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番外 五 Look at me!
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しおりを挟むテオドールの体液は、人間には毒である。主な働きとしては、発情、絶頂、発狂、人格破壊と全部ろくでもない。
「人格破壊は……たぶん大丈夫だと思いますが……」
口元に手を当てて、何やら思案する様子のテオドールは、不穏なことを言っている。長期間慣らしてきたが、抑えが効かなくて、多少ダリオさんは発情状態になるかもしれません、と警告された。
「うーん、初回並でなければなんとかなるだろ。やばそうだったら、ストップしてくれ」
「はい」
まあ、そうだよね。舐めてたよね……とダリオが反省したのは少し後のことである。
使ったこともないクソヤバ系ドラッグを、経口摂取した上に、尻の穴に指を突っ込んで直接塗りたくられたくらいにはぶっ飛んだ。
まず、様子をつかみたくて、ダリオの方がテオドールにまたがる。ダリオの腹直筋は、きれいに割れている。特に発達している身体の部位は太腿だ。ハイスクール時代にサイクリング配達系で鍛えられ、従来の肉体ポテンシャルとあいまってムチムチとして見えるらしい。
発達した胸筋としなやかな足の筋肉とは逆に、腹筋から腰へのラインはいっそ細くセクシーな筋肉の流れに見えるらしく、夜間のクラブ系バイトでは、お辞儀をするとスラックスをピンと張って、引き締まった尻の形を強調するのか、変な誘いを受けたことも多々ある。
実は何度か、十八歳を過ぎたら年度内に施設を出ないといけないし、ちまちま稼ぐよりも、大人の性器を咥え込んだら、貯蓄も楽になるし、勉強時間もとれるのか、と売春一歩手前まで考えたこともあった。たまたま免れただけで、日向の隣はすぐ日陰であり、そのボーダーを超えるのは思うよりも日常と連続なのだとダリオは結論している。
つまり、ダリオのような体格のいい青年に性器をねじ込んで、好き勝手したいという大人は、想像以上にたくさんいたのだ。
連絡をつけて、車に乗るまでいったこともあった。少し手も出された。
ちょうど、老教師にハイスクールの旅行イベントを断った時だったと思う。老教師が支援を申し出てくれたが、借金になるのでと辞退した際の前後だ。ダリオは興味のないふりをしたが、本当は行ってみたかったし、友人たちに「楽しんで来いよ」と言うたびに、本心ではあったが、自分の暮らしを直視させられ、考え込まされることも多々あった。経済的に苦しくて行けないとまでは直接に言ったわけではないが、友人たちは察して追求することも控えてくれたから、ものすごく傷ついていたというのも少し違う。
それは恥ずかしさというより、自分の手足が縛られて、可動域が狭く、窒息していくような閉そく感から来ていたのだろう。あるいは、十八歳のタイムリミットという焦燥感だ。
同い年の年齢の同級生たちが遊んでいる間、ダリオは早朝バイト、勉学、またバイト、体力がなかったらとてもやっていられなかった。
どうにかがむしゃらに手や足を動かしたくて、やったことが売春だった。
ダリオは年齢を偽ったが、明らかに相手はまだハイスクールに通っている未成年ということを理解していたと思う。ダリオの未成熟さに興奮して、君は成人しているとしきりに念押しし、わかっているよと言って、上機嫌になっていた。
ダリオに誘いをかけてきたおっさんたちの言い分は、面白いほど似ていた。顔を隠して写真を上げたサイトで、石の裏のダンゴムシみたいに、うぞうぞとおっさんたちが性欲を隠そうとして隠しきれずに、若い未成年の体に群がった。自分はこういった職業に差別はないとか、セックスイズワークだとか、支援したいとか。
性行為と引き換えの支援てなんだよ、とダリオは思った。
好きでもないおっさんのご機嫌をとるだけならまだしも、その性器を口に入れたり、ましてデリケートな内臓に入れて蹂躙される行為なんて、嫌に決まっているだろ。どんな病気に感染するかもわからないし、身元を抑えられて脅迫されたらどうするのか。リスクが高過ぎる。しなくて済むなら、したくない。
したくもないのに、目先の金があったら、バイトしなくてよくて、企業奨学金のための勉強時間が今より取れると思って。大人たちの一人と実際に会うことになった。今考えても、本当にあさはかだったと思う。しかしその時は、他に現状打開の方法が思いつかなかったのだ。
手付のように車中で股間をまさぐられ、手を相手の股間に誘導された。キスを迫られ、ダリオは半笑いで顔を背けた。粘膜接触するのが気持ち悪くてたまらなかったからだ。誰に見られるかわからない、恥ずかしい、と本心の欠片もないおべっかを使った。ホテルに早く行きたいです、とおねだりする風に言うことで、相手のご機嫌をとって、回避しようとした。
ダリオはなんで俺こんなことしてんだろ、と思って、それからホテルに行って何をするのかを考えて、我慢しなくちゃと思って、それから惨めになって、大学進学を考えて、それから、それから――施設の人たちや恩師、友達の顔が浮かんだ。
気づくとシャワーを浴びているおっさんをホテルに置いて、一人で逃げ出していた。ポケットに手を突っ込んで、むすっとした顔で歩きながら、すれ違う子どもに変な顔で見上げられて、自分が泣いていることに気が付いたのである。
したくないしたくないしたくない!
好きでもない相手となんか、したくない! 好きな相手でも、気分が乗らなきゃ断れるのに、お金がないからって、なんで――
どんなにダリオが体格がよくて、多少学力もあって、それでも社会的弱者だと、そういう選択肢を考えさせられる。貧困だから。貧困だから、そうするしかないように思いこまされる。まるで本当に選択肢があるみたいに。弱いから、やりたくもないのに、自尊心がめちゃくちゃにされる方向を選ばされる。そんなの選択肢じゃねーじゃん、とダリオは泣いた。
誰も頼れない。結局がんばるしかない。ダリオは体力には恵まれている。とにかく企業奨学金をもらうんだ。大学に行く。絶対に行く。二度とこんなバカな行いを、『選択肢』だと思わなくていいように。
そう決意した未成年のダリオが、今もう成人して、好きな相手と現実にセックスしようとしている。
あの時、馬鹿なことしなくてよかったよな、とダリオはしみじみ思った。
今のダリオは、当時の浅はかだったダリオを笑えない。あの時は本当にそれしか思いつかなくて、追いつめられて、必死で。決して笑えない。今だって、そこから遠くに来たわけではない。いつでも隣り合わせなのだ。
ダリオが思いとどまって逃げ出したのは、どう考えてもダリオ一人の力ではなく、関わってきた人たちのおかげだった。あの後、ダリオは結局恩師に進学希望と施設を十八歳で出なければならない焦りを相談して、いくつか彼の状況にあった支援などをつないでもらい、友人たちからも学業関係の協力を得て無事大学に通えることとなったのだった。
もしあの時——ホテルから逃げ出さなかったら、自分は誰にも助けてもらえないと思ったまま、テオドールと出会い、今のような関係にはなれなかっただろう。
恵みのように周囲が勝手に助けてくれることは難しいけれども、助けてくれと叫んだら、周囲の人間関係をおろそかにしてこなかったことで、助けてもらえたのだった。
酷い奴もいる。信じられないくらい悪い奴だっている。だが、ダリオは人間の善性も信じている。それはまだらに存在していて、ダリオが売春未遂をしたように、一人の人間の中にも白黒真っ二つにできないものだ。ある瞬間と別の瞬間という時間軸でさえ、その様は変わって行く。
テオドールはダリオを美しいと思うと言った。その美しさは、ダリオ個人ではなく、ダリオが生きて、関わって来た人々の美しさで織り成され、できている。
そこに、今はテオドールもいるのだ。
これからのダリオは、テオドールでも構成されている。
それがダリオは嬉しかった。
そのテオドールと今からセックスする。それもまたダリオを形作る。
あ、そっか、とダリオは腑に落ちた。テオも俺でできてるのか。ああ、そうか。不仲世界のテオドールとダリオがうまくいかなかったのはそこだ。テオドールは、ダリオからも学習する。
あーそういうことか、と今更自分を除外して考えていた思考の盲点にダリオは笑ってしまった。
「ダリオさん?」
「ん、すまん」
ダリオはテオドールの性器をフェラしたかったのだが、断られた。直腸に性器を挿入するだけでも初の試みなので、できるだけ不確定要素は初回減らしたいと言われれば、ふーんじゃあ次回あるんだな、とポジティブに考える。ダリオとしてはテオドールのあちこちを愛撫してみたいのだが、また次回だ。次回で無理なら次の次。初回はまずインサートに全振りである。
「キスはいいんだよな?」
「はい。筋肉の弛緩と麻酔にもなりますので」
情緒がないが、まあいいかと考えるのを止める。ダリオはテオドールの膝の上へ馬乗りにまたがり、頬から耳の上へと指を滑らせた。テオドールが張り詰めた息を小さく漏らす。そのまま彼の柔らかな黒髪の中へ指を差し入れ、愛撫するように五指で辿った。他人同士なら決して近づけようもない距離に、ふたりの顔が近くにある。無言で見つめ合うふたりは、探り合うように視線を交わし、顔を少し寄せては、躊躇しかねたかのように離れた。興奮し過ぎてというより、今にも互いの間の空気が爆発しそうで、息を整えるために必要な時間だった。
だんだん二人の青年は、お互いの距離を測りかねていたのが、少しずつ顔が近づいてきて、おそるおそる唇が相手のそれに触れた。
途端に、まるで二匹の獣が火傷を負ったかのように二人は離れ、また火の回りをぐるぐると喉を鳴らしながら警戒するそぶりで、時折ちょいちょいと手を出しては、慌てて離れるようなことを繰り返し。
ちゅ、ちゅ、とミドルスクールの子どもでももう少しマシだろうという初心に帰るようなキスを何度もしながら、次第に間隔が短くなっていく。
ダリオの発達した太ももの筋が浮きあがり、テオドールの膝上へ更に乗り上げて彼の胴を強く挟み込んだ。いつの間にか、テオドールの手はダリオの腰に回って引き寄せている。
再度離れようとしたダリオを、テオドールの唇が追いかけて来て、深く重ねてきた。耐えかねてダリオは身をくねらせ、この美しい青年の唇を割るように舌先を入れる。たちまちダリオの舌先はとらえられて、優しく愛撫された。今更驚いて引っ込むと、相手の舌がぬるりと入り込んでくる。互いにためらいがちに差し入れながら、やがて応え合うように深く更に唇を合わせて、歯で擦り合わせたり、敏感な舌先を合わせてやっぱり擦られたり、吸われたり、情熱的に絡ませ合ったり、もう舌の裏や側面、先っぽ、つけ根、何もかも扱かれながら、口の中でセックスってできたっけ? とダリオはわけがわからなくなった。
舌が敏感になって、どこをどう合わせても、擦られても、扱かれても、吸われても、愛撫されて、痺れるように甘い快感が生じる。キスしているのは口なのに、気持ちいいと感じるのはそこにとどまらなかった。性器のつけ根から奥に熱だまりとなって、快楽の源泉が水位を上げて行き、舌に与えられる感覚が、直接そこへ結びつくように落ちて来て、また口の中が倍になるように気持ちよくなり、腰の奥がまたよくなって――点と点が線で結びつき、電流が走りぬけながら気持ちよさが倍増していく。舌が性器になっているような錯覚さえ覚え、呼吸が酷く不規則に乱れた。
「ふ、……あ、はっ、あ、っ、あっ? ……」
ダリオはぬるぬるとテオドールの膝を濡らしているのに気づいて、仰天した。擦りつけるように腰を揺らしていたらしく、いつの間にかずらされていた寝間着の下、下着を押し上げている屹立とは別に、もう後ろが驚くくらい愛液を漏らしている。くちゅ、と明らかに湿った音がして、音源を視線で追い、自分の状態を自覚した。擦り付けている膝と臀部の間で粘液を染み込ませて、テオドールのスラックスを汚してしまっている。どれだけだよ!? とダリオは赤面した。同時に、値段を考えると血の気が引く。濡れやすいといっても限度がある。男性器の快楽はともかく、さすがにこっちは慣れない。
「テ、テオ、ごめん」
汚してしまった、とダリオは慌てた。
「ッ、は、気にする必要は――」
つめた息の後、ささやくようにテオドールが否定するが、ダリオは一度距離を開けることにした。少しあとずさって、汚れを確認しようとし、時間が止まる。ダリオは目玉が転げ落ちそうなほどに両眼を見開いた。
「た……勃ってる……」
テオドールの脚のつけ根、スラックスの前立てがわずかに盛り上がっていた。いや、これからセックスするし、そうだよな? そうせざるを得ないしな? とは思うのだが、これまでテオドールがこのような反応をしたことは一度もなかったから、ダリオは心底気が動転していた。
どうなっているのか思わず聞いてしまえば、インサートするために、テオドールの快楽を感じる精神感応部分を現実サイドで性器に集めるということをしたらしい。よく分からないが、勃起している。そうか、とダリオはとりあえず納得するふりをした。いやもう全然納得していない。動揺している。
ダリオはテオドールの膝に手をつき、真顔の青年の顔を見上げた。
「テオ、やっぱり俺、フェラチオしたい……あ、ええと。口の中に性器入れたり、舐めたりするやつ……だ、駄目か? こんなになってるの初めてだし……ここ、今なら現実に性感帯なんだろ? う、今日インサート無理でもいいから、し、したい……」
舌がもつれて、うまく気持ちを説明できない。とにかく必死に頼んでしまう。
「俺、テオにいつも気持ちよくしてもらってばっかりで、俺もしたい……」
「僕もダリオさんには気持ちよくさせてもらっていますが……」
困惑した風のテオドールに、それ支配者流だろ、とダリオは足のつけ根に手を進める。
「人間流に気持ちよくさせてほしい。うう、ど、しても駄目か?」
駄目なのかと、目が潤んできた。あとから考えると、この時点でだいぶん理性がぶっ飛んでいたと思う。いつものダリオなら、一度話のついたことを蒸し返して、相手が困るほどに懇願するなどしない。
「わかりました……だいぶ慣らしてきましたし、恐らく大丈夫かと思います。しかし、どうか無理はなさらないでください」
テオドールが譲る形で、ダリオは我を通すこととなった。
うん、うん、と頷き、ダリオはテオドールの脚の間に膝をついた。犬のように鼻を鳴らし、わざわざ歯でファスナーを下ろすと、下着の中で大きくなりつつあるテオドールの性器の輪郭が目の前に現れる。バチっと頭の中で何かがスパークした。そのまま唇を恐る恐る下着の上から寄せ、ハムハムと輪郭を唇だけで愛撫する。
もう、あう、あうと言語中枢が麻痺している。下着をずり下ろしていいのか分からない。舌先で先端を探ろうとすると、
「ダリオさん」
とテオドールが止めた。テオドールが腰を引いて、なんで、とダリオが見上げると、その無表情は、第三者が見れば凍り付きそうなほどに冷酷さを増している。
ダリオから見ると、少し怒っているというか、かなり困惑しているように見えた。
何に対してかはわからない。
「……」
は、とテオドールは小さく息を吐き、そのまま彼は自分で性器を取り出し、それをダリオの目の前に披露してみせた。彼は無表情である。一方ダリオは現れた性器の形や大きさ、そして何よりも芯が通り始めて頭をもたげている様子に、胸がいっぱいになってしまった。
「ダリオさん、口を開けますか」
そう問われて、ダリオは自分でも驚くほど、鋭い快感が腰の奥から脳天まで突き抜けた。テオドール自ら、ダリオに行為をさせるための言葉が出て来た。
「で、できる……」
ダリオは、あぐ、と口を開けて、舌を出す。以前は考えるだけで嫌で嫌で仕方なかった。惨めで悲しくて、ホテルの帰り道、知らず知らず頬に涙が流れてしまい、通りすがりの子どもに指摘されてしまった。
違う。違う。全然違う。
テオドールが持ち上げた性器を、四つん這いになって、自ら犬のように舌を出し、そろりと舐めあげる。
(ふあああああああ)
言うならば、脳内で色とりどりのスパークが再度起こって、ダリオは口中によだれがいっぱいに溜まった。
美味しい。美味しい。これまでに食べたり飲んだりしたものの中で、一番美味しい。わけがわからない。
美味しいのだが、その味覚目的というより、テオドールの性器と思うだけで、ダリオはもう駄目だった。なんとこれを舐めてもいい。口の中にいれてもいいのだという。嘘だろ、ふわーと頭がピンクと真っ白の交互に明滅する。
「うあ、ん、んっ」
はむ、と先端を咥え、ちゅうっ、と吸ってみた。美味しい。尿道口に舌先をぐりぐり入れてほじってみる。美味しい。あう、幹も。幹も舐めていい。どこから、どこから手をつけていいかわからない。カリ首にねろりと舌を回す。くすぐりながら、丁寧に皺を舐めて、舌全体でざらざらと亀頭を愛撫し、裏筋を舌先で何度も往復する。手があるということを忘れていた。
とにかく味わいたい一心で、技巧というものが頭にない状態のまま、はむはむちゅっちゅと執拗に愛撫する。それでも性器は硬度を増してきて、ダリオを酷く喜ばせた。
「ダリオさん」
もういいですから、と引き離されそうになって、ダリオは嫌だと首を振った。
「も、もっとした……したい、駄目か? だめ?」
涙ぐみながら懇願すると、テオドールが沈黙する。彼の長い指が、裏手で、ダリオの頭をそっと撫でた。
「口を開いて」
もう一度言われ、ダリオは一瞬ぽかんとしたが、意図を察して目の前が再びスパークした。這うようにするダリオの口の中に、テオドールのそれがゆっくりと入って来る。丸い亀頭が入り込み、青年のカリと幹が口蓋を擦った。
「ん……じょうずです、ダリオさん」
くつろげた前立てに顔を埋め、この青年の性器を飲み込んでいる。じょうずということは、テオドールも気持ちがいい? うれしい。うれしい。完全にダリオは思考が犬になっていた。もう単純命令と悦びしかない。嫌々するのとは違う。全然違う。
テオドールは結局ダリオの口の中に出しはしなかった。
引き抜かれて、ダリオは未練がましく物欲しげに舌先を伸ばしてしまったが、駄目です、とそこはきっちり釘を刺される。
代わりに、テオドールは見上げるダリオの頬に親指を滑らし、右目の端にそっと唇を落とした。ダリオの目がそれを追う。
今度は鼻先に。再びダリオの視線はその動きを追った。離れて、また今度は左の目の端に。唇へ。すぐ離れて、すくうようにまた唇を落とし、顎先に噛みついて、最後に深く唇を重ねていた。
抱き込まれ、口の中をいいように探られながら、ぢゅっ、と弱い舌先を吸われると、もう腰砕けになった。いつの間にか、寝巻の下は完全にずり落ちて、後頭部を支えられながら、ずるずると寝台に引き倒される。もとより抵抗する気もないが、完全に腰が抜けていた。
舌先以外にも弱いのはうなじだ。頭部を支えていた五指が、頭皮を愛撫しながら、やがて二本の指でやわく指圧するようにうなじを辿り、襟足の生え目からそこを指の腹でなぞられると、ぞくぞくっ、と官能が走った。
ダリオは人体のまっすぐな線に沿って押されるのが弱い。首を前に曲げた時に、首裏でもっとも出っ張る骨の部分を押され、この突起を起点にして縦の位置に指が押すようになぞってくると、頭がぼうっとして、温いお湯に漬かっているような気持ちよさに陶然としてしまう。
だがもちろん、その心地よさだけではない。ダリオよりもダリオの身体のことに詳しくなってしまっているテオドールは、他にも弱いところを的確に愛撫してくる。降りてきた五指が、人体の柔らかくカーブする腰椎から仙椎へとなぞるように押さえて辿る。ぞぞぞっ、とダリオは官能に腰が浮き上がって、低く抑えた喘ぎ声が食いしばった歯の隙間から漏れ、喉奥を鳴らした。
テオドールはゆっくりとダリオの腰を撫でている。輪郭を辿り、やがて引き締まった臀部へと降りてきて、双丘を揉んだ。ダリオはとっくにそこが性感帯になっている。もっと強くと思ったところで、手のひらは無情にも離れ、今度はくにくにと立ち上がっていた乳首を愛撫し、こちらも、もっとと思うところで止める。別に焦らしているつもりはないらしい。とにかく性感を高め、インサートに向けて準備運動といったところだ。だが、地味にダリオは生き地獄である。
円の動きであちこち撫でられながら、決定的なそれは与えられず、ダリオの後孔は愛液だけでぐちゃぐちゃに濡れ、とめどもなくしたたり落ちて、それでも触ってもらえない。
ズボンはとっくに引き抜かれ、小さなすぼまりに、ようやく指を入れてもらえた時には、もうそれだけで達してしまうところだった。
指一本を入れられ、括約筋が離さないとばかりに、ぎゅっぎゅっと喰い締めてしまい、そのまま射精しながらナカでイきそうになったのをどうにかこらえる。
「ダリオさん、きつくなっていますね、ああ、でも……」
「う、うあ、あ」
「すごく、僕の指に懐く――」
抑揚のないそれが、酷く熱を帯びて、そこだけ重力が沈んでいるかのように歓喜で歪んでいた。
ゆっくりと根本まで挿入され、閉じた肉を内から圧迫するように開かされるのは、何とも言えない快楽があった。ダリオはもう中から押し開かれる官能を知っている。これよりももっと太くて熱いもの。それが挿入されたらどうなるのだろう。根本まで挿入された指がまたじりじりと引き抜かれ、浅いところで指の腹が何度も往復し、物足りないくらいもう少し奥を擦ってほしいと思わされる。
指だけです、と言われてずっとお預けを食らわされてきた。慣らしていきましょうね、と言われて、今日はゆびだけです、と。
もう、やわらかくなってる。もう、うけいれられる。
訴えても訴えても、駄目だと。
もう入れて。もう入れてくれ。もうがまんできない。
そこを怒張でごりごりと擦られながら、奥まで受け止めたい。他の誰でもない、自分の愛した怪異の青年を、ここで受け入れたい。
引っ掻くように内部を指先で擦られて、ダリオは泣き言を言った。
「もういい、もうゆびいい、テオの入れて。いれてくれっ」
「しかし――」
ダリオは自ら指を引き抜いて、自分の両足の間から後孔を割り開いてみせた。
「こ、ここにテオの……テオの入れて」
半泣きでダリオはもう一度告げた。舌がもつれる。
「こ、ここで、テ、テオに、きもち、気持ちよく、なって、ほし」
い、と。
ダリオは多分言いたかった。自分を道具のように使って欲しいと言う意味ではない。テオドールの性感帯が今現実にダリオにも分かる形で性器を擦り立てると気持ちよくなれる状態だと言うから。
だったら、そうであるうちに、ダリオの中で気持ちよくできる。そうできたらいいと思って。
また同じ状態になってもらえばいい話なのだが、何故か湯だったダリオの頭は、チャンスはこの一回きりなのだと思い込んでいた。
だから、半泣きで、この人外の美しい青年に頼んだのだ。
それは、餓えた捕食者の前で、裸で踊るような行為だったが、ふたりは幸せな恋人たちで、幸せな捕食者と被捕食者だった。
おそらく、この瞬間までは。
テオドールも理性を保っていたのだ。かなり頑張って、この青年は保っていたのである。
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