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第一章 十二試艦上戦闘機
1ー5 吉崎航空機製作所の視察 その二
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仕事柄、小和田大尉もいくつかの航空機製造工場は見学したことがあるが、この建造物は明らかに大規模な工場には見えない。
造船所にしろ、航空機の生産工場にしろ、普通は高さが4間ほどもある天井を持ち、幅が15間から20間ほど、長さが50間ほどもある組み立て工場が何群か付随しているものなのだが、ここにはそれが全く無い。
外観は珍しいが、もしかして単なる研究所なのかと思わせるほど、普通の大きさの建物である。
南北20間、東西10間ほどの二階建て(後にRC造りと判明)程度の建物に過ぎないのだ。
これが工場であるとするならば、精々手作りの小型飛行機を作るのが関の山で、量産化は先ず無理だろう。
朝早くに汽車に乗って、半日を掛けてこの田舎にやってきたのだから、ここまで来た以上は、ただの工房見学であっても見て行くしかないなと多少落胆しながらも覚悟を決めた。
建物内部に入って驚いたのは、壁も床も全体に小綺麗であることと、外から内部は見えないのに、外面のガラス越しに中から外はしっかりと見通せることだった。
何やら非常に面白い造りではあると小和田大尉は思った。
最初に案内されたのはエレベーターだった。
<何だ?
二階に上がるのにわざわざエレベーターを使うのか?>
そう思ったのだが、それは小和田大尉の大きな勘違いだった。
橋野工場長がボタンを押すと、エレベーターは下に向かって動き出したのである。
つまりは地下に工場があるのだ。
これはまるで航空母艦の格納庫のようではないか。
そう思うと何故か心が躍ったよ。
下に辿り着くまでは左程の時間を要しなかったようだが、エレベーターのドアが開くとそこは別世界だった。
高さが十間はありそうな高い天井、端が見えないほど広い空間がそこにはあった。
いや、訂正しよう。
端は見えるんだが、距離感が判らんのでどれぐらい広いのか正直なところわからんのだ。
空母赤城の格納庫は、幅はともかく長さはかなり大きい。
しかしながら、その数倍以上もの幅と、更にその幅の何十倍以上にもなると思われる長さの広大な空間となると、流石に距離感が掴めないのだ。
しかも、至る所で得体の知れぬ大型の機械が稼働しているようだ。
中には、旋盤あり、ボーリング機械あり、数十m離れたところでは、溶接らしきものをやっているところもある。
うん?
溶接?
リベットじゃないのか?
航空機は普通リベットだろう?
確か溶接では、熱によって接着面が歪み、応力が残って腐食の原因になるし、そもそも強度が足らんと聞いているのだが・・・。
その後、工場長の案内で、最新鋭の機械群と航空機の製作工程を見せてもらった。
但し、工場内の大部分が区画で区切られており、その大半が仕切りで囲まれて見えないようにされていたのが若干気になった。
因みにこの工場では、古臭い複葉機は全く製造していないとのことだったが、民間機では今でも複葉機が多く、逆に単葉機は至って少ないのだ。
橋野工場長の説明によれば、複葉機は性能が悪すぎるので除外されているということだった。
見せてもらった完成形の星形の航空エンジンは、どうやら自社製のものらしい。
私の見知っている目下四菱が試作中のA6M1の搭載エンジンと比べると、同じ星型エンジンながら、直径は一割から二割ほど大きく、全長が四割増しほどと、かなり大きい代物である。
但し、大きさの割には重量が軽いのはなぜだろう?
工場長曰く、エンジンの主要構造部がこれまで使用されていない軽金属で出来ているからなのだそうだ。
ウン?
軽いってことは耐久性は大丈夫なのか?
栄一二型エンジン:
全長: 1,472 mm、
直径: 1,150 mm、
出力: 980馬力
排気量: 27.86 L
乾燥重量:530kg
房二型エンジン
全長: 1,886mm
直径: 1,224mm
排気量: 44.9L
乾燥重量: 680kg
過給機: 遠心式スーパーチャージャー2段2速
燃料供給方式:直噴式
離昇馬力: 2,400Bhp/1,790kW/2,800rpm
排気量は栄一二型に比べると、1.6倍の44.9リットルもあるそうだ。
当然に馬力も大きく、栄一二型エンジンの980馬力に比べ、驚くなかれ2倍半ほどの2400馬力が出せるという。
それも、過給機とやらの新型機械を取り付けることによって生まれる高出力なのだそうだが、それにしても馬力が大きい割にさほどにエンジン筐体が大きくないのが驚異的だ。
四菱のA6M1試作機は、四菱製のエンジンを搭載しており、「房二型」エンジンとは径も長さも異なるから、このままでは四菱の機体には搭載できないが、これを適切な航空機に搭載すれば、それだけでかなりの高速化が図れるのではないかと思われる。
因みに四菱の試作機の場合、最高速度は、今のところ490 km/h (264.5kt)で、航続距離は巡航速力で3,350 km(1,800海里)とされているが、戦闘行動を伴う場合は6~7割の航続距離にまで落ち込むはずだ。
金谷の山中の地下工場で俺(小和田大尉)が見せてもらった吉崎航空の試作機、ルー101号機の場合、最高速度は高度10,000m で378kn (700km/h)超、航続距離は1700海里超、増槽タンクをつけると更に2000海里超まで伸びると説明を受けた。
とんでもない性能である。
四菱で開発中の試作機「A6M1」で、全幅12.0m 全長9.05m、全高3.53m、自重1,754 kgの大きさなのだが、吉崎航空機製作所の試作機「ルー101」の場合、全幅11.99m、全長9.37m、全高3.96mなので、全長と全高で少し大きくなるのだが、軽貨重量は1,756kgとほぼ同じになる。
但し、燃料満載、増槽タンク、フル弾薬装備、フル爆装では、更に3トン近く増えることになるようだ。
多分大丈夫とは思うが、艦上戦闘機仕様で考えているなら空母の飛行甲板の強度と制動ワイヤーの見直しが重要になるかもしれないな。
ルー101の場合、主翼に折り畳み機能をつけることもできるらしく、折り畳み時には、全幅が5m余りにまで小さくなるようなので、空母への搭載機としては格納機数が増えることからかなり有利になるのは間違いない。
問題は高速機の場合、離着陸距離がどうしても長くなる嫌いがあるので、果たして航空母艦での運用ができるかどうかが問題である。
工場長の話では、鳳翔(飛行甲板長168m)及び龍驤(飛行甲板長156m)については、発艦はできても着艦は操縦が結構難しくなること、但し、制動ワイヤーがあれば着陸も可能であること、また、赤城、加賀とも従来の三層構造からの改修が終わっているのであれば、若干機体性能を落として低速での運用を可能にすれば、現状の空母でも離着陸は十分可能であると説明してくれた。
「海軍さんの次期建造空母が如何様なものになるのかは承知しておりませんが、この種高速機の導入を考えておられるならば、少なくとも飛行甲板の全長は200m以上が間違いなく望ましいでしょうな。」
空母の飛行甲板を1mでも伸ばすのは非常に大変なことなのだが、工場長があっさりとそう言っていた。
因みに、ルー101のタンク容量は1700リットルで、600リットルの増槽タンクをつけることができるようだから、一回の出撃で最低でも1500リットル程度の燃料消費は覚悟しなければならない。
実のところ航空機燃料は非常に高いのだ。
航空ガソリンの方がより高いのだが、東京では自動車用ガソリンですら業者の卸値でキロリッター当たり95円もする。
地方都市では輸送費もかかるからもっと高いのだろうと思う。
俺が「燃料が高いよなぁ。」と思わず愚痴めいたことを言うと、工場長がこともなげに言う。
「では、我が社から購入されては如何ですかな?
契約量にもよりますが、航空燃料1キロリッター当たり、10円から15円ぐらいで納品できると思いますよ。」
それこそ、俺は目ン玉が飛び出るぐらい驚いたぜ。
「この会社は航空機を造る会社だろう?
何で、燃料が売れるんだ?
それになんでそんなに安い?
何処かから安い油を輸入しているのか?」
「わが社は、航空機に関する部品を含め、航空機の製作と運用に関する全てのものを生産できるように会社の定款が作られています。
その中には当然のことながら航空機燃料も含まれているのでございます。」
因みに、ルー101の燃料は、この工場で製造しているらしく、製造方法は極秘だが、現状で年間10万klほどの生産は可能なのだそうだ。
しかも、原油から精製しているのではなくって、植物等から抽出した化合物などから特殊なエタノール燃料を生み出しているらしい。
俺はエタノールについては良く知らんが、工場長の話によれば、高濃度のものは確かに燃えるんだが、単位体積当たりのガソリンに比べると発熱量が少ないんだそうだ。
単純に言えば、エタノール燃料ではエンジン出力が下がってしまうらしいのだが、そいつに特殊な添加剤を加えること等によって航空ガソリンと同等以上の発熱量にし、さらにはオクタン価100程度のものが造れるらしい。
航空ガソリンのオクタン価を上げるには有機鉛を添加材として入れねばならぬのだが、国内で造るその有機鉛の出来が悪く、海軍で入手できる航空ガソリンはどうしてもオクタン価が低いものになってしまう。
海軍が入手できる航空ガソリンは、オクタン価にして87~93なのである。
米国ではオクタン価が100の航空ガソリンが造れているというのに、日本では作れないから、燃料だけで航空機の性能に差がついてしまうのだ。
従って、オクタン価が100程度であり、航空ガソリンと同等以上の発熱量がある航空燃料で、しかも格安となればこれはもう買い一択だろう。
この情報は絶対に経理部に伝えて、吉崎航空機製作所からの納入契約を結んでもらわねばならん。
この工場で造る航空燃料を安く手に入れ、それで高性能な航空機が飛べるならば、これはそれだけで途轍もない朗報である。
現状で言えば、海軍における航空燃料の消費量は、1万5千キロリットル程度だが、今後の航空機の大量運用を考えると絶対に大量の航空燃料の確保が必須なのである。
しかもそのほとんどを輸入に頼らなくてはならないのだから、仮に大きな輸入元である米国との戦争にでもなれば輸入が途絶えて大変なことになる。
海軍の艦艇燃料にしても然りなのである。
当然のことだが、その前に航空燃料のサンプルを貰ってウチの研究所で既存の航空機に使えるかどうかを確認してもらわねばならんな。
工場長にその話をすると、帰りに小型の特殊容器に保管したサンプルをくれることになった。
ところでその製造装置とやらは、工場が地下にあるように、航空燃料の製造機械もタンクも地下に埋設されており、地表でその位置は一切わからないようになっているらしい。
因みに稲毛海岸など千葉県の海岸付近にある民間飛行場から飛行機(未だに複葉機が多いらしい)が工場付近の上空にも時折来るそうであり、外部からわからないようほとんどの施設を隠しているのだそうだ。
そういえば、この工場入り口の総ガラス張りの建物に到着した際に、南の方向に宿舎と思われる建物群が見え、北方向には広い滑走路らしきものが見えたな。
恐らくは上空から見ても、わかるのは宿舎とこの入り口になるガラス張りの事務所、それに滑走路だけなのだろう。
当然のことながら一般人の滑走路の使用は一切認めていないそうだ。
万が一にでも勝手に利用されないよう、普段は移動式の柵が障害物として30mごとに滑走路に置かれており、航空機が勝手に降りたりできないようにしているようだ。
その日は、単発複座の練習用航空機「ラー1」に載せてもらい、実際の運動性能を体験させてもらったのだが、はっきり言って予想外の凄まじい性能だった。
加速力、旋回能力、上昇能力そうして操縦レスポンスのすべてが、これまでの既存の航空機を圧倒していた。
それでいて、この「ラー1」の性能は、複座にして練習機仕様としているが故にルー101の劣化版なのだそうだ。
これは何としてもこの航空機製作所に次代の戦闘機製造を担ってもらわねばならないと俺は確信した。
造船所にしろ、航空機の生産工場にしろ、普通は高さが4間ほどもある天井を持ち、幅が15間から20間ほど、長さが50間ほどもある組み立て工場が何群か付随しているものなのだが、ここにはそれが全く無い。
外観は珍しいが、もしかして単なる研究所なのかと思わせるほど、普通の大きさの建物である。
南北20間、東西10間ほどの二階建て(後にRC造りと判明)程度の建物に過ぎないのだ。
これが工場であるとするならば、精々手作りの小型飛行機を作るのが関の山で、量産化は先ず無理だろう。
朝早くに汽車に乗って、半日を掛けてこの田舎にやってきたのだから、ここまで来た以上は、ただの工房見学であっても見て行くしかないなと多少落胆しながらも覚悟を決めた。
建物内部に入って驚いたのは、壁も床も全体に小綺麗であることと、外から内部は見えないのに、外面のガラス越しに中から外はしっかりと見通せることだった。
何やら非常に面白い造りではあると小和田大尉は思った。
最初に案内されたのはエレベーターだった。
<何だ?
二階に上がるのにわざわざエレベーターを使うのか?>
そう思ったのだが、それは小和田大尉の大きな勘違いだった。
橋野工場長がボタンを押すと、エレベーターは下に向かって動き出したのである。
つまりは地下に工場があるのだ。
これはまるで航空母艦の格納庫のようではないか。
そう思うと何故か心が躍ったよ。
下に辿り着くまでは左程の時間を要しなかったようだが、エレベーターのドアが開くとそこは別世界だった。
高さが十間はありそうな高い天井、端が見えないほど広い空間がそこにはあった。
いや、訂正しよう。
端は見えるんだが、距離感が判らんのでどれぐらい広いのか正直なところわからんのだ。
空母赤城の格納庫は、幅はともかく長さはかなり大きい。
しかしながら、その数倍以上もの幅と、更にその幅の何十倍以上にもなると思われる長さの広大な空間となると、流石に距離感が掴めないのだ。
しかも、至る所で得体の知れぬ大型の機械が稼働しているようだ。
中には、旋盤あり、ボーリング機械あり、数十m離れたところでは、溶接らしきものをやっているところもある。
うん?
溶接?
リベットじゃないのか?
航空機は普通リベットだろう?
確か溶接では、熱によって接着面が歪み、応力が残って腐食の原因になるし、そもそも強度が足らんと聞いているのだが・・・。
その後、工場長の案内で、最新鋭の機械群と航空機の製作工程を見せてもらった。
但し、工場内の大部分が区画で区切られており、その大半が仕切りで囲まれて見えないようにされていたのが若干気になった。
因みにこの工場では、古臭い複葉機は全く製造していないとのことだったが、民間機では今でも複葉機が多く、逆に単葉機は至って少ないのだ。
橋野工場長の説明によれば、複葉機は性能が悪すぎるので除外されているということだった。
見せてもらった完成形の星形の航空エンジンは、どうやら自社製のものらしい。
私の見知っている目下四菱が試作中のA6M1の搭載エンジンと比べると、同じ星型エンジンながら、直径は一割から二割ほど大きく、全長が四割増しほどと、かなり大きい代物である。
但し、大きさの割には重量が軽いのはなぜだろう?
工場長曰く、エンジンの主要構造部がこれまで使用されていない軽金属で出来ているからなのだそうだ。
ウン?
軽いってことは耐久性は大丈夫なのか?
栄一二型エンジン:
全長: 1,472 mm、
直径: 1,150 mm、
出力: 980馬力
排気量: 27.86 L
乾燥重量:530kg
房二型エンジン
全長: 1,886mm
直径: 1,224mm
排気量: 44.9L
乾燥重量: 680kg
過給機: 遠心式スーパーチャージャー2段2速
燃料供給方式:直噴式
離昇馬力: 2,400Bhp/1,790kW/2,800rpm
排気量は栄一二型に比べると、1.6倍の44.9リットルもあるそうだ。
当然に馬力も大きく、栄一二型エンジンの980馬力に比べ、驚くなかれ2倍半ほどの2400馬力が出せるという。
それも、過給機とやらの新型機械を取り付けることによって生まれる高出力なのだそうだが、それにしても馬力が大きい割にさほどにエンジン筐体が大きくないのが驚異的だ。
四菱のA6M1試作機は、四菱製のエンジンを搭載しており、「房二型」エンジンとは径も長さも異なるから、このままでは四菱の機体には搭載できないが、これを適切な航空機に搭載すれば、それだけでかなりの高速化が図れるのではないかと思われる。
因みに四菱の試作機の場合、最高速度は、今のところ490 km/h (264.5kt)で、航続距離は巡航速力で3,350 km(1,800海里)とされているが、戦闘行動を伴う場合は6~7割の航続距離にまで落ち込むはずだ。
金谷の山中の地下工場で俺(小和田大尉)が見せてもらった吉崎航空の試作機、ルー101号機の場合、最高速度は高度10,000m で378kn (700km/h)超、航続距離は1700海里超、増槽タンクをつけると更に2000海里超まで伸びると説明を受けた。
とんでもない性能である。
四菱で開発中の試作機「A6M1」で、全幅12.0m 全長9.05m、全高3.53m、自重1,754 kgの大きさなのだが、吉崎航空機製作所の試作機「ルー101」の場合、全幅11.99m、全長9.37m、全高3.96mなので、全長と全高で少し大きくなるのだが、軽貨重量は1,756kgとほぼ同じになる。
但し、燃料満載、増槽タンク、フル弾薬装備、フル爆装では、更に3トン近く増えることになるようだ。
多分大丈夫とは思うが、艦上戦闘機仕様で考えているなら空母の飛行甲板の強度と制動ワイヤーの見直しが重要になるかもしれないな。
ルー101の場合、主翼に折り畳み機能をつけることもできるらしく、折り畳み時には、全幅が5m余りにまで小さくなるようなので、空母への搭載機としては格納機数が増えることからかなり有利になるのは間違いない。
問題は高速機の場合、離着陸距離がどうしても長くなる嫌いがあるので、果たして航空母艦での運用ができるかどうかが問題である。
工場長の話では、鳳翔(飛行甲板長168m)及び龍驤(飛行甲板長156m)については、発艦はできても着艦は操縦が結構難しくなること、但し、制動ワイヤーがあれば着陸も可能であること、また、赤城、加賀とも従来の三層構造からの改修が終わっているのであれば、若干機体性能を落として低速での運用を可能にすれば、現状の空母でも離着陸は十分可能であると説明してくれた。
「海軍さんの次期建造空母が如何様なものになるのかは承知しておりませんが、この種高速機の導入を考えておられるならば、少なくとも飛行甲板の全長は200m以上が間違いなく望ましいでしょうな。」
空母の飛行甲板を1mでも伸ばすのは非常に大変なことなのだが、工場長があっさりとそう言っていた。
因みに、ルー101のタンク容量は1700リットルで、600リットルの増槽タンクをつけることができるようだから、一回の出撃で最低でも1500リットル程度の燃料消費は覚悟しなければならない。
実のところ航空機燃料は非常に高いのだ。
航空ガソリンの方がより高いのだが、東京では自動車用ガソリンですら業者の卸値でキロリッター当たり95円もする。
地方都市では輸送費もかかるからもっと高いのだろうと思う。
俺が「燃料が高いよなぁ。」と思わず愚痴めいたことを言うと、工場長がこともなげに言う。
「では、我が社から購入されては如何ですかな?
契約量にもよりますが、航空燃料1キロリッター当たり、10円から15円ぐらいで納品できると思いますよ。」
それこそ、俺は目ン玉が飛び出るぐらい驚いたぜ。
「この会社は航空機を造る会社だろう?
何で、燃料が売れるんだ?
それになんでそんなに安い?
何処かから安い油を輸入しているのか?」
「わが社は、航空機に関する部品を含め、航空機の製作と運用に関する全てのものを生産できるように会社の定款が作られています。
その中には当然のことながら航空機燃料も含まれているのでございます。」
因みに、ルー101の燃料は、この工場で製造しているらしく、製造方法は極秘だが、現状で年間10万klほどの生産は可能なのだそうだ。
しかも、原油から精製しているのではなくって、植物等から抽出した化合物などから特殊なエタノール燃料を生み出しているらしい。
俺はエタノールについては良く知らんが、工場長の話によれば、高濃度のものは確かに燃えるんだが、単位体積当たりのガソリンに比べると発熱量が少ないんだそうだ。
単純に言えば、エタノール燃料ではエンジン出力が下がってしまうらしいのだが、そいつに特殊な添加剤を加えること等によって航空ガソリンと同等以上の発熱量にし、さらにはオクタン価100程度のものが造れるらしい。
航空ガソリンのオクタン価を上げるには有機鉛を添加材として入れねばならぬのだが、国内で造るその有機鉛の出来が悪く、海軍で入手できる航空ガソリンはどうしてもオクタン価が低いものになってしまう。
海軍が入手できる航空ガソリンは、オクタン価にして87~93なのである。
米国ではオクタン価が100の航空ガソリンが造れているというのに、日本では作れないから、燃料だけで航空機の性能に差がついてしまうのだ。
従って、オクタン価が100程度であり、航空ガソリンと同等以上の発熱量がある航空燃料で、しかも格安となればこれはもう買い一択だろう。
この情報は絶対に経理部に伝えて、吉崎航空機製作所からの納入契約を結んでもらわねばならん。
この工場で造る航空燃料を安く手に入れ、それで高性能な航空機が飛べるならば、これはそれだけで途轍もない朗報である。
現状で言えば、海軍における航空燃料の消費量は、1万5千キロリットル程度だが、今後の航空機の大量運用を考えると絶対に大量の航空燃料の確保が必須なのである。
しかもそのほとんどを輸入に頼らなくてはならないのだから、仮に大きな輸入元である米国との戦争にでもなれば輸入が途絶えて大変なことになる。
海軍の艦艇燃料にしても然りなのである。
当然のことだが、その前に航空燃料のサンプルを貰ってウチの研究所で既存の航空機に使えるかどうかを確認してもらわねばならんな。
工場長にその話をすると、帰りに小型の特殊容器に保管したサンプルをくれることになった。
ところでその製造装置とやらは、工場が地下にあるように、航空燃料の製造機械もタンクも地下に埋設されており、地表でその位置は一切わからないようになっているらしい。
因みに稲毛海岸など千葉県の海岸付近にある民間飛行場から飛行機(未だに複葉機が多いらしい)が工場付近の上空にも時折来るそうであり、外部からわからないようほとんどの施設を隠しているのだそうだ。
そういえば、この工場入り口の総ガラス張りの建物に到着した際に、南の方向に宿舎と思われる建物群が見え、北方向には広い滑走路らしきものが見えたな。
恐らくは上空から見ても、わかるのは宿舎とこの入り口になるガラス張りの事務所、それに滑走路だけなのだろう。
当然のことながら一般人の滑走路の使用は一切認めていないそうだ。
万が一にでも勝手に利用されないよう、普段は移動式の柵が障害物として30mごとに滑走路に置かれており、航空機が勝手に降りたりできないようにしているようだ。
その日は、単発複座の練習用航空機「ラー1」に載せてもらい、実際の運動性能を体験させてもらったのだが、はっきり言って予想外の凄まじい性能だった。
加速力、旋回能力、上昇能力そうして操縦レスポンスのすべてが、これまでの既存の航空機を圧倒していた。
それでいて、この「ラー1」の性能は、複座にして練習機仕様としているが故にルー101の劣化版なのだそうだ。
これは何としてもこの航空機製作所に次代の戦闘機製造を担ってもらわねばならないと俺は確信した。
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