16 / 35
16 白雪姫の姉ですが妹と再会しました
しおりを挟む
晴れ渡る青空の下、モンストラン公爵領から、兵士たちの一団が出発した。動員可能な兵力二万人のうち、国境の守りに半分を残して、総勢一万人の大部隊が街道を進む。
その先頭に立つ公爵ジョンは、複雑な思いを抱えながら、愛馬の手綱を握っていた。
心の中に、アップルの顔がちらつく。
「あなたには、白馬の王子様であってほしいの」
彼女にそう言われた瞬間、彼の胸には、ふたつの感情が同時に芽生えた。
ひとつは、王家の親戚・国内屈指の大貴族としての、国と民を守る義務感。そしてもうひとつは、「アップルがそこまで言うなら、願いをかなえたい」という思いだった。
――愛するプリンセスのため、男は命がけで戦い、勝利の栄冠を捧げるのみ。
すっかり忘れ去っていた騎士道精神が、アップルの「白馬の王子様」発言をきっかけに、自身の中で徐々に蘇ってきているのを、ジョンは感じていた。
しかし、そのアップルは、全長数キロに及ぶ戦列の最後尾で、馬車に乗っている。
彼女の陣中同伴を無理に押し切ってはみたものの、いざ出陣してみると、ジョン自身は当主として先陣に立たねばならず、そしてアップルの馬車は、安全のために後方へ配置せざるを得ない。
アップルと常に一緒に過ごせると思った、ジョンの思惑は遠征初日から当てが外れた。
野営中、ジョンは馬を飛ばしてアップルのもとを訪れ、短い時間を共にした。アップルはテントの中で、パンと紅茶を用意して待っていた。
ジョンは腰をおろし、リンゴジャムをパンに塗りながら、アップルに語りかけた。
「お前のジャム、本当に助かる」
「それは良かったです」
「明日には、公爵領の外へ出る。まだ俺は、王妃からの山賊討伐命令に返事を出してないし、スノーホワイトともまだ連絡が取れていない。どっちつかずのままだ」
「はい。でも……スノーホワイトに味方するんですよね?」
「そのつもりだが、協力の申し出を向こうが受け入れるかは分からない。物資目当てに襲ってくるかもな。こんな危険な場所にお前を連れてきたのは、どうやら間違いだったようだ。朝になったら、護衛に送らせよう。城へ戻って、待っててくれないか」
「お気遣い、ありがとうございます。でも、私には仕事が……」
「仕事? 仕事とは、なんだ?」
ジョンは困惑した表情で、アップルを見た。
「兵士たちの、食事のことです」
「兵糧が、どうした?」
「固いパンとチーズに、薄味のスープだけ。毎日これでは味気ありませんし、栄養が偏ります」
「まさか、兵士たちに、甘味を与えろと? 戦場は遊びじゃないんだぞ?」
自分のことを棚に上げて、ジョンは言った。一万人の兵士が三十瓶のジャムに群がったら、あっと言う間に全滅してしまうことだろう……ジャムが。
しかしアップルはなおも、食事改革の必要性を力説した。
「リンゴを毎日食べれば医者いらず、と申します。皮ごとジャムにすることで、栄養も甘味もさらに強くなります。厳しい行軍だからこそ、兵士たちの疲れを癒やす対策が、必要なんじゃありませんか?」
「そ、それは確かにそうだが……」
「実は出発準備の時から、補給部隊の皆さんと打ち合わせして、馬車に五台分、リンゴを積んでもらってます。お許しさえあれば、野営の時間を使って、炊事兵にジャムを大量生産させることが可能です」
「戦場で、ジャム作りを?」
「野菜やハーブも、たくさん積み込んできました。朝晩の食事も、私なら、もっと士気が上がりそうな献立に改良できます。ここには、私の手出しでヘソを曲げる料理長さんもいませんしね」
そう言って微笑むアップルに、ジョンは驚きの思いを新たにした。
「わ、分かった。アップルの思う通りやってくれ。炊事兵にも話を通しておく。任せよう……」
「ありがとう、ジョン。食べ物の怨みって、恐ろしいんです。美味しいものを独り占めして、兵士たちの反感を買うことは避けましょう。やっぱり、公平でなくっちゃ!」
自分とスイーツタイムを過ごすためだけに連れてきた妻が、いつの間にか軍全体の「兵站」を仕切り始めている――ジョンは狐につままれたような気持ちでアップルのテントを後にし、部隊の指揮へ戻った。
ジョンたちが王都へ向かって行軍すること数日。街道の村にひるがえる、雪の結晶をかたどった旗が見えてきた。スノーホワイトたちが占領している村だった。
村では、見張り櫓の上のサムライたちが、公爵軍の接近に気づいた。
「おい! 大軍が来たでござるぞ!」
「モンストラン公爵家の旗や……敵か、味方か⁉」
「まずは、闇討ち、不意討ちあるのみ……」
物騒なことを口にするサムライたちが暴走する前に、公爵軍から、使者の旗を立てた騎兵が単騎で出てきた。使者は、公爵夫妻とスノーホワイト王女の会談を申し込む書状を携えていた。
そしてついに三人は、村の入口で再会を果たした。会談のための椅子とテーブルが、野外に設けられた。
「お久しぶりね、ジョンお義兄様、アップルお姉様」
スノーホワイトは、優美な笑みを浮かべながら公爵夫妻を出迎えた。彼女の背後には、両目眼帯のハンターが、異様な雰囲気をかもし出しながら、突っ立っている。
「スノーホワイト。無事でよかったわ……」
アップルは涙で瞳を潤ませながら、スノーホワイトと抱擁を交わした。ジョンもスノーホワイトに声をかける。
「スノーホワイト、ずいぶん元気なようだな。活躍は聞いているぞ。そちらの男性は?」
「ハンターさんよ。彼に助けられて、革命軍を旗揚げしたの。民を救うため、私が女王になろうと思ってる。彼は革命軍の軍師だから、一緒に座ってもらってもいいよね? ハンターさん、こちらは幼馴染のジョンと、私の義理の姉アップル」
「公爵様、公爵夫人。同席を失礼致します」
ハンターが手探りで横にずれながら、椅子に着席する。他の三人も座ると、しばらくの間、沈黙が場を支配した。お茶などが出てくる気配も、一向にない。
アップルは、念のため持ってきたバスケットから紅茶の入った水筒を取り出し、トーストとリンゴジャムを、テーブルの上に並べた。
「取りあえず、お茶会にしましょうか。このジャム、私の手作りなんですよ」
アップルが、先にジャムをトーストに塗って、食べてみせる。スノーホワイトがハンターの耳元でささやいた。
「お姉様が先に自分で食べたわ。私も食べていい?」
ハンターがうなづくと、スノーホワイトもジャムトーストを口へと運んだ。
「すごく、おいしい。お姉様、スイーツ作りの天才なのね。王宮で何ヶ月も暮らしてないのに、宮廷料理人の味を再現して、さらにそれ以上のものにアレンジするなんて……」
「ありがとう」
「お姉様、王宮でも草むしりしたり、木に登って果物を取ろうとしたりして、叱られてたよね。短い間だったけど、お姉様がいた時は、ちょっと楽しかった。私は、料理とか掃除とか、全部ダメ。今も、サムライたちにやってもらってる。王女として育てられてきたから仕方ないけど、正直、お姉様がうらやましいな」
スノーホワイトは、あどけない笑顔を見せた。ジョンは、そんなスノーホワイトをじっと凝視しながら、語りかける。
「変わらないな」
「え?」
「五年前、最後に公爵領に遊びに来てくれた時と同じだな。その帰りに、君たち母子は馬車の事故に遭った……」
「ええ。でも私は生き返って、元気に生きてるわ」
「あの時と、全く変わってない。君は、思い出の美しい少女、そのままだ……」
「それはありがとう、ジョン。でも、私も十八歳になったの。もう、大人の女性なのよ」
そう言って笑うスノーホワイトの笑顔は、どこまでも美しく整っていた。
しかし――
(何かが、おかしい……)
昔の彼女と、言葉づかいも表情も同じ。だが、ジョンはその奥にある違和感を、見逃さなかった。
動きのすべてが、まるで計算されたように正確。表情に揺らぎがなく、話し方も抑揚が不自然すぎる。
そして何より、生気が感じられなかった。
「なあ、スノーホワイト」
ジョンはそっと問いかけた。
「君は本当に、あの事故で死んで、蘇ったのか?」
スノーホワイトは、笑みを崩さずに言った。
「ええ、そうよ。だからこうして、ジャムトーストもおいしく食べてますけど?」
その氷のような笑顔を見て、ジョンは確信した。
(スノーホワイトは、既にこの世のものではない)
ジョンに、スノーホワイトのゾンビ化を正確に見抜くだけの、強い感知能力はなかった。だが、十三歳の時と全く同じ容貌と体格のままというスノーホワイトの姿から、彼は、だいたいの事情を推測した。
(彼女はサニー王妃に、ただ魂を肉体に繋ぎ止められて、存在しているだけなのだ)
ジョンは悲痛な表情になった。
(この子はもう、俺の知ってるスノーホワイトじゃない。俺はもう、彼女の純真さを守ることはできない……)
ふと横を見ると、アップルが無邪気に、カップへ紅茶を注いでいた。
「アップル」
「はい」
「トーストを食べさせてくれないか」
「はぁっ⁉ な、なんでここで……」
「長時間、手綱を握って腕が痛いんだ。だから食べさせてくれ」
「さっきまで、全然そんな様子なかったじゃないですか。全くもう……はい、アーン」
アップルはちぎったジャムトーストを、ジョンの口に運んだ。ジョンは目を閉じて、口の中でトーストをゆっくりと味わう。
(俺は、自分の弱さから、こんな危険な場所までアップルを連れてきてしまった。だが、俺が守るべきは、過去の思い出じゃない。今、俺にジャムトーストを食べさせてくれる、この女性なんだ……)
「アップル」
「はい?」
「うまいぞ。世界で一番、優しい味だな」
「あ、ありがとうございます……」
「ここまで来たら、もう後には引けない。俺はお前の母親を裏切り、正式に革命軍へ参加する」
「はい」
「そして、お前のことを全力で守る」
「え、えっと……どういう話の流れでそういう結論になるんですか⁉」
「わからん。でも、そう思ったんだ……」
「じゃ、じゃあ、ちゃんと守ってくださいね……」
アップルは赤くなりながら、フッと視線を逸らした。そんなジョンとアップルの様子を冷たい表情で見つめながら、スノーホワイトは口を開く。
「あらあら……同盟の申し出ということでいいのかしら。謹んで、お受け致しますわ。いいよね? ハンターさん」
スノーホワイトはアップルの真似をして、ハンターの口元へジャムトーストを運ぶ。ハンターは首を振って拒んが、スノーホワイトは無理やり、彼の口へトーストを押し込んだ。
ジャムトーストをもぐもぐしながら、ハンターは黙って考えた。
(姫君の元許婚、ジョン公爵。そして王妃の実の娘、アップル。どちらも危険だ。姫君を次世代の女王に据える私の計画にとっては、明らかに邪魔となる存在……)
ハンターの額の魔紋「第三の眼」が、ズキズキと疼いていた。
(特に、アップル……彼女が秘めている力は、あまりにも巨大だ。今は利用させてもらうが、我々の革命からは、早めに退場して頂くとしよう……)
その先頭に立つ公爵ジョンは、複雑な思いを抱えながら、愛馬の手綱を握っていた。
心の中に、アップルの顔がちらつく。
「あなたには、白馬の王子様であってほしいの」
彼女にそう言われた瞬間、彼の胸には、ふたつの感情が同時に芽生えた。
ひとつは、王家の親戚・国内屈指の大貴族としての、国と民を守る義務感。そしてもうひとつは、「アップルがそこまで言うなら、願いをかなえたい」という思いだった。
――愛するプリンセスのため、男は命がけで戦い、勝利の栄冠を捧げるのみ。
すっかり忘れ去っていた騎士道精神が、アップルの「白馬の王子様」発言をきっかけに、自身の中で徐々に蘇ってきているのを、ジョンは感じていた。
しかし、そのアップルは、全長数キロに及ぶ戦列の最後尾で、馬車に乗っている。
彼女の陣中同伴を無理に押し切ってはみたものの、いざ出陣してみると、ジョン自身は当主として先陣に立たねばならず、そしてアップルの馬車は、安全のために後方へ配置せざるを得ない。
アップルと常に一緒に過ごせると思った、ジョンの思惑は遠征初日から当てが外れた。
野営中、ジョンは馬を飛ばしてアップルのもとを訪れ、短い時間を共にした。アップルはテントの中で、パンと紅茶を用意して待っていた。
ジョンは腰をおろし、リンゴジャムをパンに塗りながら、アップルに語りかけた。
「お前のジャム、本当に助かる」
「それは良かったです」
「明日には、公爵領の外へ出る。まだ俺は、王妃からの山賊討伐命令に返事を出してないし、スノーホワイトともまだ連絡が取れていない。どっちつかずのままだ」
「はい。でも……スノーホワイトに味方するんですよね?」
「そのつもりだが、協力の申し出を向こうが受け入れるかは分からない。物資目当てに襲ってくるかもな。こんな危険な場所にお前を連れてきたのは、どうやら間違いだったようだ。朝になったら、護衛に送らせよう。城へ戻って、待っててくれないか」
「お気遣い、ありがとうございます。でも、私には仕事が……」
「仕事? 仕事とは、なんだ?」
ジョンは困惑した表情で、アップルを見た。
「兵士たちの、食事のことです」
「兵糧が、どうした?」
「固いパンとチーズに、薄味のスープだけ。毎日これでは味気ありませんし、栄養が偏ります」
「まさか、兵士たちに、甘味を与えろと? 戦場は遊びじゃないんだぞ?」
自分のことを棚に上げて、ジョンは言った。一万人の兵士が三十瓶のジャムに群がったら、あっと言う間に全滅してしまうことだろう……ジャムが。
しかしアップルはなおも、食事改革の必要性を力説した。
「リンゴを毎日食べれば医者いらず、と申します。皮ごとジャムにすることで、栄養も甘味もさらに強くなります。厳しい行軍だからこそ、兵士たちの疲れを癒やす対策が、必要なんじゃありませんか?」
「そ、それは確かにそうだが……」
「実は出発準備の時から、補給部隊の皆さんと打ち合わせして、馬車に五台分、リンゴを積んでもらってます。お許しさえあれば、野営の時間を使って、炊事兵にジャムを大量生産させることが可能です」
「戦場で、ジャム作りを?」
「野菜やハーブも、たくさん積み込んできました。朝晩の食事も、私なら、もっと士気が上がりそうな献立に改良できます。ここには、私の手出しでヘソを曲げる料理長さんもいませんしね」
そう言って微笑むアップルに、ジョンは驚きの思いを新たにした。
「わ、分かった。アップルの思う通りやってくれ。炊事兵にも話を通しておく。任せよう……」
「ありがとう、ジョン。食べ物の怨みって、恐ろしいんです。美味しいものを独り占めして、兵士たちの反感を買うことは避けましょう。やっぱり、公平でなくっちゃ!」
自分とスイーツタイムを過ごすためだけに連れてきた妻が、いつの間にか軍全体の「兵站」を仕切り始めている――ジョンは狐につままれたような気持ちでアップルのテントを後にし、部隊の指揮へ戻った。
ジョンたちが王都へ向かって行軍すること数日。街道の村にひるがえる、雪の結晶をかたどった旗が見えてきた。スノーホワイトたちが占領している村だった。
村では、見張り櫓の上のサムライたちが、公爵軍の接近に気づいた。
「おい! 大軍が来たでござるぞ!」
「モンストラン公爵家の旗や……敵か、味方か⁉」
「まずは、闇討ち、不意討ちあるのみ……」
物騒なことを口にするサムライたちが暴走する前に、公爵軍から、使者の旗を立てた騎兵が単騎で出てきた。使者は、公爵夫妻とスノーホワイト王女の会談を申し込む書状を携えていた。
そしてついに三人は、村の入口で再会を果たした。会談のための椅子とテーブルが、野外に設けられた。
「お久しぶりね、ジョンお義兄様、アップルお姉様」
スノーホワイトは、優美な笑みを浮かべながら公爵夫妻を出迎えた。彼女の背後には、両目眼帯のハンターが、異様な雰囲気をかもし出しながら、突っ立っている。
「スノーホワイト。無事でよかったわ……」
アップルは涙で瞳を潤ませながら、スノーホワイトと抱擁を交わした。ジョンもスノーホワイトに声をかける。
「スノーホワイト、ずいぶん元気なようだな。活躍は聞いているぞ。そちらの男性は?」
「ハンターさんよ。彼に助けられて、革命軍を旗揚げしたの。民を救うため、私が女王になろうと思ってる。彼は革命軍の軍師だから、一緒に座ってもらってもいいよね? ハンターさん、こちらは幼馴染のジョンと、私の義理の姉アップル」
「公爵様、公爵夫人。同席を失礼致します」
ハンターが手探りで横にずれながら、椅子に着席する。他の三人も座ると、しばらくの間、沈黙が場を支配した。お茶などが出てくる気配も、一向にない。
アップルは、念のため持ってきたバスケットから紅茶の入った水筒を取り出し、トーストとリンゴジャムを、テーブルの上に並べた。
「取りあえず、お茶会にしましょうか。このジャム、私の手作りなんですよ」
アップルが、先にジャムをトーストに塗って、食べてみせる。スノーホワイトがハンターの耳元でささやいた。
「お姉様が先に自分で食べたわ。私も食べていい?」
ハンターがうなづくと、スノーホワイトもジャムトーストを口へと運んだ。
「すごく、おいしい。お姉様、スイーツ作りの天才なのね。王宮で何ヶ月も暮らしてないのに、宮廷料理人の味を再現して、さらにそれ以上のものにアレンジするなんて……」
「ありがとう」
「お姉様、王宮でも草むしりしたり、木に登って果物を取ろうとしたりして、叱られてたよね。短い間だったけど、お姉様がいた時は、ちょっと楽しかった。私は、料理とか掃除とか、全部ダメ。今も、サムライたちにやってもらってる。王女として育てられてきたから仕方ないけど、正直、お姉様がうらやましいな」
スノーホワイトは、あどけない笑顔を見せた。ジョンは、そんなスノーホワイトをじっと凝視しながら、語りかける。
「変わらないな」
「え?」
「五年前、最後に公爵領に遊びに来てくれた時と同じだな。その帰りに、君たち母子は馬車の事故に遭った……」
「ええ。でも私は生き返って、元気に生きてるわ」
「あの時と、全く変わってない。君は、思い出の美しい少女、そのままだ……」
「それはありがとう、ジョン。でも、私も十八歳になったの。もう、大人の女性なのよ」
そう言って笑うスノーホワイトの笑顔は、どこまでも美しく整っていた。
しかし――
(何かが、おかしい……)
昔の彼女と、言葉づかいも表情も同じ。だが、ジョンはその奥にある違和感を、見逃さなかった。
動きのすべてが、まるで計算されたように正確。表情に揺らぎがなく、話し方も抑揚が不自然すぎる。
そして何より、生気が感じられなかった。
「なあ、スノーホワイト」
ジョンはそっと問いかけた。
「君は本当に、あの事故で死んで、蘇ったのか?」
スノーホワイトは、笑みを崩さずに言った。
「ええ、そうよ。だからこうして、ジャムトーストもおいしく食べてますけど?」
その氷のような笑顔を見て、ジョンは確信した。
(スノーホワイトは、既にこの世のものではない)
ジョンに、スノーホワイトのゾンビ化を正確に見抜くだけの、強い感知能力はなかった。だが、十三歳の時と全く同じ容貌と体格のままというスノーホワイトの姿から、彼は、だいたいの事情を推測した。
(彼女はサニー王妃に、ただ魂を肉体に繋ぎ止められて、存在しているだけなのだ)
ジョンは悲痛な表情になった。
(この子はもう、俺の知ってるスノーホワイトじゃない。俺はもう、彼女の純真さを守ることはできない……)
ふと横を見ると、アップルが無邪気に、カップへ紅茶を注いでいた。
「アップル」
「はい」
「トーストを食べさせてくれないか」
「はぁっ⁉ な、なんでここで……」
「長時間、手綱を握って腕が痛いんだ。だから食べさせてくれ」
「さっきまで、全然そんな様子なかったじゃないですか。全くもう……はい、アーン」
アップルはちぎったジャムトーストを、ジョンの口に運んだ。ジョンは目を閉じて、口の中でトーストをゆっくりと味わう。
(俺は、自分の弱さから、こんな危険な場所までアップルを連れてきてしまった。だが、俺が守るべきは、過去の思い出じゃない。今、俺にジャムトーストを食べさせてくれる、この女性なんだ……)
「アップル」
「はい?」
「うまいぞ。世界で一番、優しい味だな」
「あ、ありがとうございます……」
「ここまで来たら、もう後には引けない。俺はお前の母親を裏切り、正式に革命軍へ参加する」
「はい」
「そして、お前のことを全力で守る」
「え、えっと……どういう話の流れでそういう結論になるんですか⁉」
「わからん。でも、そう思ったんだ……」
「じゃ、じゃあ、ちゃんと守ってくださいね……」
アップルは赤くなりながら、フッと視線を逸らした。そんなジョンとアップルの様子を冷たい表情で見つめながら、スノーホワイトは口を開く。
「あらあら……同盟の申し出ということでいいのかしら。謹んで、お受け致しますわ。いいよね? ハンターさん」
スノーホワイトはアップルの真似をして、ハンターの口元へジャムトーストを運ぶ。ハンターは首を振って拒んが、スノーホワイトは無理やり、彼の口へトーストを押し込んだ。
ジャムトーストをもぐもぐしながら、ハンターは黙って考えた。
(姫君の元許婚、ジョン公爵。そして王妃の実の娘、アップル。どちらも危険だ。姫君を次世代の女王に据える私の計画にとっては、明らかに邪魔となる存在……)
ハンターの額の魔紋「第三の眼」が、ズキズキと疼いていた。
(特に、アップル……彼女が秘めている力は、あまりにも巨大だ。今は利用させてもらうが、我々の革命からは、早めに退場して頂くとしよう……)
20
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
ひめさまはおうちにかえりたい
あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編)
王冠を手に入れたあとは、魔王退治!? 因縁の女神を殴るための策とは。(聖女と魔王と魔女編)
平和な女王様生活にやってきた手紙。いまさら、迎えに来たといわれても……。お帰りはあちらです、では済まないので撃退します(幼馴染襲来編)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる