俺の人生をめちゃくちゃにする人外サイコパス美形の魔性に、執着されています

フルーツ仙人

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番外 十三 教会と聖女編

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 今日は、聖マジオ騎士団のナサニエル・ヘルシング管区長と、見習いアリアラエル・グリーンが館に訪れる約束の日程だった。
 ダリオはイーストシティ大学の講義後、そのまま直帰することにした。約束の時間までには、まだ余裕がある。途中のセントラル・パークを通り抜けながら、ダリオは「ん?」と煉瓦歩道に設置してあるベンチに見覚えのある二人を見つけて驚いた。
 件のナサニエルと修道服姿のアリアラエルだ。
 気づいたのは向こうもだったらしい。ナサニエルが、おや、とばかりに片方の眉を上げた。ダリオも近寄っていく。
「ナサニエルさん、こんにちは。ずいぶん早くおいでだったんですね」
「こんにちは、ダリオ君。ふふ、少し張り切り過ぎてしまったらしい。早く到着し過ぎてしまってね」
 時間をつぶしていたんだよ、と言う。早くつきすぎたってどのくらいだ? とダリオは内心首を傾げた。というのも、アリアラエルはベンチに腰掛けて、青白い顔で寝てしまっているようなのだ。ダリオの当惑に気づいたのか、ナサニエルが補足した。
「小鹿ちゃんは、少し疲労がたまっているようでね」
「あー、色々大変でしたでしょうし」
 そうだね、とナサニエルは相槌を打ち、悪夢でも見ているのかうんうんうなっているアリアラエルを見下ろす。
 そしてそのまま、寝ている彼女の髪をめくった。
 は? と驚くダリオの前で、前髪の長い彼女の目元が陽光にさらされ、濃いくまがあらわになる。
 ダリオは固まった。
 寝ている人間の髪に触れるというのは、よほど親しく、された方が事前に許容しているような関係でなければ、かなり侵襲的な行為だ。関係性がわからないので、目の前で境界を飛び越えていきなりこのようなことをされると、ダリオにしてみれば困惑する。
 ちなみに、ダリオはテオドール相手なら、就寝している時にくっつくことはある。しかし、本人が目をつぶっていたら、勝手に髪へ触れるようなことは基本的にしない。触りたければ、都度許可を取るところだ。なお、ダリオは別にテオドールにならされても問題ないが、それはあくまでダリオが彼を信用しているからに過ぎない。
 ナサニエルは少女めいた容貌のアリアラエルの丸い頭を撫でている。
 ぞわぞわとダリオは変な感覚が足元から這い上げるのを覚えた。ダリオの周りにクソ迷惑なおじさんたちは多いが、こういうぞわぞわとするタイプはあまり見ない。対応に困る。
「困ったな、起きないね」
 ナサニエルは呼びかけていたようだが、アリアラエルはすっかり深く寝入っているらしい。ナサニエルは少し考え込むようにして、スーツのポケットからクッキーの包みを取り出した。何故ポケットから出てくるのかわからない。
「ナサニエルさん……」
「ふふ、こういう時は」
 ナサニエルはそう言って、クッキーをアリアラエルの口元に押し当てた。その上押し込もうとするので、ダリオはさすがに、
「あの!」
 と大声で遮った。
(なにしてんだ、このおっさん!?)
 故意に大声を出したわけだが、
「ぅ、ぶっ、ひゃっ」
 結果的に、アリアラエルが飛びあがるようにして目を覚ました。押し込まれかけていたクッキーは地面に落下してしまったが、そちらの方がまだしもである。
 寝ている人間にもの食わすとか、この人大丈夫か? 下手したら誤飲して大ごとになるぞ、とダリオはドン引きしていた。
「あ、あ、す、しゅみませんっ、わわ、わたし、寝ちゃって……すみませんっっ」
 青白い顔に、くまがべっとり浮かぶアリアラエルは、ぺこぺこと頭を下げている。ナサニエルはにこにこと「構わないよ」と応じた。
「ハイ、本当にすみません、しゅみません! あ、え、えっ、あれ、あの、どなた……ですか?」
 大きなグリーンの目がダリオを見上げる。今更アリアラエルはベンチの前に立つダリオに気づいたらしく、目を白黒させながら怯えたように疑問符を浮かべていた。
「小鹿ちゃん、一度挨拶しているだろう? 君はすぐに人の顔と名前を忘れてしまう。ダリオ・ロータス君だよ。君を助けてくださったテオドールさんの使役者だ」
 別に使役者ではない。
 ダリオは否定したかったが、とりあえずナサニエルから紹介を受けて挨拶する。アリアラエルも「ひ、あ、アリアラエル・グリーンです……」と膝がしらの笑うような状態で名乗った。
 ダリオはもうなんかこのふたり帰ってほしいな、と正直思った。しかし、先日のナサニエルの話によれば、アリアラエルはつい最近、悪魔憑きに殺されかけ、性的暴行までくわえられそうになっていたという。
 ベンチで寝るほど疲労しているようだし、大丈夫なのか? と心配になった。というか、大丈夫ではないだろう。顔色は悪いし、目元のクマも凄い。お礼がどうこう以前に、ベッドで寝た方がよいのではないか。
 しかしもうここまで来てもらって、またお礼に足を運ぶと言うのも二度手間だろうしな、とダリオは屋敷にふたりを案内することにした。


 お礼を言うといっても、テオドールはいつもの無関心ぶりだったから、さほど時間はかからなかった。アリアラエルは顔を真っ赤にして、舌を何度も噛みながら助けてくださってありがとうございましたと頭を下げていたし、上司のナサニエルは手土産を持ってきていた。
 ダリオは、アリアラエルは早く帰って休んだ方がいいんじゃないかと内心思っていたので、さっさと切り上げるように動いて、「ゆっくり休まれてください」とふたりを玄関まで送った。
 アリアラエルはテオドールに対峙していた際の興奮が一転、足元のおぼつかないようすが見える。事件のことを思えば当然だろう。やっぱり以前のマリアのようにうちで休んでもらった方がいいか? とダリオは一瞬逡巡する。
 その思考の空白を縫うように、ナサニエルが口元に笑みを浮かべてゆっくりとした口調で尋ねた。
「テオドールさんは、どうも我々には関心がないようだね」
「あ、いや、まあその……」
 ダリオも返事に困る。
「我々というか、人間には関心がないといったところかな。すると不思議だが、ダリオ君。君はどうやって彼を使役しているんだろう?」
「その件ですが、前も言った通り、別に俺はテオを使役しているわけじゃないんで。普通にコミュニケーションしているだけです」
「うん、君はそうなのかもしれないが、そのコミュニケーションは双方向性がないと。彼はおよそ君に関する人以外はシャッターを下ろしているだろう?」
「それはまあ、確かに」
 テオドールはダリオにかかわる人たちには社会性を発揮して話すこともあるが、実のところ当初からあまり認識は変わっていないのだろうなとダリオは見抜いていた。テオドールにとって、人間は虫とそう変わらない。だが、彼はほとんどダリオのために、社会へ溶け込む努力をしてくれているのだ。動機がなんであれ、その努力にダリオは感謝し、テオドールに対して敬意を払っている。
 ナサニエルは微笑を深め、一歩踏み込む。 
「そもそも何故君は特別扱いなんだろう?」
 純粋に好奇心というには、笑みを浮かべるナサニエルの目は笑っていなかった。ダリオは濁してもよかったのだが、どうにもアリアラエルの体調不良が気にかかって仕方ない。
 先ほどから見るに、彼女はナサニエルに絶対服従のけがある。以前休んでもらったマリアの時のようにはいかないかもしれない。
 だったら、さっさと回答して、さっさと帰ってもらう方がベターだろう。ダリオは決めて、そちらに舵を切ることとした。
「テオドールにとって、俺が特別視されているというなら、きっかけは俺が彼の『花』だったからですよ」
「『花』?」
「その、俺の人格はあまり関係なくて、最初っから特別みたいなそういう存在らしいです」
 きっかけ自体はそうであっても、色々あって現在テオドールはダリオの人格を認識しているし、維持を重要視しているのだが、そこまで説明するのは面倒だったのでダリオはそれだけ説明した。
 聞かれれば更に説明を重ねたかもしれないが、むしろナサニエルは深く納得したらしい。なるほど、と口の中で呟いて、礼を言うとアリアラエルを連れて帰っていった。
 その場で見送ったダリオは、彼らの姿が見えなくなって、ほっと嘆息する。
 それからしばらくの間は、定期的にマリアと会合などもして、また色んな事件が起こりながら、季節が廻った。
 また事件が起きたのは、ナサニエルたちの訪問から一カ月ほどしてからのことだ。
 テオドールは脱皮事件で失踪を起こして以来、家を空ける時、必ずダリオに一言告げていくようになっていたが、ある晩何も言わずに帰って来なかったのだ。
 ダリオは少し不思議に思ったが、そういうこともあるか、と努めて気にしないことにした。
 留守が続くようなら再びすわ失踪かとダリオも探して訪ね歩いたところだが、幸いなことに翌日テオドールはオールド・セントラル・ストリートで見つかった。
「テオ?」
 群衆から頭一つ飛びぬけて背の高いテオドールだ。彼が歩いていると、人々の視線が吸い寄せられて目立つ。
 近寄ろうとしたダリオは、テオドールの隣にいる人物に、足をとめた。
 ナサニエルである。
 雑踏の中、不思議とナサニエルの氷海のような目がまっすぐにダリオをとらえたのが感じられた。
 ナサニエルはそのままテオドールを見て、何事か話し。
 テオドールも受け答えしているようだった。何か言われたのか、テオドールがこちらを見る。目が合ったと思う。しかし、テオドールはそのままナサニエルに視線を戻した。
 ダリオはショックを受けるというより、混乱する。
 再び、今度はテオドールの横に並ぶナサニエルの目がダリオを見て――彼は笑った。
 太陽のような笑顔である。
 それから、ふたりは群衆に紛れ、姿が遠ざかり見えなくなった。
 ダリオはその場から動くことができず、ただ立ち尽くすばかりだった。
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