はきだめに青い鳥

キザキ ケイ

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4.外で会うのは初めてだった

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 敬太の家の近所には三つのコンビニがある。
 一つ目は、駅にぴったり張り付いて建っている店。
 狭いが商品の回転率が良いためか、新商品の入荷が早い。弁当やおにぎり、サンドイッチの在庫量が多く、疲れ切って帰る途中に寄り、なにも考えずに夜食を買うのに適している。
 二つ目は、駅とは反対方面、敬太の家から最も近い国道沿いの店。
 すぐそばに大きな病院があるせいか、日用品や雑誌が充実している。スリッパやバスタオルが売っているのはここくらいだろう。雑穀米弁当などという健康志向の洒落た品揃えが目立つ。
 三つ目は、住宅街に埋もれるように建つ、マツリを拾った店だ。
 建物が大きくゆとりのある売り場で、周囲にハイソサエティ向け住居が多いためか、やや高価なスイーツやボトルの酒が揃っている。酒の肴も種類が多く、やけに高いビーフジャーキーがあるのはこの店だけだ。

 珍しく夜勤を入れずに帰宅すると、マツリがいなかった。
 当然のことながらマツリにも生活がある。彼も疲れているはずなのに料理と掃除をさせてしまっていることに今更ながら気づいた。
 だから、というわけではないが、かんたんに掃除と洗濯を済ませ、たまには良いだろうと夕食の買い出しに出かけた。
 これで敬太が食事を作ってやれれば格好もつくのだろうが、家にフライパンも鍋もないまま何年も暮らしていた人間だ。そこは察してほしい。

「マツリの分は……なんでもいいか」

 肉、魚、野菜などメインが異なる多種多様な弁当売り場の前で呟く。
 近頃とんとコンビニに寄らなくなったので、ルーティンが消えていた。なんとなく、駅前でなく最寄りでもない、住宅街のこの店へ来た。
 店内は程よく人がいて、雑誌売場のガラスの向こうには車が一台停まっている。
 ここの駐車場でマツリと出会ったのだった。
 お互いの素性も曖昧なまましばらく経つ。今ではそんな相手と寝るにまで至っているのだから、人生とは不思議なものだ。
 自分用に焼肉弁当、マツリの分で焼きサバ弁当をカゴに突っ込む。
 冷蔵庫にはまだ発泡酒が残っていたはずだ。おつまみコーナーに移動して、酒に合う肴を吟味する。
 適当にいくつかカゴに放り込み、レジへ移動する前にふと足が止まった。

(マツリは甘いものとか、好きそうだよな)

 敬太は今までコンビニスイーツをほとんど買ったことがない。
 時折無性に甘いものを食べたくなる時はあったが、こういうものを買ってきてもすぐに無くなってしまう。そのうえ妙に高い。
 元から甘味が好きな性質でもないし、自然と足が遠のいているコーナーだった。
 それなのに今は、カレーを甘口で作る同居人のためにひとつ買ってみようかという気分になっている。
 ただし、彼の好みなど分かるはずもない。適当に選ぶか……と手を彷徨わせたとき、真後ろに人が立った。

「こういうの食べるんだ。意外」

 聞き慣れた、低く小さな声が耳元をくすぐる。
 振り向くと細身の男が立っていた。ダークグレーのスーツに見覚えのある細いストライプのシャツ、立派な出で立ちなのに猫背でくしゃくしゃの髪。

「マツリか、おかえり」

 敬太はじろじろとマツリを見つめてから挨拶した。マツリが苦笑する。

「ただいま」

 マツリの表情が甘く緩んだ気がして、急いで前を向く。
 可愛らしい見た目のケーキやプリンを意味もなく睨みつけながら、先程問われていたことを思い出した。

「俺は滅多に食わねぇよこういうの。でもマツリは好きだろ」
「うん。よくわかったね」
「いかにも甘いもん好きそうな顔してるからな」
「え、そう? ……甘ちゃんってこと?」

 少し沈んだマツリの声色に敬太は笑った。
 甘ちゃんというのなら、見ず知らずの他人を家に住まわせて体まで許している敬太が他人のことを言える筋合いはない。
 それは黙ったまま、横に並んだ鳥の巣頭をくしゃくしゃと撫でた。
 ぼさぼさ具合が加速したが、元から酷いので平気だろう。

「っつか、その頭で出勤してんのか? 櫛くらいうちにもあるぞ」
「えっと……いつのまにかこうなっちゃうんだよ」
「はは、癖毛だもんな」

 肘で小突くとマツリも笑った。
 こんな何気ないやりとりができる相手は久しぶりだ。学生時代の友人とは疎遠だし、一日中アルバイトばかりの身では親しい相手など作るべくもない。
 そう思うとなんだかこそばゆさが増した。

「マツリはどういうのを食べるんだ? 奢ってやるよ」
「え、いいよ。自分で買うから」
「素直に奢られとけよ。このクレープみたいなやつとかどうだ?」

 手のひらにすっぽり収まってしまうサイズの甘味はやはり割高に感じたが、ホイップクリームが詰まっているという商品説明は少し心躍るものがある。
 マツリが頷いたのを見て、それをカゴに二つ入れた。
 会計を済ませ、揃って店を出る。
 マツリと外で会うのは初対面の時を除けば初めてだ。スーツの着こなしを見るにやはり社会人なのだろう。未成年者飲酒幇助、なんてことになりそうになくてほっとする。

「スーツ着て仕事行ってんだな」

 いつも家ではゆるいジャージやスウェットで過ごす彼からは想像できない姿だ。
 揶揄うように言うと、マツリは気まずそうにした。

「うん、隠してたわけじゃなくて……」
「ばーか、隠されてたなんて思ってねーよ。うちにはアイロンもねーし、クリーニング屋も遠いから持ってこなかったんだろ。不便じゃないか?」
「ううん、大丈夫」
「やっぱ家に戻ったほうがいいんじゃねぇの?」

 何気なく告げた。
 それはお互いになんとなく切り出しにくくなっていた話題だった。
 自宅に帰る気配のない居候。なにか事情があるんだろうと察してはいたが、不便にも限界があるだろう。
 敬太としては親切で言った言葉だったが、マツリは思いがけず強く反応した。

「いやだ」
「え」
「敬太さんのところにいたい……だめ?」

 わざとやっているのだろうか。
 小首を傾げて、捨てられそうな犬みたいに悲しげにされると拒めない。敬太は苦笑するしかなかった。
 あのボロ家の居心地がいいとは到底思えないが、もしかすると見た目よりマツリ自身も貧乏暮らしなのかもしれない。
 そういうことななら、家賃や光熱費を敬太が払うことが保証されている居候暮らしは気楽だろう。

「もしかして水道が止まってうちに転がり込んだとか?」
「い、いやそんなんじゃ」

 貧乏暮らしの敬太でもさすがに最後の生命線である水道は止まったことがない。
 完全なカマかけだったが、首を振って否定をするマツリがなんだか必死な気がして、敬太は意地悪い笑みを抑えられなかった。

「慌てるのが怪しいな……まぁいいさ、電気ガス水道くらいは遠慮なく奢られてろよ。あとスイーツ代もな」

 見目の良い年下の、細身のスーツをびしっと着こなす男が、時間経過と共にボサついてくる前髪を抱えて水道の止まった部屋に立ち尽くす光景は、思いの外楽しい想像だった。
 敬太はとうとう声を上げて笑い、マツリは恥ずかしそうに敬太の後についてくる。
 あの日憔悴していたのは、本当に公共料金の支払いができなかったせいなのか。
 本当はどこに住んでいるのか。
 帰らなくていいのか。
 問い質したいことはいくつもあったが、敬太はそのすべてに蓋をした。
 久しぶりに食べたクレープ生地は頼りないほど柔らかくて、ホイップクリームは胸焼けしそうなくらい甘かった。
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