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1章 あるところに白雪という男の子がいました
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男ならば、いつか素敵な女性と出会い、花束を捧げながらプロポーズ。
そして、あたたかい家庭を築く。
そんなロマンチックな未来を想像すること、あるよね。
できれば、花は薔薇。真っ赤な薔薇の本数に、その愛の意味を込めて。
なーんてことを、白石由起也は思ったことが、なくもない。
けど、やっぱり、薔薇はダメだ。
こんなアレルギー持ちじゃあ、まともにプロポーズなんてできやしないんだ……。
あぁ、もう一度、家族……欲しかったな……。
呼吸困難で意識を失う寸前、そんな支離滅裂な考えが、由起也の脳内をよぎったのだった……。
***
その日、由起也はバイト先の牛丼屋で深夜勤をしていた。しかもワンオペ。しかも2夜連続のワンオペで、明け方近くの今はもう、かなり朦朧としていた。脊髄反射でオーダーを聞き、ご飯を丼に機械的に規定量よそい、牛肉を煮たものを機械的に規定量ぶっかける、というのをかろうじてこなしていた。
学生バイトにワンオペさせるとか、ないわー。と、客の切れ間に人間性をわずかに取り戻すたび、由起也はそうつぶやいた。昨夜も今夜も、難癖をつけたり、酔って喚き出したりする客が来なかったことだけが救いだった。
そんなふうに夜勤をこなし、あと1時間で早朝勤務の人が来る、という時だった。
店の入り口の自動ドアが開いたので、「いらっしゃいませー」と反射で声を出した由起也は、自動ドアの方を見てギョッとした。ド派手でドでかい真っ赤なバラの花束が、牛丼屋の自動ドアをくぐって入ってきた。いや、花束を持ったやたら背の高い男だ。
「げ」
由起也はバラの花束に怯んだ。
これまでにバラの花に触れたことがないわけではない。近くにあったとしても、怖いという気持ちを抑え込むことはできた。けれど、今目の前の客が持って来たその花束の存在感は、決して無視できるようなものではなかった。しかも自分は二夜連続ワンオペ夜勤中。気力も体力も残りわずかというこのタイミング。
「大丈夫、大丈夫、気のせい。大丈夫」
早まる鼓動を抑えるように、そう小さな声でつぶやいた後、由起也はお冷を差し出しながら花束の持ち主に定型文で話しかけた。
「お決まりですかー?」
「ちょっと待ってね、この花を置いたらメニュー見るので」
その男性客は、カウンターに並ぶ小さな椅子に、でっかい花束をなんとかバランス良く置こうと苦戦しながら、形だけの笑みを添えて、そう答えた。
「お決まりになりましたら、お声かけくださーい」
また定型文で返答した由起也と、花束の主の目が、合った。
――うっわー、超イケメン。バラが似合いすぎー。
由起也は、思わず真顔で凝視してしまう。
するとその男は、由起也を見つめたまま目をぱちくりした後、とんでもなく柔らかい笑顔を由起也によこした。
「………!」
イケメンの笑顔の破壊力に、由起也は先ほどとは違う胸の高鳴りを覚え、そこから離れることができなかった。
しかし、それがいけなかった。
花束からだけでなく、そのイケメンからもぶわりと香水の匂いが、由起也のいるカウンターの内側まで香ってきた。香水もバラの香りだ、と由起也は思った。思ってしまった。
「あ、だめだ……」
由起也は、息が浅く、速くなり、胸元をぎゅっと握りしめて、座り込んでしまった。
「き、君!」
その様子に驚いた男性客は、慌ててカウンターの中を覗き込んだ。
しかし由起也にとっては、それが追い討ちとなってしまった。バラの香りがさらに由起也を包み込むように漂ってきた。由起也はさらに息が苦しくなり、胸元をギュッと握りしめる。
呼吸困難を起こした由起也は、はっ、はっ、はっと、短く息をする。
「大丈夫?」
「す、すみません……救急……」
そう言い残して、由起也は床に倒れ、意識を失ってしまったのだった。
そして、あたたかい家庭を築く。
そんなロマンチックな未来を想像すること、あるよね。
できれば、花は薔薇。真っ赤な薔薇の本数に、その愛の意味を込めて。
なーんてことを、白石由起也は思ったことが、なくもない。
けど、やっぱり、薔薇はダメだ。
こんなアレルギー持ちじゃあ、まともにプロポーズなんてできやしないんだ……。
あぁ、もう一度、家族……欲しかったな……。
呼吸困難で意識を失う寸前、そんな支離滅裂な考えが、由起也の脳内をよぎったのだった……。
***
その日、由起也はバイト先の牛丼屋で深夜勤をしていた。しかもワンオペ。しかも2夜連続のワンオペで、明け方近くの今はもう、かなり朦朧としていた。脊髄反射でオーダーを聞き、ご飯を丼に機械的に規定量よそい、牛肉を煮たものを機械的に規定量ぶっかける、というのをかろうじてこなしていた。
学生バイトにワンオペさせるとか、ないわー。と、客の切れ間に人間性をわずかに取り戻すたび、由起也はそうつぶやいた。昨夜も今夜も、難癖をつけたり、酔って喚き出したりする客が来なかったことだけが救いだった。
そんなふうに夜勤をこなし、あと1時間で早朝勤務の人が来る、という時だった。
店の入り口の自動ドアが開いたので、「いらっしゃいませー」と反射で声を出した由起也は、自動ドアの方を見てギョッとした。ド派手でドでかい真っ赤なバラの花束が、牛丼屋の自動ドアをくぐって入ってきた。いや、花束を持ったやたら背の高い男だ。
「げ」
由起也はバラの花束に怯んだ。
これまでにバラの花に触れたことがないわけではない。近くにあったとしても、怖いという気持ちを抑え込むことはできた。けれど、今目の前の客が持って来たその花束の存在感は、決して無視できるようなものではなかった。しかも自分は二夜連続ワンオペ夜勤中。気力も体力も残りわずかというこのタイミング。
「大丈夫、大丈夫、気のせい。大丈夫」
早まる鼓動を抑えるように、そう小さな声でつぶやいた後、由起也はお冷を差し出しながら花束の持ち主に定型文で話しかけた。
「お決まりですかー?」
「ちょっと待ってね、この花を置いたらメニュー見るので」
その男性客は、カウンターに並ぶ小さな椅子に、でっかい花束をなんとかバランス良く置こうと苦戦しながら、形だけの笑みを添えて、そう答えた。
「お決まりになりましたら、お声かけくださーい」
また定型文で返答した由起也と、花束の主の目が、合った。
――うっわー、超イケメン。バラが似合いすぎー。
由起也は、思わず真顔で凝視してしまう。
するとその男は、由起也を見つめたまま目をぱちくりした後、とんでもなく柔らかい笑顔を由起也によこした。
「………!」
イケメンの笑顔の破壊力に、由起也は先ほどとは違う胸の高鳴りを覚え、そこから離れることができなかった。
しかし、それがいけなかった。
花束からだけでなく、そのイケメンからもぶわりと香水の匂いが、由起也のいるカウンターの内側まで香ってきた。香水もバラの香りだ、と由起也は思った。思ってしまった。
「あ、だめだ……」
由起也は、息が浅く、速くなり、胸元をぎゅっと握りしめて、座り込んでしまった。
「き、君!」
その様子に驚いた男性客は、慌ててカウンターの中を覗き込んだ。
しかし由起也にとっては、それが追い討ちとなってしまった。バラの香りがさらに由起也を包み込むように漂ってきた。由起也はさらに息が苦しくなり、胸元をギュッと握りしめる。
呼吸困難を起こした由起也は、はっ、はっ、はっと、短く息をする。
「大丈夫?」
「す、すみません……救急……」
そう言い残して、由起也は床に倒れ、意識を失ってしまったのだった。
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