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8話 綺麗な花の家のお兄さん

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 お客さんが少なそうな時間を見計らい、16時ごろにメアリーさんが経営する喫茶店へやって来た。喫茶店に入ると、私を見つけたメアリーさんは嬉しそうな顔をして出迎えてくれた。

「シェリー来たのね! いらっしゃい。こんな時間に珍しいわねぇ! さあ、カウンターにどうぞ!」

 そう言い、カウンター席に案内してくれた。どうせ言うなら早い方が良いよね? そう思い、カウンター席に座った瞬間、カウンター越しの目の前にいるメアリーさんに話しかけた。

「メアリーさん、ちょっとお願いがあるんですがいいですか?」
「うん! どうしたの?」

 明るく問いかけてくるメアリーさん。今日も笑顔が素敵である。

「……私をここで働かせていただけませんか? 実は役場から労働許可の手続きが完了したって連絡が来たんです。ちょうどメアリーさんから人手が足りないって聞いたばかりだったから、それなら是非ここで働きたいと思いまして……。やる気はあります! 覚えることがあっても、全部ちゃんと覚えます! 接客業の経験もあります! 一生懸命頑張るので、ここで働かせていただけないでしょうか?」

 正直、断られたらこれからの近所付き合いはかなり気まずい。メアリーさんはそれはそれ、これはこれと分けそうな性格だが、私は分けられそうにないだろう。

 でも、そのリスクを冒してでもメアリーさんの店は働きたいと思える場所だった。理由は簡単だ。接客業だし、この喫茶店で食べたことのある料理は全部美味しかったし、そして何よりもメアリーさんの人柄が良いからだ。

 緊張しながらメアリーさんに働きたい意思を伝えたところ、結果は即答だった。

「もちろんあなたなら大歓迎よ!」
「本当ですか!?」

 輝くような笑顔でそう言ってくれるメアリーさんに、喜びの気持ちでいっぱいになる。言ってみて良かった。地元では無理だった接客業ができるんだと思い、嬉しい気持ちも込み上げてきた。しかし、そんな私にメアリーさんは言葉を重ねた。

「ただね、明後日から1か月くらいの予定で店の改修工事をすることになっているの。だから働き始められるのは約1か月後になるんだけど……それでも良いかしら? もしそれでも良いなら大歓迎よ!」

――何てことだ……。
 すぐに働けるわけではないのか。

 でも、私は仕事を探しながら内職をし、いつ何があるか分からないと先を見越してちゃんと今まで計画的に貯金してきた。それに無駄遣いをしていないから、1か月という期間なら全く問題ない。

「改修工事が終わってからでも大丈夫です! ぜひ働かせてください!」
「本当……!? 嬉しいわ! じゃあ、1か月後からよろしくね。詳しいことを伝えたいから、今日の予定は……そうね、仕事が終わる2時間後くらいに来てもらってもいいかしら?」
「はい! 2時間後にまた来ますね!」

 そう言って、私は一度喫茶店から出ることにした。見事就職先が決まったのだ。このことで、何となくこの町の住民として、この町に根付き始められたような感覚になった。

 メアリーさんは仕事の終わりが2時間後と言っていた。家に帰っても良いが、2時間と言うのであれば、もう1つの散歩ルートのお気に入りの場所に行こう。

 そしたら、ちょうど良い感じに時間が潰せると思う。さっそく私はその場所を目指し、花の家とは別のもう1つの散歩ルートへと足を進めた。

 私のお気に入りの場所と言うのは、レイヴェールの町の大部分が見渡せる丘だ。この町に来てから色々なところを散歩したが、この丘が最もお気に入りの場所になっている。

 景色は綺麗だし、人が通ったり丘の上にいるところを見たことが無い。そのため、気持ちを落ち着けるのにうってつけなのだ。しかも、この丘にはなぜかベンチが設置されている。そのため、ありがたくそのベンチを使わせてもらっている。

 私は地元の村で、唯一逃げ場所にしていた丘があった。そこは私にとって、誰も来ない安息の地であり最高の秘密基地だった。レイヴェールで見つけたこの丘は、村の唯一の逃げ場の丘にそっくりで、今やこの町でとても安心できる場所になっていた。

 丘はこの坂を上ると見えてくる。そろそろ着きそうだ。そう思って丘の方を見た瞬間、目を疑った。

――あの人は……綺麗な花の家のお兄さん!?

 なんとそこには、花の家のお兄さんがいたのだ。彼がここにいるとは意外だった。いつも彼がいるところに私が行くような構図になっていて、偶然にしても気まずい。

 この丘に彼どころか人がいるとは思わず驚きはしたが、とりあえずベンチに座っている彼に少し離れた距離から挨拶することにした。

「こんにちは……こんなところで会うなんて偶然ですねっ」

 私の声が聞こえた彼は、座っているベンチの背もたれから背を外し、俊敏な動きで私の方へと首を捻った。

――また彼のことを驚かせちゃった……。

 そう思う程に、彼は驚いた様子でこちらを凝視してきた。

 しかし、彼は私だと気付いたようでサッとベンチから立ち上がり口を動かした。

「こ、こんにちは」

 ドギマギしながらも挨拶を返してくれる彼の顔からは、まさかこんなところで会うなんてと言う感情が滲み出ている。私も彼とここで会うとは思っていなかった。

 彼とこうして偶然会うのは何回目だろう。会話は短くとも、下手したらご近所さんより話しているはずだ。そんな彼に、私は最近一方的に親近感を抱きさえしている。

 彼がいるから、一瞬諦めて帰ろうかと思った。しかし、それは少し勿体無い気がする。

 それに、もともとここに来たのは時間を潰すためだ。そのため、私はこの丘に留まってみることにした。
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