白雪姫の姉は辺境で静かに暮らしたい〜毒親魔女とゾンビ妹が騒がしいので、怠け者公爵との激甘スイーツ生活を死守します!〜

けんゆう

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16 白雪姫の姉ですが妹と再会しました

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 晴れ渡る青空の下、モンストラン公爵領から、兵士たちの一団が出発した。動員可能な兵力二万人のうち、国境の守りに半分を残して、総勢一万人の大部隊が街道を進む。

 その先頭に立つ公爵ジョンは、複雑な思いを抱えながら、愛馬の手綱を握っていた。

 心の中に、アップルの顔がちらつく。

「あなたには、白馬の王子様であってほしいの」

 彼女にそう言われた瞬間、彼の胸には、ふたつの感情が同時に芽生えた。

 ひとつは、王家の親戚・国内屈指の大貴族としての、国と民を守る義務感。そしてもうひとつは、「アップルがそこまで言うなら、願いをかなえたい」という思いだった。

 ――愛するプリンセスのため、男は命がけで戦い、勝利の栄冠を捧げるのみ。

 すっかり忘れ去っていた騎士道精神が、アップルの「白馬の王子様」発言をきっかけに、自身の中で徐々に蘇ってきているのを、ジョンは感じていた。
 
 しかし、そのアップルは、全長数キロに及ぶ戦列の最後尾で、馬車に乗っている。

 彼女の陣中同伴を無理に押し切ってはみたものの、いざ出陣してみると、ジョン自身は当主として先陣に立たねばならず、そしてアップルの馬車は、安全のために後方へ配置せざるを得ない。

 アップルと常に一緒に過ごせると思った、ジョンの思惑は遠征初日から当てが外れた。

 野営中、ジョンは馬を飛ばしてアップルのもとを訪れ、短い時間を共にした。アップルはテントの中で、パンと紅茶を用意して待っていた。 

 ジョンは腰をおろし、リンゴジャムをパンに塗りながら、アップルに語りかけた。
 
「お前のジャム、本当に助かる」 

「それは良かったです」

「明日には、公爵領の外へ出る。まだ俺は、王妃からの山賊討伐命令に返事を出してないし、スノーホワイトともまだ連絡が取れていない。どっちつかずのままだ」

「はい。でも……スノーホワイトに味方するんですよね?」

「そのつもりだが、協力の申し出を向こうが受け入れるかは分からない。物資目当てに襲ってくるかもな。こんな危険な場所にお前を連れてきたのは、どうやら間違いだったようだ。朝になったら、護衛に送らせよう。城へ戻って、待っててくれないか」

「お気遣い、ありがとうございます。でも、私には仕事が……」

「仕事? 仕事とは、なんだ?」

 ジョンは困惑した表情で、アップルを見た。

「兵士たちの、食事のことです」

「兵糧が、どうした?」

「固いパンとチーズに、薄味のスープだけ。毎日これでは味気ありませんし、栄養が偏ります」

「まさか、兵士たちに、甘味を与えろと? 戦場は遊びじゃないんだぞ?」

 自分のことを棚に上げて、ジョンは言った。一万人の兵士が三十瓶のジャムに群がったら、あっと言う間に全滅してしまうことだろう……ジャムが。

 しかしアップルはなおも、食事改革の必要性を力説した。

「リンゴを毎日食べれば医者いらず、と申します。皮ごとジャムにすることで、栄養も甘味もさらに強くなります。厳しい行軍だからこそ、兵士たちの疲れを癒やす対策が、必要なんじゃありませんか?」

「そ、それは確かにそうだが……」
  
「実は出発準備の時から、補給部隊の皆さんと打ち合わせして、馬車に五台分、リンゴを積んでもらってます。お許しさえあれば、野営の時間を使って、炊事兵にジャムを大量生産させることが可能です」

「戦場で、ジャム作りを?」

「野菜やハーブも、たくさん積み込んできました。朝晩の食事も、私なら、もっと士気が上がりそうな献立に改良できます。ここには、私の手出しでヘソを曲げる料理長さんもいませんしね」

 そう言って微笑むアップルに、ジョンは驚きの思いを新たにした。

「わ、分かった。アップルの思う通りやってくれ。炊事兵にも話を通しておく。任せよう……」

「ありがとう、ジョン。食べ物の怨みって、恐ろしいんです。美味しいものを独り占めして、兵士たちの反感を買うことは避けましょう。やっぱり、公平フェアでなくっちゃ!」

 自分とスイーツタイムを過ごすためだけに連れてきた妻が、いつの間にか軍全体の「兵站」を仕切り始めている――ジョンは狐につままれたような気持ちでアップルのテントを後にし、部隊の指揮へ戻った。
 
 ジョンたちが王都へ向かって行軍すること数日。街道の村にひるがえる、雪の結晶をかたどった旗が見えてきた。スノーホワイトたちが占領している村だった。

 村では、見張り櫓の上のサムライたちが、公爵軍の接近に気づいた。

「おい! 大軍が来たでござるぞ!」

「モンストラン公爵家の旗や……敵か、味方か⁉」

「まずは、闇討ち、不意討ちあるのみ……」

 物騒なことを口にするサムライたちが暴走する前に、公爵軍から、使者の旗を立てた騎兵が単騎で出てきた。使者は、公爵夫妻とスノーホワイト王女の会談を申し込む書状を携えていた。

 そしてついに三人は、村の入口で再会を果たした。会談のための椅子とテーブルが、野外に設けられた。

「お久しぶりね、ジョンお義兄様、アップルお姉様」

 スノーホワイトは、優美な笑みを浮かべながら公爵夫妻を出迎えた。彼女の背後には、両目眼帯のハンターが、異様な雰囲気をかもし出しながら、突っ立っている。

「スノーホワイト。無事でよかったわ……」

 アップルは涙で瞳を潤ませながら、スノーホワイトと抱擁を交わした。ジョンもスノーホワイトに声をかける。

「スノーホワイト、ずいぶん元気なようだな。活躍は聞いているぞ。そちらの男性は?」

「ハンターさんよ。彼に助けられて、革命軍を旗揚げしたの。民を救うため、私が女王になろうと思ってる。彼は革命軍の軍師だから、一緒に座ってもらってもいいよね? ハンターさん、こちらは幼馴染のジョンと、私の義理の姉アップル」

「公爵様、公爵夫人。同席を失礼致します」

 ハンターが手探りで横にずれながら、椅子に着席する。他の三人も座ると、しばらくの間、沈黙が場を支配した。お茶などが出てくる気配も、一向にない。

 アップルは、念のため持ってきたバスケットから紅茶の入った水筒を取り出し、トーストとリンゴジャムを、テーブルの上に並べた。

「取りあえず、お茶会にしましょうか。このジャム、私の手作りなんですよ」
 
 アップルが、先にジャムをトーストに塗って、食べてみせる。スノーホワイトがハンターの耳元でささやいた。

「お姉様が先に自分で食べたわ。私も食べていい?」

 ハンターがうなづくと、スノーホワイトもジャムトーストを口へと運んだ。

「すごく、おいしい。お姉様、スイーツ作りの天才なのね。王宮で何ヶ月も暮らしてないのに、宮廷料理人の味を再現して、さらにそれ以上のものにアレンジするなんて……」

「ありがとう」

「お姉様、王宮でも草むしりしたり、木に登って果物を取ろうとしたりして、叱られてたよね。短い間だったけど、お姉様がいた時は、ちょっと楽しかった。私は、料理とか掃除とか、全部ダメ。今も、サムライたちにやってもらってる。王女として育てられてきたから仕方ないけど、正直、お姉様がうらやましいな」

 スノーホワイトは、あどけない笑顔を見せた。ジョンは、そんなスノーホワイトをじっと凝視しながら、語りかける。

「変わらないな」

「え?」

「五年前、最後に公爵領に遊びに来てくれた時と同じだな。その帰りに、君たち母子は馬車の事故に遭った……」

「ええ。でも私は生き返って、元気に生きてるわ」

「あの時と、全く変わってない。君は、思い出の美しい少女、そのままだ……」

「それはありがとう、ジョン。でも、私も十八歳になったの。もう、大人の女性なのよ」

 そう言って笑うスノーホワイトの笑顔は、どこまでも美しく整っていた。

 しかし――

(何かが、おかしい……)

 昔の彼女と、言葉づかいも表情も同じ。だが、ジョンはその奥にある違和感を、見逃さなかった。

 動きのすべてが、まるで計算されたように正確。表情に揺らぎがなく、話し方も抑揚が不自然すぎる。

 そして何より、生気が感じられなかった。

「なあ、スノーホワイト」

 ジョンはそっと問いかけた。

「君は本当に、あの事故で死んで、蘇ったのか?」

 スノーホワイトは、笑みを崩さずに言った。

「ええ、そうよ。だからこうして、ジャムトーストもおいしく食べてますけど?」

 その氷のような笑顔を見て、ジョンは確信した。

(スノーホワイトは、既にこの世のものではない)

 ジョンに、スノーホワイトのゾンビ化を正確に見抜くだけの、強い感知能力はなかった。だが、十三歳の時と全く同じ容貌と体格のままというスノーホワイトの姿から、彼は、だいたいの事情を推測した。
 
(彼女はサニー王妃に、ただ魂を肉体に繋ぎ止められて、存在しているだけなのだ)

 ジョンは悲痛な表情になった。
 
(この子はもう、俺の知ってるスノーホワイトじゃない。俺はもう、彼女の純真さを守ることはできない……)

 ふと横を見ると、アップルが無邪気に、カップへ紅茶を注いでいた。

「アップル」

「はい」

「トーストを食べさせてくれないか」

「はぁっ⁉ な、なんでここで……」

「長時間、手綱を握って腕が痛いんだ。だから食べさせてくれ」

「さっきまで、全然そんな様子なかったじゃないですか。全くもう……はい、アーン」

 アップルはちぎったジャムトーストを、ジョンの口に運んだ。ジョンは目を閉じて、口の中でトーストをゆっくりと味わう。

(俺は、自分の弱さから、こんな危険な場所までアップルを連れてきてしまった。だが、俺が守るべきは、過去の思い出じゃない。今、俺にジャムトーストを食べさせてくれる、この女性なんだ……)

「アップル」

「はい?」

「うまいぞ。世界で一番、優しい味だな」

「あ、ありがとうございます……」

「ここまで来たら、もう後には引けない。俺はお前の母親を裏切り、正式に革命軍へ参加する」

「はい」

「そして、お前のことを全力で守る」

「え、えっと……どういう話の流れでそういう結論になるんですか⁉」

「わからん。でも、そう思ったんだ……」

「じゃ、じゃあ、ちゃんと守ってくださいね……」

 アップルは赤くなりながら、フッと視線を逸らした。そんなジョンとアップルの様子を冷たい表情で見つめながら、スノーホワイトは口を開く。

「あらあら……同盟の申し出ということでいいのかしら。謹んで、お受け致しますわ。いいよね? ハンターさん」
 
 スノーホワイトはアップルの真似をして、ハンターの口元へジャムトーストを運ぶ。ハンターは首を振って拒んが、スノーホワイトは無理やり、彼の口へトーストを押し込んだ。

 ジャムトーストをもぐもぐしながら、ハンターは黙って考えた。
 
(姫君の元許婚、ジョン公爵。そして王妃の実の娘、アップル。どちらも危険だ。姫君を次世代の女王に据える私の計画にとっては、明らかに邪魔となる存在……)

 ハンターの額の魔紋「第三の眼」が、ズキズキとうずいていた。

(特に、アップル……彼女が秘めている力は、あまりにも巨大だ。今は利用させてもらうが、我々の革命からは、早めに退場して頂くとしよう……) 
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