36 / 39
アダムside
8話 涙の理由(16話後)
しおりを挟む
今日は店の定休日だ。だから、メアリーさんとジェイスさんとシェリーは一応シフト上では休みということになっている。
一方で、僕は裏方の仕事をしているから、定休日に店内のメンテナンスをして、定休日の次の日を休みにしてもらっている。
だけど、ジェイスさんは明日の店の準備と称して、休みのはずなのに出勤している。仕事が趣味だから何て言って……。
いつもは遊び人のような雰囲気すら醸し出しているジェイスさんだが、本当はこの店の中で一番真面目なのはジェイスさんかもしれない。
大好きなメアリーさんのためにと、メアリーさんの見えないところで、実はジェイスさんが色々と手を尽くしているからだ。
ジェイスさんには口止めされているが、メアリーさん以外の人はジェイスさんの陰ながらの努力を知っている。そんなジェイスさんは、子どもの頃から密かに僕の憧れだ。
そして今日も毎度のごとく休日出勤しているジェイスさんに声をかけられた。
「アダム、ちょっと買い出し頼まれてくれねーか?」
「いいですよ! 何を買って来たら良いですか?」
「砥石買いに行ってほしいんだよ。最近ちょっと調子が悪くてな……。そろそろ耐用年数超える頃だって気付いたんだよ」
「そうなんだ。じゃあ、今までと同じものでも良いですか?」
「ああ、そうしてくれ。慣れてる方が良いからな。あ、それと今日は買い出し終わったら帰っていいぞ」
唐突にそんなことを言うから驚いた。
「えっ。勤務時間よりだいぶ早い時間だけど……良いんですか?」
そう言うと、ジェイスさんは明るく笑った。
「良いんだよ。アダムはいつも頑張ってくれてるから。メアリーもちょっと早く帰ったくらいでいちいち咎めたりしねーよ。それに……あの例の子にも会えるかもしれないしなっ!」
「もうっ、からかわないでよジェイスさん! でも、ありがとうございます」
そう言うと、ジェイスさんは僕の腕をポンポンと叩き自分の作業へと戻って行った。
――早く上がっても良いってことは、今日はいつもより早い時間に丘に行けるぞ。
休みだし、もしかしたらシェリーも来てたりして……。
そしたら、いつもよりシェリーと長い時間居られるかもしれない!
ああ、今日もかっこいい。ジェイスさんありがとう!
こうしてぐずぐずなんてしていられない。僕は超特急で砥石を買いに行き、ジェイスさんに先に帰ると挨拶を済ませ急いで丘へと向かった。
丘へと行く途中、ここならもう人と遭遇しないだろうと思い、仮面も手袋も外した。そして、その仮面と手袋は歩きながら、しっかりとカバンの中に入れた。
それから少し歩くと、丘にあるベンチが見えてきた。人影も見える。
――シェリーに違いない……!
会えるなんてラッキーだ!
嬉しくなりその場でおーい、シェリー! そう呼びかけようとしたが、彼女が泣いていることに気付き、その声は虚空へと消えていった。
気付いたら自分でも驚くほどの速さで、丘に到達していた。そして、カバンを芝生に放り投げるように置き、急いで涙を流す彼女の元へと駆け寄った。
「シェリー? どうしたの!? 大丈夫!?」
そう声をかけ、彼女の右肩をトントンと叩いた。すると、彼女はガバッと顔を上げた。そして、隠そうとするようにシェリーは目元を拭い始めた。
彼女を落ち着かせてあげないといけないと思い、僕は急いでベンチの空いたスペースに腰かけて、彼女の背中をさすった。そして、彼女の顔を覗き込んで尋ねた。
「どうしたの!? 何があったんだ!?」
そう声をかけたものの、彼女は言葉に詰まって話すことができない状態なのか、なかなか口を開かない。
――彼女に何があったんだ!?
僕が色々聞いてみたら頷いてくれるかもしれない。
彼女の行動範囲的に、職場の可能性が一番高い。
そこから聞いてみよう。
「何か嫌なことがあった? もしかして職場!? 誰かに何かされた!?」
そう声をかけると、職場と言った瞬間シェリーの方が少しピクンと跳ねた。
――職場ということは、客?
それか……メアリーさんに何か言われた?
「誰も悪くない……私が全部悪いの……」
「そんな訳ないよ。だって君が真面目で優しい人ってことは誰よりも分かってる……! 誰かにそんなこと言われたの?」
「人のことを傷付けて、周りの人にも嫌な思いをさせていたの……」
そんなわけない。その言葉しか思い浮かばない。僕の知る彼女は、人に嫌な思いをさせる人とは思えない。彼女の困っていることを、僕はちゃんと知りたい。
「ねえ、シェリー? 僕に話してくれないか。君がわざと悪いことをしたなんて考えられない。何か誤解があるんじゃないか?」
彼女が泣いている姿というよりも、苦しんでいるその表情が僕の胸までも苦しくする。人に嫌な思いをさせたと言うが、彼女の方が傷付いた様子で心配だ。
「っ君が何の理由も無く人を傷つける人とは思えないし、そもそも人をわざわざ傷つけてやろうと思う人だとは思えない! そんなに自分を責めているのに……。何か理由があるんじゃないか?」
そう声をかけると、彼女は少し心を開いた様子で、言葉を詰まらせながらも話してくれた。
「アダムは私のこと、良く見すぎだよ……。私……自分が傷付きたくなくて……人を、傷付けてしまって……。それで、何てことっ……ううっ……してしまったんだろうって……」
――何を言っているんだ!?
傷付きたくなくて傷付けた!?
それに、良く見すぎなんてそんなわけない!
人の嫌な面をこれでもかと言う程見てきたんだ、間違いない……!
やはり、シェリーには何らかの事情があったのだと瞬時に悟った。そして、発言からするに、何らかの板挟みになっていたのかもしれない。
シェリーはきっと今、負のループに陥っている。できる事なら、僕がシェリーを救ってあげたい。
でもそうするためには、やはりシェリーから少しでも情報を聞き出すしかない。
まずは、彼女を安心させよう。そう思い、彼女の背中をさすることは継続し、躊躇いながらも思い切って余っている左手をそっと彼女の左手を重ねた。
僕はこの火傷跡の残る左手を彼女に見られたくなくて、いつも左手を隠すようにしていた。
こんな手を重ねても良いのかという葛藤はあったが、彼女が少しでも安心できればと思い思い切って重ねた。
これはシェリーのために出した、僕なりの勇気だ。
「傷付きたくなくてってどういうことだ? やっぱり何か理由があったんじゃないか。 無理には聞き出したくはないけど、僕に話してくれないか? 君を助けたいんだ……!」
つい、重ねた左手に力が入る。そして、彼女の一瞬を見逃してはいけないと思い、彼女を見つめ続けた。
すると、彼女が意を決した様子で口を開いた。
「私、耳が聞こえないの」
「え……?」
一方で、僕は裏方の仕事をしているから、定休日に店内のメンテナンスをして、定休日の次の日を休みにしてもらっている。
だけど、ジェイスさんは明日の店の準備と称して、休みのはずなのに出勤している。仕事が趣味だから何て言って……。
いつもは遊び人のような雰囲気すら醸し出しているジェイスさんだが、本当はこの店の中で一番真面目なのはジェイスさんかもしれない。
大好きなメアリーさんのためにと、メアリーさんの見えないところで、実はジェイスさんが色々と手を尽くしているからだ。
ジェイスさんには口止めされているが、メアリーさん以外の人はジェイスさんの陰ながらの努力を知っている。そんなジェイスさんは、子どもの頃から密かに僕の憧れだ。
そして今日も毎度のごとく休日出勤しているジェイスさんに声をかけられた。
「アダム、ちょっと買い出し頼まれてくれねーか?」
「いいですよ! 何を買って来たら良いですか?」
「砥石買いに行ってほしいんだよ。最近ちょっと調子が悪くてな……。そろそろ耐用年数超える頃だって気付いたんだよ」
「そうなんだ。じゃあ、今までと同じものでも良いですか?」
「ああ、そうしてくれ。慣れてる方が良いからな。あ、それと今日は買い出し終わったら帰っていいぞ」
唐突にそんなことを言うから驚いた。
「えっ。勤務時間よりだいぶ早い時間だけど……良いんですか?」
そう言うと、ジェイスさんは明るく笑った。
「良いんだよ。アダムはいつも頑張ってくれてるから。メアリーもちょっと早く帰ったくらいでいちいち咎めたりしねーよ。それに……あの例の子にも会えるかもしれないしなっ!」
「もうっ、からかわないでよジェイスさん! でも、ありがとうございます」
そう言うと、ジェイスさんは僕の腕をポンポンと叩き自分の作業へと戻って行った。
――早く上がっても良いってことは、今日はいつもより早い時間に丘に行けるぞ。
休みだし、もしかしたらシェリーも来てたりして……。
そしたら、いつもよりシェリーと長い時間居られるかもしれない!
ああ、今日もかっこいい。ジェイスさんありがとう!
こうしてぐずぐずなんてしていられない。僕は超特急で砥石を買いに行き、ジェイスさんに先に帰ると挨拶を済ませ急いで丘へと向かった。
丘へと行く途中、ここならもう人と遭遇しないだろうと思い、仮面も手袋も外した。そして、その仮面と手袋は歩きながら、しっかりとカバンの中に入れた。
それから少し歩くと、丘にあるベンチが見えてきた。人影も見える。
――シェリーに違いない……!
会えるなんてラッキーだ!
嬉しくなりその場でおーい、シェリー! そう呼びかけようとしたが、彼女が泣いていることに気付き、その声は虚空へと消えていった。
気付いたら自分でも驚くほどの速さで、丘に到達していた。そして、カバンを芝生に放り投げるように置き、急いで涙を流す彼女の元へと駆け寄った。
「シェリー? どうしたの!? 大丈夫!?」
そう声をかけ、彼女の右肩をトントンと叩いた。すると、彼女はガバッと顔を上げた。そして、隠そうとするようにシェリーは目元を拭い始めた。
彼女を落ち着かせてあげないといけないと思い、僕は急いでベンチの空いたスペースに腰かけて、彼女の背中をさすった。そして、彼女の顔を覗き込んで尋ねた。
「どうしたの!? 何があったんだ!?」
そう声をかけたものの、彼女は言葉に詰まって話すことができない状態なのか、なかなか口を開かない。
――彼女に何があったんだ!?
僕が色々聞いてみたら頷いてくれるかもしれない。
彼女の行動範囲的に、職場の可能性が一番高い。
そこから聞いてみよう。
「何か嫌なことがあった? もしかして職場!? 誰かに何かされた!?」
そう声をかけると、職場と言った瞬間シェリーの方が少しピクンと跳ねた。
――職場ということは、客?
それか……メアリーさんに何か言われた?
「誰も悪くない……私が全部悪いの……」
「そんな訳ないよ。だって君が真面目で優しい人ってことは誰よりも分かってる……! 誰かにそんなこと言われたの?」
「人のことを傷付けて、周りの人にも嫌な思いをさせていたの……」
そんなわけない。その言葉しか思い浮かばない。僕の知る彼女は、人に嫌な思いをさせる人とは思えない。彼女の困っていることを、僕はちゃんと知りたい。
「ねえ、シェリー? 僕に話してくれないか。君がわざと悪いことをしたなんて考えられない。何か誤解があるんじゃないか?」
彼女が泣いている姿というよりも、苦しんでいるその表情が僕の胸までも苦しくする。人に嫌な思いをさせたと言うが、彼女の方が傷付いた様子で心配だ。
「っ君が何の理由も無く人を傷つける人とは思えないし、そもそも人をわざわざ傷つけてやろうと思う人だとは思えない! そんなに自分を責めているのに……。何か理由があるんじゃないか?」
そう声をかけると、彼女は少し心を開いた様子で、言葉を詰まらせながらも話してくれた。
「アダムは私のこと、良く見すぎだよ……。私……自分が傷付きたくなくて……人を、傷付けてしまって……。それで、何てことっ……ううっ……してしまったんだろうって……」
――何を言っているんだ!?
傷付きたくなくて傷付けた!?
それに、良く見すぎなんてそんなわけない!
人の嫌な面をこれでもかと言う程見てきたんだ、間違いない……!
やはり、シェリーには何らかの事情があったのだと瞬時に悟った。そして、発言からするに、何らかの板挟みになっていたのかもしれない。
シェリーはきっと今、負のループに陥っている。できる事なら、僕がシェリーを救ってあげたい。
でもそうするためには、やはりシェリーから少しでも情報を聞き出すしかない。
まずは、彼女を安心させよう。そう思い、彼女の背中をさすることは継続し、躊躇いながらも思い切って余っている左手をそっと彼女の左手を重ねた。
僕はこの火傷跡の残る左手を彼女に見られたくなくて、いつも左手を隠すようにしていた。
こんな手を重ねても良いのかという葛藤はあったが、彼女が少しでも安心できればと思い思い切って重ねた。
これはシェリーのために出した、僕なりの勇気だ。
「傷付きたくなくてってどういうことだ? やっぱり何か理由があったんじゃないか。 無理には聞き出したくはないけど、僕に話してくれないか? 君を助けたいんだ……!」
つい、重ねた左手に力が入る。そして、彼女の一瞬を見逃してはいけないと思い、彼女を見つめ続けた。
すると、彼女が意を決した様子で口を開いた。
「私、耳が聞こえないの」
「え……?」
18
あなたにおすすめの小説
優しすぎる王太子に妃は現れない
七宮叶歌
恋愛
『優しすぎる王太子』リュシアンは国民から慕われる一方、貴族からは優柔不断と見られていた。
没落しかけた伯爵家の令嬢エレナは、家を救うため王太子妃選定会に挑み、彼の心を射止めようと決意する。
だが、選定会の裏には思わぬ陰謀が渦巻いていた。翻弄されながらも、エレナは自分の想いを貫けるのか。
国が繁栄する時、青い鳥が現れる――そんな伝承のあるフェラデル国で、優しすぎる王太子と没落令嬢の行く末を、青い鳥は見守っている。
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
『影の夫人とガラスの花嫁』
柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、
結婚初日から気づいていた。
夫は優しい。
礼儀正しく、決して冷たくはない。
けれど──どこか遠い。
夜会で向けられる微笑みの奥には、
亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。
社交界は囁く。
「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」
「後妻は所詮、影の夫人よ」
その言葉に胸が痛む。
けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。
──これは政略婚。
愛を求めてはいけない、と。
そんなある日、彼女はカルロスの書斎で
“あり得ない手紙”を見つけてしまう。
『愛しいカルロスへ。
私は必ずあなたのもとへ戻るわ。
エリザベラ』
……前妻は、本当に死んだのだろうか?
噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。
揺れ動く心のまま、シャルロットは
“ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。
しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、
カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。
「影なんて、最初からいない。
見ていたのは……ずっと君だけだった」
消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫──
すべての謎が解けたとき、
影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。
切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。
愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる