悪役令息になった俺は、殺人兵器と呼ばれる男に溺愛される。

飯田 いち太郎

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薬草屋と狼

 休日の朝。俺は、食卓に用意された朝食───焼きたてのパンと野菜のスープ、白身魚のムニエルを平らげると、ナプキンで口元をぬぐった。

 俺と数人の召使いしかいない屋敷の中は、いつもより静かで、どこか気が抜けてしまう。

 父は今日、海外の商人と取引があるとかで、早朝から姿を消していた。

 つい先日、息子が暗殺されかけたのに、目先のお金のことを最優先にするとは、ある意味尊敬できる。

 刺客に遭遇したあの日、帰った直後も、父は俺の心配よりも、渡したお金が盗まれていないかをとても気にしていた。

 その様子に少し笑ってしまったが、人間としてどうかと思う。

「・・・よし!」

 俺は、今日もまた、王都へ小遣い稼ぎに出かける予定だ。とはいえ、貧弱なこの身体では、大金を稼ぐことなど不可能に近い。

 魔法を使えばそれなりに稼げるのだが、暴走させる恐れがあるため、ごく稀にしか使わない。

 いつもは雑用仕事がメインだ。

 今回は、月に何度かお邪魔している、薬草屋へ向かう予定の日。

 稼いだお金で、今度は護身用の短剣でも買おうかな。と、そう思って門を出ようとした時、丁度屋敷へ来ていた配達員から、手紙を渡された。

 その手紙は

 ───レークからだった。

 内容を小さく口に出して、読み上げる。

「本日、王都へ向かわれるのであれば、護衛として同行させていただけますか、ね・・・。」

 丁寧な文体に、真面目な筆跡。意外と律儀なやつだ。これで何通目だろうか。

「まったく・・・アイツ、日常に干渉しないって条件、もう忘れているな。」

 溜め息まじりに呟いて、俺は手紙を乱暴に鞄へ押し込んだ。





───休日の王都は、いつも通りの賑わいを見せていた。馬車が行き交い、露店の客引きが元気よく声を張り上げている。

 しかし、今回の行き先は、王都の外れ。中心部からは離れた場所で、人通りも少なく、静かな街並みが広がる区域だ。

 いつもなら、少し寄り道をしてお菓子を買ったりするが、今日はそんな気分じゃなかった。

 足を進めると、活気に溢れた通りの音が遠のき、代わりに木々が風に揺れる音や、小鳥のさえずりが耳に届くようになった。

 王都の外れは、まるで別世界だ。

 人の気配もまばらで、空気が少しひんやりしている。足元の土道には、風で落ちた葉が散らばり、小さな草花が咲いていた。

 その静けさに、少しだけ肩の力が抜けた気がした。





「リゼさーん、手伝いに来たよ!」

 木製の扉を勢いよく開けると、薬草の乾いた香りがふわりと鼻をくすぐった。

「おやおや、ユリィちゃん。今日も可愛いねぇ。」

 薬草屋の店主であるリゼさんは、白髪混じりの赤髪を、お団子にしてまとめた、年配の女性である。

 腰が曲がりつつも、まだまだ元気で、穏やかな笑みを浮かべて迎えてくれた。

「その呼び方やめてって、何度も・・・。」

 呼ばれ慣れていないその愛称に、顔が熱くなってしまい、つい目を逸らす。リゼさんはそんな俺を見て、柔らかく笑った。

「ウルフは元気?」

 ふと思い出して尋ねると、リゼさんの表情が少しだけ曇った。

「それがねぇ、今は山に帰っちゃってて・・・しばらく顔を見てないの。」

「そっか・・・。」

 ウルフとは、銀色の毛並みを持つ、賢くて優しい狼のことだ。

 俺が勝手に名付けたその名前を、ウルフ自身も気に入っているらしく、名前を呼ぶと、飛び跳ねて傍に擦り寄ってくる。

 狼だから、ウルフ。我ながら単純すぎるネーミングだなと思う。

 ウルフと偶然出会った日、そのときの記憶は、今でも鮮明に覚えている。





───二年前。

「薬を作ろうにも、どれもこれも、材料が高くてねぇ。・・・特に、これがねぇ。」

 そう言って、リゼさんは大きな薬草図鑑を見せてくれた。彼女が欲しがっていたのは、漫画のタイトルにも使われている“黄金の花”だった。

「・・・黄金の花。」

 その花はあまりに繊細で、栽培には向かない。だからこそ、手に入れるには、山奥にひっそりと自生しているものを見つけるしかなかった。

 どうにかして、手に入れる方法はないだろうか。そんな思いが、俺の中で静かに芽生えていた。

───そして、数日後。彼女に内緒で採集しに行こうと、俺はひとりで山へと向かった。

 以外にもあっさりと花は見つかり、何本か採集していた時のこと。

 山の頂上から、魔物のけたたましい音と、何かの唸り声が、風に乗って聞こえてきた。

「魔物・・・。」

 緊張しながら木々の合間を掛け抜けていくと、そこで見つけたのは、全長数十メートルはある巨大な魔物───緑色の、竜だった。

 血だらけで白目を向いた竜は、息をしておらず、その体には無数の切り傷があった。恐らく、何者かの手によって仕留められたのだろう。

 しかし、竜を倒せる人間なんて、そうそういない。この国の騎士団ですら、総力を挙げて戦っても勝てないだろう。

 竜をまじまじと観察していると、その傍に、銀色の毛を、泥にまみれさせて倒れ込む狼を見つけた。

「大丈夫か!」

 思わず駆け寄った俺に、鋭い金色の瞳が向けられた。けれど、その目は俺を威嚇する訳ではなく、じっとこちらを見つめていた。不思議と安心する、優しい眼差しだった。

「よしよし、今手当てするから。」

 土魔法で運搬用のソリを作り、狼を乗せてリゼさんの店まで運んだ。

 扉を叩くと、リゼさんが顔を出し、大きな狼を見て驚愕した。

 事情を説明し、狼の怪我を診たリゼさんは、回復ポーションをたっぷりと使い、手際よく手当てをしてくれた。

 分からず屋の父がいる屋敷では飼えないため、俺はこっそりお金を払い、リゼさんの店で狼を・・・ウルフの面倒を、見てもらうことにした。

───そうして、何日も薬草屋へ通いながら世話をするうちに、俺とウルフの距離は少しずつ縮まっていった。

「ふはっ、可愛いな。」

 元々、俺は動物が大好きなので、ウルフと出会えたのは幸運なことだった。

 前世ではアレルギーで動物を飼うことはできなかったし、今世は父が金の無駄だと言って、飼育を許してくれなかったので、こうやって触れ合えるだけでもとても嬉しい。

「どうした!よそ見してるとちゅーするぞ!」

 そんなウルフは、たまに耳をピクピクさせて、辺りを警戒する癖がある。まるで、敵がいないかを確認しているようで、ちょっかいを掛けたくなってしまう。

「んー!」

 不意をついて、手や足、頬などにキスをする。

 軽くキスをする度に、ウルフはいちいちビクッビクッと体を小さく震わせて、身体を丸めようとしてくるのだ。それが、何だか恥ずかしがっている子供みたいで、面白かった。

「あはは、こっちにもちゅーしよっか?」

 冗談で口に指を押し当てると、ウルフは驚いてガバッと後ろへ後ずさった。

───そんな恥ずかしがり屋なウルフは、徐々に俺の真似をするようになり、顔を寄せてきたり、頬に鼻先を押し付けてくるようになった。

「・・・早く元気になれ。」

 その願いが届いたのか、ウルフは驚くほどの速さで回復し、それからは山と王都の間を自由に行き来するようになった。





「───おや、帰ってきたみたいだねぇ。」

 リゼさんの声に顔を上げると、扉の向こうに、見覚えのある銀色の影があった。

「ウルフ!」

 扉を開けて駆け寄り、その大きな体に、真正面からぎゅうっと抱きつく。柔らかい毛並みと、懐かしい匂いに包まれて、自然と笑みがこぼれた。

 思わず目を閉じて、その感触に身を委ねる。

「どこ行ってたんだよ、寂しかったんだからな・・・。」

 しがみついたまま顔を上げると、ウルフが静かに、まるで吸い寄せられるように、顔を近づけてきた。

───そして

 その口が、ちゅっ、と俺の唇に触れた。

「・・・んっ。」

  軽く触れただけのそのキスに、体がびくりと反応する。目の前には、表情の読み取れない瞳で、じっとこちらを見上げるウルフの顔があった。

───今のって、キス?

「ど、どうしたの・・・?」

 唇をそっと指で押さえて、戸惑いながら問いかけると、ウルフはふいに、俺の手を前脚で押しのけて・・・

 再び、そっと唇に、口づけをしてきた。

「んんっ・・・。」

 思わず変な声が漏れてしまって、顔が熱くなる。

 ウルフは耳をぺたんと寝かせて、気まずそうに視線を逸らした。恥ずかしそうにするその仕草が可愛くて、胸がぎゅっと締め付けられる。

「もしかして・・・ちゅーして欲しかったり?」

 冗談めかして言いながら、くすっと笑う。ウルフと会うのは一ヶ月ぶりだから、寂しかったのだろう。

 俺はウルフの首元に腕をまわし、そっと唇を寄せていった。

「ん。」

 ほっぺに。

「んっ。」

 額に。

「・・・っん。」

 そして、口元に。

「あはは、俺のファーストキス、ウルフとだ。」

 そう笑った瞬間、突然ウルフがビクリと飛び跳ねて、本棚に思いっきり体をぶつけた。上の棚に積んでいた本が一斉に崩れ落ちて、ドサドサとウルフの上に降り注ぐ。

「うわっ、大丈夫か!?」

 慌てて駆け寄ると、ウルフは頭を本の山に突っ込んだまま、ピクリとも動かなかった。

「リゼさん・・・ウルフ、昔の俺の真似をして、キスしてきたのかな?」

 そう言うと、ウルフのしっぽが、ぴくん、と、一度だけ揺れた。

「ふふ、そうかもしれないねぇ。愛だねぇ。」

 俺はウルフの背中をあやすように撫でると、やっとのことで本の中から顔を上げてくれた。じっと顔を覗いてくるその瞳は、どこか寂しそうで、でもどこか嬉しそうで───何か言いたげな目をしていた。

「ふふ。今日はポーションを作るから、お手伝いお願いねぇ。」

 背後から声をかけたリゼさん。俺たちの様子を見て、どこか楽しげに笑っている。

「・・・うん!ウルフと一緒に、ね。」

 そう答えながら、そっとウルフの頭に額をくっつけた。暖かいウルフの体温が、なんだか嬉しくて、心がふわふわしてしまう。
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