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5章 魔女に襲われ
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由起也の左手首の捻挫は、全治1ヶ月と診断された。
万里子の介助が増えてきている今、こんな怪我をしてしまった由起也は、かなり落ち込んだ。無理をして介助を頑張ってしまうので治りが遅く、整形外科の先生はもちろん、万里子の主治医にまで叱られてしまった。
でも、万里子の状態が日に日に悪くなっていくのに、何もできないのは耐えられなかった。
食欲はどんどん落ちていき、食べると嘔吐することが増えた。寝ているのか起きているのかわからない時間が増え、言葉も短くしか話せない。
由起也は雑炊やゼリーなど食べやすいものをあれこれ考え、作ってみるものの、万里子が受け付けなくなっていく。そのことが辛くてしょうがなかった。クリスマスやお正月は、あんなに楽しく幸せな時間を一緒に過ごしたのに。
もしかしてあの頃の万里子さんは、すでにかなり無理をしていたんじゃないか、と思うと申し訳ない気持ちで泣きたくなった。そんな由起也をパパさんや隆平は慰め、励ましててくれるが、二人の表情もどんどん暗くなっていった。
2月に入ってしばらくしたある日、パパさんに話があると改まって声をかけられた。
「万里子の治療を、止めようと思う」
パパさんは落ち着いた声で、隆平と由起也に告げた。
「うん。これ以上、母さんに無理させたくないよ」
「由起也くんは、どう思う?」
当たり前のように由起也にも意見を言う機会をくれることに、由起也は心の中で感謝しつつ、正直に気持ちを伝えた。
「……はい。オレもそう思います」
こうして、万里子の治療は中止され、緩和ケアへと移行した。
不思議なもので、抗がん剤の副作用が消えると万里子の食欲がわずかに戻った。相変わらず眠っているのか起きているのかわからない時間は多かったが、言葉はかなり戻ってきた。医療用麻薬が効いている間は、痛みが和らぐようで表情が比較的穏やかになり、そのわずかな変化に、家族の表情も少し柔らかくなった。
そんな花城家の人々の様子を見て、由起也は少しだけホッとした。同時に、1日でも長く万里子が生きられるよう祈りながら、日々のお世話を頑張った。
***
夜中にふと目が覚めてしまった。由起也は水でも飲もうと部屋を出ると、万里子の部屋の扉が少し開いていることに気づいた。
近づいて中を覗いてみると、万里子のベッドのそばにパパさんが座っていた。パパさんが万里子に話しかけている声がわずかに聞こえてくる。由起也は咄嗟に廊下の影に隠れた。が、気になってしまい、そのまま二人の会話に耳をそば立てた。
「……今更だけど、あの時の君は、びっくりするくらい綺麗に見えたんだ」
「……いやだわ。恥ずかしい。……今はもう、見る影もないでしょ」
「そんなことはないさ。今も変わらず、綺麗だよ、万里子」
二人が思い出話をしているのを聞いて、由起也は目頭が熱くなった。
「……隆平には由起也くんっていう人が出来たし、……もう思い残すことはないわ」
急に自分たちの話題になり、由起也はドキリとした。
「……由起也くんは、本当にいい子だわ。あなたもそう思うでしょ?」
「ああ、その通りだ。……だから、お前ももう少し、一緒に見守ってやってくれないか?」
「……本当はね、孫を抱いてみたかったの。隆平から女の人は好きになれない、って言われた時、目の前が真っ暗になったこと、今でも覚えているわ。今はもう、それは仕方のないことだって、分かってる」
「ああ、そうだな」
「でもね……、隆平のお嫁さんにはちゃんと会えたから。私、頑張って良かったって、心からそう思うの」
「万里子……」
――オレ、お嫁さんなの!? 家政夫じゃなくて、お嫁入りしてたの!? いつの間に!?
由起也は驚くと同時に、嬉しさも感じている自分にも気づいて、ますます混乱した。
オレ、なんで嬉しい気持ちがこんなにデカいんだよ!?
由起也が動揺していると、部屋の中から嗚咽が漏れ聞こえてきた。
パパさんが、泣いている……!
「……万里子……。万里子ぉ……!」
「……泣かないで、寛治さん。ありがとう……。私、とっても幸せよ」
由起也の目からも涙があふれた。
これ以上は聞いていられないと思った由起也は、万里子の部屋の前からそっと離れ、自分の部屋に戻った。
部屋に戻った後も、先ほどの寛治と万里子の姿、そしてこれまでの花城家での日々を思い出し、涙が止まらなかった。
翌朝、由起也が万里子の部屋を訪れると、ベッドの上で寛治と万里子が寄り添って眠っていた。
微笑ましく思った由起也だったが、ふと違和感を感じた。
部屋が、静かだ。
医療機器の、あの規則正しい電子音が、止まっていた。
――万里子は、最愛の人の腕の中で永遠の眠りについたのだった。
万里子の介助が増えてきている今、こんな怪我をしてしまった由起也は、かなり落ち込んだ。無理をして介助を頑張ってしまうので治りが遅く、整形外科の先生はもちろん、万里子の主治医にまで叱られてしまった。
でも、万里子の状態が日に日に悪くなっていくのに、何もできないのは耐えられなかった。
食欲はどんどん落ちていき、食べると嘔吐することが増えた。寝ているのか起きているのかわからない時間が増え、言葉も短くしか話せない。
由起也は雑炊やゼリーなど食べやすいものをあれこれ考え、作ってみるものの、万里子が受け付けなくなっていく。そのことが辛くてしょうがなかった。クリスマスやお正月は、あんなに楽しく幸せな時間を一緒に過ごしたのに。
もしかしてあの頃の万里子さんは、すでにかなり無理をしていたんじゃないか、と思うと申し訳ない気持ちで泣きたくなった。そんな由起也をパパさんや隆平は慰め、励ましててくれるが、二人の表情もどんどん暗くなっていった。
2月に入ってしばらくしたある日、パパさんに話があると改まって声をかけられた。
「万里子の治療を、止めようと思う」
パパさんは落ち着いた声で、隆平と由起也に告げた。
「うん。これ以上、母さんに無理させたくないよ」
「由起也くんは、どう思う?」
当たり前のように由起也にも意見を言う機会をくれることに、由起也は心の中で感謝しつつ、正直に気持ちを伝えた。
「……はい。オレもそう思います」
こうして、万里子の治療は中止され、緩和ケアへと移行した。
不思議なもので、抗がん剤の副作用が消えると万里子の食欲がわずかに戻った。相変わらず眠っているのか起きているのかわからない時間は多かったが、言葉はかなり戻ってきた。医療用麻薬が効いている間は、痛みが和らぐようで表情が比較的穏やかになり、そのわずかな変化に、家族の表情も少し柔らかくなった。
そんな花城家の人々の様子を見て、由起也は少しだけホッとした。同時に、1日でも長く万里子が生きられるよう祈りながら、日々のお世話を頑張った。
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夜中にふと目が覚めてしまった。由起也は水でも飲もうと部屋を出ると、万里子の部屋の扉が少し開いていることに気づいた。
近づいて中を覗いてみると、万里子のベッドのそばにパパさんが座っていた。パパさんが万里子に話しかけている声がわずかに聞こえてくる。由起也は咄嗟に廊下の影に隠れた。が、気になってしまい、そのまま二人の会話に耳をそば立てた。
「……今更だけど、あの時の君は、びっくりするくらい綺麗に見えたんだ」
「……いやだわ。恥ずかしい。……今はもう、見る影もないでしょ」
「そんなことはないさ。今も変わらず、綺麗だよ、万里子」
二人が思い出話をしているのを聞いて、由起也は目頭が熱くなった。
「……隆平には由起也くんっていう人が出来たし、……もう思い残すことはないわ」
急に自分たちの話題になり、由起也はドキリとした。
「……由起也くんは、本当にいい子だわ。あなたもそう思うでしょ?」
「ああ、その通りだ。……だから、お前ももう少し、一緒に見守ってやってくれないか?」
「……本当はね、孫を抱いてみたかったの。隆平から女の人は好きになれない、って言われた時、目の前が真っ暗になったこと、今でも覚えているわ。今はもう、それは仕方のないことだって、分かってる」
「ああ、そうだな」
「でもね……、隆平のお嫁さんにはちゃんと会えたから。私、頑張って良かったって、心からそう思うの」
「万里子……」
――オレ、お嫁さんなの!? 家政夫じゃなくて、お嫁入りしてたの!? いつの間に!?
由起也は驚くと同時に、嬉しさも感じている自分にも気づいて、ますます混乱した。
オレ、なんで嬉しい気持ちがこんなにデカいんだよ!?
由起也が動揺していると、部屋の中から嗚咽が漏れ聞こえてきた。
パパさんが、泣いている……!
「……万里子……。万里子ぉ……!」
「……泣かないで、寛治さん。ありがとう……。私、とっても幸せよ」
由起也の目からも涙があふれた。
これ以上は聞いていられないと思った由起也は、万里子の部屋の前からそっと離れ、自分の部屋に戻った。
部屋に戻った後も、先ほどの寛治と万里子の姿、そしてこれまでの花城家での日々を思い出し、涙が止まらなかった。
翌朝、由起也が万里子の部屋を訪れると、ベッドの上で寛治と万里子が寄り添って眠っていた。
微笑ましく思った由起也だったが、ふと違和感を感じた。
部屋が、静かだ。
医療機器の、あの規則正しい電子音が、止まっていた。
――万里子は、最愛の人の腕の中で永遠の眠りについたのだった。
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