35 / 39
アダムside
7話 嫌われたくない(13話後)
しおりを挟む
今日はいつも行っている丘の上に行くことにした、シェリーは仕事のリズムに慣れるまでしばらく会えそうにないと言っていたが、最近の彼女の仕事ぶりからして、そろそろその感覚を掴めていそうだと感じていた。
だからこそ、最近は丘に行くときに今日はシェリーに会えるかもしれないなんて淡い期待を抱いていた。しかし、なかなか会うことはできなかった。だが、今日はここ最近見かけなかった人影がベンチに見える。
急いで丘へと駆け寄ると、それはシェリーの後ろ姿だった。シェリーがいるという嬉しさのあまり、後ろから彼女に声をかけた。
「シェリー! 久しぶり!」
そう声をかけたが、彼女は決して振り向かない。その瞬間、仕事場でのシェリーを思い出した。
彼女は仕事場では基本僕と話しをしないようにしているのが伝わってくる。気まぐれに挨拶をしたと思ったら、突然姿を消し、こちらから挨拶をしても返事をしないことが多い。
――今、仮面を外したこの状態でも彼女に無視されたらどうしよう。
立ち直れないかもしれない……。
そう考えただけで、恐怖心が募ってくる。
ここで引き返すべきが、思い切ってもう一声かけるべきか悩む。だが、シェリーは仮面をのけた僕しか知らないはずだ。仮面を付けた僕がアダムって知ってるだろうけど、アダムなんて名前は別に珍しくない。
――きっと大丈夫だ!
もう思い切って正面から声をかけよう!
バクバクとなる心臓の音に耐えながら、彼女の正面まで足を進め彼女を見た。すると、彼女は目を閉じられていた。その顔を見た瞬間、どっと安心の波が押し寄せてきた。
「はぁ~~~~~……あっ!」
安堵のあまりつい声が出てしまった。寝ている彼女を起こしてしまう! そう思い、急いで自身の口を手で塞いだ。
そして彼女を確認すると、彼女は目を閉じたままだった。
――良かったっ。
彼女を起こさずに済んだ。
それにしても、綺麗な顔だな……。
そう思いながら、彼女の顔に視線をやった。長いまつげに、自然と口角が上がった桃色の唇。夜のように綺麗なツヤのある瑠璃紺の髪色。今は閉じているが、その瞼が開くとオオカミのように美しいアンバーの目が見えるはずだ。
そんな気持ちよさそうに眠っている彼女を起こさないように、そっと彼女の横に腰を掛けた。そのつもりであったが、彼女はすぐに目を開けた。すると、目を開けるなり嬉しそうな笑顔で口を開いた。
「アダムっ! 会いたかった……!」
突然そう発言する彼女に嬉しさと驚きが込み上げたが、起こしてしまったという罪悪感も生じ、急いで彼女に告げた。
「シェリー! 後ろから声かけたんだけど気付いてなかったし、目も閉じてたから気持ちよさそうに眠ってるのかと……ごめん、起こしちゃった?」
そう声をかけると、彼女は焦った様子を見せすぐさま言葉を並び立てた。
「いや、アダムが起こしたわけじゃないの。眠ってたら急に目が覚めて……。でも、そしたらアダムがいたから、すっごく嬉しい!」
その言葉を聞いて、胸が躍った。久しぶりシェリーが僕に笑顔を向けてくれた。正直、シェリーよりも僕の方が嬉しい気持ちが勝っている気がする。
「僕もシェリーと久しぶりに話せて嬉しいよ」
そう告げたが、ふとこの笑顔は仕事場で見ることができないのかと思うと、急に虚しさが込み上げてきた。気分も少し落ち込む。すると、そんな僕を見かねて、彼女が問うてきた。
「アダム、久しぶりに会ったから色々話したいことはあるんだけど……それよりも、だいぶ元気が無さそうね? どうしたの? 心配よ……」
――いけない!
久しぶりの再会なのに、気を遣わせてしまった!
今すぐに話題を変えないと、と思い口を開いた。
「へ? 何で? どうして心配なんか……」
「だって、アダムなんか辛そうな顔してるから……何かあったの?」
作戦は失敗だった。しかも、何かあったのと悩みの原因であるシェリーから言われ、何と言葉を返せばよいか分からず、言葉に詰まってしまった。無理やり作った笑顔も、きっとひきつっているに違いない。
すると、僕の様子を見かねたのか、シェリーは提案をしてくれた。
「無理に話さなくて良いけど、友達としてアダムを助けたいわ。話してみない? そしたら、気分が晴れるかも!」
僕の素顔しか知らない彼女に嫌われたくない。だから、仮面を付けていることは言わずに、何とか落ち込んでいる理由を説明しよう。もしかしたら、シェリーの反応から考えを探れるかもしれない。
そう思い、シェリーに仮面のことは隠したまま悩みについて話してみることにした。
「実はさ、今職場の人に怖がられて避けられてて……」
そう言うと、彼女は予想外の言葉をかけてきた。
「あなたみたいな、優しさの塊みたいな人が怖いですって!? どうして!? 信じられないし有り得ないわ……!」
張本人の彼女が言ったこの発言に、僕はどんな反応をしたら良いのかが分からず困惑してしまった。それと同時に、この説明だけでは彼女だけが悪者のようになると思い、補足を咥えた。
「いや、決してその人が悪いわけじゃないんだ。僕がその人にとって怖いと思うことをしちゃってるから……」
「怖いこと? いったい何をしたら、あなたが避けられるようなことになるの?」
――しまった。
仮面のことは言う勇気が無い。
だけど、怖いことが何なのかの説明をするなら仮面の話をしなければならない。
墓穴を掘ってしまったため、どうしようかと心の中で葛藤していると、シェリーが話しかけてきた。
「あなたはきっと悪いことをしてないと思うわ。ちょっとその人が変わってるのよ」
そう言われ、なおさら反応に困った。何で僕を問答無用で信じるんだろう。変わってるって言ってるその人物は、シェリー自身のことだけど。そんな考えが頭を巡る。
僕は締りのない、戸惑った顔をしているに違いない。そんな僕になおもシェリーは続けた。
「全然あなたが落ち込む必要なんてないわ。もう、あなたみたいな素敵な人を落ち込ませるなんて、どこの誰かしら?」
――君だよ!
そう心の中で思ったが、言えない。言えるわけがない。それに、僕が素敵な人だなんて言ってくれるのはシェリーくらいだ。嬉しさと恥ずかしさと困惑で、どんな顔をしたら良いのか分からず、自然と眉間に力が入る。
「本当に……僕が悪くないと思ってるの? 僕が何したかも、知らないのに……?」
あまりにも不思議に思い、シェリーにそう問いかけた。すると、シェリーは突飛な返しをしてきた。
「知らないわ。まさか……犯罪とか言う?」
「そんなわけないよ!」
つい反射的に答えると、シェリーは分かってたわよ、とでも言うように微笑んだ。そして、シェリーは独り言のように言葉を紡ぎ出した。
「でしょう? じゃあ、絶対にあなたが悪いことをしているなんて思えない。私はあなたのことを信じているもの。あなたは本っ当に素敵な人なのに、その人も罪な人ね。こんなにあなたを困らせるなんて」
そう言うと、彼女はフンッと怒った様子で、僕のことを見ながら腕を組んで話を続ける。
「そもそも、そんな悪人があんなに綺麗な花を育てられるとでも? あなたは優しいし面白いから、きっとその人もあなたのその魅力に―――」
――もう限界だ……!
そう思い、僕は何とか彼女を止めようとシーと子どもを宥めるように、口の前に人差し指を立てて言った。
「それ以上、言わないでっ」
そう言うと、彼女は虚を突かれたように驚いた顔をして、話しを止めてくれた。自分でも顔に熱が集中していることが分かる。きっと真っ赤だろう。そんな状態のまま、彼女に告げた。
「……照れるから」
そう言うと、彼女も瞬時に顔を赤く染めあげた。そんな彼女を見ると、胸がドキドキする。そして、照れている彼女が今まで見た彼女の中で、最大級にかわいく見えた。
――ドキドキが止まらない。
どうしよう!?
シェリーに聞こえてないかな?
聞こえてたら絶対に引かれる……。
まずいことになったと思っていると、彼女は弾丸のごとく怒涛の勢いで話し出した。
「ご、ごめんなさい! アダム! 私ったら気が利かなくて、本音とはいえベラベラ喋り過ぎちゃった! きょ、今日はそろそろ帰るね!」
シェリーといるのは楽しいが、正直今回ばかりは帰ると知り安心した。そのため、何とか言葉を捻り出して告げた。
「う、嬉しかった……。ありがとう!」
「そ、それなら良かった! じゃあ、か、帰るねっ!」
帰るという彼女に手を振りながら、心臓の鼓動を何とか押し殺しながら話しかけた。
「シェリーのおかげで仕事頑張れそうだよ。気を付けて帰ってね。シェリーの仕事も応援してるよ」
「うん、ありがとう! バイバイ!」
そう言う彼女は、ずっと僕の方を見ながら手を振ってくれた。そして、互いの声が聞こえないくらいの距離になると、彼女はようやく前を向いて歩きだした。
彼女が完全に見えなくなり、1人ベンチに座り直した。そして、彼女が座っていた方の背もたれを撫でた。
――って、僕気持ち悪すぎだろ!?
何で背もたれなんて撫でてるんだ!?
自分の無意識の内の行動に、ある考えが浮かんでくる。一度そのことを忘れようと思い、別のことに意識を集中させようとするが、今度は先程の彼女の言葉が頭から離れない。
ここにいるから思い出してしまうんだと思い家に帰り花を見て、また彼女を思い出してしまう。家の中に入れば安全かと思いきや、ベッドに入って寝ようとしても、ドキドキして全然眠れない。
やっと眠れたかと思いきや、目が覚めて今日は仕事かと思うと彼女がまた頭を支配する。ここまで来たら、もう僕は自分の気持ちを認めざるを得なかった。
――シェリーのことがこんなに好きになってたなんて……。
次会ったらどうしよう!
もう完全に恋に落ちてしまった。
だからこそ、仮面の男の正体を明かせないと思った。その理由はただ1つ、彼女に嫌われたくないからだ。
取り敢えず、どんな気持ちであれ、仕事はしなければならない。そこは割り切ろう。そう気持ちを持ち直して、出勤した。
シェリーへの恋心を自覚して以来、初めて職場で彼女に会う。バクバクとなる心臓を鳴らし、少し浮足立ちながら出勤したが、現実はそう甘くはなかった。
次の日も、その次の日も、またまた次の日も彼女の態度が今以上に変わることは無かった。
だからこそ、最近は丘に行くときに今日はシェリーに会えるかもしれないなんて淡い期待を抱いていた。しかし、なかなか会うことはできなかった。だが、今日はここ最近見かけなかった人影がベンチに見える。
急いで丘へと駆け寄ると、それはシェリーの後ろ姿だった。シェリーがいるという嬉しさのあまり、後ろから彼女に声をかけた。
「シェリー! 久しぶり!」
そう声をかけたが、彼女は決して振り向かない。その瞬間、仕事場でのシェリーを思い出した。
彼女は仕事場では基本僕と話しをしないようにしているのが伝わってくる。気まぐれに挨拶をしたと思ったら、突然姿を消し、こちらから挨拶をしても返事をしないことが多い。
――今、仮面を外したこの状態でも彼女に無視されたらどうしよう。
立ち直れないかもしれない……。
そう考えただけで、恐怖心が募ってくる。
ここで引き返すべきが、思い切ってもう一声かけるべきか悩む。だが、シェリーは仮面をのけた僕しか知らないはずだ。仮面を付けた僕がアダムって知ってるだろうけど、アダムなんて名前は別に珍しくない。
――きっと大丈夫だ!
もう思い切って正面から声をかけよう!
バクバクとなる心臓の音に耐えながら、彼女の正面まで足を進め彼女を見た。すると、彼女は目を閉じられていた。その顔を見た瞬間、どっと安心の波が押し寄せてきた。
「はぁ~~~~~……あっ!」
安堵のあまりつい声が出てしまった。寝ている彼女を起こしてしまう! そう思い、急いで自身の口を手で塞いだ。
そして彼女を確認すると、彼女は目を閉じたままだった。
――良かったっ。
彼女を起こさずに済んだ。
それにしても、綺麗な顔だな……。
そう思いながら、彼女の顔に視線をやった。長いまつげに、自然と口角が上がった桃色の唇。夜のように綺麗なツヤのある瑠璃紺の髪色。今は閉じているが、その瞼が開くとオオカミのように美しいアンバーの目が見えるはずだ。
そんな気持ちよさそうに眠っている彼女を起こさないように、そっと彼女の横に腰を掛けた。そのつもりであったが、彼女はすぐに目を開けた。すると、目を開けるなり嬉しそうな笑顔で口を開いた。
「アダムっ! 会いたかった……!」
突然そう発言する彼女に嬉しさと驚きが込み上げたが、起こしてしまったという罪悪感も生じ、急いで彼女に告げた。
「シェリー! 後ろから声かけたんだけど気付いてなかったし、目も閉じてたから気持ちよさそうに眠ってるのかと……ごめん、起こしちゃった?」
そう声をかけると、彼女は焦った様子を見せすぐさま言葉を並び立てた。
「いや、アダムが起こしたわけじゃないの。眠ってたら急に目が覚めて……。でも、そしたらアダムがいたから、すっごく嬉しい!」
その言葉を聞いて、胸が躍った。久しぶりシェリーが僕に笑顔を向けてくれた。正直、シェリーよりも僕の方が嬉しい気持ちが勝っている気がする。
「僕もシェリーと久しぶりに話せて嬉しいよ」
そう告げたが、ふとこの笑顔は仕事場で見ることができないのかと思うと、急に虚しさが込み上げてきた。気分も少し落ち込む。すると、そんな僕を見かねて、彼女が問うてきた。
「アダム、久しぶりに会ったから色々話したいことはあるんだけど……それよりも、だいぶ元気が無さそうね? どうしたの? 心配よ……」
――いけない!
久しぶりの再会なのに、気を遣わせてしまった!
今すぐに話題を変えないと、と思い口を開いた。
「へ? 何で? どうして心配なんか……」
「だって、アダムなんか辛そうな顔してるから……何かあったの?」
作戦は失敗だった。しかも、何かあったのと悩みの原因であるシェリーから言われ、何と言葉を返せばよいか分からず、言葉に詰まってしまった。無理やり作った笑顔も、きっとひきつっているに違いない。
すると、僕の様子を見かねたのか、シェリーは提案をしてくれた。
「無理に話さなくて良いけど、友達としてアダムを助けたいわ。話してみない? そしたら、気分が晴れるかも!」
僕の素顔しか知らない彼女に嫌われたくない。だから、仮面を付けていることは言わずに、何とか落ち込んでいる理由を説明しよう。もしかしたら、シェリーの反応から考えを探れるかもしれない。
そう思い、シェリーに仮面のことは隠したまま悩みについて話してみることにした。
「実はさ、今職場の人に怖がられて避けられてて……」
そう言うと、彼女は予想外の言葉をかけてきた。
「あなたみたいな、優しさの塊みたいな人が怖いですって!? どうして!? 信じられないし有り得ないわ……!」
張本人の彼女が言ったこの発言に、僕はどんな反応をしたら良いのかが分からず困惑してしまった。それと同時に、この説明だけでは彼女だけが悪者のようになると思い、補足を咥えた。
「いや、決してその人が悪いわけじゃないんだ。僕がその人にとって怖いと思うことをしちゃってるから……」
「怖いこと? いったい何をしたら、あなたが避けられるようなことになるの?」
――しまった。
仮面のことは言う勇気が無い。
だけど、怖いことが何なのかの説明をするなら仮面の話をしなければならない。
墓穴を掘ってしまったため、どうしようかと心の中で葛藤していると、シェリーが話しかけてきた。
「あなたはきっと悪いことをしてないと思うわ。ちょっとその人が変わってるのよ」
そう言われ、なおさら反応に困った。何で僕を問答無用で信じるんだろう。変わってるって言ってるその人物は、シェリー自身のことだけど。そんな考えが頭を巡る。
僕は締りのない、戸惑った顔をしているに違いない。そんな僕になおもシェリーは続けた。
「全然あなたが落ち込む必要なんてないわ。もう、あなたみたいな素敵な人を落ち込ませるなんて、どこの誰かしら?」
――君だよ!
そう心の中で思ったが、言えない。言えるわけがない。それに、僕が素敵な人だなんて言ってくれるのはシェリーくらいだ。嬉しさと恥ずかしさと困惑で、どんな顔をしたら良いのか分からず、自然と眉間に力が入る。
「本当に……僕が悪くないと思ってるの? 僕が何したかも、知らないのに……?」
あまりにも不思議に思い、シェリーにそう問いかけた。すると、シェリーは突飛な返しをしてきた。
「知らないわ。まさか……犯罪とか言う?」
「そんなわけないよ!」
つい反射的に答えると、シェリーは分かってたわよ、とでも言うように微笑んだ。そして、シェリーは独り言のように言葉を紡ぎ出した。
「でしょう? じゃあ、絶対にあなたが悪いことをしているなんて思えない。私はあなたのことを信じているもの。あなたは本っ当に素敵な人なのに、その人も罪な人ね。こんなにあなたを困らせるなんて」
そう言うと、彼女はフンッと怒った様子で、僕のことを見ながら腕を組んで話を続ける。
「そもそも、そんな悪人があんなに綺麗な花を育てられるとでも? あなたは優しいし面白いから、きっとその人もあなたのその魅力に―――」
――もう限界だ……!
そう思い、僕は何とか彼女を止めようとシーと子どもを宥めるように、口の前に人差し指を立てて言った。
「それ以上、言わないでっ」
そう言うと、彼女は虚を突かれたように驚いた顔をして、話しを止めてくれた。自分でも顔に熱が集中していることが分かる。きっと真っ赤だろう。そんな状態のまま、彼女に告げた。
「……照れるから」
そう言うと、彼女も瞬時に顔を赤く染めあげた。そんな彼女を見ると、胸がドキドキする。そして、照れている彼女が今まで見た彼女の中で、最大級にかわいく見えた。
――ドキドキが止まらない。
どうしよう!?
シェリーに聞こえてないかな?
聞こえてたら絶対に引かれる……。
まずいことになったと思っていると、彼女は弾丸のごとく怒涛の勢いで話し出した。
「ご、ごめんなさい! アダム! 私ったら気が利かなくて、本音とはいえベラベラ喋り過ぎちゃった! きょ、今日はそろそろ帰るね!」
シェリーといるのは楽しいが、正直今回ばかりは帰ると知り安心した。そのため、何とか言葉を捻り出して告げた。
「う、嬉しかった……。ありがとう!」
「そ、それなら良かった! じゃあ、か、帰るねっ!」
帰るという彼女に手を振りながら、心臓の鼓動を何とか押し殺しながら話しかけた。
「シェリーのおかげで仕事頑張れそうだよ。気を付けて帰ってね。シェリーの仕事も応援してるよ」
「うん、ありがとう! バイバイ!」
そう言う彼女は、ずっと僕の方を見ながら手を振ってくれた。そして、互いの声が聞こえないくらいの距離になると、彼女はようやく前を向いて歩きだした。
彼女が完全に見えなくなり、1人ベンチに座り直した。そして、彼女が座っていた方の背もたれを撫でた。
――って、僕気持ち悪すぎだろ!?
何で背もたれなんて撫でてるんだ!?
自分の無意識の内の行動に、ある考えが浮かんでくる。一度そのことを忘れようと思い、別のことに意識を集中させようとするが、今度は先程の彼女の言葉が頭から離れない。
ここにいるから思い出してしまうんだと思い家に帰り花を見て、また彼女を思い出してしまう。家の中に入れば安全かと思いきや、ベッドに入って寝ようとしても、ドキドキして全然眠れない。
やっと眠れたかと思いきや、目が覚めて今日は仕事かと思うと彼女がまた頭を支配する。ここまで来たら、もう僕は自分の気持ちを認めざるを得なかった。
――シェリーのことがこんなに好きになってたなんて……。
次会ったらどうしよう!
もう完全に恋に落ちてしまった。
だからこそ、仮面の男の正体を明かせないと思った。その理由はただ1つ、彼女に嫌われたくないからだ。
取り敢えず、どんな気持ちであれ、仕事はしなければならない。そこは割り切ろう。そう気持ちを持ち直して、出勤した。
シェリーへの恋心を自覚して以来、初めて職場で彼女に会う。バクバクとなる心臓を鳴らし、少し浮足立ちながら出勤したが、現実はそう甘くはなかった。
次の日も、その次の日も、またまた次の日も彼女の態度が今以上に変わることは無かった。
18
あなたにおすすめの小説
優しすぎる王太子に妃は現れない
七宮叶歌
恋愛
『優しすぎる王太子』リュシアンは国民から慕われる一方、貴族からは優柔不断と見られていた。
没落しかけた伯爵家の令嬢エレナは、家を救うため王太子妃選定会に挑み、彼の心を射止めようと決意する。
だが、選定会の裏には思わぬ陰謀が渦巻いていた。翻弄されながらも、エレナは自分の想いを貫けるのか。
国が繁栄する時、青い鳥が現れる――そんな伝承のあるフェラデル国で、優しすぎる王太子と没落令嬢の行く末を、青い鳥は見守っている。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
『影の夫人とガラスの花嫁』
柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、
結婚初日から気づいていた。
夫は優しい。
礼儀正しく、決して冷たくはない。
けれど──どこか遠い。
夜会で向けられる微笑みの奥には、
亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。
社交界は囁く。
「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」
「後妻は所詮、影の夫人よ」
その言葉に胸が痛む。
けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。
──これは政略婚。
愛を求めてはいけない、と。
そんなある日、彼女はカルロスの書斎で
“あり得ない手紙”を見つけてしまう。
『愛しいカルロスへ。
私は必ずあなたのもとへ戻るわ。
エリザベラ』
……前妻は、本当に死んだのだろうか?
噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。
揺れ動く心のまま、シャルロットは
“ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。
しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、
カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。
「影なんて、最初からいない。
見ていたのは……ずっと君だけだった」
消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫──
すべての謎が解けたとき、
影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。
切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。
愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜
山田空
恋愛
王国有数の名家に生まれたエルナは、
幼い頃から“家の役目”を果たすためだけに生きてきた。
父に褒められたことは一度もなく、
婚約者には「君に愛情などない」と言われ、
社交界では「冷たい令嬢」と噂され続けた。
——ある夜。
唯一の味方だった侍女が「あなたのせいで」と呟いて去っていく。
心が折れかけていたその時、
父の側近であり冷徹で有名な青年・レオンが
淡々と告げた。
「エルナ様、家を出ましょう。
あなたはもう、これ以上傷つく必要がない」
突然の“駆け落ち”に見える提案。
だがその実態は——
『他家からの縁談に対抗するための“偽装夫婦契約”。
期間は一年、互いに干渉しないこと』
はずだった。
しかし共に暮らし始めてすぐ、
レオンの態度は“契約の冷たさ”とは程遠くなる。
「……触れていいですか」
「無理をしないで。泣きたいなら泣きなさい」
「あなたを愛さないなど、できるはずがない」
彼の優しさは偽りか、それとも——。
一年後、契約の終わりが迫る頃、
エルナの前に姿を見せたのは
かつて彼女を切り捨てた婚約者だった。
「戻ってきてくれ。
本当に愛していたのは……君だ」
愛を知らずに生きてきた令嬢が人生で初めて“選ぶ”物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる