白雪姫の姉は辺境で静かに暮らしたい〜毒親魔女とゾンビ妹が騒がしいので、怠け者公爵との激甘スイーツ生活を死守します!〜

けんゆう

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6 白雪姫の姉ですが今度はレシピを盗まれました

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 アップルは公爵領で、スイーツの研究に余念がなかった。その日もアップルは、ジョンと使用人たちのために作る、薬草入りリンゴケーキの改良版レシピを書き上げた。

「よし、このレシピなら、一段とグレードアップしたケーキのふっくらした食感が楽しめて、体も心も元気になれるわね!」

 アップルは満面の笑みを浮かべた。そして実作に取り組む前に、少し休憩して、疲れた頭を休めることにした。

 だが、その様子を窓の外からうかがう、黒い影があった。

 それは、サニー王妃が密偵として放った、使い魔のカラスだった。

 バサバサバサッ――

 アップルが椅子に座って居眠りを始めると、カラスは窓から侵入し、机のレシピをくわえて飛び去った。

「あれ? 私、いま寝てた……?」

 眠い目をこすりながらアップルが起き上がった時、机の上には既にレシピはなく、カラスの黒い羽根が一枚残されているだけだった。

「あーっ、レシピがない! きっと、あの人のしわざね!」

 その日の夜、王宮の塔の最上階。

 重々しい鉄の扉が閉ざされたその部屋では、今日も甘ったるい香りが漂っていた。

「スノーホワイトちゃ~ん、十八歳の誕生日おめでとぉ~! ママが、特製のリンゴケーキを焼いてきたわよぉ!」

 サニー王妃が、ニコニコと笑いながら部屋に入ってきた。

 手に持っているのは、こんがり焼き上げられた、見るからに怪しいリンゴケーキの皿。

「……」

 スノーホワイトは、ベッドに腰掛けたまま、目の前のケーキを静かに見つめていた。

「また、それ?」

「あらあら~、疑い深いわねぇ」

 サニーはクスクスと笑いながら、ケーキをテーブルに置いた。

「今日のケーキはねぇ、公爵領に行ったアップルが、特別にレシピを書いてくれたの!」

 アップルから盗んだレシピを、スノーホワイトに見せびらかすサニー。

「鏡のお告げでね。アップルのレシピ通りに作れば、スノーホワイトちゃんの美容と健康にすっごくいいスイーツが出来るんだって! アップルって、魔力は全然ダメダメなんだけど、そのへんの草をむしってきて料理作るとか、そういう卑しい知恵だけはあるのよねぇ」

「……アップルお姉様が?」

 スノーホワイトは冷めた目でサニーを見つめた。

「もしかして、お姉様まで、私の殺害に加担させてるの?」

「そんなことないわよぉ~!  ただ、少しでもあなたを可愛いままで保つためには、たまにはリセットが必要なのよ。だってあなた、しょせんは死体だもの。時々リセットしないと、腐っちゃう」

「……なるほどね」

(そう言えば、この女が王宮に乗り込んできて五年。まだまだ成長期のはずなのに、私の背は少しも伸びてない。蘇生魔法は、直前の姿に戻すんじゃなくて、五年前のあの日、崖から落ちて最初に死んだ時の状態に、私をリセットしてたんだ……)

 このまま王妃のペットとして暮らせば、永遠に成長できず、幼い姿のままで死と復活を繰り返すことになる。さりとて、ここを逃げ出せば、いずれは体が腐り果てるだけ……。スノーホワイトは、背筋がぞっとするのを感じた。

「ほら、さっさと召し上がれ!」

 サニーはウキウキした様子でケーキを切り分け、スノーホワイトの目の前に差し出した。

「ねえ、ママ。もう飽きないの?」

「飽きる? なぁに、それ?」

「私は何度も死んで、そのたびにあなたが蘇生魔法を使って……その繰り返しじゃない」

 スノーホワイトは淡々と呟いた。

「それって、楽しいの?」

「楽しいわよぉ!  だって、何度でもあなたを最高の状態に戻せるんですもの!」

 サニーは両手を広げて、狂気じみた笑顔を浮かべた。

「壊れても、壊れても、また元通り!  私のスノーホワイトちゃんは、永遠に可愛いままなのよ!」

「ママ、あなたって本当に面倒くさい」

 スノーホワイトは呆れたように目を伏せた。

「さあ、早く召し上がって!」

 サニーが無邪気に笑いながら催促すると、スノーホワイトは観念したように一切れを手に取った。

「いただきます」

 ケーキを口に運んだ瞬間、甘酸っぱいリンゴの風味とバターの香り、そしてかすかなハーブの香りが広がった。

「ん……美味しいわ」

 スノーホワイトは二切れ、三切れとケーキを口に運ぶ。

「でしょぉ~?」

「……でも」

 スノーホワイトは、徐々に瞼が重くなっていくのを感じた。

「……やっぱり、毒ね」

「ふふふ! 大正解!」
 
 サニーは無邪気に手を叩いた。

「でも大丈夫! 今までよりさらにグレードアップした健康美人な姿で、ママが蘇生してあげるからねぇ!」

「……っ」

 視界が暗くなる中、スノーホワイトは最後に一つだけ言葉を漏らした。

「……バッカみたい」

 そして、彼女の体は静かに崩れ落ちた。

「さて……」

 サニーは、スノーホワイトの亡骸を見下ろしながら、愛おしげに微笑んだ。

「すぐに元通りよぉ~」

 彼女は両手を広げ、怪しげな紫色の魔法陣を展開した。

無限回帰リザレクション・アンフィニタス!」

 淡い光がスノーホワイトの体を包み込み、再び命が宿っていく。

「さあ、目を覚まして!」

「……っ」

 スノーホワイトは、再び息を吹き返した。

「おはよう、スノーホワイトちゃ~ん!」

 目を開けると、そこには満面の笑みを浮かべるサニーがいた。

「また生き返ったわねぇ! これでママとまた楽しい時間を過ごせるわ!」

「……」

 スノーホワイトは、ぼんやりとした視線でサニーを見つめた。

(また生き返らされた……)

 だが、その瞬間。

「……ん?」

 スノーホワイトは、ふと奇妙な感覚を覚えた。

(これは……お姉様のレシピの効果?)

 幽閉されて以来、体力も気力も極限まで削られた。しかし今回の復活では、今までになく知覚が敏感になり、力がみなぎっているのをスノーホワイトは感じていた。

 ケーキのレシピに含まれた薬草の、絶妙な配合バランスがもたらした作用のようだった。
 
 今なら、隙さえあれば、この「牢獄」から、全力疾走して逃げ出せそうな気がする。 

「ママ……」

「なあに? スノーホワイトちゃん!」

「なんか……魔力、消耗しすぎてない? 目の周りに、クマができてるけど」

「えっ……?」

 サニーの笑顔が、一瞬にしてこわばった。

「な、なによ、そんなことないわよぉ~?」

 スノーホワイトは周囲の魔力の流れを、慎重に探った。

(やっぱり。いつもなら、結界はびくともしない。でも今は……)

 結界の魔力が、わずかに弱まっているのが分かった。

(今までにないチャンスかもしれない)

 スノーホワイトは、内心で密かに笑みを浮かべた。

「ママ、きっと睡眠不足よ。国の政治を何もかも一人で決めてるから、働きすぎなんじゃない? 少し休んだ方がいいわ」

「えっ? そ、そうかしら?」

 サニーは、まだ結界の弱体化には気づいていないらしく、過労が顔に出ていると指摘されたことにだけ、激しく動揺している様子だった。

「ママのために、私がお茶を淹れてあげる。だから、少し横になって待ってて」

「まあまあ、スノーホワイトちゃんったら優しいわねぇ!」

 サニーは、大げさにふらつく仕草をしながら、スノーホワイトのベッドに我が物顔で横になり、満足げに笑った。

(今度こそ……)

 スノーホワイトは、目の前に寝そべるサニーを見つめながら、静かに拳を握りしめた。

(私は、腐っても王女。明日をも知れぬ命でも、誇りを持って生きるほうがいい。絶対に、この塔からは逃げ出してやる)

 結界が完全に回復する前に、脱出の準備を整えなければならない。

「ママ、少しだけ待っててね……」

 スノーホワイトは優雅に微笑みながら、心の奥底で燃え上がる決意を密かに抱いていた。
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