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アダムside
9話 真相(17話中)
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「……私、耳が聞こえないの」
信じられない言葉が彼女の口から紡ぎ出された。あまりにも驚きすぎて、間抜けな声が口から勝手に漏れ出てしまった。でも、それくらいに彼女の発言は信じられなかった。
耳が聞こえないなら、なぜ僕と普通に会話をしているのだろうか。店でもお客さんと普通に話している。大人だけでなく、舌っ足らずな子どもともちゃんと会話していたのを僕は知っている。
考えれば考える程、耳が聞こえないということが信じられない。シェリーと会話をしている中でそんなことを考えたことすらなかった。
シェリーの言うことを信じていないわけではない。彼女の言うことは何でも信じたい。だけど、今回ばかりは本気で信じ難いと思ってしまった。
僕に告げた後、シェリーは僕の顔を泣きながらも真っ直ぐに見つめてくる。そして、桃色の綺麗な唇を噛みながら、必死に涙を堪えようとしている。
そんな彼女にこんなことを聞くのは酷だと思いながらも、念には念をと最終確認のために訊いた。
「耳が……聞こえない? けど、君は今までもだし今も僕と普通に会話しているよ、ね?」
そう尋ねると、シェリーは悲しそうな表情になり右手をぎゅっと握りしめた。それから一呼吸置き、覚悟を決めたような眼差しを向け話し出した。その目からは、先ほどの涙はほとんど流れていなかった。
「間違いなく、私は耳が聞こえない。だけど、私は耳が聞こえないということを、誰にも……知られたくなかった」
2回言われても正直信じられないが、今回ばかりは本当のことなんだと信じざるを得なかった。言いたくないことを言わせてしまった罪悪感もある。
だが、本当に聞こえないのであれば、なぜ会話が成立しているのかが謎である。何で会話ができるのか、それを彼女に聞こうとした。しかし、そう尋ねる前に彼女が僕に尋ねてきた。
「私がアダムと会話出来ている理由が気になるでしょう?」
――その通りだ……。
何で会話が出来るんだ?
彼女に尋ねられ、頷くことで肯定を示した。すると、彼女は顔色を変えることなく、その疑問の答えを説明してくれた。
「読唇術を使ったの。読唇術は、口の動きで何を話しているか読み取る技術で、私は長い年月をかけてその技術を身に付けた。だけど、読唇術には欠点がある」
そう言うと、シェリーは少し顔を苦しそうな顔をした。
――ということは、もしかして……。
嫌な予感がする。それに、その予感は間違いなく当たっている気がする。ため息と言うよりも深呼吸のように、彼女はふぅと息を吐き出した。そして、決定的な発言をした。
「口が見えない人は、何を言っているか分からない」
完全に予想が当たってしまった。何ということだ。彼女は口を見ないと会話ができないのに、僕はその口を隠してしまっていたから、彼女は苦しんでいたのか……。
――何が助けたいだ。
どの口がそんなことを言っているんだ。
僕がシェリーのことを傷付けてしまっていたんじゃないか……!
彼女は耳が聞こえないということを知られたくなかったと言っていた。ということは、当然誰にも相談できないから、ずっと一人でその悩みを抱え込んでいたんだ。
意図せずとはいえ、知らず知らずのうちに彼女のことを苦しめてしまっていたと知り、ショックが隠せない。すると、そんな僕にシェリーは話を続けた。
「実は、私が傷付けた人は職場の人でね……。その人はどうしてか分からないけど仮面を付けてるの。それで読唇術が使えない相手だから、私には彼の話していることが全く分からなくて……」
耳が聞こえなかったから、あんな態度になっていたのかとようやく分かった。いつもの彼女とあまりにも違うと感じる理由は仮面だったのかとすべての謎が解けた。
雪崩のように入ってくるこの情報を、僕はきちんと受け止める責任がある。だからこそ、シェリーの話を聞き逃さないために、真っ直ぐに彼女に視線を向けた。
「だから、一緒にいたり話しかけられたりしたときに、耳が聞こえないことがばれると思って、そういう状況にならいように彼から逃げ回ってたの。そしたら、その行動が無視したりあからさまに避けたりしてるみたいになってしまってたの。昨日オーナーに改善してって言われてから、本当に酷いことをしてしまったと思って……。本人はもちろんだけど、オーナーたちにも嫌な思いさせてしまってたの……」
ここまで言うと、彼女は話す口を止めた。
「そうだったのか……」
これですべてが理解できた。僕が仮面を付けているせいで彼女をこんなにも苦しめてしまった。それなのに、彼女は仮面なんか付けている方がおかしいし悪いとは言わずに、全部自分が悪いと思っているのだ。
しかも、彼女の耳が聞こえないなんて知らないから、昨日メアリーさんからも注意されたというじゃないか。メアリーさんはシェリーの耳のことを知らないからしょうがないといえ、これじゃシェリーが可哀想だ。
何でそんなに優しいんだ。誰にだって隠したいことはある。僕だって、傷付きたくないから仮面を付けているんだ。耳が聞こえないことを言いたくないというシェリーの気持ちは、シェリー本人とまではいかなくとも、痛いほど分かる。
――ごめん。辛かったね……。
突発的に彼女を抱き締めてしまった。
「ごめんね、シェリー! 本当に僕が悪かった。君は悪者じゃない! 何も悪くない! こんなに苦しめて、悩ませて、ごめんね……」
僕がシェリーが悪者にしてしまう環境を作ってしまったんだと罪悪感が込み上がってきた。だからこそ、僕は説明責任を果たす必要がある。
仮面の正体を告げたら嫌われるかもしれないと思って言わなかったが、それがこんなにシェリーを苦しめていたとは夢にも思わなかった。
――ここまで彼女が打ち明けてくれたんだ。
僕も正体を明かさないといけない。
そう心に決め、一度彼女から離れ彼女の両肩を正面から掴んで告げた。
「少し目を閉じてくれないか……! 見て欲しいものがある。肩を3回叩いたら目を開けて欲しい」
そう言うと、彼女は困惑しながらも素直に目を閉じてくれた。
僕は来るときに放り投げカバンから仮面と手袋を取り出した。そして、仮面を装着し、左手にはいつもの革製の手袋をはめた。
耳が聞こえないとは言われていたが、開けて良いよと声をかけながら、彼女の肩をゆっくりと3回叩いた。
――ああ、騙してたって嫌われるだろうけど、彼女の罪悪感が減ったらいいな。
そう願いを込めて。
信じられない言葉が彼女の口から紡ぎ出された。あまりにも驚きすぎて、間抜けな声が口から勝手に漏れ出てしまった。でも、それくらいに彼女の発言は信じられなかった。
耳が聞こえないなら、なぜ僕と普通に会話をしているのだろうか。店でもお客さんと普通に話している。大人だけでなく、舌っ足らずな子どもともちゃんと会話していたのを僕は知っている。
考えれば考える程、耳が聞こえないということが信じられない。シェリーと会話をしている中でそんなことを考えたことすらなかった。
シェリーの言うことを信じていないわけではない。彼女の言うことは何でも信じたい。だけど、今回ばかりは本気で信じ難いと思ってしまった。
僕に告げた後、シェリーは僕の顔を泣きながらも真っ直ぐに見つめてくる。そして、桃色の綺麗な唇を噛みながら、必死に涙を堪えようとしている。
そんな彼女にこんなことを聞くのは酷だと思いながらも、念には念をと最終確認のために訊いた。
「耳が……聞こえない? けど、君は今までもだし今も僕と普通に会話しているよ、ね?」
そう尋ねると、シェリーは悲しそうな表情になり右手をぎゅっと握りしめた。それから一呼吸置き、覚悟を決めたような眼差しを向け話し出した。その目からは、先ほどの涙はほとんど流れていなかった。
「間違いなく、私は耳が聞こえない。だけど、私は耳が聞こえないということを、誰にも……知られたくなかった」
2回言われても正直信じられないが、今回ばかりは本当のことなんだと信じざるを得なかった。言いたくないことを言わせてしまった罪悪感もある。
だが、本当に聞こえないのであれば、なぜ会話が成立しているのかが謎である。何で会話ができるのか、それを彼女に聞こうとした。しかし、そう尋ねる前に彼女が僕に尋ねてきた。
「私がアダムと会話出来ている理由が気になるでしょう?」
――その通りだ……。
何で会話が出来るんだ?
彼女に尋ねられ、頷くことで肯定を示した。すると、彼女は顔色を変えることなく、その疑問の答えを説明してくれた。
「読唇術を使ったの。読唇術は、口の動きで何を話しているか読み取る技術で、私は長い年月をかけてその技術を身に付けた。だけど、読唇術には欠点がある」
そう言うと、シェリーは少し顔を苦しそうな顔をした。
――ということは、もしかして……。
嫌な予感がする。それに、その予感は間違いなく当たっている気がする。ため息と言うよりも深呼吸のように、彼女はふぅと息を吐き出した。そして、決定的な発言をした。
「口が見えない人は、何を言っているか分からない」
完全に予想が当たってしまった。何ということだ。彼女は口を見ないと会話ができないのに、僕はその口を隠してしまっていたから、彼女は苦しんでいたのか……。
――何が助けたいだ。
どの口がそんなことを言っているんだ。
僕がシェリーのことを傷付けてしまっていたんじゃないか……!
彼女は耳が聞こえないということを知られたくなかったと言っていた。ということは、当然誰にも相談できないから、ずっと一人でその悩みを抱え込んでいたんだ。
意図せずとはいえ、知らず知らずのうちに彼女のことを苦しめてしまっていたと知り、ショックが隠せない。すると、そんな僕にシェリーは話を続けた。
「実は、私が傷付けた人は職場の人でね……。その人はどうしてか分からないけど仮面を付けてるの。それで読唇術が使えない相手だから、私には彼の話していることが全く分からなくて……」
耳が聞こえなかったから、あんな態度になっていたのかとようやく分かった。いつもの彼女とあまりにも違うと感じる理由は仮面だったのかとすべての謎が解けた。
雪崩のように入ってくるこの情報を、僕はきちんと受け止める責任がある。だからこそ、シェリーの話を聞き逃さないために、真っ直ぐに彼女に視線を向けた。
「だから、一緒にいたり話しかけられたりしたときに、耳が聞こえないことがばれると思って、そういう状況にならいように彼から逃げ回ってたの。そしたら、その行動が無視したりあからさまに避けたりしてるみたいになってしまってたの。昨日オーナーに改善してって言われてから、本当に酷いことをしてしまったと思って……。本人はもちろんだけど、オーナーたちにも嫌な思いさせてしまってたの……」
ここまで言うと、彼女は話す口を止めた。
「そうだったのか……」
これですべてが理解できた。僕が仮面を付けているせいで彼女をこんなにも苦しめてしまった。それなのに、彼女は仮面なんか付けている方がおかしいし悪いとは言わずに、全部自分が悪いと思っているのだ。
しかも、彼女の耳が聞こえないなんて知らないから、昨日メアリーさんからも注意されたというじゃないか。メアリーさんはシェリーの耳のことを知らないからしょうがないといえ、これじゃシェリーが可哀想だ。
何でそんなに優しいんだ。誰にだって隠したいことはある。僕だって、傷付きたくないから仮面を付けているんだ。耳が聞こえないことを言いたくないというシェリーの気持ちは、シェリー本人とまではいかなくとも、痛いほど分かる。
――ごめん。辛かったね……。
突発的に彼女を抱き締めてしまった。
「ごめんね、シェリー! 本当に僕が悪かった。君は悪者じゃない! 何も悪くない! こんなに苦しめて、悩ませて、ごめんね……」
僕がシェリーが悪者にしてしまう環境を作ってしまったんだと罪悪感が込み上がってきた。だからこそ、僕は説明責任を果たす必要がある。
仮面の正体を告げたら嫌われるかもしれないと思って言わなかったが、それがこんなにシェリーを苦しめていたとは夢にも思わなかった。
――ここまで彼女が打ち明けてくれたんだ。
僕も正体を明かさないといけない。
そう心に決め、一度彼女から離れ彼女の両肩を正面から掴んで告げた。
「少し目を閉じてくれないか……! 見て欲しいものがある。肩を3回叩いたら目を開けて欲しい」
そう言うと、彼女は困惑しながらも素直に目を閉じてくれた。
僕は来るときに放り投げカバンから仮面と手袋を取り出した。そして、仮面を装着し、左手にはいつもの革製の手袋をはめた。
耳が聞こえないとは言われていたが、開けて良いよと声をかけながら、彼女の肩をゆっくりと3回叩いた。
――ああ、騙してたって嫌われるだろうけど、彼女の罪悪感が減ったらいいな。
そう願いを込めて。
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