白雪姫の姉は辺境で静かに暮らしたい〜毒親魔女とゾンビ妹が騒がしいので、怠け者公爵との激甘スイーツ生活を死守します!〜

けんゆう

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8 白雪姫の姉ですがリンゴ狩りに出かけます

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 モンストラン公爵家の朝、いつもの静けさの中に、ほんのり甘い香りが漂っていた。

「……ん?」

ジョン・モンストラン公爵は、執務室で領地の書類を広げていたが、鼻をくすぐる懐かしい香りに気づき、ふと顔を上げた。

 リンゴとレーズンの甘い香り――

「また、アップルが何かやってるな」

 ジョンは、微かに微笑みながら小さくつぶやいた。

 ここ最近、彼の生活は「変化」を遂げていた。

 以前は、政務など面倒で、書類に目を通すだけでも苦痛だった。

 だが――

「おーい、アップル」

「はーい」

 彼が階下の厨房に向かって呼ぶと、すぐに現れる、柔らかい笑顔と甘い香りをまとった公爵夫人、アップル。

「今日は……天気がいいなぁ」

 ジョンは、自室の窓から外を見つめながら、ぽつりと呟いた。

「え?」

 アップルは、思わず顔を上げた。

「お前、散歩は好きか?」

「えっと……はい。子供の頃は、よく市場や森を歩いたりしてました」

 アップルは、驚きの表情を浮かべながらも答えた。嫁いで以来、ずっと城に引きこもっている姿しか見たことのない公爵が、珍しく外界に関心を示している。

「ならば……ちょっと出掛けるから付き合え」

 ジョンは、照れ隠しのようにぶっきらぼうな口調で言った。

「えっ? わ、私が……ですか?」

「……他に誰がいる?」

 ジョンは、そっけない顔をしていた。だが、彼の耳の先がほんのり赤くなっているのを、アップルは見逃さなかった。
 
 公爵家直轄の果樹園。アップルはリンゴの木を見上げながら、感嘆の声を漏らす。

「こんなに品質のいいリンゴがたくさん……」

 モンストラン公爵家の果樹園には、特産品であるリンゴをはじめ、たくさんの木々と畑が並び、色とりどりの花々が咲き誇っていた。

「昔は、よくここで乗馬の稽古をした」

 ジョンは、懐かしそうにリンゴの木を見つめた。

「スノーホワイトと、ですか?」

「……ああ」

 ジョンの声が、少しだけ低く沈んだ。

(やっぱり、公爵様はスノーホワイトのことを……)

 アップルの胸が、キュッと痛くなる。

 だが――

「まあ、子供のころの話だ」

 ジョンは、ふとアップルの方を見て、静かに微笑んだ。

「今は、お前と歩いている」

「えっ……」

 アップルの頬が、ほんのりと赤く染まった。

「これ、重いだろ」

「え?」

 アップルがリンゴを収穫してかごに集めていると、ジョンは無造作にかごを取り上げた。

「い、いいですよ! 自分で持てますから!」

「バカ言うな」

 ジョンは、軽々とかごを肩に掛けながら、不器用に微笑んだ。

「俺に荷物を持たせるくらいで、気にしなくていい」

「で、でも……」

「お前は手ぶらでいいんだ」

 ジョンは、あくまで当然のことのように言った。

(え、なんでこんな急に優しいの……?)

 アップルは、困惑しつつも胸の奥が温かくなるのを感じた。

「きゃっ!」

 地面の石に、アップルの靴が引っかかった。

 バランスを崩して倒れそうになった瞬間――

「危ない!」

 ジョンが、素早く手を伸ばし、アップルの腕をしっかりと支えた。

「……っ!」

 アップルは、ジョンの胸にすっぽりと抱き留められていた。

「気をつけろよ」

 ジョンの顔が、すぐ目の前にあった。

「す、すみません……」

 アップルは、耳まで真っ赤になりながら慌てて身を引いた。だが、ジョンは腕の力を緩めることなく、しっかりと彼女を支え続ける。

「怪我はないか?」

「は、はい、大丈夫です……」

 アップルは、心臓の音がジョンに聞こえてしまうのではないかと不安になるほど、胸がドキドキしていた。

(こんなの、ズルい……)

 果樹園の散策から戻ると、アップルは、ジョンの隣でティータイムの準備を始めた。

「ふぅ……なんだか、緊張する散歩でしたね」

「お前が転びそうになったからだろう」

 ジョンは、苦笑しながらテーブルのスイーツを見つめた。

「今日は……リンゴのマフィンです」

 アップルは、少しだけ照れくさそうに微笑んだ。

「新しいレシピを試してみたんです」

「そうか……」

 ジョンは、ふわふわのマフィンを一口食べ、目を閉じた。

「……うん、うまいな」

 いつも通りの素っ気ない感想だったが、その表情は明らかに満足げだった。

「最近、政務にも少し、やる気が出てきた」

 ジョンは、ぽつりとつぶやいた。

「えっ?」

 アップルは、驚いた表情でジョンを見つめた。

「前は、正直どうでもよかった」

 ジョンは、目を伏せながら、少しだけ遠くを見つめた。

「でも……」

「でも?」

「最近は、お前とこうしていると、なんだか元気が出るんだ」

「……!」

 アップルの心臓が、また跳ね上がった。

「ジョン……?」

「お前のスイーツのおかげか。それとも……」

 ジョンは、アップルの瞳をそっと見つめた。

「……お前自身の力なのか」

「えっ……?」

 アップルの頬が、ますます赤く染まる。

 ジョンは、自分の胸の内に広がる何かに、気づいていた。

(これは……本当にスイーツの味と栄養だけの効果だろうか?)
 
 毎日、アップルのスイーツを食べるのが楽しい。いや、彼女の笑顔を見るだけで、気持ちが軽くなる。

(やっぱり……アップル自身の力だよなぁ)

 ジョンは、マフィンをもう一口食べながら、静かに考えを巡らせた。

 一方、アップルもまた、胸の奥で新しい想いが芽生え始めていた。

(ジョンの表情が、明るくなってきてる。私の作ったスイーツが、公爵家のみんなに元気に与えてるんだ……)

「私、これからも頑張りますね」

 アップルはジョンにそう告げた。

(もっと薬効が高くて美味しいスイーツを作って、喜ばせよう)

 アップルはそう計画しながら、小さく拳を握りしめる。

(私はもう、ただの代用品じゃない)

 アップルの瞳には、かつてないほど自信が宿っていた。

 ジョンが、ふとつぶやいた。

「これからも、毎日こうやって、一緒に時間を過ごしてほしい」

「え?」

「お前との、スイーツタイム。毎日がいい」

「……!」

 アップルは、心が温かく満たされていくのを感じた。

「はい、喜んで……」

 ジョンは、アップルの手元を見つめながら、静かに微笑む。

(俺の生きる元気の源は……もう、これしかない)

 彼の瞳には、確かに特別な想いが宿っていた。
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