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1章 あるところに白雪という男の子がいました
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由起也が隆平から紹介された仕事は、隆平の自宅でのハウスキーパーだった。現在勤めている家政婦さんが、親御さんの介護をすることになったそうだ。そのため、朝は昼前にしか出勤できず、夕方も早くに帰らないといけなくなったらしい。そこで、早朝と夕方以降を引き受けてくれる人を探しはじめた矢先だ、と隆平は言う。
「大学に行っている時間は、今の家政婦さんが引き続き入ってくれるから、朝と夜を担当してもらいたいんだ」
「なるほど」
隆平の自宅の住所を尋ねれば、由起也の住むアパートからさほど離れておらず、大学までは遠回りになるが、距離的にも時間的にも無理ではない。
「先輩のお家、……もしかしてお金持ちなんですか?」
「んーー、親父が不動産会社を経営してて、まぁ、そこそこ?」
「……大金持ちなんですね……」
由起也は、ちょっぴりため息混じりにそう断定した。
「もちろん、働いてもらった時間分のお給料は出すし、朝食と夕食はうちで食べてってよ」
「え、それってオレに都合良すぎませんか?」
あまりに良すぎる条件に、由起也は警戒した。
「うーん、家がちょっと大きくて、それでお手伝いさんが必要なのは確かなんだけど……」
そこで隆平は少しだけ言い淀んだが、ペットボトルを手のひらで転がしながら続けた。
「実は、……母親がちょっと病気で、身体が動かせなくて」
その一言を聞いた時、由起也は身を固くした。胸がぎゅっと締め付けられるように感じながらも、何とか相槌を打った。
「それは……大変ですね」
「俺と父さんは何とでもなるんだけど。今いるお手伝いさんが来れない時間帯、母さんの手伝いと、それと話し相手になってやってほしいんだ」
「なるほど……そういうことですか」
隆平が引き続きそう説明する言葉に、由起也は返事をするのがやっとだった。
「白石くんは、家事はできるって、さっき言ってたよね?」
「ええ、一通りは。うちは母子家庭だったんで」
「え?」
今度は隆平が固まる番だった。
「母子家庭“だった”ということは……」
「はい、母は二年前、オレが大学生になってすぐ、亡くなりました」
隆平は、聞いたことを後悔するように、ギュッと眉間を寄せて由起也を見つめた。けれど、スニーカーのつま先を見つめながら、母のことを思い出していた由起也は、隆平に見つめられていることには気づかなかった。
「今は、一人で暮らしてるんだ?」
「はい。……初めて会った人にこんな話をするのもアレなんですが、生活はかなり厳しいです」
「そっか……。本当にごめん。俺のせいでバイトをクビにさせちゃって」
「いえいえ! それは、もう仕方なかったんです。だいたい、学生にワンオペさせるようなブラックバイトでしたし」
押し問答は、そこで途切れた。隆平も、由起也も、気まずさを感じて黙り込んでしまった。
古いベンチに横並びに座った二人の間に、しばらく沈黙が落ちる。
由起也は思った。母親が倒れたら家が大変になることは、身にしみて知っている。しばらくの間、隆平の母親が回復するまで、手伝うのはアリかもしれない。自分の経験が役に立つなら。もっとも、由起也の母さんは、倒れてから一度も目を覚まさなかったけれど。
「オレ、一度、先輩の家に行ってもいいですか?」
「とりあえず、一度、うちに来てみない?」
同じように考え込んでいた隆平が、由起也と同じタイミングで声を出した。
二人は目と目を合わせて、くすりと笑い合い、
「うん、うちに来て。母さんに会ってみてよ」
飾り気のないやさしい笑顔で、隆平はそう言った。
その笑顔に、由起也の心がほんの少し跳ねた。
「大学に行っている時間は、今の家政婦さんが引き続き入ってくれるから、朝と夜を担当してもらいたいんだ」
「なるほど」
隆平の自宅の住所を尋ねれば、由起也の住むアパートからさほど離れておらず、大学までは遠回りになるが、距離的にも時間的にも無理ではない。
「先輩のお家、……もしかしてお金持ちなんですか?」
「んーー、親父が不動産会社を経営してて、まぁ、そこそこ?」
「……大金持ちなんですね……」
由起也は、ちょっぴりため息混じりにそう断定した。
「もちろん、働いてもらった時間分のお給料は出すし、朝食と夕食はうちで食べてってよ」
「え、それってオレに都合良すぎませんか?」
あまりに良すぎる条件に、由起也は警戒した。
「うーん、家がちょっと大きくて、それでお手伝いさんが必要なのは確かなんだけど……」
そこで隆平は少しだけ言い淀んだが、ペットボトルを手のひらで転がしながら続けた。
「実は、……母親がちょっと病気で、身体が動かせなくて」
その一言を聞いた時、由起也は身を固くした。胸がぎゅっと締め付けられるように感じながらも、何とか相槌を打った。
「それは……大変ですね」
「俺と父さんは何とでもなるんだけど。今いるお手伝いさんが来れない時間帯、母さんの手伝いと、それと話し相手になってやってほしいんだ」
「なるほど……そういうことですか」
隆平が引き続きそう説明する言葉に、由起也は返事をするのがやっとだった。
「白石くんは、家事はできるって、さっき言ってたよね?」
「ええ、一通りは。うちは母子家庭だったんで」
「え?」
今度は隆平が固まる番だった。
「母子家庭“だった”ということは……」
「はい、母は二年前、オレが大学生になってすぐ、亡くなりました」
隆平は、聞いたことを後悔するように、ギュッと眉間を寄せて由起也を見つめた。けれど、スニーカーのつま先を見つめながら、母のことを思い出していた由起也は、隆平に見つめられていることには気づかなかった。
「今は、一人で暮らしてるんだ?」
「はい。……初めて会った人にこんな話をするのもアレなんですが、生活はかなり厳しいです」
「そっか……。本当にごめん。俺のせいでバイトをクビにさせちゃって」
「いえいえ! それは、もう仕方なかったんです。だいたい、学生にワンオペさせるようなブラックバイトでしたし」
押し問答は、そこで途切れた。隆平も、由起也も、気まずさを感じて黙り込んでしまった。
古いベンチに横並びに座った二人の間に、しばらく沈黙が落ちる。
由起也は思った。母親が倒れたら家が大変になることは、身にしみて知っている。しばらくの間、隆平の母親が回復するまで、手伝うのはアリかもしれない。自分の経験が役に立つなら。もっとも、由起也の母さんは、倒れてから一度も目を覚まさなかったけれど。
「オレ、一度、先輩の家に行ってもいいですか?」
「とりあえず、一度、うちに来てみない?」
同じように考え込んでいた隆平が、由起也と同じタイミングで声を出した。
二人は目と目を合わせて、くすりと笑い合い、
「うん、うちに来て。母さんに会ってみてよ」
飾り気のないやさしい笑顔で、隆平はそう言った。
その笑顔に、由起也の心がほんの少し跳ねた。
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