俺の人生をめちゃくちゃにする人外サイコパス美形の魔性に、執着されています

フルーツ仙人

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番外 三十 マルチバース異世界編 猟師のダリオとバグ有テオドール

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 不思議と、ダリオは助けてやってほしいと思ったテオドールに、助けてほしいと願っていた。
 他に、自分を助けてくれる存在を知らなかったからかもしれない。
 両親はダリオを気味悪がっていなくなってしまったし、村人からは爪弾きにされて、都合のいいように搾取されている。
 アドルフ王子は自分の執着を愛だと言い、ダリオの意思など無視して、故郷に帰ることを許可しなかった。
 仕方のないことだと。
 ダリオはいつも飲み込んできたが、納得していたわけではない。
 おかしいことはおかしい。
 そう思う感覚まで、誤魔化すつもりはなかった。
 だが、現状は不利で、助けてと言ったところで、無視されるのがおちだ。
 訴えたり交渉したりしても、足元を見られ、どうせ逆らえまいと舐められてより悪辣な条件を出される。なんなら、抵抗したことで懲罰を与えようとしてくる。
 なんの対価もなしに、ダリオのために体を張ってくれたのはテオドールだけだった。
 大切な存在に、そんなことしてほしいとは思わない。
 それでも、してくれたことがしてくれたことだ。
 他に助けを請う相手を知らなくて、ダリオはテオドールに助けて、と願ってしまった。
 小さなスライムに。
 針鼠になってしまった彼に。
 また涙が出てきた。
 痛かっただろう。辛かっただろう。我慢して声を上げないようにしていた。ダリオに聞かせないためにだろう。
 あの小さな体で、ダリオの心身を守ろうとしてくれた。  
 テオ……とぐちゃぐちゃの感情で呼ぶ。
 てお、おねがいだ。
 助けてほしいのはテオドールを助けてほしかった。
 小さな彼が酷い目にあってほしくなかった。
 痛い思いも辛い思いもしてほしくなかった。
 おねがいだから、そんなことしないでくれ。
 たすけて。
 てお、たすけて。
 おねがい。
 
「ん?」
 
 騎士の一人が不可解そうに声を漏らした。あまり大きな声ではなかったに関わらず、その疑問の声は、室内にいた者たちに、はっきりと届いただろう。
 形容しがたい音がした。
 無理やり表現するなら、びちゃ、とか、グチャ、とかそんな音だ。
 針鼠になったテオドールの残骸から、虹色の液体が滴り落ちていた。
 明らかに、元の体積を上回る量の粘液だ。
 なんだこれは、と騎士の一人が確認のために近寄る。
 近寄って。
「あがっ?!」
 花開いた虹色の何かに頭部を食い千切られた。
 いや、食い千切られられたかのように捕まれて、窓の方へ投擲されたのだ。
 まるで、汚物を「ぺっ」とするかのように。
 ざ! とさすがに騎士たちは獲物を構えたが、あとは阿鼻叫喚であった。
 呆然とするダリオの前で、決して狭くはない室内は虹色の油膜にぐちゃぐちゃにされる騎士たちの地獄の光景と化していた。
 とうに、アドルフ王子は鎌首をもたげた虹色の蛇に薙ぎ払われ、空中に見世物かのようにぶら下げられている。いつでも殺せる、というように、その喉元には硬質化したナイフのような触手が突きつけられ、群がって動きを止めていた。
 ダリオは小さな声で、殺すな、とどうにか伝える。言えば、伝わると思った。殺すのは現状いつでもできる。とにかく殺すな。
 そら恐ろしい光景の中で、ダリオはずりずりと芋虫のように這いながら、手を伸ばした。
 ゆっくりと虹色の被膜は労るようにダリオを支え、細くて短い触手を出すと、おそるおそる『ちょんちょん』とダリオをつつく。
「お……お前、テオだろ……」
 ダリオはもつれる舌で尋ね、力の入らない指先で触手を握り返した。
「だりおさん……」
 どこから声を出しているのか分からないが、テオドールが喋って、ダリオは力が抜けた。
「よかった……死んじゃったかと……思っただろ……」
「死んだ……ような状態になったのですが、再起動したことでかえってバグが修正されて、本来あるべき状態に是正されたようです。王都程度なら問題なく制圧できるかと」
 喋りは流暢だし、何を言ってるのかさっぱりわからん、とダリオは思ったが、要するに、本来の姿はこちららしい。あと、最後なにか怖いことを言っているが、室内の様子を見れば一目瞭然だ。騎士たちも無力化され、口を塞がれて失神している。
「テオ、なんか急に賢くなってるな……いや、元から賢かったか……上手く喋れなかっただけだもんな」
 テオドールは元々書籍もダリオより余程スラスラ読めていたが、言語を上手く発音できなかっただけの節があった。
「だりおさん……」
 すり、と虹色の肉塊がダリオの指に懐いてきて、逆にダリオの方から頬を寄せて身を預けると、ざわざわっと波打たれた。
「ぼくのこと、怖くないですか?」
「見た目ちょっとびっくりしたが、テオだからかまわねーよ。あ、それより、鏡の妖精を助けられるか?」
 虹色の触手が魔封じと思しき鏡を割って、代わりに気を利かせたのか小さな手鏡も持ってきた。
『バカバカバカーーー!!』と罵りながら鏡の妖精は手鏡の中に移り、救出された。
『ダリオーーーっあんた、あたしのこと一瞬忘れたでしょ?! バカバカバカ!! キライっ許さないんだからーーー!!』
「ごめん、悪かったよ。怖かったよな、ごめんな」
『そうよ、あたし怖かったんだから!!うわーーーーん、怖かったんだからーーー!!』
 拳で目を覆って泣きじゃくるので、ダリオは謝り倒し、しばらく休むように言う。鏡の妖精はテオドールから距離を取るような仕草をすると、『そいつ嫌な気配するって言ったじゃん! 無理!!』と青い顔で喚いて、鏡の奥に引っ込んでしまった。
 そういえばそんな事を言っていたな、と思う。
 ダリオは手鏡を懐にしまうこととした。
 本当はテオドールに聞きたいことや安否をゆっくり確かめたいし、油断すると涙がまた止まらなくなりそうだったが、今はやるべきことがある。
「テオ、王都を制圧できるくらい強いってことは、ここから逃げるのもできそうか?」
「はい。僕としては王城だけでも壊滅させていくことを提案し」
「しなくていいからな」
 どんどん滑らかになるテオドールの提案をダリオは遮った。
 無関係の人が多すぎるし、クズと同じように他人を踏みつけにしたくない。
 テオドールは上手く喋れない頃から、アドルフ王子の足をぺしぺししていたし、敵対相手に容赦のない好戦的な性格なのかもしれないとダリオは少し気が遠くなった。
「テオ、どうやって移動するんだ? 小さくなれるのか?」
 虹色の巨体で移動したら大事になりそうだ。
「小さくなることは可能ですが、まずは一度、国外まで転移しましょう」
 転移ってなんだ、とダリオは尋ねた。聞くと文字通り空間と空間をまたいで一瞬で移動できるらしい。
 ダリオは考えるのを止めた。
 それから、凄い目でこちらを見ていたアドルフ王子を見上げると、気が滅入るながら、話しかけた。
「あんたのこと嫌いだし気持ち悪いからもう二度と関わらないでくれ。今殺さないだけ恩情なんだから、追いかけてくんなよ」
 と、きっぱり告げたのだ。猟師思考のダリオとしては、手負いの獲物の方が面倒で、殺した方が後腐れのないような気もしたが、そうなると国からの報復泥沼合戦になりそうだと思い、一応却下したのである。
 更に億劫だが、返事を聞くために、テオドールへ頼んで、アドルフ王子の口をふさいでいたのを止めてもらう。
 そうすると、またもや開口一番、ダリオは残酷さを罵られた。
「私がこれほどそなたに心を砕いたのに、そなたは何故このようなことができる!」
 意味わかんね……話通じねえ……とダリオは思ったが、とりあえず言い分を聞くこととした。最後だし、何かしら得るところがあるかもしれない、ないと思うけど、という気持ちからだ。ダリオが聞く耳を持ったのが分かったらしく、アドルフ王子は触手にグルグル巻きに吊るされたままとうとうと訴える。
「私たちはつがいなのだ。つがいと離れるなど、そなたにとっても良くない。私ならばそなたにすべてを与えることができる。そなただけを生涯愛し、そなたを大切にする。何故私から離れようなどとするのだ。そなたはおかしい。そなたの気持ちが向くまでと堪えていたが、私を受け入れれば、そなたも理解できると信じている」
「はあ」
 ダリオは身の入らぬ相槌を打った。アドルフ王子はなにがしか焦りを覚えたらしい。
「私はそなたのしたいことを許してやっただろう。その化け物に言い聞かせ、我らを解放させなさい。可能なら化け物は自死させ――そなたは私の元に留まるべきだ」
 こいつ本当に全然ダメだな、とダリオは思った。
「うるせえな」
 ダリオは重低音で言うと、今まで溜めに溜まっていたことをぶちまける。
「頼んでもねーのに、拉致して閉じ込めて強姦しようとしてきやがって恩着せがましいんだよ。そこまでならまだ我慢したが……いや我慢する俺もいい加減駄目だったが、テオに何してくれんだ、てめえ。たまたまテオが無事? 無事なのかよくわかんねえが、元気になったから殺さねえだけで、本当だったら、いつか俺の弓で体中に穴空けてやるつもりだったんだ……今度くだらねえ独りよがりなちょっかいかけてきやがったらてめえの金的を射抜いてやるからな。こっちは顔も見たくねえ。つがいだかなんだか知らねーが、俺の言い分一つも聞かねえで、愛してるもクソもあるか。他人を人間扱いできねえなら、自分自身と一生つがってろ、カス」
 一気にまくしたてると、無表情になって、いつの間にか足元に落ちていた複合弓(テオドールが回収してくれていたようだ)を拾い上げると、テオドールに頼んで王子の足を開かせた。
 それから、狙いを定め――ドス! と王子の股間真下に弓矢を射抜いたのである。
「今度はてめえの股間ぶち抜くからな」
 吐き捨てると、「行くか」とテオドールに声をかけた。ちょっとばかりテオドールはびっくりしたように止まっていたが、ダリオがここまで口が悪いのを初めて聞いたからかもしれない。
 抵抗しないといいようにされるんだな、と思ってダリオはかなり反省していた。村で搾取されていたのもそうだ。
 こんな国は出て行こう。
「はい、ダリオさん」
 行きましょう、とテオドールは言い、ふたりと、鏡の妖精の入った手鏡は、国境まで転移した。
 それから気の抜けたダリオが脱力して、テオドールに抱きつき、ボロボロ泣いたり、テオドールがおろおろしたり、よその国でダリオが小さいテオドールと自給自足カフェを始めたり、結局事件に巻き込まれたり、ダリオが人間からアプローチされて、ダリオも手酷くせずに嬉しいありがとうと断るのを見て嫉妬したテオドールが自分も人型になったり、人型テオドールを見た人々が失神したりと色々起きたけれど、それらはまた別のお話なのだった。
 
 
 終わり


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異世界編はこれで完結です。
またよかったら、各話の下部と目次の下部にテキストリンクで匿名で送れるマシュマロを設置しています。
よろしければご感想頂けると嬉しいです!
 
 
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