4 / 10
4.外で会うのは初めてだった
しおりを挟む敬太の家の近所には三つのコンビニがある。
一つ目は、駅にぴったり張り付いて建っている店。
狭いが商品の回転率が良いためか、新商品の入荷が早い。弁当やおにぎり、サンドイッチの在庫量が多く、疲れ切って帰る途中に寄り、なにも考えずに夜食を買うのに適している。
二つ目は、駅とは反対方面、敬太の家から最も近い国道沿いの店。
すぐそばに大きな病院があるせいか、日用品や雑誌が充実している。スリッパやバスタオルが売っているのはここくらいだろう。雑穀米弁当などという健康志向の洒落た品揃えが目立つ。
三つ目は、住宅街に埋もれるように建つ、マツリを拾った店だ。
建物が大きくゆとりのある売り場で、周囲にハイソサエティ向け住居が多いためか、やや高価なスイーツやボトルの酒が揃っている。酒の肴も種類が多く、やけに高いビーフジャーキーがあるのはこの店だけだ。
珍しく夜勤を入れずに帰宅すると、マツリがいなかった。
当然のことながらマツリにも生活がある。彼も疲れているはずなのに料理と掃除をさせてしまっていることに今更ながら気づいた。
だから、というわけではないが、かんたんに掃除と洗濯を済ませ、たまには良いだろうと夕食の買い出しに出かけた。
これで敬太が食事を作ってやれれば格好もつくのだろうが、家にフライパンも鍋もないまま何年も暮らしていた人間だ。そこは察してほしい。
「マツリの分は……なんでもいいか」
肉、魚、野菜などメインが異なる多種多様な弁当売り場の前で呟く。
近頃とんとコンビニに寄らなくなったので、ルーティンが消えていた。なんとなく、駅前でなく最寄りでもない、住宅街のこの店へ来た。
店内は程よく人がいて、雑誌売場のガラスの向こうには車が一台停まっている。
ここの駐車場でマツリと出会ったのだった。
お互いの素性も曖昧なまましばらく経つ。今ではそんな相手と寝るにまで至っているのだから、人生とは不思議なものだ。
自分用に焼肉弁当、マツリの分で焼きサバ弁当をカゴに突っ込む。
冷蔵庫にはまだ発泡酒が残っていたはずだ。おつまみコーナーに移動して、酒に合う肴を吟味する。
適当にいくつかカゴに放り込み、レジへ移動する前にふと足が止まった。
(マツリは甘いものとか、好きそうだよな)
敬太は今までコンビニスイーツをほとんど買ったことがない。
時折無性に甘いものを食べたくなる時はあったが、こういうものを買ってきてもすぐに無くなってしまう。そのうえ妙に高い。
元から甘味が好きな性質でもないし、自然と足が遠のいているコーナーだった。
それなのに今は、カレーを甘口で作る同居人のためにひとつ買ってみようかという気分になっている。
ただし、彼の好みなど分かるはずもない。適当に選ぶか……と手を彷徨わせたとき、真後ろに人が立った。
「こういうの食べるんだ。意外」
聞き慣れた、低く小さな声が耳元をくすぐる。
振り向くと細身の男が立っていた。ダークグレーのスーツに見覚えのある細いストライプのシャツ、立派な出で立ちなのに猫背でくしゃくしゃの髪。
「マツリか、おかえり」
敬太はじろじろとマツリを見つめてから挨拶した。マツリが苦笑する。
「ただいま」
マツリの表情が甘く緩んだ気がして、急いで前を向く。
可愛らしい見た目のケーキやプリンを意味もなく睨みつけながら、先程問われていたことを思い出した。
「俺は滅多に食わねぇよこういうの。でもマツリは好きだろ」
「うん。よくわかったね」
「いかにも甘いもん好きそうな顔してるからな」
「え、そう? ……甘ちゃんってこと?」
少し沈んだマツリの声色に敬太は笑った。
甘ちゃんというのなら、見ず知らずの他人を家に住まわせて体まで許している敬太が他人のことを言える筋合いはない。
それは黙ったまま、横に並んだ鳥の巣頭をくしゃくしゃと撫でた。
ぼさぼさ具合が加速したが、元から酷いので平気だろう。
「っつか、その頭で出勤してんのか? 櫛くらいうちにもあるぞ」
「えっと……いつのまにかこうなっちゃうんだよ」
「はは、癖毛だもんな」
肘で小突くとマツリも笑った。
こんな何気ないやりとりができる相手は久しぶりだ。学生時代の友人とは疎遠だし、一日中アルバイトばかりの身では親しい相手など作るべくもない。
そう思うとなんだかこそばゆさが増した。
「マツリはどういうのを食べるんだ? 奢ってやるよ」
「え、いいよ。自分で買うから」
「素直に奢られとけよ。このクレープみたいなやつとかどうだ?」
手のひらにすっぽり収まってしまうサイズの甘味はやはり割高に感じたが、ホイップクリームが詰まっているという商品説明は少し心躍るものがある。
マツリが頷いたのを見て、それをカゴに二つ入れた。
会計を済ませ、揃って店を出る。
マツリと外で会うのは初対面の時を除けば初めてだ。スーツの着こなしを見るにやはり社会人なのだろう。未成年者飲酒幇助、なんてことになりそうになくてほっとする。
「スーツ着て仕事行ってんだな」
いつも家ではゆるいジャージやスウェットで過ごす彼からは想像できない姿だ。
揶揄うように言うと、マツリは気まずそうにした。
「うん、隠してたわけじゃなくて……」
「ばーか、隠されてたなんて思ってねーよ。うちにはアイロンもねーし、クリーニング屋も遠いから持ってこなかったんだろ。不便じゃないか?」
「ううん、大丈夫」
「やっぱ家に戻ったほうがいいんじゃねぇの?」
何気なく告げた。
それはお互いになんとなく切り出しにくくなっていた話題だった。
自宅に帰る気配のない居候。なにか事情があるんだろうと察してはいたが、不便にも限界があるだろう。
敬太としては親切で言った言葉だったが、マツリは思いがけず強く反応した。
「いやだ」
「え」
「敬太さんのところにいたい……だめ?」
わざとやっているのだろうか。
小首を傾げて、捨てられそうな犬みたいに悲しげにされると拒めない。敬太は苦笑するしかなかった。
あのボロ家の居心地がいいとは到底思えないが、もしかすると見た目よりマツリ自身も貧乏暮らしなのかもしれない。
そういうことななら、家賃や光熱費を敬太が払うことが保証されている居候暮らしは気楽だろう。
「もしかして水道が止まってうちに転がり込んだとか?」
「い、いやそんなんじゃ」
貧乏暮らしの敬太でもさすがに最後の生命線である水道は止まったことがない。
完全なカマかけだったが、首を振って否定をするマツリがなんだか必死な気がして、敬太は意地悪い笑みを抑えられなかった。
「慌てるのが怪しいな……まぁいいさ、電気ガス水道くらいは遠慮なく奢られてろよ。あとスイーツ代もな」
見目の良い年下の、細身のスーツをびしっと着こなす男が、時間経過と共にボサついてくる前髪を抱えて水道の止まった部屋に立ち尽くす光景は、思いの外楽しい想像だった。
敬太はとうとう声を上げて笑い、マツリは恥ずかしそうに敬太の後についてくる。
あの日憔悴していたのは、本当に公共料金の支払いができなかったせいなのか。
本当はどこに住んでいるのか。
帰らなくていいのか。
問い質したいことはいくつもあったが、敬太はそのすべてに蓋をした。
久しぶりに食べたクレープ生地は頼りないほど柔らかくて、ホイップクリームは胸焼けしそうなくらい甘かった。
11
あなたにおすすめの小説
消えることのない残像
万里
BL
最愛の兄・大貴の結婚式。高校生の志貴は、兄への想いが「家族愛」ではなく「恋」であったと、失恋と同時に自覚する。血の繋がりという境界線、そして「弟」という役割に縛られ、志貴は想いを封印して祝福の仮面を被る。
しかし数年後、大貴の息子が成長し、かつての兄と瓜二つの姿となったとき、止まっていた志貴の時間は歪な形で動き出す。
志貴(しき):兄・大貴に長年片思いしているが、告げることなく距離を置いていた。
大貴(だいき):志貴の兄。10歳年上。既婚者で律樹の父。無自覚に人を惹きつける性格。志貴の想いには気づいていない。
律樹(りつき):大貴の息子。明るく素直だが、志貴に対して複雑な感情を抱く。
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
僕の恋人は、超イケメン!!
八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
楽な片恋
藍川 東
BL
蓮見早良(はすみ さわら)は恋をしていた。
ひとつ下の幼馴染、片桐優一朗(かたぎり ゆういちろう)に。
それは一方的で、実ることを望んでいないがゆえに、『楽な片恋』のはずだった……
早良と優一朗は、母親同士が親友ということもあり、幼馴染として育った。
ひとつ年上ということは、高校生までならばアドバンテージになる。
平々凡々な自分でも、年上の幼馴染、ということですべてに優秀な優一朗に対して兄貴ぶった優しさで接することができる。
高校三年生になった早良は、今年が最後になる『年上の幼馴染』としての立ち位置をかみしめて、その後は手の届かない存在になるであろう優一朗を、遠くから片恋していくつもりだった。
優一朗のひとことさえなければ…………
先輩のことが好きなのに、
未希かずは(Miki)
BL
生徒会長・鷹取要(たかとりかなめ)に憧れる上川陽汰(かみかわはるた)。密かに募る想いが通じて無事、恋人に。二人だけの秘密の恋は甘くて幸せ。だけど、少しずつ要との距離が開いていく。
何で? 先輩は僕のこと嫌いになったの?
切なさと純粋さが交錯する、青春の恋物語。
《美形✕平凡》のすれ違いの恋になります。
要(高3)生徒会長。スパダリだけど……。
陽汰(高2)書記。泣き虫だけど一生懸命。
夏目秋良(高2)副会長。陽汰の幼馴染。
5/30日に少しだけ順番を変えたりしました。内容は変わっていませんが、読み途中の方にはご迷惑をおかけしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる