俺の人生をめちゃくちゃにする人外サイコパス美形の魔性に、執着されています

フルーツ仙人

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番外 十三 教会と聖女編

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 しばらくオールド・セントラル・ストリートの往来で立ち尽くしていたダリオは、邪魔そうに舌打ちをされ、はっとした。
 ダリオがもし女性なら肩を当てられて突き飛ばされていたかもしれない。身長が高く、体格がよいので、ぶつかられることもなく避けられていただけだ。
 こうして立ち尽くしていた時点でやはりショックを受けていたのだろう。ダリオはテオドールに無視されたことがない。しっかり目が合ったのに、完全に無視された。
 ダリオは無意識に握り込んでいた手のひらをゆっくりと開き、再度握っては開いてきちんと動くか確かめるようなことをした。現実の接続が間違いないか確認しているような感覚だ。
 人の流れに沿って歩きながら、テオドールの態度について考える。
 まるで、ダリオ以外の人間にこれまでみせてきたような無関心な態度だった。
 いや、つまりそういうことではないだろうか。
 ダリオもテオドールにとって、無関心な人間になった。
(なんかこう……初期の感じに似ているよな)
 とりあえず路地の方へ向かいながらダリオは思う。
 大通りの喧騒から離れ、個人店の並ぶ細道を進んだ。休店日らしいレトロな雰囲気の飲食店は、窓から見える店内の明かりが全て落とされている。ちょうどいいと、店の路地裏に回って外壁に背をつけて寄りかかった。
 静かで思考に沈むにはちょうどいい環境だ。
 確かにショックは受けている。それはちゃんと認めるというか、呆然としている時点でなんらかショック状態なわけだから、むきになって否定するほど反動で傷口が広がるだけである。マイナスの感情を認識した上で、どの程度か、またどうするか考えた方が建設的だ。
(テオもだが、ナサニエルさんもなんで笑顔? 電話番号は前回かかってきた履歴があるし、わかるが――)
 いきなり本丸を攻めても打開策になるかよくわからない感触を覚える。ダリオは考えて、先にマリアに電話することにした。
「マリアさん、すみません、ちょっと伺いたいことが。今お時間」
 よろしいでしょうか、を言わせてもらえなかった。
『ダリオさん!? わたくしもちょうどお電話しようと思っていたところでした!』
 ダリオは思わず携帯フォンを耳から話して、液晶画面を見つめてしまった。
「ええと? 何かありましたか?」
『ああ、お話かぶせてしまってごめんなさい』
 マリアは謝罪するが、多分これ同じ案件なんじゃね? とダリオは先にマリアの話を聞くことにした。
『わたくしにもよくわからないのですが、ナサニエルがテオドールさんの支配管理権を得たと報告をしてきたのです。わたくしは不干渉派なので、正直悪手と思いますが、実際にテオドールさんをイーストシティ・テンプルの本部に連れてきたので、この目で確かめましたし、本当のようです』
「なるほど……」
 これけっこう大ごとになってるんじゃねーか、とダリオは今更理解が及んできた。
『ダリオさん、テオドールさんの支配管理権をナサニエルに譲渡なさったのですか?』
「あの、そもそもテオドールの支配管理権とか最初から持ってませんので」
『そ、そうでしたね。気が動転してしまい』
「マリアさん、失礼ですが、俺はその支配管理権とか最初から持ってなかったですけど、教会の人間がテオドールを支配管理できるのは歓迎なんじゃないんですか?」
「……本当にそうできるならわたくしもこうしてお電話を差し上げていません。わたくしは疑り深いのが性で、それが仕事なのです。少なくとも、これまで良好に関係を築けていたところに、このようなことが起きてしまって、永続的に支配管理できるならともかく、わたくしはそう思いきるには不確定過ぎて爆弾を抱え込んだようにしか思えない。だから、ダリオさん。お電話差し上げたのは、いざ支配できなくなった時の保険です」
『あー、ええとつまり、マリアさんはこれが一時的なことかもしれないから、元にもし戻ったら俺にテオドールを止めてほしい的な理解でいいですかね」
『お願いします』
 マリアは重低音だった。
 ダリオは少し考えて、教会的にはどっちでもいいのだろうと納得する。
 つまり、教会の人間がテオドールを永続支配できるならそれにこしたことはないし、失敗した場合、ダリオというストッパー保険を確保しておくのは、どちらに転んでもリスク分散という意味で教会には得なのだろう。
 二枚舌になるよりは、支配権を握ったというナサニエルと、ダリオに好意的なマリアと、別々の人間にしておいた方がよい。
 ただ、マリアは冷徹に計算してふるまっているというより、教会側の人間でありながら、ダリオの味方もすることに矛盾のない立ち位置を確保するバランス感覚で動いていると思われた。要するにまあ味方判定で当分いいだろう。
 その後しばらく話して、これ以上情報を得られないところで電話を切った。
 次に電話をかけたのはナサニエルだ。
 出ないかもな、と思ったが出た。
『ダリオ君、電話してくると思っていたよ』
 しかし、こちらはけんもほろろだった。
『君はあの方にふさわしくない。我々は対立するものではない。君は君の人生を生きなさい』
 ナサニエルは柔らかい口調ながら、そうダリオに説教して通話を切った。
 ダリオは携帯フォンを見つめ、その後路地裏から狭い青空を仰ぐ。
 わかった。これはあれだ。
 先日、テオドールの足に触れることもできずにとりすがっていた身なりのいい男性のことが思い浮かぶ。
「ナサニエルさんも、テオの信者化してたんだな……」
 つまりそういうことだった。
 あのように取り乱したりしないから気づかなかったが、深度は大して変わらないのかもしれない。
 テオドールをどうやって支配したのかわからないが、どうしたもんかなとダリオは再び嘆息し、思いつかないのでとりあえずアルバイトに行った。
 トラブルは次から次にやって来るが、日常は続くのである。
 ダリオはこういうところが多々あった。


 数日経過し、何かのきっかけでテオドールが正気にかえって帰宅しないかなとは思ったが、全然そのけはいもない。
 実はマリア経由で、騎士団のイーストシティ支部までテオドールに会いに行くこともした。しかし、再び無関心さに輪をかけて無視され、微笑を浮かべたナサニエルに近寄られると、
『二度はないよ』
 心得たまえ、と後ろ手に手を組んで忠告された。つまり、ナサニエルから命令されたテオドールに殺される可能性がある。
 マリアが厳しい声で『管区長』とけん制していたが、ダリオはその場は引いてもらうようにした。
 もうこれは完全に、テオドールから他の人間と同等扱いされていると思って行動しないと、ナサニエルの指示ひとつで殺される可能性が高い。それを念頭において行動しないといけない。
 いつも殺すなと止める側だったが、殺される側になった時の危険性というのはこういうものなんだなと、ダリオは冷静に受け止めたのだった。


 ダリオは当初こそ無視されて混乱し、ショックを受け、殺される可能性まで思い至ったが、その後は割と通常運転となった。
 というのも、別にテオドールと過ごした日が妄想になったわけでもないし、本人の意思でもないようだし、いや後者はもしかしたら可能性ゼロじゃないけれども、と冷静に考えていたからである。
 全部自分の妄想だったという悪夢を見せられた『壺中の天』事件の方がよほどしんどかった。 
 今ダリオを悩ませているのは、事態の正確な把握と打開策が思うように進まない点である。
 その上、現状テオドールが用意した館で暮らせているが、どう転ぶか分からないし、引っ越し費用捻出も目途にアルバイト増やそうかなとまで考えていた。
 なので、大学の友人から代わりに単発で入ってほしいと頼まれたバーのアルバイトにも二つ返事で「いいぞ」と請け負ったのだった。
 そして、そこでアルコールに薬を入れられて、お持ち帰りされそうになっていたオルドラ教の見習いアリアラエルを助けるというハプニングに行き会ったのだ。
 アリアラエルは私服姿で、どう見ても路上で無理やり二人組の男たちに誘われてバーに連れ込まれたらしく、言われるがままに酒を注がれていた。
「と、といれ、いきます……」
 そう言ってよろよろ立ち上がった彼女のカクテルグラスに、薬を入れる男たちを見て、ダリオが現行犯で捕まえたのである。店の責任者は元々この手の犯罪を自分の店で起こされるのを問題視していたらしく、イーストシティ・ポリスを呼んで後はスムーズだった。
 トイレから出て来たアリアラエルは、呆然として、ポリスから聞き取りをされると、ようやくバーテンダーがダリオだったのに気づいたらしい。
「ひ、ダ、ダリオ、さん……」
「どうも」
 とダリオはカウンターの向こうから会釈した。
 アリアラエルは青ざめる。どうも気まずいらしい。聞き取りから解放され、ぎくしゃくとカウンターに座りなおし、おどおどしながら礼を言った。
「あ、あのう、た、助けていただいたようで、ありがとうございました……」
 ダリオはグラスを磨きながら、口端で笑う。
「俺こそ、もっとはやく止めればよかったです。知り合いではなかったんでしょう?」
「あ、は、はい。道端で……あの、断れなくて……」
「そうでしたか。大変でしたね。先日も具合が悪そうだったので、今は大丈夫ですか? 気分は悪くないですか?」
「……あ、だ、だいじょうぶです」
 彼女はわかりやすく混乱しているようだった。やがて、カウンターに置いた手をぎゅっと握りしめ、ダリオを見上げる。
「なんでたすけっ、て、くれた、ですか?」
 ダリオの方が静かに目を見開き、手が止まった。
「え……あ、助けない理由の方がなくないです?」
 薬をカクテルに入れられていたのだ。止めるだろう。アリアラエルはいよいよ顔から血の気が下がり、唇をかみしめている。
「アリアラエルさん。やっぱり具合が悪いんじゃないですか? 一応店長から、バックヤード使っていいと言われてるんで、少し休まれてから帰られますか?」
「あ、そ、そうじゃなくて……」
 そうじゃなくて、と彼女は下を向いた。
「ダ、ダリオさんは、悪い人だって……」
 伝聞系なので、あー……とダリオは沈黙した。ナサニエルだろうか。アリアラエルは更に拳をきつく握り込んで、爪を立てているようだ。
「ほ、ほんとは。ダリオさんは悪い人……ではない。です。管区長と、お礼に伺った時、も、心配してくれました。た、大変でしたね、休んでくださいねって……」
 言ったかな、とダリオは内心眉をひそめる。さすがに大丈夫かとはあの時聞いていないと思う。テオドールは死にそうになっていたので死なないように介入したと言っていた。ナサニエルは、ちょっとしたトラブルと評して、彼女が悪魔憑きにレイプされそうになっていたとも。大丈夫なわけがない。
 言いあぐねて、「大変でしたね」とは言ったかもしれない。
「わ、わかってたけれど……役目を果たせない自分に価値はない。です。行く場所もない。追い出されたら生きていけなくなる。だ、だから、私」
 今なら有用な情報を全部聞き出せそうだな、と思ったが、ダリオは困ってしまった。
「アリアラエルさんも立場があるでしょうし、俺にはわからないですが、教会の方には役目があるんでしょう。今夜、あなたは十分酷い目にあった。もう今夜はこれ以上いいので、ゆっくり休まれてください」
 はっ、とアリアラエルは顔を上げ、唇をぐっと噛むと、「いえ」と言った。
「ほ、本当は、悪魔払いで犯されそうになったことを、ちょっとしたトラブルだとか軽い扱いをされたりっ、小鹿ちゃんと、よ、よばれたりっ、髪をさわられるのも嫌。凄く凄く嫌。です。テオドールさんは私を助けてくれたし、ダリオさんも悪人じゃない。です。ちゃんと、わかってます。恩を仇で返してしまいました……」
 お話します、とアリアラエルは口火を切ったのだった。


「えーと、つまり、聖女見習いで存在を限りなく薄くできる? アリアラエルさんがテオドールに概念書き換えの腕輪をはめた? ってことですか? それで、初期化されて『花』がナサニエルさんに置き換わった?」
「はい……」
 話をまとめるとそういうことだった。アリアラエルは、見習いは見習いでも、聖女見習いで、邪悪に対して限りなく存在を消して気づかせないことができるらしい。なので、テオドールに腕輪をはめる係をナサニエルから命じられて実行したそうだ。え、それ俺に言っちゃって大丈夫なのか? とダリオは逆に心配になる。
 いやそもそも、いくら存在を消せても、支配者の頭の中を書き換えるようなアイテム所持がなければ、今回のようなことはできなかっただろう。ええ、そんな便利アイテム教会持ってんの? こわ……と内心引いてしまう。支配者にも有効なアイテムを人間も持っているのか。
「教会はそんなすごいアイテムもってたんですね」
「い、いえ、あの」
 ち、ちがうんです、と否定するアリアラエルの後ろから、「そう、違うよねえ」と場違いにのんびりとしたテノールの美声が挟まれ、そのまま彼女の横に着席した。店内はいつの間にか静まり返っている。バックミュージックですら止まっているようだった。アリアラエルも放心してしまっている。成熟した成人男性の色気が滴る様は虹色の油膜のようで、この世のものとは思えない、人間離れした美貌の人物だ。ちなみに白スーツだった。
「お水くれるかな」
「酒を頼んでください」
 ダリオはカウンターの向こうから真顔で返した。他に思いつかなかったのだ。
 白スーツの男は、相変わらず毒々しく、微笑みを浮かべた表情も、その裏に邪悪さと悪意を感じさせた。
 どこかの誰かが歳を重ねたらこうなるだろうという印象がある。
 つまり、テオドールの『お父さん』だった。
「あの概念書き換えの腕輪は人間には作れないよ。エルダーたちが手を貸して作ったものだからね。ああ、顔がずいぶん怖いなァ。そんなに警戒する必要はない。僕の『花』と約束したから、君にはもう手を出さないよ。今日は助けに来たくらいだ」
「はあ」
 テオドールを水饅頭になるまで虐待したDV親父を警戒しない手があるか? とダリオは内心思ったが、喧嘩を売ってもよくて殺されるだけである。
「安心してくれ。『花』との約束は守る。支配者はそういう生き物だ」
「わかりました。それで、助けに来たとは?」
「本来息子もその『花』もどうでもいいんだが」
 白スーツは結局水しか頼まず、グラス片手にぼやいた。迷惑客である。どうでもいいなら虐待するなとダリオは思った。せめて、今後は手を出さないという言葉を信じるしかない。
 そしてお父さんは、爆弾発言を投下した。
「今回、腕輪をエルダーに協力要請して作ったのは娘でね。娘もどうでもいいが、まだ安定期に入っていないので、連れ戻さないと困るんだ。しかし、『花』よりも、お兄ちゃんに執着するなんて変わっていると思わないかい。生まれる前から、お兄ちゃん子で困るよ」
「———————————は?」
 白スーツはテオドールのお父さん。お父さんの娘は、つまり。
(テオの妹?)
 ダリオはしばし硬直すると、深く考えるのを放棄した。
 お父さんがいるなら、妹くらいいるだろう。家族といえど、独立した別々の存在だし、仲が悪いこともあれば、口にしたくないケースだって考えられる。だが、
『聞かれなかったので』
 言いませんでした、とテオドールが真顔で言う幻聴が聞こえた気がした。現実に色々問題が起きているので、今度こそトラブルが起きそうな相手がいないか確認しておこうと思うダリオだった。
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