俺の人生をめちゃくちゃにする人外サイコパス美形の魔性に、執着されています

フルーツ仙人

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四 赤ずきん村の夜這い婚

2(全年齢版)

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 テオドールの同行申し出には、どういう風の吹き回しかと思ったが、結局三人は、スカーレットの故郷、リトル・レッドフード村に訪れていた。通称、赤ずきん村である。豊かな森を背景に、林業や花の出荷で栄えた村で、現在も主産業となっているようだ。
 村人たちの目は酷く冷たい。必要以上に、警戒されている気がする。ダリオはなんとなし、見慣れぬよそ者への警戒心だけではないような違和感を覚えた。
 しかし、それも一時のことだ。視線がダリオの頭上を通り越し、テオドールに向かうと、そのまま、ぽかーんと口を開けて、停止してしまう人々が続出した。
 作業中の男たちですら、どさ、と荷物を落として、そのまま時間が止まっている。
 一方、注目されているテオドールは、いつもの調子だ。特に愛想笑いすることもなく、ただただ夜の闇や星月がそこにあるように、自然体で泰然とダリオに付き添っている。
 そう、ダリオに。
「あのな……警護対象のスカーレットさんから目を離さないようにしてくれよ」
 釘を刺すと、冷静な顔でダリオの方を見つめ、素直に青年は頷く。
「はい」
 スカーレットの方に彼は視線をやったが、あまりにも目つきが冷酷だ。いや~、信用できねえ~とダリオは内心遠い目になった。わかるよ、お前の通常運転そっちだよな~、俺もちょっと前までそういう目で見られていたし、今も時々そうだな……と振り返る。四肢が爆散しても、人格は多少変わるが元通りにできるとかなんとか言ってた時と同じ目つきだ。
 あの頃よりは、多少はマシになったなあと思うが、基本的に青年の興味関心はダリオにしかない。そのダリオでさえ、いじくり回して手足を引っ張ったらとれました、と言いかねない、珍しい貴重な昆虫でも観察するような人外しぐさやまなざしを向けられていると感じる瞬間がある。当然、他は道端の小石程度にしか思っていないようだが、騒ぎを起こす類の社会性のなさは『学習して』内におさめているようである。 
 今回の目的は、スカーレットの警護であり、テオドールも心得ているようなので、ダリオはそれ以上言うことは控えた。
 最初はどうかと警戒していたが、青年を連れてきたのはかえって良かったかもしれないとすら思う。注視されるはずのスカーレットや異性二人の組み合わせではなく、テオドールそのものに驚愕が持っていかれている。いい風よけだ。
 やがて、スカーレットがこじんまりとした小さな赤い屋根の家を指差した。
「あ、あれがあたしの実家」
 三人がそろってスカーレットの生家を訪れると、彼女の母親、エミリーが出てきた。その様子を見て、スカーレットが叫ぶ。
「母さん、怪我してるじゃないの⁉」
 彼女が悲鳴をあげたのも道理である。エミリーは腕を痛めたらしく、包帯で吊り下げていたのだ。帰省を連絡する際の電話では、聞いていなかったらしい。スカーレットの母親、エミリーは、案の定テオドールを見て、「ひっ」と言ったきり放心していたが、娘の叫び声で割と早めに正気を取り戻した。
「あ……え、ええ。あんたが心配するかと思って……それに……」
 途中でいいよどむと、ダリオたちにちらりと視線を寄越してきた。知人男性二人を連れて行くとは聞いていたのだが、よそ者の二人に聞かせていい話なのか迷ったらしい。躊躇する母親に、スカーレットが胸を叩いて保証する。
「この二人は大丈夫だから」
 ダリオは、テオドールに関しては大丈夫保証があまりできないのだが、そこは黙っておく。エミリーは、しばらく迷っていたようだったが、本人も胸に納めておくのが限界だったらしい。娘に促されて話し始めると、あとは堤を切るようだった。
「そう……その、珍しくないのよ」
「どういうこと?」
「こういう怪我……最近、女の人に多いの。あんたたちも、道中村の人見たでしょ。包帯してる人見かけなかった?」
 違和感はそれか、とダリオは思った。表で女性をあまり見なかった。怪我をしていたから、出歩いていなかったのだ。妙な雰囲気になり、エミリーは今さら玄関口で話すことではないと思ったようだ。
「とにかく、中に入って……人目につくから」
 エミリーは急かしたが、遅かったらしい。
「スカーレットか」
 小馬鹿にするような壮年男性の声が、背後から割って入った。
「村の若いもんが見かけたいうで、確認しに来たが、本当に帰ってきたようだな」
 振り返ると、顔に深い皺を刻んだ五十代過ぎくらいだろうか、ごま塩頭の男性が、野良着姿ですたすたとやって来て、嫌味めいた口調で言う。かちんときたのか、スカーレットが固い声で応酬した。
「実家に帰省しただけです、村の他の人に関係ありませんけど」
「ス、スカーレット……」
 あわてて、顔色を失ったのは、母親のエミリーだ。
「すみません、トマスさん……」
 エミリーはへりくだるように頭を下げた。トマスは、ふん、と鼻をならす。
「旦那はよ亡くして、あんたもあんたで旦那や長男立てることを娘に教育せんから、こっただ生意気なことを男に言うようになるんだわ」
と吐き捨て、それからテオドールの顔を見ると、「はえ」と言ったきり、しばらく固まった。
「あ……あんた……あなた様は……あの、わ、わしはトマスと申しまして」
 震える手で帽子を脱ぎ、しどろもどろと急に一八〇度態度を変える。すごい、こいつの顔、村の壮年男性にも有効なんだな……とダリオはむしろ感心した。一方、スカーレットは唾を吐きたそうな顔をしている。確かに、この三人の中で、唯一テオドールだけが泰然とし、身に着けているものも、一目見てハイブランドと分かる代物だ。テオドールいわく、歩いていたら貰った、とのことである。貢がせてくれなければ死ぬとまで言われて、騒ぎを起こすのをダリオが嫌っていたのを思い出し、害がなければ受け取るようにしているらしい。なんかもう、知りたくない世界だとしか、ダリオは思わない。
 そういうわけで、テオドールは人外なのに、容姿も身に付けているものも、上流階級の高貴な雰囲気を醸し出している。しかし、それは見た目だけだ。テオドールにしゃべらせるとろくなことにならなそうで、ダリオが代わりに応じた。
「よろしければ、僕がご紹介いたします」
「あ、なんだあんたは」
「突然失礼しました」
 ダリオは胸に手を当てて非礼を詫び、愛想よく名乗る。
「僕はイーストシティ大学の学生で、ダリオ・ロータスと申します」
「はぁ、学生か」
「はい。こちらはイーストシティの名士で、テオドールさん」
「ほ、ほう、名前まで洗練されとるもんだな」
 家門まで紹介してない違和感に気づかず、トマスはしきりに褒めそやして、うんうん頷いている。ダリオは、スカーレットを見て、すぐにトマスと呼ばれた男に視線を戻した。
「今回は無理を言って、僕もテオドールさんも、先生に同行させていただいていまして」
「あ? スカーレットが先生……?」
 トマスは敬称が腑に落ちないようだ。ダリオは深く頷いて肯定した。
「はい。スカーレット先生はイーストシティが誇れる素晴らしいアーティストでいらっしゃいますから。先生ですよ」
「はあ……そうか?」
「はい。テオドールさんは支援者ですが、僕のような学生ですと、こちらからお願いして勉強させていただくようになりますね。ご多忙な中、後輩の育成支援のためにお時間割いていただいて、本当に感謝がたえません。今回も、先生の代表作のインスピレーションもとになったというご生家の村に同行させていただいて、感激しています」
「は、はあ……そうだか。あー、なんだ、アーティストいうのは、現代アートちゅうやつだったか。あの、よくわからん、子供の落書きみたいな――」
 ダリオは上段に前のめりとなって、故意に言葉を被せた。
「はい。先生は先日シティの市長からも活動を表彰されまして」
「なに――」
 市長からの表彰という言葉に、トマスの眉がぴくりと動き、食いついた。
「地元の皆さんもきっと誇らしいことでしょうね」
 ダリオが好青年らしく微笑むと、トマスは圧倒されたように口を開けた。
「あ……ま、まあそう、だな。村の歴史や、わしらの理解あってこそ、通用する土台になったちゅうもんだ」
「ええ。やはり、芸術というのは、理解と支援があってこそですからね。このように豊かな自然の元で、おのずと芸術を解する感性を養われていらっしゃるんでしょうね」
「うん、そうだ。まあ、そうかもしれん」
「先生はご自分の成功のみならず、後援育成や美術界盛り上げにも力を割かれる本当に素晴らしい方です。シティでも多くの方に尊敬されていますから。故郷のお母さまについても、お怪我をされたと聞いて心配されていらっしゃるのを、どなたかから市長のお耳に入ったんでしょうね。市長からわざわざ療養施設をご紹介いただいたようなんです」
 それを聞いたトマスの顔色が変わった。
「市長が?」
「はい。ぜひに、お母さまをとのことでしたので、僕らも先生についてお迎えに上がったんです」
「そ、そうか、市長が……そうか、なるほどな」
 トマスはしきりと頷いた。ダリオもここぞとばかり顔を曇らせ、懸念を露にした。
「はい。やはり市長のお声がけなので……この素晴らしい村で療養されたいというお気持ちに寄り添いたいけれども、ここはご紹介くださった市長の顔を立てて、お母さまにはゆっくりご療養いただければというお話でしたよね、先生」
 突然話を振られたスカーレットは、合わせるようにぶんぶん首を縦にふる。
「え、ええっ、ええ、あ、そうそうそうなの、そうなんだわ……」
「そうだな、市長の顔をつぶすわけにはいかん。この村が礼儀知らずと思われはかなわんからな」
 トマスは納得したらしく、ちゃんとするようにと言って、あっさり帰って行った。
「ダリオくん……」
「嘘は言っていません。市のホームページに療養施設の紹介がありますし、市長のコメント付きです」
「あは……」
 スカーレットは気の抜けたように漏らし、そのあと腹を抱えて、ひーひー笑い出した。
「詐欺じゃんね⁉ そもそも、え~と、テオドールくん、名士なの?」
「……」
 テオドールは、じ、とダリオの方を見つめた。僕がお答えしてもよろしいのですか? といったところか。いや、俺が答える、とダリオは片手を肩の高さに上げた。
「彼も一部でそういう『名士』的な扱いをされているんで、嘘ではないです。よって、問題ないかと思います。たぶん」
「たぶんって、もー! 笑うじゃん!」
 一応、名士というのも、全くの嘘ではない。先日、二人が暮らしている館を人外が訪れて、「偉大な妖魔の君」などと言っていた。ご挨拶に、とぞろぞろ何度か、普段のダリオなら絶対避けて通りたいような不定の怪異たちが足を運んで、テオドールに「よしなに」と頭を下げていたのは、マフィアの挨拶かよと思わされたものだ。よくわからないが、あの一帯で、新たに出現したヤバい怪異認識された結果らしい。怪異同士でも、ヤバい奴扱いなんだ、こいつ……とダリオは思ったものである。
 怪異の世界も上下関係がそれなりにあるようだ。本人は素知らぬ顔で、涼し気にどうでもよさそうではあったが、挨拶していく方もすぐに帰って行ったので、特に問題も起きなかった。
「ほーんと何それ。詐欺じゃん。あは、笑った笑った」
 知らぬが花である。とりあえずダリオは勝手をしたことだけ謝っておいた。
「勝手にすみません」
「ううん、助かったよ、ありがとう」
 人間も怪異も同じだ。面子や、上下関係に拘る相手には、更に上の存在を匂わせれば、案外あっさりと引くことがある。卑劣な手でもあるが、ダリオはスカーレットの話を聞いて、変な引き留めや彼女が何か危害を加えられるのを避ける方を優先した。トマスは地元の顔役のようなので、彼の賛同は村の総意になるはずだ。
 数日を安全に過ごす方に気を配り、さっさと村から出た方がよいだろう。
 落ち着いたところで、改めて、スカーレットの生家に招かれる。
「お茶でもいれるわ」
 と母親のエミリーが、客人扱いで三人をもてなそうとするのを、スカーレットが止めた。ダリオも気遣い不要である旨添えさせてもらう。エミリーは怪我人なのだから、それを押してもてなさせようなど、むしろこちらが落ち着かない。そもそも、今日で荷物をまとめて家の点検をし、明日には出る手はずだ。ゆっくりしてほしい。
 その後、スカーレット主導による作業が一通り終わったところで、呼び鈴が鳴らされた。休憩しようとしていたスカーレットが、眉を寄せる。
「誰だろう」
「僕が出ましょうか」
「ううん、いいよ。あたしが出る」
 警戒ぎみにスカーレットが玄関扉を開けると、ゆるい三つ編みに、ずり落ちそうな眼鏡をした、大人しそうな女性が立っている。一転して、スカーレットの声がはしゃいだ。
「ケティじゃん。久しぶり」
 当然ではあるが、知り合いらしい。ケティと呼ばれた女性が、おずおずと口を開いた。
「あ……スカーレットが帰って来てるって聞いて」
「来てくれたんだ~、ありがとね」
「ううん、あ、あの、トマスおじさんが来なかった?」
「あー、来た来た、死んだ父さんまで持ち出して、とんでもないこと言ってたわ」
「えと、前のクリスマスみたいな?」
「そうそう、村の外の人の目がある分、前よりだいぶマイルドだったけどね」
 あれでマイルドだったのか、とダリオは一応一歩引いて話を聞いている。ケティという女性からも、ダリオは警護の目を離さないつもりだった。スカーレットはケティに、身振り手振りで経緯を説明している。
「ブチ切れそうになったけど、今回同行してくれたダリオくん、彼がぺらぺら~ってうまいこと言って、なんかイイ感じに納めてくれたの」
 ダリオは邪魔にならないようになるべく死角に位置取っていたが、スカーレットから紹介され、「ダリオ・ロータスです」と簡単に挨拶した。ケティからも「スカーレットの幼なじみなんです」と自己紹介される。スカーレットが溜息を吐いた。
「こういうのいつまでも残して行きたくないし、喧嘩してもよかったけど、あたしもちょっと参っててさ」
「そうだよね……クリスマスの件があったから、スカーレット、村にはもう足を運ばないかと思ってたよ」
「だよね。あたしも難しいなって思ってたんだけど、ダリオくんとテオドールくんが、同行してくれたからさ。助かっちゃったよ」
 名を呼ばれたためか、テオドールが奥から出てきた。案の定、ケティは、あんぐりと口を開けて固まる。放心状態だ。やがて、はっとすると、顔を紅潮させて、「け、けてぃ、と申します……」と告げ、それきりまた時間停止してしまう。
「ケティ、気持ちはわかるけど、しっかりして」
 あたしもまだやばい、とスカーレットに励まされ、ケティはふるふると頭を振った。
その後も、ダリオを素通りに、テオドールをちらちら気にしているようだったが、毎度のことでダリオも慣れてきた。
「あ……えっと、あの……」
 ケティは、まだうまく頭が回らず、テオドールを見たいが、直視しかねるようである。
「ケティ、それよりさ、村で怪我人多いみたいじゃない? なに、どうしたの?」
 自然回復を待っては埒があかないだろうと、スカーレットは、気にせず話を進めることにしたらしい。話を振られたことで、ケティは「あ、うん。えと、それは……」と放心状態から脱して、会話に集中することとしたようだ。
「ええと、わかんないの。ただ……女の人に怪我が多いんだけど、その」
「どうしたの? あ、ケティも⁉」
「う、うん。私は大したことないけど、ちょっと腕と足、打撲みたいな……今はだいぶよくなったよ」
「酷い……誰にやられたの⁉ やっぱり我慢ならんわ、あたし、今からでも行って」
「ちが、違うの。落ち着いて。村の人にやられたわけじゃないの。あのね、本当にわからないのよ。急に体が、引っ張られたり、ものが飛んできたり、とても人間の仕業じゃなくて」
「えぇ?」
 スカーレットは混乱したようだった。
「どういう、こと……」
「実は、クリスマス以来、少しずつそういうことが増えてて……最近はかなり頻発してる」
「はあ? え、あたしの一件以来ってこと⁉」
「そ、そうとも言うね……」
 ケティは首肯した。
「え、じゃあ、母さんの怪我も……?」
 ケティの話をまとめると、実はスカーレットのクリスマス騒動以来、そうした怪我人が女性に増えているという。スカーレットは自分が前回帰省して以来と聞いて、「何なわけ⁉」と頭を掻きむしっていた。スカーレットの母親が娘に話をしなかったのも、クリスマスからそうした事故が頻発しているのを知らせたくなかったかららしい。
 不可解である。
 結局、その日は積もる話があるということで、ケティはそのまま泊まって行った。


 そうして翌日。宿泊したケティが帰宅した後だ。
「スカーレットを出せ!」
 玄関から、押し問答の大声がする。
 村人たちが早朝に、怒鳴りこんで来たようだ。対応するエミリーは、ぺこぺこと頭を下げ、怒りをおさめるよう平謝りしている。
「ちょっと、何なの!」
 ダリオたちを伴い、スカーレットが慌てて玄関に出た。
「お前のせいだ!」
「はあ? いきなり一体なんなわけ?」
「こんアマ、しらばっくれおって」
「お前がやったんだろう!」
 口々に罵倒されながら、どうにか内容をまとめたところ、予想外の話となった。
「待って、昨晩、三人の女性が、何か狼のような化け物に襲われたらしい、ってこと?!」
 しかもそれに対して、スカーレットが村の風紀を乱したせいじゃないのか。性悪女め。祟りだと言うのである。
「はあ⁉ 怪我はお気の毒だけど、この現代に何言ってんの」
 もちろんスカーレットは青筋を立てて抗弁したが、三人の怪我人についてはかなり気にかかるようだった。母親のエミリーや、幼馴染みのケティの怪我の件と無関係とは思えないし、被害者の出ている事件性も無視できない。村人たちを追い返し、しばらくスカーレットはイライラとしていたが、「よしっ」と机を叩いて立ち上がる。
「ダリオくん、悪いんだけど、警護でついて来てくれないかな」
「それはもちろん」
「僕もご一緒します」
 終始無言で通していたテオドールは、す、とダリオの横についた。スカーレットは目を白黒させている。
「あ、は、はい、なんか気おくれしちゃうけど、テオドールくんも助かる。ちょっと周りたいところが多いんで、交代必要かもだし」
 スカーレットはまず村の公民館に寄るという。すぐに入館して、禁帯出の本を確認した。手書きされた地元の風土記である。
「あった……! やっぱり、なんか覚えがあると思ったんだよね」
 ダリオも手記の風土記を覗き込ませてもらった。
「スカーレットさん。これを見ると、村の伝承では、狼の怪が、この村に現れたことが過去にあったようですね」
「そうみたい。ほんとかわからなけどさ。ただ、そもそも、この狼の怪について、あまり詳しい人がいなくてね。あたしも記憶の限りでは、唯一この手記だけかな。村の歴史まとめる宿題の時に読んでさ。たぶん、記録も残したくなかった感じなんだよね」
 風土記によれば、村で起きている頻発事故の原因は、『地狼』というものらしい。いわば『呪い』である。ふたりは更に、風土記の内容に目を通す。
「見た限り、人為的な呪いとった感じですね。実際に呪いなんてものが可能かどうかはともかく」
「うん……まあ、あとは、被害者の家を周ってみよっか」
 スカーレットが提案する。公民館を出て、被害のった家を一軒一軒訪ねた。対応をしぶる家もあったが、テオドールが一歩前に出ると、皆「あ、はい、どうぞ……」とふにゃふにゃになって、質疑応答もつつがなく進んだ。
 全部を訪ねることは不可能で、エミリーから被害者の話を聞いていた三宅を周って分かったのは、
「いやあ、まさか現物出るとは思わなかった」
 スカーレットの言う通り、手記にあった『地狼』だ。
「狼の形に切った紙に、古代語で、『地狼』って書いてある」
「手記の通りですね」
「これが被害者宅、女性の部屋の前の地面とかに埋められてたわけで……でも一体だれがこんなことを?」
 ここで手詰まりである。と、テオドールが「ダリオさん」と美声を発した。しばらく黙ってついてきていたものだから、ダリオは一瞬ぼーっと聞き入ってしまい、こわっ、と思った。当のテオドールは口許に手を当てて、長い睫を伏せて美しい陰影を作り、考えるようなポーズをする。その様子もさまになってるから、よくよく人間社会に慣れたものだ。
「その『地狼』を主のもとに帰せばよろしいのでは?」
「……お前、そんなことできるのか?」
「可能です」
 テオドールは、黒手袋をした指先で「失礼」と『地狼』と書かれた三匹をつまむと、ふう、と息をふきかけた。この黒手袋を、テオドールはいつの間にか恒常的に身につけるようになっていた。聞けば、主にダリオへの配慮であるらしい。確かに、うっかり素手で触れられると、影響の大きいことが相手を問わず多々あったので、妥当な社会性でもある。
「おお」
 三匹の紙の狼たちは、息をふきつけられるままに、空中を駆け上がり、ある方向へと走って行く。
「え、え、嘘でしょ」
 スカーレットが呆然としているが、
「追いかけましょう、スカーレットさん」
 ダリオに促され、彼女は「そ、そうね」とすぐさま切り替えた。しかし、スカーレットはある家の前にたどり着くと、呆然と声を漏らす羽目になった。
「今度こそ、嘘でしょって感じ……」
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 震えながら見上げるスカーレットをかばい、ダリオは下がっていてくださいと声をかける。
「テオドール、あれ、シンシアさんの時と同じ感じか?」
「ご賢察です、ダリオさん」
「ついでに、攻略法とか分かります?」
 ダリオはピンチになると、急にテオドール相手に丁寧な口をきいてしまう。一種の現実逃避ユーモアだ。そして、テオドールはそうした人間の繊細な心情や機微は読まない。
「消滅させるだけでしたら容易いですが」
 いきなり終了で、ぶった切ってきた。
「そっちじゃない方で頼む」
「……あの腹を縫い付けている糸を切断されるとよろしいでしょう。中に岩がつまっています。それらを取り除けば、ひとまずもとに戻るかと」
「なるほどな。ちなみに、押さえつけるのはできるか?」
「多少は。ただ、あまり手加減できません」
「よし、頑張るか……俺が……」
 そういうわけで、体を張ったのは今回もダリオである。前回の手斧から、今回はノコギリにチェンジして、糸を切って回った。


 どうにかケティを解放し、一時的に異界化していた景色も元に戻った。その後、ダリオが気絶したケティをベッドに運んで、小一時間もしたころだろうか。ケティは無事、意識を取り戻した。
 目覚めた彼女は、自分の惨状をある程度理解していたらしい。忌々しげに、はっ、と笑った。どうとでもしろといった風情である。スカーレットは自分の名刺を渡した。ケティは疑問符を顔に浮かべ、すぐに嘲笑うように突き放した。
「何、自分は成功してるって嫌味のつもり?」
「別に。ケティが村が嫌いなら、イーストシティに出てくれば? それはあたしの連絡先」
「憐みのつもりならいらないわよ! こんなのっ」
 投げ捨てようとしたケティに、
「バカみたい」
 とスカーレットが言う。
「なんでも利用したらいいじゃん。我慢したって別に解決しないし、村のクソ男どもは変わんないよ。なんかあるたびに、誰かのせいにしてもいいけど、一番あんたが嫌いな奴って、本当にあたし?」
「……ッ、……」
「あんたが本当に殴りたい相手って、誰なの? そいつのこと許すの? そいつらのこと怖いから、自分より弱い人殴って、それで満足?」
 スカーレットは腕を組んだまま、壁に背中を預けて、淡々と言う。
「別に怪我した人に謝って来いなんて言わないよ。きっと誰も信じないだろうし。それに……弱い奴が、更に弱い奴をもっと残酷になぶることがあるの、あたし知ってるよ。ケティ、あんたが、村の女の人たちに、言い返さない便利なサンドバックではけ口みたいにされてたのもね」
「ス、スカーレットは……助けてくれたけど、都会に行っちゃったじゃない……わ、私のことなんか、あんたはどうでもよかったんだろうけど……わ、私は……私の怪我は……狼じゃない……うっぷん晴らしに、つねったり、見えないところにやったり、わ、私のこと、笑いものにしたり……」
「そっか。あとたぶん、母さん、もしかしたらあんたがしてること、知ってたのかも。助けられなかったから、黙ってたのかな。ま、それにしたって、やったことは許されないけどね」
「……」
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「……」
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 ケティは威嚇するように、必死に睨んでいる。
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「なによ……なによぉ……」
「それに、あたしだけキレてんじゃなくて、村にもう一人キレてるやつがいたら、二倍になるじゃん。倍々上げてきゃ、その内ジジイどもも倒せるよ。だからこれは投資」
 ケティはうつむいた。ぼたぼたっと、地面に黒いシミを作る。
「うぇ、っふ、……う、……うう、……うえ~~~~~~~ん」
 子供のように声を上げて泣き出したケティに、スカーレットは彼女の赤毛をぐしゃぐしゃに掻き回すと、「ああもう!」としゃがみ込んで、その背中を撫でた。
 ダリオはとりあえず警護で少し離れて見守るにとどめた。
「はあ、まあこれで解決ってことでいいのかな」
「ダリオさん」
「あ?」
「スカーレットさんの警護は契約の範囲内ですが、別段ケティさんを助ける必要はなかったのでは?」
「お前、それこのタイミングで言う?」
「いつもながら、ダリオさんは不可解です」
「俺の台詞なんだが」
 しかし、それにしては言うことを聞いてくれたよなとダリオは思う。
「あの場では、早めに方針を決めた方がよさそうだったので。いざとなれば、ダリオさんとスカーレットさんを抱えて安全地帯まで運べばよいと思っていました」
「ケティさんはその場合どうなるんだ」
「エネルギーが尽きるまであの状態だったのでは? 村が壊滅したかもしれませんが、特に困りませんので」
「……」
 何をどう言えばいいのか分からなかった。人外の倫理観と言えばいいのだろうか。
「はあ……まあいいか。って、いたた……」
 気が抜けると、痛みが急に現実のものになる。今回も打撲を作ってしまった。わき腹を抑え、呻いたダリオに、テオドールが肩を貸し、腰を支える。
「治療しましょう」
 ダリオは素直に肩を借りた。頭を寄せ、体重を預けてしまう。
「う……痛いが、後でいい。二人の時にしてくれ」
「承知しました」
 

 更に一泊し、どうにか帰宅したふたりである。テオドールから治療すると再度申し出があったのだが、ダリオは家にもどるまではいいと断った。さすがに、スカーレットの実家であのいかがわしい治療を受ける気にはなれなかったのだ。
 治療はベッドで行われることになった。
 手袋をテオドールが抜き取る。そのまま、美しい指先が、と思ったところで、再び宇宙が開闢した。猫も出てきた。


 気づくと治療は終わっていた。ダリオは「……」となった。あっさり引くのがテオドールの行き届いたところで、
「何かあればお呼びください」
 と姿を消した。その無感動な顔からは何も読み取れない。
 ダリオはのろのろとバスルームへ入って行った。
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ノリと勢いで書いたBL転生中華ファンタジー。 美形×平凡。 乱文失礼します。誤字脱字あったらすみません。 崖から落ちて顔に大傷を負い高熱で三日三晩魘された俺は前世を思い出した。どうやら農村の子どもに転生したようだ。 転生小説のようにチート能力で無双したり、前世の知識を使ってバンバン改革を起こしたり……なんてことはない。 そんな平々凡々の俺は今、帝の花園と呼ばれる後宮で下っ端として働いてる。 え? 男の俺が後宮に? って思ったろ? 実はこの後宮、ちょーーと変わっていて…‥。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
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バーベキュー合コンに雑用係で呼ばれた平凡が一番人気のイケメンにお持ち帰りされる話

ゆなな
BL
Xに掲載していたものに加筆修正したものになります。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

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