白雪姫の姉は辺境で静かに暮らしたい〜毒親魔女とゾンビ妹が騒がしいので、怠け者公爵との激甘スイーツ生活を死守します!〜

けんゆう

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外伝1 白雪姫の継母ですが庶民出身でした

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 王立魔法学園の中庭に、ひときわ強く陽光が差していた。春の終わり、赤いバラの花が咲き誇る中庭で、少女の銀髪が風にそよいでいた。

「ブルームーン様、今日もお美しい……」

「まるで、月の女神が、地上に降り立ったみたい」

 群がる生徒たちの称賛にも、ブルームーンは微笑で応えるだけだった。アイスベルグ伯爵家の令嬢。彼女は生まれながらにして上級魔法の適性を持ち、常に学内一位の成績を保っていた。

「はぁ……ブルームーン様、何もかも持ってるなぁ。やっぱりここは、私なんかの来る所じゃなかった」

 日陰からブルームーンを見つめ、ボソリとつぶやく、もう一人の少女がいた。サニー・ブラックモア。地味な外見の彼女は、庶民の出で、奨学金を得て入学を勝ち取った努力家だった。
 
 だが、周囲の生徒の大多数を占める貴族の子女たちからは「下民の分際で」と異分子扱いされ、入学早々、目の敵にされていた。

 ――ドンッ
 
 サニーの背中に、誰かのカバンがいきなりぶつかってきた。サニーは前につんのめり、抱えていた魔導書の束を地面に取り落とす。

「ちょっと、どこ見てんのよ? キモいんだけど」

 魔導書を拾おうとすると、背後から声がした。振り向くと、三人組の女生徒たちがサニーを見下ろしている。

「見るからに、臭そうな本ばっかりね。あなたの体にも、本のくっさい匂いがうつってない? いや、逆か。アハハ」

「おい、お前たち」

 その時だった。鋭く、冷たい男性の声が飛んできた。

「貴族が庶民いじめか。恥ずかしくないのか?」

 三人組は息を呑んだ。そこには筋骨隆々たる黒髪の青年が立っていた。ハンター・ブラッドストン。アイスベルグ伯爵家に使える騎士であり、ブルームーン令嬢の護衛のために彼女と共に通学している、異色の存在だった。

「ご、ごめんなさいっ……!」

 女生徒たちは逃げるようにその場を離れた。サニーは、魔導書を拾い上げて抱えると、ハンターの顔を見つめ、ぼんやりと立ち尽くした。

「大丈夫か?」
 
 ハンターはサニーに視線を向けず、ぶっきらぼうに言った。

「あっ、はい……」

「ブルームーン・アイスベルグ伯爵令嬢が、君を気にかけておられる。感謝するんだな」

「あの、あなたは……?」

「俺はお嬢様の命令に従っただけだ」

 それだけ言い残して、彼はその場を立ち去った。サニーはその背中を見送りながら、心の中で思った。

(あの人は、ブルームーンに命じられただけ。自分から、私を助けに来たわけじゃない。でも……)

 サニーは、胸の鼓動が早くなるのを感じた。

(でも、かっこよかったなぁ……)

 次の日の午後、サニーは呼び出しを受けて、学園内のサロンに足を運んだ。扉を開けると、そこにはブルームーンと、彼女の取り巻きたちがいた。

「来てくれてありがとう、サニー・ブラックモア。さっきは、怖かったでしょう?」

「いえ。大丈夫です」

「来てくれたお礼に、これあげる」

 そう言って差し出されたのは、可愛らしい赤のリボンだった。貴族相手の商会経由でしか手に入らない、絹製の高級品だ。

「でも、こんなの私には……」

「遠慮しないで。それ、あなたに似合うと思うの」

 ブルームーンが笑った。まばゆいその笑顔に、サニーは目を奪われた。

「ところで、今度のお茶会、来ない? ドレスとか、貸してあげる。お化粧もして、あなたの良さを見せなきゃ」

「わ、私なんかが……」

「大丈夫、信じて。私、友達は大切にするの」

 その言葉に、サニーは胸の奥が熱くなるのを感じた。こんなにも、親切にされたのは初めてだった。

 数日後の放課後。貴族用学園寮の一室に、少女たちが集まっていた。

「このフリフリのピンクドレス、サニーに似合うかな?」

「派手すぎじゃない? こっちのブルーのリボンドレスがいいわ。どっちも庶民には、ぜいたくすぎだと見えるでしょうけど」

 サニーは、鏡の前に立っていた。頬に薄くチークをのせ、唇は淡い紅。目元には銀粉を混ぜた魔法のアイライナーが光っている。

「これが、私……?」

 思わず口をついて出た言葉に、ブルームーンはサニーの髪をくしかしながら、優しく言った。

「すごくきれいよ、サニー。私の目は間違ってなかった」

「そんな、私なんて……」

 ブルームーンの取り巻きたちが、サニーのアクセサリーを見つくろいながら、口々に囃し立てる。

「あなた、ちゃんとオシャレしたらすっごく可愛いのね」

「素材が良いのよ、サニー。磨けば光るダイヤの原石ね」

「今のあなた、学園内でも、ひょっとしたらブルームーン様の次に美人かもよ。ちょっと悔しいくらいだけど」

「ほらほら、ハンターも見てるわよ」

「えっ……?」

 振り向くと、ハンターが部屋のドアを開けて入口に立っていた。しかし、彼が見ていたのはサニーではなかった。ハンターはブルームーンのほうに顔を向け、口を開く。

「お迎えに参りました、お嬢様」

 その冷たい声を聞くと、サニーの心は少しだけ切なくなった。ブルームーンが立ち上がる。

「分かったわハンター。それじゃみんな、サニーをよろしくね。サニー、週末のティーパーティーでまた会いましょう」

「あの……どうして私に、こんなに良くしてくれるの?」

「うーん、どうしてかしらね。自分でも不思議なんだけど」

 ブルームーンは腕組みしながら小首をかしげた。

「きっと、可愛いお人形が欲しくなっちゃったのね。私だけの、可愛いお人形が。サニー、あなた本当に健気で、可愛いもの。入学以来、ずっと目をつけてたのよ」

「そんな……」

 サニーはうつむいて、頬を赤く染める。

「サニー。こういうの、イヤ?」

「……イヤじゃない」

「良かった。私たち、これからずーっと一緒に、ずーっとこのまま友達でいましょうね。永遠に」

「え……永遠に?」

「そうよ、永遠に! それじゃ行くね。ちゃんと、オシャレして来るのよ!」

 その夜。庶民用の寮に戻ったサニーは、自室のベッドに横たわって天井を見つめながら、つぶやいた。

「私、もっと頑張らなくちゃ。魔法の勉強も、オシャレも、全部。ブルームーン様の友達として、恥ずかしくないように」

 彼女の部屋の机の上には、魔導薬草学の専門書が積み上がっていた。薬草の調合法、毒素の生成と解毒、禁呪の構成理論。

 そしてその横には、ブルームーンとその取り巻きたちから貸し出されたドレス、アクセサリー、化粧品が、ズラリと並んでいる。

「頑張れば、あの人だって……こっちを見てくれるかも」

 サニーはそっと目を閉じると、左右の手のひらを胸の上で重ねた。瞼の裏に、ハンター・ブラッドストンの端整な顔立ちが浮かんできていた。
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