勇者は体に悪い

キザキ ケイ

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13 責任、取らせていただきます

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「勇者を返せ、ということかな」
「え、えぇ。かの者は貴国にとって厄介な存在でしょう。魔王殿に牙を剥き捕らえた、言わば捕虜のような扱いになっているのでは?」
「しかし先の勇者襲撃の際には、肉の壁として十分な働きをしてくれたものでもある。こちらとしては彼を今後も『運用』し、厚遇していくつもりはあるのだがね」
「そんな危険分子をわざわざ抱え込む必要はないのではありませんか? 彼は私どものほうで適切に処理いたしますので……」
「……ふぅん……」

 停戦交渉と呼ぶにはあまりにも上下関係のはっきりした会談風景。
 僕は玉座にふんぞり返り、肘掛けに半ば凭れかかって階下を見下ろしている。足がつかないことをカムフラージュする意味合いもあり、偉そうに足まで組んでいる。いわば相手を舐め腐った態度だ。
 一方、人間の特使は王と聖教会からの使い数名。
 主にしゃべっているのは年嵩の司教らしき人間で、聖教会の者だ。
 司教はかろうじて私情を隠して僕を見上げているけど、後ろに控えている付き人たちは憎しみを隠しきれないらしい。未熟なことだ。
 彼らは恐らく全員が勇者の呪縛や洗脳についても知っていて、それら非人道的な行いの分析などされたら困るという意味で勇者の身柄返還を請うている。
 僕が勇者を引き渡せば、彼は即座に「処理」されるだろう。
 ……反吐が出る卑劣さだ。

「貴殿らがお求めの捕虜というのは、これのことだろう?」

 僕はもったいぶった動作で玉座から立ち上がり、杖をドンと床に突いて威嚇、本来は必要のない指パッチンで転移魔法を発動した。
 転移といっても隣室に控えていたリカルドを僕の前、玉座の一段下に移動させただけだけど。
 しかし人間の魔力量では実現不可能とされる生体の転移魔法に、司教たちはざわつく。
 リカルドには例の、勇者撃退用装備を着せてある。
 新勇者と戦ったときには被っていなかった兜もつけさせた。表情を隠すためだ。
 あとは本人に、指示があるまで動くなとか、できるだけ無気力な感じで立ってろとも指示してある。
 人間たちの目には、哀れ敵の兵装を身に着けさせられ、何らかの魔法によって自由を奪われ糸を切られた傀儡のように見えていることだろう。

「こちらとしても人間など不要だし、返してやりたいのは山々なのだが……これは便利でな」

 勇者の背後に立ち、抱きかかえるようにしなだれかかって鎧をなぞってみせる。
 リカルドが装甲の中でぴくりと反応し、こちらに振り返ろうとしたので慌てて「そのままで」と囁いた。
 今僕は特使たちの前で、380年の魔人生で一番の大芝居をうっているところなのだ。

「貴殿らが承知かどうかわからんが、この勇者とやらにはいくつも魔法が掛けられていたのでな。捕らえた後、諸々『解析』したのだ」

 いかにもエグい人体実験をしたかのような言い方をすると、人間たちは気色ばむ。面白いように煽られてくれた。

「我が国の勇者になんてことを……!」
「まぁ聞け。実は研究はあまり上手くいかず、すぐに中止させたのだがなぁ……失敗の弊害か、今この勇者とやらには、元々掛かっていたのとは逆の効果の魔法が発動しているのだ」
「……逆?」

 僕が勇者を離してやると、黒い鎧はゆっくりと動き始めた。
 兜の隙間から覗く虚ろな目は魔族を映さず、目指すのは目の前の人間だけ。
 その首を落とし生命を奪うことだけが、彼の存在理由になってしまったのだと、必要以上にもったいぶって告げる。

「だからほら、貴殿らも早く逃げた方がいい。勇者の剣の切れ味を身をもって知りたいのなら、止めないが」
「う……うわぁあああっ!」
「逃げろっ!」

 剣を抜きゆっくりと階段を降りる勇者に、司祭たちは泡を食って一目散に逃げていった。
 僕と勇者と側近数名のみが残された玉座の間に静寂が戻る。
 それを破ったのは、側近の堪えきれない笑いだった。

「ふ……っ、はは、あははは。魔王様見ました? さっきの司祭の恐怖に歪む醜い顔と言ったら」
「こら、そんなこと言わない。たしかにちょっと、いやかなり笑えたけど」
「魔王様よく笑わないでいられましたね。演技も完璧でしたよ」
「はぁ……すごく緊張したよ」

 玉座に足と杖を投げ出して座ると、勇者が戻ってきて跪いた。

「ジス」
「あぁリカルド、お芝居ご苦労さま。とても上手かったよ」
「だが、あいつらは停戦交渉のための使者でもあったはず。勇者の身柄を渡さないどころか、怯えさせてしまっては」
「魔界の不利益になるって?」

 気まずそうに頷くリカルドに僕は笑みを返した。
 彼にとってはなんの縁もない魔界のことまで心配してくれるなんて、心根が優しいにもほどがある。さすが僕が惚れた男だ。

「大丈夫だよ。元々、彼らが勇者という少数精鋭を極秘に魔界へ放っていたのは、魔界への侵攻が国民の支持を得られていないからなんだ」
「どういうことだ?」

 兜を取ったリカルドの頭をのんびり撫でながら、僕は現在の人間界と魔界について説明した。
 人間界に移り住んだ魔族は、基本的には自分の興味欲求の対象のみと関わり、他の人間を不必要に怯えさせないようひっそりと生きている。
 しかし伴侶に選んだ相手が貴族だったり、良好な関係で人間と交易をする魔人もいて、そういう形で魔族と関わった人間は魔族に好意的となる。
 その意識が長い年月をかけてじわじわと人間界に浸透し、今や王侯貴族の血筋にも一定数の親魔界派が存在している。
 たとえ最高権力者の王が望んでも、彼らを無視して一方的に魔界侵攻を推し進めることはできない。
 だから苦肉の策として、秘密裏に育成した対魔族戦闘特化の戦士を「勇者」と呼び、少数精鋭で魔王を討ち、魔界の混乱に乗じて隣国の鎮圧という名目で派兵する……彼らの思惑はそんなところだ。

「それなのに彼らは今、勇者に対する非人道的な処置が問題になって追い詰められている。まだ洗脳を施していない勇者予備軍たちだけなら言い逃れできるけど、呪縛や洗脳の痕跡を残したまま魔王に捕らえられたきみリカルドを証拠として押さえられたらそうもいかない。でもきみは帰らないつもりだし、特使と一緒に魔王城に忍び込ませた刺客は倒されちゃったし、もう八方塞がりってわけだ」
「刺客まで放っていたのか……」
「そのようだね。まぁ、長年魔族と戦うために鍛えられてきたきみたち勇者だからこそ僕らに刃が届くのであって、ちょっと強いだけの人間なんて側近たちでも制圧できるけど」

 そう言われて、得意げに微笑みながら会釈した側近たちをリカルドはちらりと見た。
 文官といえど彼らだって全く戦えないわけじゃない。
 魔王城の、魔王の傍に控える魔人というものは大体超がつくエリートなのだ。ポッと出の魔王の僕と違って。

「きみのことは僕が魔法で守ってるから刺客は手を出せない。魔王を直接狙うのも難しい。たとえ彼らが僕を暗殺できたとしても、次の魔王はもう決まってるから混乱なんて起きない。いつ僕が退位してもいいように手配はしてる」
「俺たちの上の連中は、想像以上に間抜けなんだな……」
「あはは。そう気を落とさずに。もう関わり合うこともないよ」

 人間界ではすでに王とその周辺、および聖教会の上層部を相手にクーデターの動きが広がっている。
 リカルドの仲間である二人が主導しているようだから、血なまぐさい政変にはならないだろうが、腐った上層部のお歴々が無事で済むこともないだろう。
 リカルドも僕も、彼らに会うことは二度とない。

「彼らもリカルドを連れ戻すのは諦めるだろう。きみは自由だ。……これからどうする?」

 人間界に戻すことはできなくなってしまったが、それ以外なら彼は自由に過ごせる。
 僕が後見人につけば広い魔界のどこへだって行けるし住める。仕事も斡旋してあげられるし、望む相手と結婚もできる。

「僕としてはできれば、僕の目の届くところに住んでてほしいけど」
「……何を言ってるんだ? ジス」
「え? だからきみのこれからの生活の話を、」

 心底不思議そうに首を傾げるリカルドにつられて、僕も首を傾げる。

「俺の居場所はおまえの傍だし、俺の仕事はおまえを守る黒騎士とやらだろう。伴侶を持つとしたらおまえ以外に誰がいるんだ」

 鎧の小手に覆われたリカルドの手が痛いほどの力で僕の肩を掴まえて、それが絶対に離さないと言われているかのようで。

「今更手放そうなんて許さない。責任取って傍にいろ。俺は、おまえの真名を尋ねたときから覚悟している────ジウェルギウス」

 触れるのは冷たい鉄の塊なのに、僕の体はどんどん熱くなって、顔も真っ赤に染まってしまった。
 確かに好きだと言われたし、言ったけど、この先もずっと一緒にいられるなんて思ってなかった。若い彼の気の迷いとか、寝たら幻滅されたんじゃないかとか、悪い方向にばかり考えてた。
 非モテ童貞処女の380年モノだ。
 当然プロポーズされたことなんてない。

「……責任、取らせていただきます……」
「よし」

 責めるようなことを言うのにリカルドの笑みは太陽のように明るく、喜びに溢れていた。
 触れ合った唇も熱くて、なんだか現実味が薄い。

「というわけで早速だが魔王は早退だ」
「えっ」

 リカルドにひょいと抱え上げられ、僕は目を丸くした。

「さっきジスにエロく触られたときから限界だった。責任取れ」
「え、あ、責任ってそういう?」
「それも、だ。使者は帰ったし今日はもう終わりだろ。行くぞ」

 抱きかかえられて玉座の間を退場する魔王を、側近たちは生ぬるい視線で見送るしかない。
 魔界では、強者であるほど多くの権利を持てる。
 最強と謳われる魔王を説き伏せて連れ去る男になど、この場の誰も勝てない。
 そういう名目で魔王の早上がりを黙認した側近たちは、ようやく訪れた魔王の春にひっそりと祝杯を捧げたという……。



おわり
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