俺の人生をめちゃくちゃにする人外サイコパス美形の魔性に、執着されています

フルーツ仙人

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番外 三十 番外 三十 マルチバース異世界編 猟師のダリオとバグ有テオドール 後日談 2

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 その時だ。
 急に、明かりを落とされたように目の前が暗くなった。
 貧血ではない。
 前触れもなく、日が落ちたのである。
 確かに時刻は黄昏時だった。しかし、まるでランプの灯がふっと消えたように、辺りは異様な静寂に包まれた。
 ドアはアランが閉めたはずだ。しかし、長方形の額縁で切り取られた絵画のように、向こう側にはのっぺりした赤い月がのぞいている。
 そして、奇妙な人型のなりそこないのようなものが立っていた。
 アランが腰に佩いた警備隊支給の剣に手をかける。
 だが、ダリオは慌てて声を上げた。
「ま、待ってくれ、テオだ。すまない、テオだから、大丈夫だ」
 驚いたのはアランの方だっただろう。どう見ても邪悪な“人もどき”じみた化け物なのだ。「え!?」と納得しかねる表情をしている。
「だ、だいおさん」
 声帯をうまく作れなかったのだろうか。
 テオドールらしい人型のなりそこないが、ぺた、べた、と歩くたびに崩壊しそうになりながら近づいてくる。
 アランは制止されたものの、結局剣を抜き、ダリオを背後にかばう。
 さすがの職業意識で、ダリオも無理に警戒を解けとは言えない。
 だからダリオは自分で前に出ることにした。
「ダリオ?! 後ろに」
 すまない、ともう一度謝る。
「アラン、大丈夫だ」
 安心させるように、ぎこちなく笑いかける。これ以上武器を向けさせないために、五指を開いてアランの方へ向けた。
 本当に申し訳ない。
 ぺた、ぺた、と歩いて来る“人もどき”は、下手に人間の形を模そうとした痕跡が、かえっていびつで嫌悪感を誘う姿になっていた。
「だいおさん。……ぼく、ニンゲンに……なれました」
 全然人間ではない。
 正直言って、化け物でしかない。
 だが、ダリオは何も言えなかった。
 目頭が熱くなり、ぐいと手の甲で拭う。
「テオ、いつもの姿が嫌だったのか? テオが嫌なら仕方ないが、俺はいつものテオが大好きだぞ」
 テオドールは、しばらく沈黙し、声を落とした。
「……でも、ぼく。……ニンゲンにならないと。だいお、さんと、おどえ、ないので」
 はっ、としたように、後ろのアランが瞠目したのがわかった。剣を握る彼の手汗の緊張が伝わってくる。
『でも、僕、人間にならないと、ダリオさんと踊れないので』
 そう言われて初めて、ダリオは今更、ほんとうに今更、理解が及んだ。
 花祭りの日に、テオドールはアランと踊ってくるように背中を押してくれた。
 ダリオが村で爪弾きにされ、まだ喋れなかった頃のテオドールとしかまともに交流していないのを彼は知っていた。
 だから、ダンスをしたことない……と尻込みするダリオを、楽しんできてほしいと後押ししてくれたのだ。
 だって、それはスライムのテオドールには与えられない経験だった。
 でも、スライムのテオドールは。
 どんな気持ちで、楽しそうに踊るダリオたちを見つめていたのだろう。
 彼の大嫌いな人間たちと一緒におとなしく待っていると言っていた。
 そうしてまで、ダリオが踊れるように気を配ってくれたのだ。
 俺は、ほんとうに馬鹿だ……
 ダリオは人間もどきのテオドールを、そっと両腕で囲うように抱いた。触れれば、ぼろぼろと崩れてしまいそうで、笑おうとしても涙がこぼれる。
「これ、痛くないのか? 中は大丈夫か?」
「……すこし、痛いかもしれません。でもだいじょうぶです」
 テオドールがそう言うなら、それはきっととても痛いのだろう。馬鹿野郎、とダリオはもう泣き喚きたい気持ちだった。
 やがて、静かに見守っていたアランが苦笑しながら剣を収めた。
「捜索届はいらないな。俺は失礼するよ」
 挨拶して去ろうとする。
 ダリオはテオドールから手を離せないまま肩越しに振り返り、恐縮しながら、心から礼と謝辞を述べた。
「本当にありがとう。こんな格好で申し訳ない。落ち着いたら、また二人でお礼に行かせてくれ」
「いいさ。……俺、入る隙なかったなあ。ふたりで、よく話し合ってな」
 再度、頭が下がる思いだった。
 形の崩れそうなテオドールもちょっと思うところがあったのか、ダリオの真似をして小さく頭を下げた。
 アランは片手を上げ、そのまま店を出て行った。

 ドアが閉まると、ダリオはできるだけ優しい声でテオに確認した。
「痛そうに見えて、すごく心配だ。元の水饅頭の形になったら、痛そうなのは治るのか?」
「だいお、さん。……ぼく、ニンゲン、なれてないですか?」
「ちょっと……違うかもしれんが、形は俺らと一緒だ」
 テオドールの努力を否定したくなくて、ダリオは嘘にはならないよう、できるだけ柔らかく言った。
「でも俺、テオが痛いのは嫌なんだよ。悲しくなる」
「はい……」
「うん。少し留守にするって書置きがあったが、人間になりたくて形を変えてたのか? それならせめて、痛くないようにしてほしいな、俺は」
 テオドールの声帯は少しずつ上手く発音を取り戻しながら説明した。
「……きのう、だいおさんとニンゲンが踊っていて、ぼく、ニンゲンの形でないと、だいおさんと踊れないと思って……」
「そうか」
「そえで、ニンゲンになる練習をしました。ほんとうはもっと練習したかったですが、いそがないとだいおさん、とられるとおもった……」
 あーもう駄目、とダリオはまた涙が零れそうになるのを必死にこらえた。
「とられたりしねーよ。踊るのは初めてで楽しかっただけだ。テオも、俺が初めて経験することを制限したくなくて、『踊って来い』って昨日送り出してくれたんだろ?」
「はい……でも、ぼく、だいおさんと同じ形でないと、だいおさんと踊れないと思って、練習しようとおもって……てがみ、かきました」
「ああ。もちろん、テオはもう自立してるし、自由だ。好きなところに好きなタイミングで行くのはテオの自由だから、勝手にお前のこと、心配して、制限しようとするのは、俺自身違うと思うよ」
 ダリオは自分の言動を振り返って、反省した。
「ただ、手紙さ。あれ、すごく不穏で焦ったし怖かったんだ。前に、クソ王子のせいで、お互いに怖い目に遭っただろ? 今は一緒に暮らしてるし、叶うなら声をかけてくれると俺も安心するよ」
「はい」
「うん。『またテオが酷い目に遭ってたらどうしよう』って思ったら……セルフで酷い目に遭ってるじゃねーか。俺の勝手だけど、ただ、俺、本当に辛い……テオだって、俺が自分で自分を痛めつけてたら、辛いと思ってくれるんじゃないか?」
「……ごめんなさい」
 でも、ぼく、だいおさんと踊りたい……と、テオドールは「踊ってください」と言うように片手を差し出した。その端から体が崩壊していく。ダリオはもう見ていられなかった。
「わかった。焦らずに、ゆっくり練習しよう。テオ、体が崩れていくの、痛いんだろ? 急がなくていいからな」
「はい……だいおさん、ぼくにさわるの、いやですか?」
「そんなわけあるか。痛そうで、俺が触っていいのか分かんなかっただけだ」
「さわってほしいです」
「いいのか? 痛くねえのか?」
 ダリオが確認すると、テオドールは「大丈夫」と言った。恐る恐る腕に触れ、そのままそっと撫でる。
「痛くないか?」
「だいおさんにさわってもらうと、痛くなくなります」
「……そんなことある?」
 半信半疑だったが、テオドールは見るからに楽そうになっていた。肩や背中も撫でてやると、不思議なことに鎮静効果があるようで、表面は次第に滑らかになっていく。
 なんだこれ……愛の力なのか? と真顔で考えてしまうダリオだ。
 案外、正解なのかもしれない。
 そう思うと、ダリオもおかしくなってきて、ふふ、とか、はは、と笑ってしまった。
 しばらくして、もう大丈夫だろうとダリオはテオドールをしっかりと抱きしめた。
 テオドールもダリオの腰を抱き寄せ、ふたりで見つめ合うと、自然と口元に目が行く。
「キスするともっと落ち着くか?」
 そう尋ねると、自然と目を閉じていた。
 なりそこないの人間もどきのテオドールと、ダリオの影が大小重なった。

 ゆっくり目を開けると、なんとなく予感していた通り、テオドールはすっかり、完全な人間の青年の姿になっていた。
 愛の力、偉大すぎるだろ、とダリオは泣き笑いになる。もうこれから、愛の神様を信仰しようか。
 それにしたって、美丈夫だ。
 柔らかな黒髪に、海の底のような青い妖艶な瞳。長いまつ毛が憂いを落とす目元。涼やかで、月のように美しい人外の青年。
 テオドールは不思議そうに首を傾げている。どこで学習したものやら、貴族が着るような上等な衣装までまとい、嫌になるほど似合っていた。
「ダリオさん、僕、人間になれたようです」
「なんか知らねーが……まあ、愛の力だ。そういうことにしておこう」
「……ダリオさんが仰るなら、その通りかと」
 もっと考えろよ、と棚上げしながら思う。
「テオ、もう痛くないか?」
「はい、ダリオさんのお力で、今はすこぶる体調が良いです」
「俺の力かはわからんが、痛くないなら万々歳だ」
 ダリオは全部ぶん投げた。ダリオにはこういうところが多々ある。
「あとで詫びの品を持って、ふたりでアランに謝りに行こう」
「ダリオさん、僭越ながら、それはかえって傷口に塩を塗るような行為かと」
「また急に、言葉が流暢になってて調子狂うなぁ。……じゃあ、アランが店に来てくれたら、いっぱいサービスしようか」
「誤解を招きかねない表現ですが、食事のサービス。それでしたらよろしいかと」
 めちゃくちゃ舌が回るようになった。そうダリオはまた思った。
 それから、テオドールは微笑み、左手を腰の後ろにやると、すっと優雅に右手を差し出した。
 その手には黒い羊革の手袋がはめられている。
「ダリオさん、僕と踊っていただけますか?」
 ダリオも苦笑する。
「——喜んで」
 でも、テーブル邪魔じゃないかな、と一瞬思った。
 しかし、いつの間にか黒いとばりが降りていて、その幕が上がるとカフェの一階はたちまちダンスホールになっていた。
 なんでもありだな。
 ダリオはもう疑問を放り投げて笑い、ふたりは手を取り合った。そして、どこからか聞こえてくる音楽に合わせてダンスを始める。

「あらー? 今日はカフェがダンスホールなの~?」
 冒険者たちまで普通にやって来て、素敵な演奏ねぇ、と辺りを見回す。
「いらっしゃいませ。本日は、特別に大判ぶるまいといたします」
 そうテオドールが告げると、酒樽や、昨日食べた屋台の豚肉、ソーセージ、揚げ物、蒸し野菜にパンまで次々とテーブルに現れた。
「あら、いいわねー。よーし、あたしも踊るわよ~~~~~」
 いつの間にか誰かが再度連れてきたらしいアランが苦笑しながら席に着き、エールを飲んでいる。
 ダリオと目が合うと、親指を立てて「よかったよ」と口が動くのが見えた。……いい奴すぎるので、ダリオは天を仰ぎたくなった。
「ダリオさん」
 それを見ていたテオドールに、ずい、と覗き込まれる。
 顔が近い。
 青年の青い瞳は、完全に据わっている。
「僕たち、両想いでいいですか?」
 なんなのだ、急に。どこで覚えてきたのだろう。昨日、冒険者たちと広場にいた時か。
「よろしいですか」
 真顔で追及してくる。
「ああ。テオがスライムでも人間でも、俺たち両想いだ。……でもな、今度また自分を粗末にしたら考え直すぞ。ちゃんと俺のことも、自分のことも大切にしてくれ。いいか、自分もだぞ」
「はい。僕は自分を粗末にせず、ダリオさんをたくさん大事にします。なので、二度と書置き一つでダリオさんを置いていくような真似は致しません」
 わかっているのかどうか怪しい返事だったが、何しろ種族が違う。少しずつ擦り合わせていくしかない。
 ダリオはもう一曲、テオドールと踊った。
 音楽に揺れるたび、互いの指が強く結ばれる。
 笑みを抑えきれず、これ以上ない幸福が胸を満たしていった。
 それからお互いにお辞儀して、踊り終えると、厨房に戻った。テオドールはウェイターに早変わりする。
 テオドールを見た女性客もようやく入って来て、カフェは千客万来となった。

 夜は限りあるはずなのに、音楽は鳴り止まず、人々の楽しそうな笑い声は朝まで果てしなく続いていた。



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