仮想戦記:蒼穹のレブナント ~ 如何にして空襲を免れるか

サクラ近衛将監

文字の大きさ
5 / 59
第一章 十二試艦上戦闘機

1ー5 吉崎航空機製作所の視察 その二

しおりを挟む
 仕事柄、小和田大尉もいくつかの航空機製造工場は見学したことがあるが、この建造物は明らかに大規模な工場には見えない。
 造船所にしろ、航空機の生産工場にしろ、普通は高さが4けんほどもある天井を持ち、幅が15けんから20けんほど、長さが50けんほどもある組み立て工場が何群か付随しているものなのだが、ここにはそれが全く無い。

 外観は珍しいが、もしかして単なる研究所なのかと思わせるほど、普通の大きさの建物である。
 南北20けん、東西10けんほどの二階建て(後にRC造りと判明)程度の建物に過ぎないのだ。

 これが工場であるとするならば、精々手作りの小型飛行機を作るのが関の山で、量産化は先ず無理だろう。
 朝早くに汽車に乗って、半日を掛けてこの田舎にやってきたのだから、ここまで来た以上は、ただの見学であっても見て行くしかないなと多少落胆しながらも覚悟を決めた。

 建物内部に入って驚いたのは、壁も床も全体に小綺麗であることと、外から内部は見えないのに、外面のガラス越しに中から外はしっかりと見通せることだった。
 何やら非常に面白い造りではあると小和田大尉は思った。

 最初に案内されたのはエレベーターだった。

<何だ?
 二階に上がるのにわざわざエレベーターを使うのか?>

 そう思ったのだが、それは小和田大尉の大きな勘違いだった。
 橋野工場長がボタンを押すと、エレベーターは下に向かって動き出したのである。

 つまりは地下に工場があるのだ。
 これはまるで航空母艦の格納庫のようではないか。

 そう思うと何故か心が躍ったよ。
 下に辿り着くまでは左程の時間を要しなかったようだが、エレベーターのドアが開くとそこは別世界だった。

 高さが十けんはありそうな高い天井、端が見えないほど広い空間がそこにはあった。
 いや、訂正しよう。

 端は見えるんだが、距離感が判らんのでどれぐらい広いのか正直なところわからんのだ。
 空母赤城の格納庫は、幅はともかく長さはかなり大きい。

 しかしながら、その数倍以上もの幅と、更にその幅の何十倍以上にもなると思われる長さの広大な空間となると、流石に距離感がつかめないのだ。
 しかも、至る所で得体の知れぬ大型の機械が稼働しているようだ。

 中には、旋盤あり、ボーリング機械あり、数十m離れたところでは、溶接らしきものをやっているところもある。
 うん?

 溶接?
 リベットじゃないのか?

 航空機は普通リベットだろう?
 確か溶接では、熱によって接着面が歪み、応力が残って腐食の原因になるし、そもそも強度が足らんと聞いているのだが・・・。

 その後、工場長の案内で、最新鋭の機械群と航空機の製作工程を見せてもらった。
 但し、工場内の大部分が区画で区切られており、その大半が仕切りで囲まれて見えないようにされていたのが若干気になった。

 因みにこの工場では、古臭い複葉機は全く製造していないとのことだったが、民間機では今でも複葉機が多く、逆に単葉機は至って少ないのだ。
 橋野工場長の説明によれば、複葉機は性能が悪すぎるので除外されているということだった。

 見せてもらった完成形の星形の航空エンジンは、どうやら自社製のものらしい。
 私の見知っている目下四菱が試作中のA6M1の搭載エンジンと比べると、同じ星型エンジンながら、直径は一割から二割ほど大きく、全長が四割増しほどと、かなり大きい代物である。

 但し、大きさの割には重量が軽いのはなぜだろう?
 工場長曰く、エンジンの主要構造部がこれまで使用されていない軽金属で出来ているからなのだそうだ。

 ウン?
 軽いってことは耐久性は大丈夫なのか?

栄一二型エンジン:
 全長:  1,472 mm、
 直径:  1,150 mm、
 出力:  980馬力
 排気量: 27.86 L
 乾燥重量:530kg

房二型エンジン
 全長:   1,886mm
 直径:   1,224mm
 排気量:  44.9L
 乾燥重量: 680kg
 過給機:  遠心式スーパーチャージャー2段2速
 燃料供給方式:直噴式
 離昇馬力: 2,400Bhp/1,790kW/2,800rpm

 排気量は栄一二型に比べると、1.6倍の44.9リットルもあるそうだ。
 当然に馬力も大きく、栄一二型エンジンの980馬力に比べ、驚くなかれ2倍半ほどの2400馬力が出せるという。

 それも、過給機とやらの新型機械を取り付けることによって生まれる高出力なのだそうだが、それにしても馬力が大きい割にさほどにエンジン筐体が大きくないのが驚異的だ。
 四菱のA6M1試作機は、四菱製のエンジンを搭載しており、「房二型」エンジンとは径も長さも異なるから、このままでは四菱の機体には搭載できないが、これを適切な航空機に搭載すれば、それだけでかなりの高速化が図れるのではないかと思われる。

 因みに四菱の試作機の場合、最高速度は、今のところ490 km/h (264.5kt)で、航続距離は巡航速力で3,350 km(1,800海里)とされているが、戦闘行動を伴う場合は6~7割の航続距離にまで落ち込むはずだ。

 金谷の山中の地下工場で俺(小和田大尉)が見せてもらった吉崎航空の試作機、ルー101号機の場合、最高速度は高度10,000m で378kn (700km/h)超、航続距離は1700海里超、増槽タンクをつけると更に2000海里超まで伸びると説明を受けた。

 とんでもない性能である。
 四菱で開発中の試作機「A6M1」で、全幅12.0m 全長9.05m、全高3.53m、自重1,754 kgの大きさなのだが、吉崎航空機製作所の試作機「ルー101」の場合、全幅11.99m、全長9.37m、全高3.96mなので、全長と全高で少し大きくなるのだが、軽貨重量は1,756kgとほぼ同じになる。

 但し、燃料満載、増槽タンク、フル弾薬装備、フル爆装では、更に3トン近く増えることになるようだ。
 多分大丈夫とは思うが、艦上戦闘機仕様で考えているなら空母の飛行甲板の強度と制動ワイヤーの見直しが重要になるかもしれないな。

 ルー101の場合、主翼に折り畳み機能をつけることもできるらしく、折り畳み時には、全幅が5m余りにまで小さくなるようなので、空母への搭載機としては格納機数が増えることからかなり有利になるのは間違いない。
 問題は高速機の場合、離着陸距離がどうしても長くなる嫌いがあるので、果たして航空母艦での運用ができるかどうかが問題である。

 工場長の話では、鳳翔(飛行甲板長168m)及び龍驤(飛行甲板長156m)については、発艦はできても着艦は操縦が結構難しくなること、但し、制動ワイヤーがあれば着陸も可能であること、また、赤城、加賀とも従来の三層構造からの改修が終わっているのであれば、若干機体性能を落として低速での運用を可能にすれば、現状の空母でも離着陸は十分可能であると説明してくれた。

「海軍さんの次期建造空母が如何様なものになるのかは承知しておりませんが、この種高速機の導入を考えておられるならば、少なくとも飛行甲板の全長は200m以上が間違いなく望ましいでしょうな。」

 空母の飛行甲板を1mでも伸ばすのは非常に大変なことなのだが、工場長があっさりとそう言っていた。
 因みに、ルー101のタンク容量は1700リットルで、600リットルの増槽タンクをつけることができるようだから、一回の出撃で最低でも1500リットル程度の燃料消費は覚悟しなければならない。

 実のところ航空機燃料は非常に高いのだ。
 航空ガソリンの方がより高いのだが、東京では自動車用ガソリンですら業者の卸値でキロリッター当たり95円もする。

 地方都市では輸送費もかかるからもっと高いのだろうと思う。
 俺が「燃料が高いよなぁ。」と思わず愚痴めいたことを言うと、工場長がこともなげに言う。

「では、我が社から購入されては如何ですかな?
 契約量にもよりますが、航空燃料1キロリッター当たり、10円から15円ぐらいで納品できると思いますよ。」

 それこそ、俺は目ン玉が飛び出るぐらい驚いたぜ。

「この会社は航空機を造る会社だろう?
 何で、燃料が売れるんだ?
 それになんでそんなに安い?
 何処かから安い油を輸入しているのか?」 

「わが社は、航空機に関する部品を含め、航空機の製作と運用に関する全てのものを生産できるように会社の定款が作られています。
 その中には当然のことながら航空機燃料も含まれているのでございます。」

 因みに、ルー101の燃料は、この工場で製造しているらしく、製造方法は極秘だが、現状で年間10万klほどの生産は可能なのだそうだ。
 しかも、原油から精製しているのではなくって、植物等から抽出した化合物などから特殊なエタノール燃料を生み出しているらしい。

 俺はエタノールについては良く知らんが、工場長の話によれば、高濃度のものは確かに燃えるんだが、単位体積当たりのガソリンに比べると発熱量が少ないんだそうだ。
 単純に言えば、エタノール燃料ではエンジン出力が下がってしまうらしいのだが、そいつに特殊な添加剤を加えること等によって航空ガソリンと同等以上の発熱量にし、さらにはオクタン価100程度のものが造れるらしい。

 航空ガソリンのオクタン価を上げるには有機鉛を添加材として入れねばならぬのだが、国内で造るその有機鉛の出来が悪く、海軍で入手できる航空ガソリンはどうしてもオクタン価が低いものになってしまう。
 海軍が入手できる航空ガソリンは、オクタン価にして87~93なのである。

 米国ではオクタン価が100の航空ガソリンが造れているというのに、日本では作れないから、燃料だけで航空機の性能に差がついてしまうのだ。
 従って、オクタン価が100程度であり、航空ガソリンと同等以上の発熱量がある航空燃料で、しかも格安となればこれはもう一択だろう。

 この情報は絶対に経理部に伝えて、吉崎航空機製作所からの納入契約を結んでもらわねばならん。
 この工場で造る航空燃料を安く手に入れ、それで高性能な航空機が飛べるならば、これはそれだけで途轍もない朗報である。

 現状で言えば、海軍における航空燃料の消費量は、1万5千キロリットル程度だが、今後の航空機の大量運用を考えると絶対に大量の航空燃料の確保が必須なのである。
 しかもそのほとんどを輸入に頼らなくてはならないのだから、仮に大きな輸入元である米国との戦争にでもなれば輸入が途絶えて大変なことになる。

 海軍の艦艇燃料にしても然りなのである。
 当然のことだが、その前に航空燃料のサンプルをもらってウチの研究所で既存の航空機に使えるかどうかを確認してもらわねばならんな。

 工場長にその話をすると、帰りに小型の特殊容器に保管したサンプルをくれることになった。
 ところでその製造装置とやらは、工場が地下にあるように、航空燃料の製造機械もタンクも地下に埋設されており、地表でその位置は一切わからないようになっているらしい。

 因みに稲毛海岸など千葉県の海岸付近にある民間飛行場から飛行機(未だに複葉機が多いらしい)が工場付近の上空にも時折来るそうであり、外部からわからないようほとんどの施設を隠しているのだそうだ。
 そういえば、この工場入り口の総ガラス張りの建物に到着した際に、南の方向に宿舎と思われる建物群が見え、北方向には広い滑走路らしきものが見えたな。

 恐らくは上空から見ても、わかるのは宿舎とこの入り口になるガラス張りの事務所、それに滑走路だけなのだろう。
 当然のことながら一般人の滑走路の使用は一切認めていないそうだ。

 万が一にでも勝手に利用されないよう、普段は移動式の柵が障害物として30mごとに滑走路に置かれており、航空機が勝手に降りたりできないようにしているようだ。
 その日は、単発複座の練習用航空機「ラー1」に載せてもらい、実際の運動性能を体験させてもらったのだが、はっきり言って予想外の凄まじい性能だった。

 加速力、旋回能力、上昇能力そうして操縦レスポンスのすべてが、これまでの既存の航空機を圧倒していた。
 それでいて、この「ラー1」の性能は、複座にして練習機仕様としているが故にルー101の劣化版なのだそうだ。

 これは何としてもこの航空機製作所に次代の戦闘機製造を担ってもらわねばならないと俺は確信した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

農民レベル99 天候と大地を操り世界最強

九頭七尾
ファンタジー
【農民】という天職を授かり、憧れていた戦士の夢を断念した少年ルイス。 仕方なく故郷の村で農業に従事し、十二年が経ったある日のこと、新しく就任したばかりの代官が訊ねてきて―― 「何だあの巨大な大根は? 一体どうやって収穫するのだ?」 「片手で抜けますけど? こんな感じで」 「200キロはありそうな大根を片手で……?」 「小麦の方も収穫しますね。えい」 「一帯の小麦が一瞬で刈り取られた!? 何をしたのだ!?」 「手刀で真空波を起こしただけですけど?」 その代官の勧めで、ルイスは冒険者になることに。 日々の農作業(?)を通し、最強の戦士に成長していた彼は、最年長ルーキーとして次々と規格外の戦果を挙げていくのだった。 「これは投擲用大根だ」 「「「投擲用大根???」」」

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。 4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

消息不明になった姉の財産を管理しろと言われたけど意味がわかりません

紫楼
ファンタジー
 母に先立たれ、木造アパートで一人暮らして大学生の俺。  なぁんにも良い事ないなってくらいの地味な暮らしをしている。  さて、大学に向かうかって玄関開けたら、秘書って感じのスーツ姿のお姉さんが立っていた。  そこから俺の不思議な日々が始まる。  姉ちゃん・・・、あんた一体何者なんだ。    なんちゃってファンタジー、現実世界の法や常識は無視しちゃってます。  十年くらい前から頭にあったおバカ設定なので昇華させてください。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

処理中です...