中堅地味破壊神は世界を平和にしたいだけ

キザキ ケイ

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本編

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 無言のまま荷物だけ持って帰ってきた俺達は、食品を手早く収納してリビングに集まっていた。
 貴重な全休の一日は、こうしてなにをするでもなくソファに座って過ごすことが多い。
 肘掛けにくっついて座った俺の太ももを当然のように枕にして寝そべった創造神にもはや何も言う気が起きず、読みかけで放置していた文庫本をローテーブルから取り上げて開いた。
 創造神はさっき事務員さんから渡された報告書を読んでいる。
 仕事のときも書類を読み込むのを面倒がる創造神が、俺の書いたレポートを興味深そうに捲っているのは気恥ずかしいが、本部のお墨付きをもらった成果物を同僚に読んでもらえるのは嬉しかった。

「地上で魔法みたいなものが発生してるのは気づいてたけど、ここまで進化してたんだ」

 報告書を読み終わったらしい創造神がつぶやいた。
 俺は頷いて文庫本に栞を挟む。
 俺達破壊神は、雲の合間や特殊な監視装置を用いて地上を観察するが、創造神は自分の手のひらを見るのと同じくらいの労力で地上をすべて見渡すことができるそうだ。
 なので当然地上の変化や発展度合いなど直接見なくても把握している。
 ただ全体を見て運営を行う関係上、細かい部分や目に見えないもの───生き物たちの本能や心理、文化や社会構成といったものは把握し難く、それを補っていくのが破壊神の「地上観察」という業務だ。
 感覚で仕事をする創造神が多いため、センスを文章に落とし込む事務能力が破壊神に必要なのもこのへんに起因している。

「ファンタジー世界そのまんま、って有様だった。人間社会はもう完全に魔法ありきで構築されてるし、そのうち魔王とか勇者とか言い出すかもしれないな」
「そっか……カイくんはどう思った? 実際地上を眺めてみて」

 俺の脚の上に頭を乗せている創造神が、俺を見上げて問う。
 真っ直ぐな目になぜかちょっとだけ動揺したが、そんなことはおくびにも出さずに答えた。

「わくわくしたよ。空想の中にしかないようなものがわんさかあるんだ。魔法もだけど、幻獣とか、ふつうじゃ考えられないような構造の建築物とか。俺がこんな立場じゃなけりゃ、世界一周の旅に出たかもな」

 自分で言っておいて、苦笑する。
 できるはずもないことを言っている自覚はある。
 今でこそ創造神の力を相殺するために使われている俺の力は、地上にあってはすべての存在を消滅させる脅威以外のなにものでもない。降り立つことも、地面を歩くこともできるかどうか怪しいものだ。
 面白くもない自虐になってしまったと目を逸らすと、創造神がぽつりと言った。

「いつか、地上へ行こう」
「……ソウ?」
「俺とカイくんが作った世界だ。当事者が見て回っちゃいけないなんてことないさ。俺と一緒の旅ならきっとうまくいくよ」

 冗談だ、本気にするなよ、そう言おうとして息が詰まる。
 下から伸ばされた手が頬を包み込んで、真摯な瞳が俺を真っ直ぐ射抜く。
 そんなことが出来るわけがないのは俺が一番良く知っていると叫びたい気持ちと、いつかこいつと一緒にのんびり地上を旅できたら楽しいだろうなという欲求が同時に喉までせり上がってきて、呼吸を忘れた。
 情けない顔になっているであろう俺の頬に添えられた創造神の手がさらりと表皮を撫でる。

「───っ」

 その仕草がどうしてか、とても大切な気持ちを伝えてくる気がして、体中の熱が頭に上った。
 こいつのペースに呑まれる。これ以上は危険だ。
 離れようとする俺を先回りして、創造神の腕が首に巻き付けられた。

「カイくん、キスしたい」
「な、」
「いいよね?」

 首と肩にぐっと力を込められ、思わず上半身が下がったところへ創造神が伸び上がって唇が触れる。
 二度三度と繰り返されるそれを、拒否できなかった。
 気持ちがいいと、安心するとまで思ってしまっていた。
 いつの間にこんな風に思うようになってしまっていたんだろう。
 俺という存在の根幹にあったものが、土台から崩れていくような気さえする。
 すべてを拒むことで万物を破壊し、それによって秩序を作り出す「破壊神」という根幹が───。

「好きだよ」
「……」
「カイくんは俺のこと、嫌い?」
「き、らいならこんなこと、許すわけないだろ……」
「……そんなこと言っていいの? 期待しちゃうよ、俺」

 俺の脚から頭を起こした創造神が、一瞬で体の位置を入れ替えてきた。
 俺のすぐ目の前に、覆いかぶさる創造神の整った顔がある。少し身動きしただけで口唇が触れ合ってしまいそうな近さで、漏れた吐息が混ざり合う。

「いつもみたいに押し退けないの?」
「こんな距離じゃ、お前を蹴飛ばすこともできないだろ」
「俺はカイくんに酷いことした。痛くて、怖いこと。拒絶するべきなんじゃないの?」
「アレは痛かったけど……また噛むのか?」
「噛まないよ」
「じゃあ、良い。お前なら」

 続けようとした言葉は創造神の唇に吸い込まれて、音になることはなかった。
 触れ合う箇所がいつもより熱くて、そんなことが分かるほどに何度も触れ合っていたことを自覚する。
 呼吸が苦しくなって反射的に唇を開いたところに、待っていたとばかりに創造神の舌が差し入れられて体が跳ねた。そんな俺の反応を宥めるように腕や脇腹、体の側面を創造神の掌が辿る。

「───ん、んぅ……ふぁ……」
「ふふ、鼻で呼吸するといいんだよ、カイくん」

 苦しくてぎゅっと瞑っていた瞼を優しく撫でられて目を開けると、微笑む創造神がいた。
 少し上気した頬と、とろけそうな甘さを湛えた瞳。
 濡れた唇をゆっくりと舐める仕草がエロすぎて目が離せなくなった。
 気持ちを隠そうともしない創造神を、俺はずっと昔から知っていたような気がする。目を背けて、知らないふりをしていただけで───。

「仕方ないから、好きになってやる」

 俺の口から滑り落ちたのはそんな言葉で、こんなときでも素直に言えないのかと自分で自分に呆れた。
 創造神はそんな俺の気持ちもお見通しなのか、笑みを深めて再びキスを降らせてくる。

「夢みたいだ……カイくんと両想いになるなんて」
「りょっ……お前は、いつもそう恥ずかしいことを……」
「本当のことでしょ?」

 目尻に口付けられたまま創造神が喋るので、くすぐったくて仕方がない。押し退けようとするとぎゅうぎゅうに抱き締められて、結局俺は抵抗を諦めた。

「ね、ベッド行こう」

 耳に吹き込むように囁かれた言葉に肩がびくりと跳ねる。
 背骨から腰に向けて這わされる手のひらには明確な意思が読み取れて、もはや完全に俺の脳はキャパオーバーだ。
 さすがにそれは展開早すぎないか!?

「ちょ、っと、待て! こういうときは……そうだ、シャワーを浴びるんだ。人間たちはそうしてた!」
「そんなのいいよ。今すぐカイくんを味わいたい」
「待て待て待て! お前らと違って俺の体からは老廃物とか色々出るから! 汚いから!」
「カイくんの体に汚いとこなんてないよ……」
「わーっ舐めるな! 嗅ぐな!!」

 脳みそが沸騰しそうな状態のまま、なんとか創造神を引き剥がして身を起こすことに成功した。
 このままだと美味しく頂かれてしまう……!
 両腕を突っ張って距離を取る俺を創造神がじとっとした目で見てくる。
 なんだその顔は……そんな顔もできるのかお前……。

「……逃げない?」

 目の据わった創造神が俺の手を握りながら問うてくる。
 正直許されるなら全力疾走で逃げたいが、現実的なハナシ、俺は短距離走のタイムでも創造神には勝てない。
 以前ふざけて雲海で競争したことがあるので分かっている。
 展開が早すぎることに不満はあるが、創造神と触れ合うことに抵抗は、もはや、ないし。
 俺も男だ。こういうときは腹を括るべきと理解している。

「逃げない……シャワー浴びるだけ」
「………………待ってる」

 微妙に長い沈黙があって、めちゃくちゃ不満そうに言われた。
 掴まれていた手が名残惜しそうに離される。
 俺はホッとして、本当は問題は全然解決していないが、軽やかな気持ちで風呂場へと向かおうと足を踏み出した。


 ───そして、それは現れた。


 フローリングの木目の上に、明らかに異質な光を放つ円が出現した。
 円はちょうど俺の足元、俺の体をすっぽり覆う大きさで、内側へ向かうにつれて文字のような記号のようなものが描かれている。線の一本一本が光を放って揺らめく。
 円の外へ踏み降ろそうとした足は、光によって隔たれた壁があるかのように弾かれて円の内側に着地した。

「っ魔法陣!」
「カイくん、手を!」

 振り向いた先に、俺に向かって手を伸ばす創造神がいた。
 必死の表情に、あぁこれはヤバいかもしれないと思って、咄嗟に伸ばした俺の腕は光の壁を超えることはなく。

 世界が一瞬で黒に塗りつぶされ、俺の意識も途絶えた。

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