勇者は体に悪い

キザキ ケイ

文字の大きさ
9 / 14

09 かっこよすぎてダメ

しおりを挟む
「勇者御一行を確認しました。第三関所から北上中、数は5人。こちらが直近の詳細データです」
「ありがとう。やっぱり人数を増やしてきたね。彼女たちは間に合わなかったか……」
「戦闘員および非戦闘員、全員退避完了しております」
「わかった。きみも早く避難を」
「私はどこまでも魔王様と共にいきます」

 思わぬ言葉に足を止め、斜め後ろを振り返る。
 普段は僕を敬う素振りもそこそこに、からかったり言葉でチクチク刺してきたりするばかりの側近は、感情を窺わせないいつも通りの様子で立っている。
 強くて立派な魔王のふりをする、弱くてヒョロくて臆病な僕を支えてくれる、優秀な側近。
 魔族を討つために送り込まれる勇者など、文官の彼にとっては恐怖でしかないだろう。今すぐ逃げ出したいはずなのに。

「……ありがとう。ただし玉座の間には入らないように。わかってるね」
「心得ております。ご武運を」
「うん」

 長く引きずるマントを捌きながら歩き、重い扉を押し開ける。
 いつもは制御している魔力の放出を今日は抑えない。
 髪留めから靴までジャラジャラついている魔王専用装備の数々が、魔力と存在感を増大させる。
 気配を追って、勇者たちは真っ直ぐここに来るはずだ。
 予想通り、僕が座り心地最悪の玉座に腰掛けてほどなく、ばたばたと廊下を走る複数の足音が聞こえてきた。

「見つけたぞ、貴様が魔王だな!」
「そうだよ。別に隠れてないけどね。ようこそ魔王城へ、人間の勇者様」

 ほとんど定型になっている言葉を述べて、足のつかない玉座から降り立つ。
 到着の一報からそこそこ経ってる。迷子になっちゃったのかな。魔王城広いからね。
 勇者たちはすでに臨戦態勢だ。
 一方僕の方は余裕たっぷりに、ゆっくりお辞儀して見せた。
 前の勇者と対峙したときはフサフサのヒゲがあったけど、今は毎朝ツルツルに剃らされているのでちょっと心許ない。
 その分、精一杯憎たらしく見えるように片頬を歪めて微笑む。
 昨日鏡を睨みながらたくさん練習した魔王スマイルだ。
 一夜漬けのしろものだけど、勇者たちはうまいこと憎悪を煽られてくれたらしい。

「魔王、諸悪の根源……人間界に蔓延る魔族たちを今すぐ引かせろ!」
「たしかに僕は魔王だけど、諸悪の根源と言われるほどじゃないよ。それに人間界で暮らしている我が同胞たちは、好きでそこに住んでいるんだ。特別な理由もないのに居住地の自由を制限するわけにはいかない」

 魔族と人間の仲は良くないけど、どちらにも例外はいる。
 人間を伴侶に迎え魔界で生きるもの、逆に人間界に根を下ろし人間を慈しむもの。
 交易や旅行のために人間界を訪れ、現地のなにかに魅了されて帰ってこなくなる魔族は毎年何人かいる。
 彼らが帰還しない理由(魔王城調べ)は、人間に惚れたが1位、人間界の食べ物に惚れたが2位。人間界への侵攻目的などではない。

「勝手なことを……おまえらのせいで俺たちの国は、村は……!」
「僕たちは侵攻なんてしてないし、きみの故郷は無事だよ。きみの住んでいた村に魔人が立ち寄った記録はない」
「なっ……貴様、俺のことを調べたのか!?」

 勇者というのは反応が同じなんだなぁと思いながら、ふと妙に饒舌な勇者を見下ろす。
 彼の瞳は怒りに燃えていたが、自我を奪われ洗脳状態にあったこれまでの勇者とはどこか違う気がする。
 とてもよく喋るし、感情表現も豊かだ。憎しみだけに突き動かされていない。
 洗脳が甘いのかもれない。────これは危険だ。

「おしゃべりはここまでだよ。きみたちは僕を倒しに来たんだろう? さぁ、かかってきなよ」

 勇者が自力で洗脳を解こうとすれば、彼の……リカルドの前の勇者の二の舞になる。
 洗脳が解ければ戦意が消え、失敗判定として呪縛が発動し、魔王を巻き添えに自爆しようとする可能性が高まる。そうなれば彼らを救うすべはない。
 わざと隙だらけに見えるように腕を広げ、ことさらにゆっくりと階段を降りて勇者の前に立ちはだかる。
 同じ高さになると身長の低さがバレるので一段上で止まっておく。

「魔王……今ここで、倒す!」

 予想通り勇者が向かってきた。
 後ろに控えている勇者の仲間たちも各々武器を構えている。
 剣先が、魔法が、僕のもとへ届くその瞬間────黒い閃光が僕たちを引き裂いた。

「なっ……! 新手か!?」

 勇者が飛び退り距離を取る。
 僕は演技も忘れ、現れたものをぽかんと見つめた。
 元勇者────リカルドだ。それはわかる。
 しかし姿が違いすぎる。
 勇者として僕の前に現れたときの彼は、金属プレートを組み合わせたいわゆる軽鎧と呼ばれる装いだった。
 今の彼は、黒……いや深い青の重鎧装備だ。
 複雑精緻に組み上げられた濃紺の金属は、不思議と眩く白い光を放つ。形状は実用的でありながら金のラインで縁を装飾され、ところどころに魔王城の紋章が彫り込まれている。
 兜こそないものの、重厚なその姿はまさしく、魔王を守る騎士……黒騎士だ。

(なにそれ……かっこよすぎない?)

 勇者の一太刀を防いだ鋼の剣を振って、リカルドが僕の前に立ちふさがる。
 ちらとこちらへ寄越された黄金色はいつもの彼の優しい眼差しで、僕の心拍数がぎゅんと上昇した。
 しかし僕以上に動揺したのは、対峙する勇者たちだ。

「おまえまさか……人間なのか?」
「そうだ。愚かな勇者ども」
「なぜ人間のおまえが魔王を庇う! なぜ俺たちに剣を向ける!?」

 リカルドの背越しに勇者たちを覗き見ると、彼らは大いに焦っていた。
 恐らく勇者の呪縛に含まれた、同士討ちや人間同士の争いを防ぐための防衛機構が働いて、リカルドに敵対できないことに戸惑っているんだろう。

「あんたまさか……リカルド?」

 そのうち、剣を構える勇者の後ろにいた仲間の一人が彼の正体に気づいた。
 青褪めて名を呼ぶ女戦士に、リカルドはぞっとするほど冷たい目を向けている。
 勇者たちは更に混迷を深めた。

「リカルドって、俺たちと一緒に聖教会で勇者を目指した、あの?」
「そんな……じゃあこの黒騎士は、前の勇者?」
「でも彼は死んだんじゃ……だから僕たちが新しい勇者に選ばれたんじゃなかったの?」
「生きていたんだ……でも、あの姿……」
「勇者が魔王の手に堕ちた!」

 勇者一行が恐慌状態に陥りかけたときを見計らっていたのだろう。
 リカルドは剣を芝居がかった仕草で真っ直ぐ掲げ、不敵な笑みを浮かべてみせる。

「俺がいる限り魔王には指一本触れさせん。偽りの勇者ども、せいぜい逃げ帰り、聖教会ママに泣きつけ」

 振り下ろされた剣から凄まじい風が発生し、勇者たちは半ば吹き飛ばされながら後退した。
 リカルドの魔法適正はそれほど高くなかったけれど、渡した腕輪の魔力強化と上手く噛み合ったのか、風魔法はなかなかの威力が出るようになっている。
 ついでに僕の方で、より禍々しい印象を与えられるように黒い靄を出してみた。
 勇者たちにとっては、恐ろしい闇のオーラを放つ黒騎士が魔王の前に立ちはだかり、威圧しているように見えるだろう。

「い、一時退却だ……!」

 分が悪いと悟った彼らは、後ろを警戒しながらも一目散に魔王城から出ていった。
 予想が当たったことにほっと胸を撫で下ろす。
 彼らはリカルド相手では、聖教会から付与された勇者の強化能力を振るうことができないと結論が出た。
 人間の敵対者というイレギュラーのおかげか、勇者の呪縛が悪さをすることもなかったようだ。
 相対するものが魔族では決して成し得なかった平和的な勝利。
 たとえ時間稼ぎにしかならなくても、勝ちは勝ちだ。

「大丈夫か、魔王」

 勇者たちのいなくなった玉座の間で、リカルドが振り返る。
 その姿は伝承にある魔王の黒騎士そのもので、僕は直視できずに俯いた。

「かっこよすぎてダメ……」
「そうか、良かった」

 なんにも良くない。
 なのに彼が機嫌良く笑うものだから、僕も安心して力が抜けて、笑うしかなかった。
 結局何もしなかった僕はなぜかやたらと疲れてしまっていて、ふらつく体をリカルドが支えてくれる。
 そこへ、別室で待機していた側近たちがなだれ込んできた。

「魔王様! ご無事ですか!」

 筆頭はもちろん最側近の彼だ。
 僕の姿を頭の天辺からつま先まで見て、リカルドにしがみつくように立っている僕を見て……いや、向こうも僕を支えてくれているのだから、これは抱き合っているように見えるだろうか……。

「ご無事で何よりです。でもイチャつくのはここ片付けてからにしてくださいね」
「い、イチャついてなんかないです!」
「後でならいいのか?」

 慌てて距離を取ろうとする僕と、頓珍漢なことを口走る黒騎士に、側近はとても面倒くさそうな顔をして溜め息を吐き出したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷酷無慈悲なラスボス王子はモブの従者を逃がさない

北川晶
BL
冷徹王子に殺されるモブ従者の子供時代に転生したので、死亡回避に奔走するけど、なんでか婚約者になって執着溺愛王子から逃げられない話。 ノワールは四歳のときに乙女ゲーム『花びらを恋の数だけ抱きしめて』の世界に転生したと気づいた。自分の役どころは冷酷無慈悲なラスボス王子ネロディアスの従者。従者になってしまうと十八歳でラスボス王子に殺される運命だ。 四歳である今はまだ従者ではない。 死亡回避のためネロディアスにみつからぬようにしていたが、なぜかうまくいかないし、その上婚約することにもなってしまった?? 十八歳で死にたくないので、婚約も従者もごめんです。だけど家の事情で断れない。 こうなったら婚約も従者契約も撤回するよう王子を説得しよう! そう思ったノワールはなんとか策を練るのだが、ネロディアスは撤回どころかもっと執着してきてーー!? クールで理論派、ラスボスからなんとか逃げたいモブ従者のノワールと、そんな従者を絶対逃がさない冷酷無慈悲?なラスボス王子ネロディアスの恋愛頭脳戦。

中年冒険者、年下美青年騎士に番認定されたことで全てを告白するはめになったこと

mayo
BL
王宮騎士(24)×Cランク冒険者(36) 低ランク冒険者であるカイは18年前この世界にやって来た異邦人だ。 諸々あって、現在は雑用専門冒険者として貧乏ながら穏やかな生活を送っている。 冒険者ランクがDからCにあがり、隣国の公女様が街にやってきた日、突然現れた美青年騎士に声をかけられて、攫われた。 その後、カイを〝番〟だと主張する美青年騎士のせいで今まで何をしていたのかを文官の前で語ることを強要される。 語らなければ罪に問われると言われ、カイは渋々語ることにしたのだった、生まれてから36年間の出来事を。

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

記憶を失くしたはずの元夫が、どうか自分と結婚してくれと求婚してくるのですが。

鷲井戸リミカ
BL
メルヴィンは夫レスターと結婚し幸せの絶頂にいた。しかしレスターが勇者に選ばれ、魔王討伐の旅に出る。やがて勇者レスターが魔王を討ち取ったものの、メルヴィンは夫が自分と離婚し、聖女との再婚を望んでいると知らされる。 死を望まれたメルヴィンだったが、不思議な魔石の力により脱出に成功する。国境を越え、小さな町で暮らし始めたメルヴィン。ある日、ならず者に絡まれたメルヴィンを助けてくれたのは、元夫だった。なんと彼は記憶を失くしているらしい。 君を幸せにしたいと求婚され、メルヴィンの心は揺れる。しかし、メルヴィンは元夫がとある目的のために自分に近づいたのだと知り、慌てて逃げ出そうとするが……。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。

置き去りにされたら、真実の愛が待っていました

夜乃すてら
BL
 トリーシャ・ラスヘルグは大の魔法使い嫌いである。  というのも、元婚約者の蛮行で、転移門から寒地スノーホワイトへ置き去りにされて死にかけたせいだった。  王城の司書としてひっそり暮らしているトリーシャは、ヴィタリ・ノイマンという青年と知り合いになる。心穏やかな付き合いに、次第に友人として親しくできることを喜び始める。    一方、ヴィタリ・ノイマンは焦っていた。  新任の魔法師団団長として王城に異動し、図書室でトリーシャと出会って、一目ぼれをしたのだ。問題は赴任したてで制服を着ておらず、〈枝〉も持っていなかったせいで、トリーシャがヴィタリを政務官と勘違いしたことだ。  まさかトリーシャが大の魔法使い嫌いだとは知らず、ばれてはならないと偽る覚悟を決める。    そして関係を重ねていたのに、元婚約者が現れて……?  若手の大魔法使い×トラウマ持ちの魔法使い嫌いの恋愛の行方は?

騎士団長の秘密の部屋に匿われています!?

krm
BL
王子なのに魔力が異端!?式典中にまさかの魔力暴走を起こした第三王子アストル。地下室に幽閉されそうになったその時、騎士団長グレンの秘密の部屋にかくまわれることに!けれどそれは、生活感ゼロ、無表情な騎士とふたりきりの、ちょっと不便な隠れ家生活だった。 なのに、どうしてだろう。不器用なやさしさや、ふいに触れる手の温もりが、やけに心に残ってしまう。 「殿下の笑顔を拝見するのが、私の楽しみですので」 「……そんな顔して言われたら、勘違いしちゃうじゃん……」 少しずつ近づいていく二人と、異端の魔力に隠された真実とは――? お堅い騎士×異端の王子の、秘密のかくれ家ラブコメディ♡

処理中です...