【完結】その仮面を外すとき

綺咲 潔

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21話 芽生える気持ち

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 アダムやメアリーさんたちに秘密を打ち明け受け入れてくれた今は、本当に居心地が良い。メアリーさんたちとはもっと距離が縮まったし、アダムは今までよりももっと仲良くなれたような気がする。

 私はアダムと仮面の男性が同一人物だと思っていなかったころ、仮面の男性にずっとクッキーを置いていた。結局彼の正体はアダムだったと分かったが、何となくクッキーを贈ることは習慣として続けていた。いつも配慮してもらっているからちょうどいいだろうと考えたからだ。

 すると、アダムはいつものクッキーのお礼だと言って、アダムの家の花で作ったミニブーケをくれた。以前即席で作ってくれたものとは違い、きちんとした包装紙で作られていたため、わざわざ店で買ってきたのかと思う程の出来だった。

 ブーケをもらってからしばらくは、家の花瓶に出来るだけ長く綺麗に咲いてくれたらいいなと思いながら、世話をした。とても癒される時間になった。

 こうしてまたアダムとの距離は縮まり、たまに帰る時間が合った時は、いつもの場所に喫茶店の賄い持って行き、一緒にご飯を食べるようにもなった。通勤途中に彼と会った日は、一緒に通勤もした。

 休みの時や互いのタイミングが合えば、私たちは丘の上で過ごすことがいつしか当たり前になった。互いの好きな本を交換したり、他愛無い話をしたり、そんなゆったりした時間を過ごしていた。

 そして、アダムは会うときに毎回グレープフルーツジュースや、ストロベリーソーダ、サングリアやスープと色々な美味しいものを持ってきてくれた。

 だから、私もスコーンやマフィン、パウンドケーキにシフォンケーキなどを作って持って行った。こうして持っていたスイーツを、アダムは毎回おいしいと言って食べてくれた。

 そんな楽しい日々を送っていた私には、最近ある悩みがあった。私は趣味の1つに手芸がある。食卓とは別に手芸用の作業台として使える机が欲しいが、これだと思うものが見つからないのだ。

 私の家は家具付きの物件だったため椅子が有り余っている。そのため、家にある椅子に合った高さの机が欲しかったのだが、なかなか良い物が見つからない。

 好きなデザインのものは椅子の高さと合わないし、合うものを見つけたら見つけたで、家の雰囲気に合わな過ぎて浮くこと間違いなしだ。そのうえ、好きなデザインですらない。店員さんに聞いてみると、オーダーメイドで作れると言われたが、値段が桁違いだった。

 それに、どうせオーダーメイドにするならもっと多機能な机にしたいと思ってしまう。そのため、悩み過ぎてもういっそのこと買うこと自体諦めようかと思っていた。

 だが諦める前に助言をもらおうと思い、私はアダムにこの悩みについて相談してみた。すると、アダムは紙と鉛筆を取り出し、欲しい机のイメージを描くように言ってきた。

 彼に言われるがまま、私は欲しい机のデザインを描いた。そして、アダムに描いた紙を渡すと彼はその紙を見て口を開いた。

「僕これくらいなら作れるよ。クッキーのお礼に作らせてよ!」
「え! 本当!?」
「うん、任せてよ!」

 正直アダムは嘘をつくような人ではないけど、本当にこの私の細かいこだわりを再現できるのだろうかと半信半疑だった。だが、彼はこの話をした数日後の休みの日を利用し、私の理想の机をたった1日であっという間に作ってしまった。

「アダム……ありがとうっ! すごいわ! こんなに素敵な理想の塊が私の家にあるなんて夢みたい……。あっ、材料費どれくらいかかった?」

 そう尋ねると、彼は笑いながら言葉を返して来た。

「いいよ、気にしないで。クッキーのお礼だし、専門の人じゃなくて素人が作ったものだから」

――アダムは等価交換という言葉を知らないのかしら?
 クッキーのお礼としては、あまりにもレベルが違い過ぎるでしょ……。

 結局私はアダムと口戦し、なんとか材料費の半額を払うことに成功した。こうして理想の机を手にした私は、早速その作業台を利用し、これから寒くなる季節に備え、アダムへのお礼として手袋と靴下を2組作ってプレゼントした。

 手袋は無難だと思ったが、流石にマフラーは重すぎるような気がした。そのため、いくらあっても困らないと考えた靴下を2組添えてプレゼントすることにしたのだ。

 すると、アダムは本当に嬉しそうに喜んでくれた。そんなアダムを見て、つい私まで嬉しくなってしまった。

 それからしばらくし、本格的に寒くなってきたため丘に行くのは厳しくなった。暖かい季節は心地良いと感じたはずの風は今や凶器だ。

 私は寒さに強くなかった。そのため、出勤と必要以外に家から出ないようにしていた。そして当然ではあるが、外部との交流が極端に減った。すると、そんな私の状況を知ったメアリーさんは隣の家ということもあり、晩御飯に誘ってくれるようになった。

 晩御飯を一緒に食べるメンバーは、メアリーさんとジェイスさんとアダムと私の4人かアダムを抜いた3人だった。そして意外なことに、4人で集まった時に晩御飯を作るのはジェイスさんよりも、アダムの方が多かった。

 今まで知らなかったが、アダムが結構商品開発をしていたらしい。どうりでいつも持ってくる差し入れのドリンクや料理が美味しいわけだ。ちなみに、アダムがいないときの料理当番は、朝食がメアリーさんの担当で、夕食がジェイスさんの担当となっているらしい。

 ある日4人で夕食をとろうとなった日、アダムはミネストローネを作ってくれていた。私は作っているアダムの横でちょこちょこと色々手伝っている。

 アダムをチラッと横から見ていると、高速で食材を切り、そうかと思えば目分量で材料を入れ、完全になれた手つきでキッチンを支配している。

 これでちゃんと美味しくなるからすごいな。なんて思いながら、アダムがいる場所から少し離れたところにある食器棚から食器を取り出していると、突然褐色の肌が視界に入ってきた。

 パッと食器棚の淵にもたれかかるように手を置いた人物を見ると、私の顔を覗き込むようにしているジェイスさんと目が合った。

「シェリーちゃん、さっきアダムのこと見てた?」
「はい、だってすごい速さで食材を切ったかと思ったら、目分量でザーって色々入れててマジックみたいじゃないですか」

 素直に答えると、ジェイスさんは腹を抱えて笑い出した。すると、その笑い声に釣られるようにメアリーさんが寄ってきた。

「何がそんなに面白いの?」

 そう問われたジェイスさんは、涙を流しながらその質問に答えた。

「シェリーちゃんがアダムの料理してる姿見てマジックみたいなんて言うからさ、ははっ!」

 まだ笑っているジェイスさんだが、そんなジェイスさんにメアリーさんは何とも言えない複雑な顔をしている。

「そんなに面白い? ただの感想じゃない。今は傍から見ると、ジェイスの方が面白いことになってるわよ」

 このメアリーさんの言葉が落ち着く材料になったのか、ジェイスさんはようやく笑うのをやめて話しかけてきた。

「アダムは本当に何でも出来るし、それも器用にこなすんだよ。ちなみに、料理は全部俺直伝だぜ? だから安心してね、シェリーちゃん」

――ジェイスさんが教えてくれたら、何でも覚えられそうな気がする。
 アダムも本当に何でもできるしすごいな。

 そんなことを思っていると、メアリーさんがジェイスさんに口を開いた。

「確かにアダムが料理上手なのはジェイスのおかげね。感謝してる。あの子に教えてくれてありがとう」

 その言葉に感激したのだろう。嬉しそうな笑顔になりジェイスさんが口を開いた。

「アダムに俺の花婿修行の成果を教えるのは当然だろっ!」

 そう言うとジェイスさんはメアリーさんに抱き着こうとしたが、あえなく躱されてしまっていた。私たちがこうして色々話をしているうちに、いつの間にかアダムは料理を完成させており、配膳まで済ませていた。

 そのため、私たちは急いで夕食の最終準備を済ませて食卓に座った。そして早速、皆がミネストローネを口にしたところ、思った通りこのミネストローネは1口食べた時点で分かるほどの絶品だった。

「すっごく美味しい!」
「何入れたらこんなに美味しくなるの?」
「アダムが作ったら何でも美味しくなるね」

 私とメアリーさんの口からはアダムの料理に対する絶賛が止まらない。すると、アダムは首の側面を触り照れた様子で口を動かした。

「この料理はジェイスさん特製のコンソメが入ってるから、この料理の根幹はジェイスさんだよ。これがあるから美味しいんだ~」

 ニコニコとしながらアダムはジェイスさんを見る。ジェイスさんはアダムの発言を聞いて、珍しく照れた様子で嬉しそうにしている。この日の食卓は、心がほっこりする日になった。

 別の日はキッチンを使っていいと言ってくれたため、いつものお礼として私が初めて皆に料理を振る舞った。メインはシチューだ。寒い季節に合うし、失敗しづらいと思って選んだ。これなら分量測らなくても、大体の勝手は分かる。

 本職のジェイスさんや、料理上手のメアリーさんとアダムに作るなんてと、すごく緊張した。だけど、3人ともそんなに言わなくてもという程に、すごく美味しいと褒めてくれた。お世辞だとしても、とても嬉しかった。

 最近はみんな優しくて幸せ過ぎて怖くなってくる。だが、そう思えるほどに今の私は心が満たされていることは良いことなのだろう。

 そんな私には、最近気付いた感情があった。いつからかは分からないが、アダムのこと好きになっていたのだ。最近は彼を見るだけでときめいてしまう。

 だからこそアダムには申し訳ないが、仕事中のアダムの例の仮面の存在が有難い。最近はあの仮面に救われているのだ。この町に来たばかりの私だったら、絶対に考えられない心境の変化だ。

 でも仮面が無いと、端正な顔に良く似合った煌めくタンザナイトの瞳とあの優しい笑顔にやられてしまう。それに、仮面を付けている時も彼のさりげない気遣いを感じ、事あるごとにときめいてしまう。

 だが、アダムは私をときめかせるだけではない。安心や安らぎも与えてくれるのだ。

――告白しようかしら。
 でも恋愛なんてしたことないから、どうしていいか分からないわ……。

 告白してこの関係性を崩したくない。だけど、彼のことは好きだ。この2つの感情で板挟みになり、ここ最近の私はアダムに想いを告げるかどうか、ずっと思い悩んでいた。
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