ゴーレムは恋を知る

キザキ ケイ

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本編

18.人間の不便さを知る

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 話し終えた小鳥さんはとても疲れて見えた。

「これが私の知るすべてよ」

 ぼくは思わず腕を差し伸べた。
 指先から結晶がするすると伸びて、小鳥さんの元へ届く。
 小鳥さんは少し迷って、それからぼくの指先に飛び乗った。
 結晶が短くなっていき、手のひらに小鳥さんがおさまる。
 そっと手のひらでつつむと、小鳥さんはほっと息をついて、ぴぃと鳴いた。

「仕組みについては結局わからなかったが、アメトリンがクリスタルゴーレムの核であること、クリスタルゴーレムと人間アメトリンがある種の共生関係のようなものであることは推測できるな」
「きょーせー?」
「二つの生き物が助け合って生きていくことだ」

 ひどいやけどで死にかけていたというぼくを、クリスタルゴーレムが助けてくれた。
 やけどでボロボロになったぼくの手足が、形はちょっと変だけど、きちんと動いているところを見ても、助けてもらったというのはきっと正しい。
 そしてゴーレムは、核がなくては動くこともできず、自由に生きられない。
 ぼくが核になることで、クリスタルゴーレムは魔力を使って手足を動かし、どこにでも行けるようになったのだろう。

「フェニックスが出会ったという『クリスタルゴーレムの意思』は、未だ行方がわからないから、双方に利益のある共生関係かどうかはわからないが……」
「あのね、ゴーレムさんはここにいるよ」

 あたたかさに手をあてる。
 ぼくの体がもともと持っているのとはちがう、魔力の熱だ。
 胸の真ん中にくっついている、ひときわ大きくてきれいな黄紫の結晶から、ぼくじゃない誰かの気配を感じる。

「ここに、あいつがいるの?」

 手のひらで休んでいた小鳥さんが、ぼくの胸の石をくちばしでツンとつついた。
 そしたらびっくり。
 ぼくの胸からぼわわっと小さな火が出た。

「ね。いるでしょ」
「いるわね。間違いなくあいつだわ」

 小鳥さんはうんうんとうなずいた。
 なんでも、まだ石のかけらだったころも、ゴーレムはこうして小鳥さんに火を吹きかけることがあったらしい。

「でも話しかけてはこないのね。かけらになってもおしゃべりなやつだったのに」
「うーん、口はぼくが持ってるから、うまく話せないのかも。でも嫌なかんじはしないから、このままでいいみたい?」
「そうなのね。おしゃべりするならアメトリンがいいわ。あいつってば、かけらでもプライド高くてめんどくさいやつだったから」

 ぼくの胸の結晶が、抗議するようにもう一度、小鳥さんへ向けて火を吹いたけれど、小鳥さんはぴちちと笑いながらそれを避けた。
 ゴーレムさんと小鳥さんはきっと仲よしだったんだろうなぁ。
 ぼくの見た目はずいぶん変わってしまったけれど、体に悪いところはなく、むしろ今までよりずっと調子がよいので、無理に元に戻ることもないのではということになった。

「戻そうと思えば、時間をかければ戻れると思う」

 結晶を伸ばしたりちぢめたりする力は今までどおりあるので、これで全身をおおえば見た目は元通りにできそうだ。
 でもしばらくはこのままでいいと、ぼくは思ってる。
 横に立つラグナを見上げる。
 今まではずっと見下ろしていたラグナを見上げるのが、ちょっと楽しいから。

 暗くなってきたので、鳥さんたちは巣に帰っていった。
 ナマズさんのところにあずけたぼくの手足のこともあるし、見た目が変わったことを山のみんなにお知らせしないといけない。
 しばらくは忙しくなりそうだ。
 寝床の洞窟へもどってきて、ラグナはいつもどおり焚き火で食事をつくった。

「食べてみるか?」
「え?」

 木の枝に刺して火であぶられた小魚がぼくの前にかざされる。

「今は口があるから、食べることもできるんじゃないかと思ってな。いやしかし人間に似てはいるが今のアメトリンはゴーレムの核だし、食べられないか……?」
「うーん、じゃあちょっとだけ」
「あぁ。無理はするなよ」

 枝ごと受け取って、魚を見る。
 ときどき見る夢の中でぼくは「おなかがすく」という気持ちになると、ごはんを食べていた。
 今のぼくに「おなかがすく」はないみたいなので、これを食べたいという気持ちもない。
 だけど、気にはなる。
 ラグナがしていたように、魚のおなかに口をつけてみる。
 あったかい。
 歯を立ててみる。
 さくさくともにょもにょが混じった感触が口の中に入ってくる。
 口の中に固体と液体とにおいが広がって……ぶわわっ、と全身を風になでられたように感じた。

「どうだ?」
「なんか、すごい! 食べるってすごいね」
「独特な感想だ」

 ラグナは笑って、ぼくが持っているのよりずっと大きい魚をかじった。
 食事を終えて、洞穴で寝支度をする。
 ラグナにもらった服のまま寝そべってみて、びっくりした。

「なにこれ……地面が痛い」

 以前、ラグナを地面にそのまま寝かせたら、毛が生えていない体がやぶけちゃうんじゃないかと心配になったことを思い出す。
 やっぱりやぶけちゃうんだ。
 ごつごつした岩でこすれたぼくの腕から血が垂れる。
 寝る支度をしていたラグナが、あわててぼくの腕を布でおおってくれた。

「ゴーレムの核になっても、結晶のない部分は人間そのものなのか。なんとなく全身硬いと思い込んでいた……すまないアメトリン」
「なんでラグナがあやまるの? ぼくが自分でこすっちゃっただけなのに」
「俺の監督不行き届きみたいなものだ。人間の体の構造や脆さを、もっと教えておけばよかったな」

 ぼくの石の体には今まで、血は流れていなかった。
 ぼく以外のみんなの体には血が流れていて、それが吹き出すと痛くなって、止まらないと死んでしまうことは知っていた。
 でも実感として知ったのは今日がはじめてだ。
 布でぎゅっとしばられていた腕から布をとって、濡れた布で血がぬぐわれて、きれいな布でキズが隠される。
 ラグナはぼくの腕をやさしくなでて「痛かったろう」とつぶやいた。
 ぼくは「これが『痛い』なんだ」と思った。

「ラグナの肌もこんなに弱いの?」

 ラグナはぼくの腕に置いていた手をすべらせて、ぼくの手をにぎった。

「触ってみるか」

 おそるおそる、ラグナの手に触れてみる。
 ぼくの手はほとんどが結晶で、こんなにやわらかく曲がらないし、肌も薄くない。
 すぐにやぶけてしまいそうな手の甲には、骨や血管が浮いている。
 ぼくの腕の色と比べると、ラグナの肌は茶色っぽい。日に当たると肌の色が変わるんだとか。
 手のひらはちょっと硬い。剣をにぎるからだって。
 でも、ぷにぷにしたところもあっておもしろい。
 腕はぼくのと同じだけど、全然ちがう。
 色も太さもちがっていて、よくみると毛も生えている。
 ぼくの石の腕は魔力でくっついていたけど、ラグナの腕は肩で体とつながってる。
 肩と首は近い位置にあって、その下に胸がある。
 ゴーレムさんが眠っている胸のかけら、その下あたりに心臓があって、それがとても大事な場所であることはぼくも知ってる。
 ぼくの体はデコボコしたところが少ない。
 ラグナの体はデコボコが多い。
 筋肉があるとそうなるらしい。筋肉は、ないよりあったほうがいいと言われた。
 ぼこぼこしているお腹のところを撫でていたら、やんわりラグナに止められた。

「悪い。その下はちょっと、アレだ」

 ラグナは顔を赤くしていた。
 お腹の下、足の付け根には、いきものが子どもをつくるための場所があるという。
 たしかにあんまり触って、子どもが作れなくなったら大変だ。

「その、アメトリンが本当に触りたいと思うなら、俺は構わないが」
「ううん。生き物は子どもを残さなきゃいけないんだから、ぼくが触ってダメになっちゃったら大変。触らないから安心して」
「……」

 ラグナはなんとも言えない顔をしていた。
 そのまま寝転がると血が出てしまうので、ラグナのために敷いた毛の生えた葉っぱを何枚か増やして、ぼくもその上で寝ることになった。
 ただ、もう外は真っ暗で葉っぱがあまり取れなくて、寝転がれるところが少ない。

「一晩くらい寝なくても平気だ」
「だぁめ。生き物は寝ないと元気が出なくなっちゃうんだから!」

 なぜか寝ないと言い張るラグナを洞穴に引っ張り込んで寝かしつける。
 どうやら、ぼくのほうが小さい姿でも、力は負けてないらしい。
 ラグナを葉っぱに寝かせて、ぼくがラグナにくっつけば、葉っぱが少なくてもなんとか寝られる。
 ラグナはむずかしい顔で天井をにらんでる。
 ぼくに力負けしたのがそんなにくやしかったのかな。

「あったかいね、ラグナ」
「あぁ……その、アメトリン、もう少し離れられないか」
「葉っぱからはみ出ちゃうよ」
「……そうか……」

 ラグナは天井をにらむのをやめて、ぼくのほうに体を向けた。
 ラグナの、やわらかいのに硬い腕が差し出されて、頭をのっけた。
 前はぼくが、熱を出したラグナの頭をつめたくしてあげたけれど、今は逆だ。
 体が近づく。
 胸をくっつけると、ラグナは心臓、ぼくは結晶が重なる。

「ねぇラグナ。人間って、ヘンだね」
「そうか?」
「そうだよ。体が弱くて、すぐ死んじゃいそうなのに、凶暴で、いっぱいいるし」
「人間は動物に比べて、毛が生えていないし肌も弱い。痛みも感じやすくできている。だがそのぶん、ケガに気づいて治療しやすい。ケガを防ぐための服を作る能力も発展した。知恵をもって生きる生物なんだ」
「ちえ……」

 ラグナはぼくの頭の毛に触れた。
 ぼくの頭には薄黄色の長い毛が生えていて、むしろぼくの体に毛はここしか生えてない。あと顔にちょっとだけ。
 よく見ると、ところどころ紫色の毛もあって、ここも結晶の色になってる。
 山の生き物では見たことないヘンテコな色の毛を、ラグナは楽しそうに触ってる。

「山を下りてみないか」

 いきなりそんなことを言われてびっくり。

「手足を隠せば、じゅうぶん人間に見える。山を下りて、人間の暮らしを、生き方を、知ってみないか」
「人間の生き方……」

 小鳥さんは、前はぼくが人間で、村でふつうに暮らしていたと言った。
 ぼくがたまに見ていた夢は、ぼくが人間だった頃の記憶なのかもしれない。
 たしかめたい。
 人間として暮らすのがどういうことなのかを。
 それにもしかしたら、人間だった頃を少しでも思い出せるかもしれない。

「うん……知りたい」
「わかった。散歩のつもりで行ってみよう」

 ぼくがうなずくと、ラグナはうれしそうに笑った。
 わずかに入ってくる夜の光が、ラグナの両目をつややかに輝かせる。
 ゴーレム姿だったとき、ぼくには目がなかった。
 魔力で体の周りを探って、見えるように感じられていただけらしい。
 でも、今のぼくには目がある。

「ぼくの目、ラグナにはどう見える?」

 ラグナの目は白いところがつやつやして、黒いところには底がない。
 境のところは、まぁるく色づいて、霧がかった遠くの山のような色をしている。
 つやつやして、つるつるで、川原の石みたいにきれい。

「とても、きれいだ」

 ラグナの目の中にうつるぼくは黒っぽい影だけど、ラグナには濃い紫色に黄色の線が散っているように見えるという。
 ラグナにも、ぼくの目はきれいに見えているんだなぁ。
 見入っていると、ラグナの顔が近づいて、口にやわらかいものが触れた。
 あんまり近すぎると、目というものは物をよく見れなくなるらしい。
 ラグナもそうなのか聞こうとして、また口をふにっとされた。

「ラグナ?」
「……すまない。おやすみ」

 なんだかよくわからないまま、ぼくは寝かしつけられて、眠ってしまった。
 毛や背をなでられるのは、とても気持ちがいいのだと知った。
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