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7話
しおりを挟む「あーあ! なんですかこの空間は、甘ったるいったらありゃしない」
突如室内に響き渡った声に、私とルーファスは同様にびくっと肩を震わせた。
ソファの上で嫌そうに顔を顰めていた私の弟────ラッセルは、目が合うと微妙な表情になる。
「兄様がその男に未練たらたらだったのは承知とはいえ、目の前で奪われるといささか不愉快ですね」
「み、未練たらたらって……」
「隣の客間にベッドありますよ、使っていきます?」
「……」
「あーはいはい、どうぞどうぞ」
心底嫌そうにかぶりを振るラッセルの顔を見られず俯くと、部屋を出て行こうとするすれ違いざまに強めに肩を叩かれた。
「その男には話しましたよ、力のこと」
「あ、そ、そうか」
「あとぼくイライラしてたくさん意地悪言ったので、慰めてやってください」
大股歩きでさっさと出て行ってしまった弟の態度に呆然とする。
ラッセルはとても出来た弟だ。
不出来な兄のことを慕ってくれ、家の長としても能力者としても申し分ない。やや過干渉のきらいはあるが……私にはもったいないほどの子だ。
そんな彼があれほどまでに眉を顰め、【見ていられない】とモヤモヤした気を纏わせているのは初めて見た。
そういえばまだルーファスと抱き合ったままだった。
話をするためにも慌てて腕を突っ張って距離を取る。
「ルーファス! その、少し、話さないか」
「そうだな、俺たちには会話が足りなかった」
先程まで彼が座っていたソファに誘う。
私が座ると、腰に密着するようにルーファスがぴったりと横にくっついてきた。片時も離さないと言わんばかりの態度にこちらが照れてしまう。
ラッセルは私の────私たちの力のことを話したという。
他人の心を許可なく覗き見する特殊な力など、ルーファスは想像したこともなかっただろう。今はそのことを消化できていなくとも、改めて考えたら気味の悪い能力だと、異常だと、そう思うのではないか。
切り出し方を考えあぐねているうちに、ルーファスが先に口を開いた。
「心を読むことができる……そうだな」
「う、うん」
「すまなかった」
「え?」
慌てて横を見ると、ルーファスは頭を下げていた。
そんな態度を取られる理由が分からなくて、急いで顔を上げさせる。
「な、なんでルーファスが謝る? 能力のことを隠していたのは私だし、気色悪い力だと思うだろう」
「そんなことは思わない。しかし俺はすごく……その、口にするのも憚られるようなことをいつも考えていた自覚がある。それが全て伝わっていたのだと思うと、いっそ泣けてくる……」
ルーファスは今度こそがっくり項垂れてしまった。
確かに彼から悪感情が伝わってくることはあったが、そこまで悔いるほど恐ろしい気持ちが伝わってきたことは無いように思う。
黙ったままルーファスの手を取って握ると、捨てられた犬のように頼りない目が垂れた前髪の隙間から見えた。
「例えばどんなこと?」
「た、例えば……ハロルドに近づく奴がいると男でも女でも引き剝がしたくなったり、一日中ハロルドを俺の横に置いておきたくなったり……本のページをめくる指先がエロいとか、俺が声をかけるとはにかむ唇にキスしたいとか、図書室の奥にいるとき後ろから襲ったらどうなるかとか……」
「もっもういい! それ以上言わないでくれ!」
今度は私が項垂れる番だった。
いつも穏やかで優しいルーファスがそんなことを考えていたとは。
私は羞恥で死にそうになりながら、私の力が不完全であること、良くない感情をぼんやりと感じることだけがほとんどだと説明した。
「そうなのか……いや、でもハルと会っているときも俺は周囲に威嚇しまくったり劣情を抑えるのに必死だったから、きっと嫌な気持ちを出していたよな。本当にすまない」
「あの悪感情はそんな理由だったのか……」
なんだか肩の力が抜けてしまった。
ルーファスはずっと、私と付き合い始めてしまったことを後悔しているのだと思っていた。どんなに楽しく過ごしても、肌を重ねても彼から感じる嫌気が消えないことに、ずっと心が痛んでいた。
私からルーファスを突き放すことが必要だったのに、居心地が良くて、一緒にいられることが嬉しくて、ずるずると付き合わせてしまっている。そんな風に思っていた。
「それは違う、ハロルド! 確かにきっかけは悪かった。だが俺はきっと、初めからハロルドのことが好きだった」
「え?」
「じゃなきゃ罰ゲームで告白なんて、相手はいくらでもいる。すっぱり振ってくれそうなサリー女史や騎兵隊長でも良かったんだから」
サリーにそんなことをしたらただでは済まなさそうだし、あの立派な口髭の隊長も拳骨の二、三発は覚悟するべきだろう。
「俺は無意識にハルに惹かれてた。あわよくば付き合えたらと思って、罰ゲームの方を利用した。ハルが心を読めるなんて考えてもみなかったし、罰ゲームのことを早く話して、そんなことは関係なく好きだと伝えていれば良かったと心から思う」
「力のことは誰にも言っていなかったし、仕方がないよ」
「俺は……情けないへたれ男だ。心も狭いし嫉妬深い、今後もハルに嫌な思いをさせないとは言い切れない。それでも、一緒に居てくれるか?」
「……うん。私の方こそ、早とちりでルーファスから逃げてしまうような男だけど、それでもいいの?」
「俺はお前じゃないとだめだ」
再び強く抱き締められ、こちらからも背に腕を回した。
会えなかった期間は一ヶ月ほどなのに、ずっと離れ離れだった気がする。
いや、実際にそうなのだろう。お互いにあと一歩踏み込むことができないまま、本当の意味で心を通わせることができたのは今が初めてなんだ。
ルーファスは腕に力を込めてはいるが、時折私の髪を指先で弄ったり頬にキスをしてくる以外はなにもしてこない。
私だけが、おだやかな火に表皮を炙られるようなもどかしい気持ちに苛まれている。
「……ルーファス」
「ん?」
「と、隣の部屋に……行かないか」
驚いた表情のルーファスに、赤面しているであろう自分の顔を見られたくなくて彼の肩に顔面を埋めた。
自分から誘うようなことは今までしたことがなかった。恥ずかしい。
ただそれだけの私の言葉で、ルーファスは全て察してくれたらしい。顔を上げない私の膝裏をひょいと掬って体ごと持ち上げ、そのまま扉へ歩き始める。
彼の膂力が凄まじいのか、私が軽すぎるのか。なんの苦もなく隣室へ移動し、部屋の中央に座している客用のベッドにそっと降ろされる。
「まだ色々と話したいこともあるし、聞きたいこともあるが……これからゆっくりということで、いいだろうか?」
「うん……はやくルーファスを、感じたい」
「っ、そういう殺し文句は俺以外に言うなよ?」
重ねられた唇は熱くて、彼が私と同じ気持ちでいてくれるのだと実感できることが涙がでるほど嬉しかった。
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