推しのAV俳優が隣に引っ越してきました

さくら優

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本編

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登場人物
·藤野樹(ふじの いつき)
·一宮嵐(いちみや らん)

   ✦✦✦

『いい子だ。まだ我慢してろよ』
『あっ⋯、やあぁ⋯あん!』

画面の中で絡み合う2人を見ながら、俺は無意識に唾を呑み込んだ。
攻め役の俳優の顔が数秒ドアップで映り、心臓がドキッと音を立てる。

一宮嵐。

それが彼の名前だ。当然本名ではないだろうが。

彼が出ているAV作品は何本か持っている。推しのAV俳優がいるなんて、正直自分でもどうかと思っているが、好きなものはしょうがない。別に誰に迷惑をかけるわけでもないし。

今見ているのは2年くらい前の作品だ。多分、今の自分と同じ歳くらい。この頃のものが1番好きだった。最近のはSM色が強過ぎて、正直ついていけない。

「はぁ⋯」

画面を見ながら、俺は自身が反応しているのに気付いていた。そっと下着の中に手を入れようとした時、

――ピンポーン

「っ!」

来客を告げる玄関のチャイムの音が鳴り、ビクッと大げさに身体が震えた。

「なん、だよ、こんな時間に」

誰が見ているわけでもないが、取り繕うように悪態をつく。時刻は夜の8時になろうというところで、まあそこまで非常識な時間でもないのだろうが。

「はーい」

何か宅配便でも頼んだかななどと考えながら返事をすると、外から声が聞こえてくる。

「夜分にすみません。隣に越してきた者ですが」

どうやら引っ越しの挨拶に来たようだ。
俺はざっと自分の姿を見下ろして、おかしなところがないか確認をしてからドアを開けた。

「こんばんは。遅い時間にすみません。これ良かったら」
「わざわざどうも」

甘く艶のあるイケボと共に渡された小袋を受け取り、視線を上げて相手の顔を見る。その瞬間、俺は思わず叫びそうになった。

「な⋯っ、嵐っ!?」
「⋯え?」

ほんの数分前まで画面越しに眺めていた顔が目の前にあった。つい名前を呼んでしまい、慌てて口を押さえる。

やばい、今のは絶対に聞こえた。

案の定目の前の男は一瞬驚いた顔をした後、ニヤッと笑みを浮かべた。

「へえ。君、嵐のこと知ってるんだ」
「し、知りません⋯」

綺麗な顔が近づいてきて思わず後退ると、彼は玄関の中に押し入って来た。

「今更そんな見え透いた嘘つかなくても」
「知らないって。つーか勝手に入って来んな!」

これが芸能人とか芸人とか、テレビでよく見る俳優とかなら全然良かったが、AV俳優なのにすぐ名前が出てくるくらいよく知ってるとか恥ずかし過ぎる。

何か上手く誤魔化す方法はないかと考えを巡らせていると、相手はくすっと笑った。

「まあいいや。今日はもう遅いから、嵐の話は今度またゆっくりと。えっと、名前教えてもらってもいい?」
「⋯⋯藤野樹です」
「樹くんね。これからよろしく」

そう言って、右手を差し出してきた。
正直あんまりよろしくしたくない気もしたが、隣に住んでいる以上今後も会うことはあるだろうし、俺は渋々その手を握った。


   ✦✦✦

それから数日、あの後は特に顔を合わせることもなく、平穏な日々が過ぎていった。
このまま俺の存在など忘れてくれないだろうかと期待していたのだが、そうはいかないらしく、事件はある日の夜に起きた。

「ギャ―――!!」
「っ!?」

突然隣から叫び声が聞こえ、次いでドタドタと大きな物音がした。

一体何だろうと、玄関のドアを開けて様子を覗うと、嵐さんが俺の姿を見るなり飛びついてくる。

「樹くん! やばいやばい! 助けて!」
「何事?」
「奴が出た!」
「やつ?」

部屋の中を見るように言われ、恐る恐るドアを開けると、廊下に黒い物体が見えた。

「ああ、奴ってゴキ⋯」
「わー!!」
「なに⋯」
「その名を口にしてはいけない」

そんなに嫌いなのか。

それなら、自分で退治するなど無理だろうと、俺は玄関に置いてあった殺虫スプレーを取り、さっさと退治して後始末をする。

「もう大丈夫ですよ」
「ありがとー。マジ神! 助かったぁ」

たかが虫1匹で神扱いだ。

「だいたいさ、なんでいるんだよ。ここ10階だろ?」
「ああ、エレベーターとかに乗ってきちゃうんですかね」
「エレベーター⋯」

逃げ場のないエレベーターで同乗するところでも想像してしまったのか、嵐さんは真っ青になっていた。

「あのさ、樹くん」
「はい?」
「助けてくれたついでに、今夜泊めてくれない?」
「え、なぜ⋯」
「今から殺虫剤やるから」

嵐さんは、そう言って燻煙剤を取り出した。そんなものまで常備しているとは。

「これやったら数時間家入れないし」
「もう退治したんで大丈夫ですよ」
「1匹見たら100匹いるとか言うだろ」

引っ越したばかりの家でたまたまだろうとは思うが、嫌いな人には何を言っても無理だろう。

「マジ無理~これやんないと寝れない~」
「⋯わかりました」

いつもときめいていた格好いい嵐さんの姿は、もはやどこにもなかった。

「ありがとう! じゃあこれセットしたら行くから」
「はい」

そうして俺は、嵐さんのことを家に泊めることになった。


   ✦✦✦

「ほんとありがとなー」
「⋯いいですけど」

自分の部屋に嵐さんがいるとか、すごく不思議な感覚だ。

持っている一宮嵐のAVは全部クローゼットの奥にしまってあるし、特に見られて困るものはないはず。

「あのさ」
「はい?」
「聞きたいことあるんだけど、いい?」
「⋯嫌です」

どうせ嵐さんのことだろう。

「樹くんは、嵐のことが好きなの?」
「⋯結局聞くのかよ」

しかも、好き、とは。

「別に⋯、たまたま知ってただけです」
「⋯ふーん」
「――え、ちょっ、」

次の瞬間、俺は突然腕を引っ張られてバランスを崩し、気付けば床に仰向けに倒されていた。

「な、なにすん⋯っ」

顎に手をかけられ、綺麗な顔が近付いてくる。

「っ!」
「顔赤いけど、照れてる?」
「⋯ざけんな」

厚意で泊めてやったのにこの仕打ちとは。

手を振り払おうとしたが、逆に掴まれてしまい、床に押し付けられた。

急所を蹴り飛ばしてやろうかとも思ったが、この体格差だと相手を怒らせるのはあまり得策ではないし、まだギリギリ冷静さを保っていた俺は、それは最終手段に残しておいて、冷ややかな目で相手の顔を見つめた。

「離してください」
「あれ、意外と冷静だな。そんな怒んなって。嵐が好きならちょっと遊んでやろうと思っただけなのに」
「いりません」
「嵐の作品ってほぼSMだろ。してほしいことなんでもしてやるよ」
「ちょっ、やめっ、」

スッと血の気が引いた。
本気で怯えて暴れると、嵐さんは驚いた顔をして身体を離す。

「ごめん、そんな嫌がると思わなくて。悪かった」
「⋯⋯」

どうやら本気で悪いと思っているようで、心配そうな顔でこっちの様子を窺っている。

俺は溜息を吐くと、このまま黙っているよりは言ってしまった方がラクかもと、一宮嵐の作品はいくつか見たことがあることと、最近のものは好きではないことを話した。

「そっかぁ。それで知ってたんだな」
「⋯むしろそれ以外の理由の方が珍しいと思いますけど。っていうか、アンタも聞こえなかったふりしてそっとしておいてくれれば良かったのに。それがマナーじゃないですか?」
「まあいつもはそうするんだけどさ。可愛い子は別」
「は?」

かわいい?

嵐さんはニヤッと笑みを浮かべると、再び距離を詰めてきた。

「SMが嫌なら、普通にする?」
「なんでそうなるんですか」
「泊めてくれたお礼」
「いりません」
「嘘。俺がしたいだけ。嫌?」
「っ⋯」

壁際に追い詰められ、逃げ場がなくなる。
さっきの可愛い発言といい、なんで俺なんかに。
曲がりなりにも憧れていた相手にこんなことを言われて、拒否なんて出来るのだろうか。

ゆっくりと唇が近付いてきて、俺はそっと目を閉じた。
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