俺の人生をめちゃくちゃにする人外サイコパス美形の魔性に、執着されています

フルーツ仙人

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番外 七  マルチバース 不仲世界編

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 テオドールと名づけられた『支配者』の青年は、『花』であるダリオから露骨に顔を合わせると嫌そうな顔をされるため、接触を控えるようになった。そうは言っても、テオドールと初邂逅を済ませたためか、いわゆる『パス』と呼ばれる回路が接続し、『厄介事』がダリオに引き寄せられるようになってしまった。
 因果の収束という宇宙のルールなのだが、それ以前からダリオは怪異の類には度し難く好かれる性質のようで、本人が望むと望まないとにかかわらず、人外からの『好意』で攫われたり、危害を加えられたりはそこそこあったようである。
 ——ああ、なるほど。同類と思われたのか。
 そうテオドールは察したのだが、後の祭りである。ダリオにしてみれば、同類と思われたのかどころか、合意なく身体を好き勝手にされる拉致監禁の同類だろという話だ。
 パスのせいなのか、あまり近づくとダリオに『けはい』を察されてしまうようで、やはり露骨に顔をしかめられるため、テオドールも四六時中監視というわけにもいかず、苦肉の策で強い反応刺激があった場合のみ接触するようにした。
 そういうわけで、この青年は顕現してから時間を持て余し、自分に近づいて来る裏社会の人間たちに戯れにも質問したことがある。
『僕が常に近くにいると不快に感じますか?』
 といった趣旨のことである。
 超高層ビルの真っ黒に見える一面硝子窓を背後に、眼下にはドラゴンテイル岬からタウンの街並みが、砕いた貴石をまぶしたような夜景となって広がっている。
 人間離れした美貌の青年が、無表情に質問を投げた時、これを耳にした人間たちの反応は、心理戦含め凄まじいものだった。
 イーストシティに根を張るマフィアの東方公司顔役は、この青年の熱心な信奉者だったので、そんなことが自分に栄誉で与えられたならば、何を捧げてもいい、首を差し出してもいいとまで狂気乱舞し、彼の情婦にいたっては嫉妬で目が血走って、背後から顔役をナイフで刺さんばかりの様子だった。居合わせた部下たちも、血の掟で硬く結ばれているはずが、目の色を変えている。成り代われるなら顔役を殺してもいいと目つきが危うくギラギラと互いをけん制しあった。
 彼らはまったく参考にならない――と『支配者』の青年はようよう理解して、あらゆる初動を誤ったのだろうと結論づけた。
 東方公司は、表向きは国際貿易会社であるが、いくつもブランチの売春、人身売買、賭博、窃盗美術品ロンダリングなども部門を持っており、人を道具として売り買いすることで巨額の富を回している。
 データとしては無駄にならないが、少なくとも彼らを平均値として人間の倫理を学ぶべきではなかったのだ。
 相手の合意を得ずに、権力勾配の上位者が、下位の者の身体を好きに支配することは、避けてしかるべきだった。
 テオドールが人間であれば、ため息の一つも吐いたかもしれない。しかし、現在の彼はそういった仕草をするほど擬態に意味を見出せなかったので、冷淡に学習の見切りをつけたのみだった。
 そうした一幕もありながら、順調に『花』のダリオは怪異事件に巻き込まれ、陰からテオドールは何度か手助けするようなこともした。
 そうしなければ、ダリオは早々に四肢爆散して死亡していただろう。さすがにテオドールもダリオがそうなっては、完璧な復元が難しい。ただ生き返らせるだけであれば可能だが、元の人格はほぼ喪失すると思われる。
 それはそれで問題ないのでは――という気もしたが、遠くからダリオを観測していて、結局テオドールはそうなること避けた。
 ダリオは、テオドールから見て、とにかく不合理に思えた。
 そういう意味では、東方公司の人間たちの方が合理的ではある。メリットとデメリットを天秤に乗せて、合理的に処理している。テオドールの理解の範疇でもなんら矛盾を感じない。
 ダリオさんが合理的になれば――テオドールは考えた。そうなれば、テオドールを受け入れる余地もあるだろう。
 強者に従うイーストシティのマフィアや怪異たちのルールは、テオドールの種族的倫理基準においても、なんら抵触するものではなく、むしろ理解しやすい。
 種族的経験蓄積の記憶プールにおいても、全世界共通のルールでもある。
 ダリオのやることの方が不合理なのだ。
 青髭屋敷事件では、恐らく死亡する可能性を本人も理解しながら、『恩人』だというクリスという同僚の青年の救助に向かうのをあっさり決めていた。そして実行した。
 この件に関しては、テオドールの種族も『恩義』は最上位に位置付ける概念のため、なるほど、と納得して手を貸したが、この時ほぼ拒絶されたため、それ以降は陰からの支援にとどめている。
 テオドールはその時はよくわからなかったのだが、後々考えるに『ショック』を受けていたらしい。『花』からの拒絶を受けて、自分でも驚くほど臆病になった。
 また同じようにされては、冷静でいられるかわからない。
 愚かな先達たちと同じような道をたどっている――そう理解して、物理的距離を置くことで、自己を律する方へ優先を置いた。しかし、実際のところ、単純にダリオからの拒絶を再度されるのが嫌で、忌避したいと無意識に思っていた点も大きいようだ。
 拒絶されたくないのであれば、一度ダリオが破壊されるに任せて、都合のいいように復元を試みるのもひとつの手ではある。
 そうなれば彼の不合理はきっと喪失されるだろう。
 テオドールが手酷く拒絶されることも二度とあるまい。
 『花』と良好な関係を築ける。
 なにしろ、拒否されて、すぐさまにはそうと分からなくても、それらのダメージはテオドールに後々ボディーブローのように効いてきたのだ。
 自己がバラバラに分解されて保てなくなるような自我同一性維持の困難を覚え、テオドールはこれを、放置するにはよくない脅威と考えた。
『花』が都合よく調律できれば、その脅威に直面させられることもない。
 最も優先すべき、存在の維持を脅かすような恐怖。
 それらを恐ろしく思うこともない。
 ——
 結局、テオドールはダリオを陰から支援する方針を変えることはなかった。
 


 その日、ダリオは安定の巻き込まれだった。
 いろいろあって、ダリオは今、クラブ・ラビット・ホールという女装メイド喫茶でアルバイトをしている。
 美少年メイドの多いクラブで、何故かダリオだけ異色のムチムチと体格のいいメイドで浮きまくり、我ながらいいのか? 違和感満載だが? と謎に感じている。
 僕ひとりで、いかがわしさを増しているような気がするんですが……と一応自己申告しているのだが、店長曰く需要があるので問題ないらしい。
 世の中には色んなニーズがあるのだ。
 ところで、女の子と見まごう美少年メイドも多いが、彼らは皆客の呼び込みなどで外に出ている時も、小用時は男性トイレを使う。
 女の子が男性トイレに入って来た! と思われるのか、一瞬、先に用をたしている男性からぎょっとされることも多いようだが、美少年メイド筆頭のクリスを含め、皆男性トイレ使用をしており、ダリオも当然それに習っている。
 ダリオがメイド服姿で男性トイレにのしのし入っていくと、別の意味で目をひん剥かれるのだが、すまんな……と思いつつも、特に配慮したことはない。
 平然としていれば、周囲の空気もなんかそういうもんか……という風になるのは経験則で分かっており、余計に堂々と使うことにしていた。
 例えダリオが美少女メイドのように見える容姿だったとしても、やはり男性トイレを利用するのには変わりなかっただろう。
 さて、問題のトラブルだ。
 今日も今日とて、ダリオとクリスはクラブの呼び込みで、看板を持ち、街頭に立っていた。その際に、冷え込みから二人とももよおし、交代で公衆トイレを利用しに行ったのだが、ダリオが手を洗っていると、悲鳴が聞こえてきたのである。
「てめぇ~~~~~~~~~」
 悲鳴ではなかった。ドスの効いた女性のうなり声だ。
「ひぃいいいい」
 悲鳴はおっさんの方だった。
 ん? とダリオは疑問に思う。隣の壁から聞こえてくる。隣は女性用トイレだ。
 ダリオはとりあえず男性用トイレを出て、通路の方に出た。
 女性用トイレから、ダークモカの巻き毛に、タイトなミニスカートの女装男性が飛び出してくる。紫のトップスに胸の巨大なつめものが斜めにずれて、もろにおっさんだった。
 背後から追いかけて来たのは、ピンクのつなぎを来た金髪ブリーチの女性だ。顔に殴られた痕跡を認め、ダリオは顔が険しくなった。
「てめえっ、この変態クソペド野郎が! 死ね! ぶっ殺す!!!!」
 トイレの奥からは、女児の泣き声が遅れて聞こえてくる。
 ダリオは不明ながら、何があったのか一瞬で察して、まずは逃走を妨害することにした。
 体格のいいダリオが通路をとうせんぼしたことで、女装男は焦ったようだが、変な共感的な半笑いを浮かべる。どういうわけか仲間扱いで譲ってもらえると思ったらしい。被せるようにして、金髪ブリーチ女性が叫んだ。
「その男逃がさないで!」
 女装男は肩越しに視線をやると、憎々しげな顔をした。舌打ちするとともに、
「どいてくれ!」
 ダリオは女装男に、突き飛ばすようにされた。
 とりあえず、確保だな、とダリオは結論する。
 向かってくる相手の側面に少し入って、その手を手刀でふわりと抑えた。同じ進行方向を見ると、「え?」というなんでなんだという不思議な顔をされたが、それはダリオが聞きたい。なんで行かせると思ったんだ。
 そのまま、相手の手首をとって、一歩下がるとダリオも相手方身体に沿うよう半円を描いて背中合わせに回転する。相手は自分の勢いに振り回され、円の動きで小手をひねられるに任せた。
 柔らかくとった相手の手を親指で押し込み、手首、肘、肩で下向きの半円を作る形である。
 そうして、そのまま半円の真ん中に、相手の手を流し込む。
 こうすると、人体のバランス上、腕がひっくり返って、簡単に相手の姿勢を崩せる。
 女装男はなんで尻もちをつくように倒れたかわからないまま、更にダリオに手首を押し込まれて床にひっくり返った。腕をとったまま相手の頭部を回って、背中側に拘束する。これでもう男は動けなくなったはずだ。
「悪いな」
 あんまり慣れてないんだよなという意味で悪いなである。
 ダリオが気を遣ったのは、自分の体格がもたらすパワーが、相手を壊さないように、その上でしっかり拘束することだった。関節の曲がらない方に無理に力任せすることはしない。けがをさせない方に重点を置く動きである。
 一方、「逃がさないで!」と叫んだ金髪ブリーチにつなぎの女性は、ミニスカメイドのダリオが紫トップスの女装おじさんを確保している姿に改めてぽかんとして、
「えー、っと、ありがとう? 何が起こったし? 助かったし?」
 と完全に混乱しながら礼を言ってきた。ダリオは相手の腕を極めたまま、顔を上げて尋ねる。
「とりあえず確保しましたけれど、何があったんですか?」
「あ、あー……そのクソペド野郎が、女子トイレで子供にイタズラ? つーか性暴行してたんだよ。女装して待ち伏せしてたんだか、後から入ったんだか知らねーけどさ。胸糞わりー。通報すっから、オニイサン、申し訳ないけどそのまま確保してもらっていいすか」 
 ピンク色のツナギポケットから、ブリーチの女性は画面のバキバキに割れまくった携帯フォンを取り出す。
「あ、申し遅れたけども、あーしは、アディラ。アディラ・ハント。警察呼んだら、店の人呼んでくっから。子供もその、ケアでついときたいんだけど、それまでごめんね?」
「気にしないでください」
 ダリオも名乗り、しばらくすると、子どもの母親が探しに来て、大騒ぎとなった。
 クリスも戻らないダリオを心配して後から合流したのだが、事情聴取などで店長に連絡を入れたところ、「しっかり証言してきてください」とシフトの勤務扱いにつけてくれることになり、貧困勤労学生のダリオはほっとした。金は大事だ。
 しばらくして、白の塗装に、二本の青いラインが引かれ、紋章とECPD(East City Police Department)の頭文字が描かれたパトロールカーが横付けされた。この付近だと、クイーンズ・サウスエリアの第七分署の管轄だろうか。
 降りて来た二人組の警察官に、女性警官がいるのを見て、ダリオは嘆息した。
 被害者は児童だ。
 金髪ブリーチのアディラではないが、『胸糞悪い』事件だった。
 そして、この件はここで終わり――にはならなかった。
 ダリオの渡したラビット・ホールの名刺を持って、アディラがクラブを尋ねてきたのは後日である。
「起訴にならなかった」
 とアディラは吐き捨て、愚痴をこぼしながら、ダリオ君にも一応伝えとこうと思ってさ、と義理堅く指名で食事をしに来てくれたのだった。
 母親の判断で、そうなったのかと思えば、そうではないらしい。
「あのクソペド野郎女装してたっしょ」
「ああ、そういえばそうですね」
 ダリオも女装していた。あの日は、呼び込みのために白ラクーン耳でミニスカメイド服に、白タイツだった。考えるまでもなく、アディラが加害者男性確保時に混乱していたのは、ダリオのかっこうのせいだろう。たぶん確保協力したこともあるが、男性用トイレから出て来たので、お仲間判定しなかったのかもしれない。
「もうダリオ君は知ってっから、再度言うけど、クソペド野郎は、あーしが子どもの泣き声が聞こえて、呼びかけても返事なくなって、扉を蹴破った時、女の子のパンツを下ろしてたんだよ」
「はい」
「女の子のおかーさんもブチ切れて、訴えるつってたから、あーしいくらでも証言しますつったんだけども。なんかあのクソペドが女装してたことでややこしいことになったらしいんだ」
「……あー」
 ダリオは理解した。
「女性用トイレにいたのは、セルフID? とかゆーの? 心が女性だから問題ないつって、そこは問題視されないことになったんだって。は? 知らね。パンツ下ろしてたのも、女性が女児の排泄介護? なんか性欲はなかったってゆって、お咎めなしって。は? は? は? 納得いかねーけど、司法的になんかややこしくて、係争? しても勝てる見込みないつって、不起訴らしいよ」
「そうでしたか……」
「ぶっちゃけ、ダリオ君、お仲間かと思ったんだよね、あーし。あのおっさんより超カゲキなかっこうしてたじゃん」
「うーん、そうですね。タイミング悪くて、申し訳なかったです」
 アディラはペド野郎に加えて、体格のいい『超カゲキ』なかっこうをしたダリオが仁王立ちで現れ、恐怖も二倍だったはずだ。
 それでも立ち向かった勇気、咄嗟に男性トイレから出て来たことを勘案し、助力を請うことにした判断力、恐らく仲間だった場合は両者相手どることも辞さないつもりだったのだろう。あらゆる点で舌を巻くものがある。
「とはいえ、アディラさんは相手に殴られたのでは?」
「うーん、あーしが先に手を出しちゃってさ……」
「あー……それはですね」
「女の子がああいうことされててさ、目が合った瞬間、助けてって。目が言っててさ。顔、紙みたいにまっしろで、目にいっぱい涙たまってて。怖いって、目が言ってたんだよ。そんで、あのペド野郎はたぶん、確信的に問題ならねって思ってたのか、そういう笑い方したから、あーし、手っつーか、足が先に出ちゃってさ……ははっ、見事にあーしがパンチ食らって、一瞬目を回しちゃって、逃がしちゃったんだ。ペド野郎でも、骨格も筋力もちげーから、男の力は侮れないさ……んで、あーしの方が訴えられそうなの……」
 こんな無茶苦茶な話があるんだろうかとダリオはかける言葉が出て来なかった。
「ま、たぶん大丈夫っしょ、相手も痛いところ山ほどあるだろしさ。あとね、多分余罪いっぱいあると思うんだ。あーしもさあ、若い頃は『怒羅涅虎キャット』のヘッドだったんだ。やられっぱなしじゃすまないよ」
 どらねこキャットって、猫二回入ってるな……とダリオは思った。ダリオはこういうところがある。どらねこキャットは、イーストシティの伝統的レディース暴走族だが、割と硬派なチームで有名だ。
 あー、そこのヘッドやってたんだ……何代目かな……とダリオは更に思った。ダリオにはこういうところが多々ある。
「ま、今日は報告とお礼がてらさ。ダリオ君、あの時とっても助かったさ。あーし一人ではペド野郎を逃してたよ。改めてありがとうし」
 最初ちょっと疑って悪かったし、とアディラは笑い、伝票を手に、店を後にした。
 最後に彼女は、鋭い目で一つ警告していった。
「あの男は無罪放免さ。このままではすまさねーけど、ダリオ君も少し身の回り気をつけてほしいのさ。超カゲキな格好してたから、あーしよりもダリオ君の印象が強いかもしんね。調べたら身元すぐわかっちまう。ダリオ君、あーしがなんとかすっけど、しばらく自分の身を大切にしてくれし」
 一番言いたいのはそのことだったらしい。
 報告だ礼だと言いながら、アディラは逆恨みが、印象も強く身元もすぐに分かるダリオに向かう可能性を伝えに来て、自分の方でなんとかするからそれまで気をつけてほしいと警告しに来たのだ。
 ダリオはお礼を言って、神妙に頷き、アディラさんもお気をつけて、と言った。
 お互いにお互いを案じ合って、その日の晩である。
 アディラ・ハントが殺されたのは――
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