奴なんてほとんどいないはずだ。
 音と光が閃くと少なくとも十体かそこらの魔物?が吹き飛んでいるんだが、その凄まじい破壊力を持つ魔法が数十発も次々と発射されているんだ。

 そうして、唐突にその音と光が止んで、静寂に包まれた。
 生憎と暗いから様子が分からんのだが、少なくとも先ほど感じていたような地響きは無い。

 もしかして終わったのか?
 だが、怖くてそれが聞けない。

 シュルツさんにそれを聞いてしまったら、その淡い幻想が終わってしまうような気がして怖いのだ。
 俺とシュルツさんはそのまま明け方まで立ち尽くしていた。

 夜が明けてから、警備隊と冒険者合同の調査隊を派遣して調べさせたが、その結果、ものすごい数の魔物が討伐されていたことが分かったが、誰の仕業かはわからなかった。
 結局、この事件はローワンの神の奇跡として伝説になった。

 ローワンを救った英雄は、とうとう現れなかった。
 何しろ俺とシュルツさんが目撃しているんだ。

 誰かが嘘でもつこうものならばすぐにわかる。
 あの爆裂魔法を操れる者はこの国一番の魔法師でも無理だと思っている。

 そんなのが団体さんでいれば、あるいはスタンピードの制圧もできるのかもな?
 とにかく俺は生き延びた。

 明日は非番だから、メラニーちゃんにプロポーズしてみよう。
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