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本編
12.職場の秩序
しおりを挟む破壊神も創造神も、存在の構造はほとんど変わらない。
実体は血と肉で出来ているし、人間に混じれば違いはわからないだろう。
が、性能には差がある。
破壊神は世界中の生物から恨みを買いやすい構造上、一定以上の負荷を掛けると破損、もしくは機能停止するように「作られている」。
実際に破壊神を死に至らしめるのはその個体が内に持っている破壊の力で、外傷または外圧によって死ぬわけではないのだが、破壊神を殺すときは有機生物と変わらないような様子を観測できるという。
刺されれば血を流し、首を絞められれば息絶える。
そういった都合のせいなのか、破壊神はとても人間に近い。
生命維持に必要なものが一切なくても存在を保てる創造神とは、根本から作りが違うのだ。
だから、こうやって長時間呼吸を奪われれば酸素が足りなくなって頭が回らなくなるし、立っていられなくなる。
「はっ、はぁ……そうぞうし、ん、んぅ……やめ……」
最近妙に創造神がキスにこだわってきたから、特に深く考えることもなく許していた唇を、今は恐ろしいほど強引に貪られている。
どんなに腕を突っ張って体を離そうとしても、基本性能どころか筋力体力も目の前の男に敵わない俺では拒むことができなかった。
いっそ舌を噛んでやろうと思ったら、俺の不穏な考えを察知されたのか口端に指を突っ込まれ、歯を噛み合わせられないようにされてしまった。
それでも俺の口腔を蹂躙する創造神の舌は止まることない。
無理やり開かされた口から唾液が流れるままになっているのがとてつもなく恥ずかしい。
酸欠と、上顎を撫でられたときに走る奇妙な感覚に腰が砕けてしまって、壁に体重を預けたまま俺の体はずり落ちたが、追求が止むことはなかった。
「こういうの、あいつともしたの? カイくん」
「っ!? てめ、どこ触って……!」
キスの最中、創造神の片手がシャツをたくし上げて俺の肌を辿っていたのは気づいていた。
なんとなくぞわぞわとした感覚が背骨を撫でていくのが気持ち悪くて、這い回る手を止めようと抵抗したら口づけが激しくなってそれどころではなくなってしまっていた。
そしてとうとう創造神の手は、俺の下腹部に到達していた。
同じ家に住んではいるが俺は居候に近い。
脱衣所などで無様な姿を見せたりしないよう、俺は気を使っていた。創造神の体も見ないようにしていた。
破壊神の多くは他人に体を見られることを好まず、創造神もその傾向が多かったからだ。
それに加え、俺の体は筋肉が付かないことがコンプレックスで見た目が悪いし、男性体なのに頼りなくて好きではなかった。
きれいな筋肉が体中にしっかりとついている創造神と比べられたくなかった。ましてや、触れられるなど。
「やめろ、触んな!」
間近にある細められた瞳が狂気を孕んでいる気がして、俺の体をまさぐっている手を剥がそうと力を込める。
いつもは、全力で破壊の力を放出すれば手を引き剥がすくらいはできるのに、今はそれすら封じられている。
俺の力はどうしてこんなに弱くて、肝心なときに役に立たないんだろう。
「ふーん……あのクソメガネは良くて俺はダメってわけ?」
「い゛っ!」
相変わらず立ち上がれないまま精一杯の抵抗を示すと、創造神が思いっきり俺の首筋に歯を立てた。ギリギリと皮膚が悲鳴を上げている。
噛み千切られる……っ!
「いやだ、もう、こんな……やだよソウ……」
痛い、痛い。
確実に息の根を止められる急所を抑えられていることで、俺の目からは生理的な涙がぼろぼろと零れた。
はっと息を呑む気配があって、押さえ付けられていた体がやっと解放される。
傷つけられた皮膚からは血が流れていた。
「ごめん、ごめんカイくん」
「う……いてぇ、めっちゃ血出てるし……」
「本当にごめん、俺どうかしてた……」
先程までの様子が嘘のように、おろおろしながら傷を覗き込む創造神を睨みつける。
きつく睨んでいるつもりだが、未だ止まらない涙のせいで威圧もへったくれもない有様になっていることだろう。
「俺が気に入らないのも嫌いなのもいいけどな、だからって殺そうとする前にやることあるだろ! 今までみたいに本部宛で配置換え請求すれば、破壊神側は従うしかないんだから」
「えっ?」
「頼むから、こんなことしないでくれ……いくらでも替えが効くようなしょっぱい破壊神でもな、必死に生きてるんだよ……」
傷の痛みに情けなさまでプラスされて、いよいよ泣きが入ってしまった。
どうしようもない気分に陥り、立てた膝に顔を埋める。
創造神は数が少なく、貴重で、世界の根幹から動かすことが出来ないため本部も丁重に扱う。
一方破壊神は所詮派遣の神なので数も多く、替えが効く。
創造神の方から破壊神を「お断り」されれば、俺達はそれに従うしかない。
それがどんなに気に入った職場でも、気に入った同僚でも……。
怖かった。創造神が本気を出せば、俺みたいな力のない破壊神は命すら奪われてしまうということが。
悲しかった。彼の怒りをいつの間にか買っていて、代替えよりも殺したほうが早いと思われるほど疎まれていたことが。
自分なりに、新しい職場で環境を整え、同僚とも部下ともうまくやっていけるかもしれないと思っていた。今度こそは、誰も傷付けずに立派な世界を作り上げていけると。
この世界を運営するための歯車の一部になることを夢見て赴任してきたのに、歯車にすらなれない自分の至らなさが惨めだった。
「ごめん。急に泣いたりして。すぐ本部に請求を出すよ。早ければ二日で後任の破壊神が」
「待って待って、ちょっと待って! どうしてそんな話に!?」
涙でぐしょぐしょの目元を腕で拭って見上げると、創造神は片手で顔を覆って焦ったように目を泳がせていた。
「俺がカイくんを襲ったから、カイくんは怖くて泣いたんじゃないの?」
「襲った……っていうか。殺されるんだろうなと。吹けば飛ぶような神生だったけど、死ぬとなるとやっぱり惜しいもんだよな」
「違うよ、殺さないよ! ていうか破壊神って首とか傷つけられると死ぬの!?」
「あぁ、お前達とは作りが違うから。俺達は常に破壊の力を纏っているから傷を付けるのが難しいだけで、急所を突かれれば普通に死ぬんだ」
首と下腹は重要な血管がいくつも通っているし、そこを同時に押さえられたら死を覚悟するしかない。
力で敵わない相手なら尚更だ。
多少落ち着いてきた俺は、殺すつもりまではなかったらしい創造神の態度にほっとして説明を加えた。
俺が話す度、創造神がどんどん項垂れていく。
「…………ごめん。はぁ……ごめん……」
「う、うん。死なないで済むならそれでいい。こっちこそ長時間の残業しないと仕事が終わらないポンコツ破壊神でごめんな。もっと仕事が出来る奴を次に呼んでもらうから」
「いらない! 俺はカイくんがいいんだ、他の破壊神と交代なんてさせない!」
本部と代替えの話をしないと、と腰を上げようとした瞬間、創造神に抱きつかれて俺はまた床に逆戻りした。
「え。いや大丈夫だ、破壊神の配置換え請求は創造神に認められた人事権のひとつだし、俺も可能な限り引き継ぎを」
「行かないで、無理強いして痛い思いさせたこと謝るから……」
「でも合わない破壊神を無理に置いておくのは」
「俺は! カイくんが好きなんだ!!」
創造神が突然叫んだ。
両肩を、今度は痛くない力で掴まれて、とても真剣な顔をした創造神が目の前にいた。
「カイくんが好きだから、ずっとくっついていたいしキスもしたい。何も言わずにここから出て行かれて悲しかった。キスマークなんて付けて帰って来て、嫉妬で頭がおかしくなりかけた。カイくんが好きなんだ」
「……それは、朝飯に出すベーコンはカリカリが好きとか言う、」
「違うよ。俺はカイくんと、恋人になりたいんだ」
思考が追いつかない。
人間同士が番───恋人や伴侶にと他人を望むときに使う言葉の意味で、好き……なのか?
創造神が俺に、恋を?
「恋なんてとっくに通り越してるけど、カイくんが許してくれるなら恋人から……いや、友達でもいいです。ここにいてください。あと俺にチャンスください」
がばっと頭を下げた創造神の触れている手が、ほんの少しだけ震えている。
そういえば人間達も、好いた相手に様々な方法で告白していた。
そんなときの彼らは真っ直ぐに気持ちをぶつける者も、余裕を装って逃げ道を用意しつつ言葉を告げる者もいたが、皆一様に緊張していた。ちょうど今の創造神のように。
そんなとき、告白を受けた者達はどうしていたか。
嫌いな相手なら丁寧に、もしくはビンタで断ればいい。
では嫌いではない相手なら?
「お……お友達から、なら……」
明け方のリビングで、首筋から血を流しながら、俺はとても間の抜けた言葉を口にしたのだった。
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