ゴーレムは恋を知る

キザキ ケイ

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本編

13.人と魔の岐路

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 一方、アメトリンが去った泉では、ナマズと呼ばれる水龍が一仕事終えた喜びを泉の仲間たちと分かち合っていた。

「ふぅ、人間たちが逸って先走ってくれたおかげで、アメトリンの人間への忌避感は相当なものになった。これであのラグナとかいう冒険者にアメトリンをやらずに済む」

 泉の魚たちは呆れ顔で、自らの主の周りをうろうろと泳いでは好き勝手におしゃべりをしている。

「アメトリンのことになるとすぐこれだ」
「過保護すぎるんじゃないの」
「あんまりそういう謀略めいたことをしていると、いつかバレて嫌われるわよ」
「実子に相手にされないからってアメトリンを構いすぎ」
「過干渉ジジ」
「うるさい小魚ども! 人間になんて近づかないのがアメトリンにとって一番いいに決まっとる!」

 魚たちはアメトリンを不憫に思いつつ、泉を出ることもアメトリンと話すこともできないので、ただ無言で水龍をつついた。
 泉中の生き物にウロコをつつかれても、水龍は満足げに漂うばかりだった。



 山を降りてから数日、ラグナは奔走していた。
 本格的に鉱山村とアメトリンたちの山の間を取り持とうと決心したものの、それは想像以上に茨の道だった。
 鉱山村は魔物たちに対し、強硬な姿勢を打ち出していた。
 村の発展に土地の開拓が追いついていないこと、誰もやりたがらなかった「幻の魔物」の討伐が現実味を帯びてきたことなどが理由だ。
 幻の魔物クリスタルゴーレムが、穏やかな気質であること……つまり、倒しやすいと村人たちが思い込んだのは、ラグナの中間報告のせいに他ならなかった。

「斥候は依頼だったから見た通りに報告を上げたが……早まったか」

 ラグナは当然のように、意思疎通のできる穏やかな魔物との共存を提案するつもりでいて、時間はかかってもいつかは受け入れてもらえると思い込んでいた。
 村人たちが、冒険者ギルドを差し置いてクリスタルゴーレムの討伐を目論むほどに過激思想に傾いていることなど、想像もしていなかったのだ。

「そりゃあアンタが悪いよラグナ。あたしたち冒険者は、ゴーレムと聞きゃ警戒する。魔大陸のゴーレム討伐なんて絶対やりたくない。そういう前提がある上で、ゴーレムと和解できるかもとなりゃ飛びつくけどね」
「素人はゴーレムを動く石としか思ってねぇからなぁ。動く石が最高級の宝石でできてるとなりゃ、なんでそんなお宝の塊と和解なんてって思うのは道理だ」
「……」

 狩人と魔女に次々と甘い考えを指摘され、ラグナはうつむくしかなかった。
 かつて共に依頼をこなした二人は、ラグナ同様A級冒険者で、経験実力ともにトップレベルだ。
 以前行けなかった食事の機会を、ラグナのおごりで、と声を掛けると喜んでついてきてくれた。
 細身で比較的小柄な、エルフの血を引く狩人、名をハーキン。
 若々しく女性的だが、こう見えて男なうえにラグナの何倍も生きているという魔女の末裔、名をウルザ。
 信頼できる二人の実力者に、今抱えている問題を相談したのだが、こうしてばっさり斬られてしまったわけである。

「実際どうなんだい? クリスタルゴーレムは」

 魔女ウルザは興味深そうに身を乗り出した。

「かわいい」

 そしてラグナの言葉にずっこけた。

「ハーキン、ラグナが壊れちまったよ」
「あぁ、こりゃだいぶ頭にキてるな」
「壊れてない。アメトリンはかわいい。ほかのゴーレムとは違うんだ」

 手元のエールをあおりながら、アメトリンのことを思い返す。
 たしかに第一印象は、おそろしいの一言だった。
 溢れんばかりの魔力を持つ結晶の体で、力を振るうことに躊躇がない。
 ラグナも殺されかけたし、あんなレベルの化け物がすでに群れを成しているのだ。
 危険としか言いようがなかった。
 だが実際はどうだ。
 素朴で善良。魔物や動物たちと穏やかに交流し、その暮らしを助けてやる姿はまるで聖職者のごとし。
 おまけにあの水晶の奥には、神秘的な秘密まで隠し持っている。
 あの秘密のことは誰にも言う気はない。
 ギルドにも告げなかった。
 しかし「アメトリンが元は人間かもしれない」という文脈を省いたまま、アメトリンについて語ると、ラグナが「魔物に恋慕するやばいやつ」になってしまうというジレンマがあった。
 でもまぁ、ほかの人間がアメトリンに目をつけるより、自分が狂人扱いされるほうがマシだと思い直す。

「個人的な好みはさておき……クリスタルゴーレム・アメトリンとその一派は、魔物とは思えないくらい穏健だ。あの山に手をいれること、それからアメトリンに手を出すこと、それさえしなければ十分共存は可能だろう」
「あんたがそこまで言うなら、根拠のない話じゃないんだろう。けど、そんな話を素人にしたところで理解してもらえないよ」

 揚げ芋をつつきながら、魔女ウルザが苦い顔をする。
 冒険者たちがいくら言葉を尽くして「問題ない」「安全だ」と言っても、戦う力のない者たちがそれを心から信じてくれることは少ない。
 彼らが冒険者に求めるものは、往々にして「倒した、脅威はもうない」という力強い言葉だけなのだ。

「それに、そこは鉱山村なんだろ? 鉱山に苦労して希少な石を採りに行ってるやつらが、すぐ近くで希少な宝石が無防備に歩き回っていると知って、なにもせずにいられるかねぇ」

 鍵開けや鑑定のスキルにも長けている狩人ハーキンは、人間の欲望をよく知っている。
 彼の言う通り、鉱山村はすでにアメトリンの排除、もしくは討伐に意欲的だ。
 依頼を受けたギルドも、素人がクリスタルゴーレムに手出しするべきじゃないと諌めているらしいが、先走った者が現れないとも限らない。
 ラグナに求められるのは難しい立ち回りだ。
 鉱石を求める者たちが、希少鉱石の塊であるクリスタルゴーレムへ手出ししないよう言い聞かせ、また山の魔物たちが人間へ牙剥くことのないよう抑制しなければならない。

「……無理な気がしてきた」

 ラグナは頭を抱えた。

「これまでにないくらい難易度の高いミッションなのは間違いないね」

 仲間たちの気の毒そうな慰めに空元気を返せなくて、ラグナは泡の消えかけたエールをあおった。
 気持ちよく酔うこともできず、打開策を見つけることもできず。
 ただ、仲間たちは快く協力を申し出てくれた。
 収穫がなかったわけではない、と己を奮い立たせ、仲間と別れて酒場から出たラグナの頭に、ぼこっとなにかが落ちる。

「いてっ」

 見下ろすと、硬い木の実が落ちていた。
 こんな町中で空から落ちてくるとは思えないような、固くて食用には向かない木の実だ。
 見上げると、酒場の屋根に黒い鳥がとまっていた。
 夕闇に溶けるような濡羽色に、足が三本、真っ赤な一対の眼が妖しく光っている。

「……まさか、ヤタガラス?」

 ラグナのつぶやきに応えるようにカラスが飛んできて、ラグナの肩に無理やりとまった。

「いて、痛いって」

 今日は鎧のひとつも身につけていないので、薄い服を貫通して鉤爪が肩に刺さる。
 痛がるラグナを気にもとめず、ヤタガラスはラグナの耳元に囁いた。

「山に村人が入ってきた。アメトリンを狙ってのことだ」
「……!」
「何をしている、冒険者。人間とわれらの仲立ちをするのではなかったのか?」

 咄嗟に振り払うと、ヤタガラスはふわりと軽く飛び上がって酒場の屋根に舞い戻った。

「アメトリンは無事なのか!?」
「無事に決まっておろう。人間に手出しもせず、かわいそうに、塞ぎ込んでおるわ」
「っ、アメトリン……」

 ラグナを信じて「待っている」と言ってくれたのに、山に人間たちが無遠慮に入ってきたことにどれだけ傷ついただろう。
 悠長なことはしていられない。
 踵を返したラグナに、ヤタガラスがついてくる。

「どこへ行く」
「アメトリンに会いに行く」
「会ってどうする。人間をまとめ上げることはできなかったと言い訳をするのか。それとも命乞いでもするか?」
「悲しませたことを謝る」

 ヤタガラスはそれ以上絡んでこなかった。
 ラグナは急いで荷物をまとめ、すぐさま山に向かいたかったが、さすがに鉱山村までの馬車が出ていなかったので、まんじりともせず過ごした。
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