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番外 二十六 退魔協会編
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大会1日目が終わり、ダリオたちはラウンジに移動して、ダークトーンのソファに思い思い座ると一息ついた。高級感のあるディムグレーのソファは、黒よりも印象が柔らかく、ポイントカラーの青藍のクッションを中央に寄せられている。
シックで落ち着く空間だ。
背中合わせに配置されたソファの間には、マットブラックな長方形の盆栽鉢から、紅鬱金の紅葉の枝やサンドカラーのパンパスグラスが生け込み花で大型花器により並べられている。植物の縦のラインにより、長大なラウンジは自然と視界が仕切られ、圧迫感も与えない。
多人数ソファの前に、灰桜色のローテーブルがあり、これを囲む形で一人掛けソファが放射線状に配置されている。
ゆっくり腰掛けると、ダリオは天井を見上げた。
雲霞(うんか)を思わせるモビールが、飴細工のようにかかっている。御簾や寄木細工のデザインを取り入れた幾何学模様の天井を、銀河のように濃淡を描きながら覆い、高低感や奥行きが目を楽しませた。
退魔協会って、金持ってんだなぁ、と本日2度目のダリオの感想だ。
細かいところまで行き届いており、ハイエンドホテルの格調を節々に感じさせられた。
手元の携帯フォンを操作すると、会場で挨拶されたロードス財団の持ち株だ。ホテルまで出資してんのか、今季大会も協賛ロードス財団なのかもしれない。
「ダリオさん」
懐のテオドールが外に出たそうにしているので、ちょっと迷って、ローテーブルをお借りすることにした。
サンドベージュの天板に、ぴょん、と水饅頭形態のテオドールが転がった。
「わぁ」
アリアラエルが嬉しそうな歓声を上げる。
テオドールもその反応に悪い気はしなかったようだ。
というか、まさか、とダリオが思った通り、テオドールはいそいそと赤いポシェットを出し(どこから出してるんだ?)、短い腕でうんしょというように身につけると、アリアラエルに見せびらかした。
「とくべつに、アリアラエルさんにも見せて差し上げます」
めちゃくちゃ恩を売ってくる。
「これはポシェットです」
見れば分かる。
「ダリオさんがつくってくれました」
わざわざまた脱いで、短い腕で、ばっ! と掲げる。よく見て下さい、の意だ。アリアラエルは、とうとう口元を白い手袋をはいた両手で覆った。
そっとテーブルに置いて、ボタンを開けてから、たしたしと注目させた。
「開きます」
大真面目だ。
「~~~っか、かわいいです!」
白い頭巾の下、アリアラエルはぷるぷる震えている。
いいのか……とダリオはやや困惑気味だ。
テオ、見せびらかしたいばかりに外に出たのか……どんだけなんだよ……と思わないでもない。
テオドールは解説をやりきったのか、再びポシェットを身につけていた。
アリアラエルはキャッキャッしているので、問題なさそうだ。元気になってくれてよかった。
さすがに興味関心のない相手なら、ダリオも止めている。
テオドールは、少しでも誰かに喜びを伝えたいくらいポシェットが大切らしく、とにかく虎視眈々言いたいようだ。
テオドールが嬉しいとダリオも嬉しい。
でもまあ、人を巻き込むやつなので、ほどほどだ。
記憶喪失事件後の脳みそふわふわから、多少頭がしゃっきりしてきたダリオである。
テーブルフラワーのスタンドを背景に、テオドールは研究の成果である可愛いポーズをアリアラエルに披露している。
くるっと回って、ポシェットを小さな手で抑え、よく見えるようにした。
「うう、かわい……かわいいです……ダリオさん、作られたの凄いですね……!」
「ありがとうございます」
裏表のない賞賛に、ダリオも穏やかに礼を言った。
これらの手技は、テオドールがいなかった頃、貧困時代の名残だ。
シャツやカーディガン、ズボンなどの服は、季節を通して各種2枚あればよくて、毎日洗濯して交互に着ていたから、ワンシーズン保たないこともあった。安い生地のせいだろう。まとまった金で良いものを買う、という資金自体が手元になかったのだ。ほつれたり、破れたりしたら、自分で直していた。巾着やバッグくらいなら、手製で作れるようにもなった。
惨めには思わなかったが、一事が万事、いつもギリギリで辛かったな、とは感じている。人より体力には恵まれていたから、与えられたカードは悪くなかった。ただ、頼れる安全ホームがなかったので、少しでも節約して、備えるしかなかったのだ。
だから今は、本当に夢みたいだった。
家があって、病気や怪我をしたら、誰も迎えに来ないのではなく、テオドールが来てくれる。目が見えない時、手続きもしてくれた。
ひとりで苦痛や不安に耐えなくていい。
ただ、ダリオは絶対の味方が欲しくてテオドールが好きなわけではなかった。そういうことではないのだと思う。
テオドールに辛かったり悲しかったりしてほしくないし、もしそうならダリオにできることをしたい。無理にとは言わないが、彼の喜ぶことを考え、したいとも思う。
ダリオとテオドールは別の存在だけれども、別のふたりであるまま、一緒にいられるのは本当にダリオにとって得難い幸せだった。
そういった諸々が、気づくとポシェットをダリオに作らせていたのかもしれない。
怪異に酷い目に遭わされてきたから、不法侵入にストーカー紛いをしてきたテオドールも完全拒絶に至らず、いい部分を見つけて受け入れる素地ができていた。貧困生活だったから、手技を身につける機会があった。誰かに助けられたことがあるから、世の中全てを恨まずにすんだ。
しなくていい苦労ではあったが、貧困だったダリオも、テオドールと初期に不仲だったダリオも、彼に見つけてもらえたダリオも、彼を愛してるダリオも全部つながっている。
どれが欠けても、今にはならない。
延長線上にこれからも進んで行く。
ダリオがあれこれ考えている間も、アリアラエルたちは盛り上がっていた。
アリアラエルは顔面も両手で覆って、指の隙間からガン見しては大喜びだ。
ダリオもテオドールとふたりきりだったら、でれでれして、ぎゅっとしたり、頬ずりしたりしたかもしれないが、一応周囲に気を払って見守ることとした。
アリアラエルさんも、緊張がとれたようで良かったなぁ、などと思う。
こうして、キャッキャしていたわけだが、突然、苛立ったような舌打ちをされた。
ダリオが顔を上げると、反対の一角に、ゴージャスな美女を侍らせた面々がいた。
会場ロビーでつっかかってきたオンミョードーのアシヤ兄弟、なんとか氏とお兄さんのキミヒコ氏である。
緩いグレーパーマのキミヒコは、グラスを手にしたまま、またもや、「あちゃー」という顔をしていた。
完全に既視感だ。
ダリオはちょっと考えて、思い出した。舌打ちしたのは、アシヤトーゴだ。
キミヒコからトーゴと呼ばれていた舌打ちマンは、ソファの背に腕を回し、足を組んでいる。彼はダリオがじっと見つめているのに気づいたのだろう。
「どうしたの?」
と女性が尋ねるのに、面倒くさそうな顔をして、それから彼女の首を撫でた。
知人女性に対する程度ではない。ダリオの工学部友人であるダグラスが見たら、「クズ男のスメルがするーーー!! やだやだやだぁ!!!」と大騒ぎしたに違いない。
ダリオも貧困極まって、自分の性を売ろうとしたことがあるので、金で人間を自由にできると見下している人種の放つ、ある種の共通した腐臭は分かる。人間を金で買い叩ける商品だと見ているやつは、老いも若きも美醜も関係なく、見下している対象への敬意が感じられない。
まだ若いのに、もうそんな腐臭を身につけてんの酷い環境と生活そうだなぁ、と思った。
退魔協会の金満ぶりを見ていると、オンミョードーとやらも儲かるのかもしれない。
無給でクソヤバ怪異空間に連れ去られていたダリオとは大違いである。
トーゴは肩を竦め、女性の腰を引き寄せながら、これみよがしに吹き込んだ。
「大人の空間に、お遊戯会組が混じっててな」
「えぇ~?」
うーん、聞こえるように言われてんな、とダリオも思う。
キャッキャッしていたアリアラエルは、意味が理解できたのか、静まり返って顔を真っ赤にして俯いてしまった。
ダリオ一人なら気にしないのだが、アリアラエルが気の毒だった。
オンミョードーがどれだけ儲かるのか知らないが、クソ怪異にまとわりつかれてきたダリオの見立てでは、たぶんアシヤ兄弟より、アリアラエルの方が強いと思う。
腐っても聖女おじさんナサニエルの直弟子だし、彼女は何しろナディアを憑依させておきながらピンピンしてるのだ。ナサニエルは度々憑依させていたとはいえ、内臓クラッシュして吐血しているのに。
それを考えると、申し訳ないが、アリアラエルは本人の自認は私なんてでも、実態はゴリラである。ナサニエルの方がまだしもか弱き聖女おじさんだ。
「アリアラエルさん、場所を移しましょう」
「あ、はい……あの、場所をわきまえず、はしゃいですみません」
謝るところじゃない。ダリオは柔らかい口調でフォローした。
トーゴとやらは、どうしようかと思ったが、まあ明日になればわかることだ。
キミヒコもロビーで謝ってきていたが、ダリオの嗅覚ではむしろこっちのほうが問題かもなという気がする。
テオドールがダリオの懐に入ってきて、「殺しますか?」とまた物騒なことを言い始めたが、「止めなさい」とそれこそ幼稚園の先生状態のダリオだった。
シックで落ち着く空間だ。
背中合わせに配置されたソファの間には、マットブラックな長方形の盆栽鉢から、紅鬱金の紅葉の枝やサンドカラーのパンパスグラスが生け込み花で大型花器により並べられている。植物の縦のラインにより、長大なラウンジは自然と視界が仕切られ、圧迫感も与えない。
多人数ソファの前に、灰桜色のローテーブルがあり、これを囲む形で一人掛けソファが放射線状に配置されている。
ゆっくり腰掛けると、ダリオは天井を見上げた。
雲霞(うんか)を思わせるモビールが、飴細工のようにかかっている。御簾や寄木細工のデザインを取り入れた幾何学模様の天井を、銀河のように濃淡を描きながら覆い、高低感や奥行きが目を楽しませた。
退魔協会って、金持ってんだなぁ、と本日2度目のダリオの感想だ。
細かいところまで行き届いており、ハイエンドホテルの格調を節々に感じさせられた。
手元の携帯フォンを操作すると、会場で挨拶されたロードス財団の持ち株だ。ホテルまで出資してんのか、今季大会も協賛ロードス財団なのかもしれない。
「ダリオさん」
懐のテオドールが外に出たそうにしているので、ちょっと迷って、ローテーブルをお借りすることにした。
サンドベージュの天板に、ぴょん、と水饅頭形態のテオドールが転がった。
「わぁ」
アリアラエルが嬉しそうな歓声を上げる。
テオドールもその反応に悪い気はしなかったようだ。
というか、まさか、とダリオが思った通り、テオドールはいそいそと赤いポシェットを出し(どこから出してるんだ?)、短い腕でうんしょというように身につけると、アリアラエルに見せびらかした。
「とくべつに、アリアラエルさんにも見せて差し上げます」
めちゃくちゃ恩を売ってくる。
「これはポシェットです」
見れば分かる。
「ダリオさんがつくってくれました」
わざわざまた脱いで、短い腕で、ばっ! と掲げる。よく見て下さい、の意だ。アリアラエルは、とうとう口元を白い手袋をはいた両手で覆った。
そっとテーブルに置いて、ボタンを開けてから、たしたしと注目させた。
「開きます」
大真面目だ。
「~~~っか、かわいいです!」
白い頭巾の下、アリアラエルはぷるぷる震えている。
いいのか……とダリオはやや困惑気味だ。
テオ、見せびらかしたいばかりに外に出たのか……どんだけなんだよ……と思わないでもない。
テオドールは解説をやりきったのか、再びポシェットを身につけていた。
アリアラエルはキャッキャッしているので、問題なさそうだ。元気になってくれてよかった。
さすがに興味関心のない相手なら、ダリオも止めている。
テオドールは、少しでも誰かに喜びを伝えたいくらいポシェットが大切らしく、とにかく虎視眈々言いたいようだ。
テオドールが嬉しいとダリオも嬉しい。
でもまあ、人を巻き込むやつなので、ほどほどだ。
記憶喪失事件後の脳みそふわふわから、多少頭がしゃっきりしてきたダリオである。
テーブルフラワーのスタンドを背景に、テオドールは研究の成果である可愛いポーズをアリアラエルに披露している。
くるっと回って、ポシェットを小さな手で抑え、よく見えるようにした。
「うう、かわい……かわいいです……ダリオさん、作られたの凄いですね……!」
「ありがとうございます」
裏表のない賞賛に、ダリオも穏やかに礼を言った。
これらの手技は、テオドールがいなかった頃、貧困時代の名残だ。
シャツやカーディガン、ズボンなどの服は、季節を通して各種2枚あればよくて、毎日洗濯して交互に着ていたから、ワンシーズン保たないこともあった。安い生地のせいだろう。まとまった金で良いものを買う、という資金自体が手元になかったのだ。ほつれたり、破れたりしたら、自分で直していた。巾着やバッグくらいなら、手製で作れるようにもなった。
惨めには思わなかったが、一事が万事、いつもギリギリで辛かったな、とは感じている。人より体力には恵まれていたから、与えられたカードは悪くなかった。ただ、頼れる安全ホームがなかったので、少しでも節約して、備えるしかなかったのだ。
だから今は、本当に夢みたいだった。
家があって、病気や怪我をしたら、誰も迎えに来ないのではなく、テオドールが来てくれる。目が見えない時、手続きもしてくれた。
ひとりで苦痛や不安に耐えなくていい。
ただ、ダリオは絶対の味方が欲しくてテオドールが好きなわけではなかった。そういうことではないのだと思う。
テオドールに辛かったり悲しかったりしてほしくないし、もしそうならダリオにできることをしたい。無理にとは言わないが、彼の喜ぶことを考え、したいとも思う。
ダリオとテオドールは別の存在だけれども、別のふたりであるまま、一緒にいられるのは本当にダリオにとって得難い幸せだった。
そういった諸々が、気づくとポシェットをダリオに作らせていたのかもしれない。
怪異に酷い目に遭わされてきたから、不法侵入にストーカー紛いをしてきたテオドールも完全拒絶に至らず、いい部分を見つけて受け入れる素地ができていた。貧困生活だったから、手技を身につける機会があった。誰かに助けられたことがあるから、世の中全てを恨まずにすんだ。
しなくていい苦労ではあったが、貧困だったダリオも、テオドールと初期に不仲だったダリオも、彼に見つけてもらえたダリオも、彼を愛してるダリオも全部つながっている。
どれが欠けても、今にはならない。
延長線上にこれからも進んで行く。
ダリオがあれこれ考えている間も、アリアラエルたちは盛り上がっていた。
アリアラエルは顔面も両手で覆って、指の隙間からガン見しては大喜びだ。
ダリオもテオドールとふたりきりだったら、でれでれして、ぎゅっとしたり、頬ずりしたりしたかもしれないが、一応周囲に気を払って見守ることとした。
アリアラエルさんも、緊張がとれたようで良かったなぁ、などと思う。
こうして、キャッキャしていたわけだが、突然、苛立ったような舌打ちをされた。
ダリオが顔を上げると、反対の一角に、ゴージャスな美女を侍らせた面々がいた。
会場ロビーでつっかかってきたオンミョードーのアシヤ兄弟、なんとか氏とお兄さんのキミヒコ氏である。
緩いグレーパーマのキミヒコは、グラスを手にしたまま、またもや、「あちゃー」という顔をしていた。
完全に既視感だ。
ダリオはちょっと考えて、思い出した。舌打ちしたのは、アシヤトーゴだ。
キミヒコからトーゴと呼ばれていた舌打ちマンは、ソファの背に腕を回し、足を組んでいる。彼はダリオがじっと見つめているのに気づいたのだろう。
「どうしたの?」
と女性が尋ねるのに、面倒くさそうな顔をして、それから彼女の首を撫でた。
知人女性に対する程度ではない。ダリオの工学部友人であるダグラスが見たら、「クズ男のスメルがするーーー!! やだやだやだぁ!!!」と大騒ぎしたに違いない。
ダリオも貧困極まって、自分の性を売ろうとしたことがあるので、金で人間を自由にできると見下している人種の放つ、ある種の共通した腐臭は分かる。人間を金で買い叩ける商品だと見ているやつは、老いも若きも美醜も関係なく、見下している対象への敬意が感じられない。
まだ若いのに、もうそんな腐臭を身につけてんの酷い環境と生活そうだなぁ、と思った。
退魔協会の金満ぶりを見ていると、オンミョードーとやらも儲かるのかもしれない。
無給でクソヤバ怪異空間に連れ去られていたダリオとは大違いである。
トーゴは肩を竦め、女性の腰を引き寄せながら、これみよがしに吹き込んだ。
「大人の空間に、お遊戯会組が混じっててな」
「えぇ~?」
うーん、聞こえるように言われてんな、とダリオも思う。
キャッキャッしていたアリアラエルは、意味が理解できたのか、静まり返って顔を真っ赤にして俯いてしまった。
ダリオ一人なら気にしないのだが、アリアラエルが気の毒だった。
オンミョードーがどれだけ儲かるのか知らないが、クソ怪異にまとわりつかれてきたダリオの見立てでは、たぶんアシヤ兄弟より、アリアラエルの方が強いと思う。
腐っても聖女おじさんナサニエルの直弟子だし、彼女は何しろナディアを憑依させておきながらピンピンしてるのだ。ナサニエルは度々憑依させていたとはいえ、内臓クラッシュして吐血しているのに。
それを考えると、申し訳ないが、アリアラエルは本人の自認は私なんてでも、実態はゴリラである。ナサニエルの方がまだしもか弱き聖女おじさんだ。
「アリアラエルさん、場所を移しましょう」
「あ、はい……あの、場所をわきまえず、はしゃいですみません」
謝るところじゃない。ダリオは柔らかい口調でフォローした。
トーゴとやらは、どうしようかと思ったが、まあ明日になればわかることだ。
キミヒコもロビーで謝ってきていたが、ダリオの嗅覚ではむしろこっちのほうが問題かもなという気がする。
テオドールがダリオの懐に入ってきて、「殺しますか?」とまた物騒なことを言い始めたが、「止めなさい」とそれこそ幼稚園の先生状態のダリオだった。
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