水野勝成 居候報恩記

尾方佐羽

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激闘 大坂夏の陣

神保隊全滅 勝成の意趣返し

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 大坂夏の陣、昼に始まった茶臼山、天王寺の激闘は、午後三時にほぼ帰趨を決した。

 総崩れになった越前勢を押して水野隊、勝成自身が大坂城桜御門に沢瀉紋(おもだかもん)の一番旗を上げる。続いてなだれ込む関東勢の兵たちの中には松平忠直を筆頭に越前衆が多数追いついていた。
 勝成は桜御門から先には彼らを先に行かせて自隊を留めた。
「忠直がまた叱られるといかんでや。わしもこれ以上先に行くと叱られる」

 勝成はふぅと息をひとつついて空を見た。
 空は青く、清々しい。しかし、間もなく城に火の手が上がった。一帯にキナ臭い匂いが漂ってくる。いよいよか。勝成は家康と秀忠の到着も近いと思い、隊列を寄せる指示を出した。

 しかし、予想外の事態が起こっていた。
「神保勢がまだ到着しておりませぬ」
「何っ、旗を掲げてからしばらく経っとるぞ。誰か知らぬか」と勝成が目をむく。
「後方脇より明石の残党が現れ、そちらにかかっておるかと」
「早よそれを言わんかっ。なぜ殿(しんがり)を任せたんじゃ」と勝成は語気を荒げた。

 勝成は神保隊が殿を勤めていたことをその時初めて知った。聞けば、明石隊と一戦交えた際に進んで殿を担った。そして、それを案じた竹本左門ら家中の者三名がともに付いていたという。
「左門らが付いたならばよいが、戦場では何が起こるか分からん。しかし、なぜ殿に下がったんじゃ。手負いの者がおったんか」
 その時、神保勢の者が二名勝成の前に進み出た。
 連絡役として本隊に付くよう神保に指示されていたのである。
「恐れながら申し上げます。われらが主は、水野日向様に大功を立てていただきたいと、許しを得ず殿に付きました」
 もとよりこの混乱の中、どこに付いたからと言って咎める理由はない。
 勝成は今朝の神保出羽守相茂の姿を思い出していた。

 その気持ちは有り難いことじゃ。しかし、大和衆はもう先陣や殿など危険極まりない場に出しとうなかった。大和の領主をこれ以上犠牲にするわけにはいかんのじゃ。

「許しはともかく、未だ桜御門に至らずはおかしい」と勝成はつぶやく。そして、家中の杉野数馬に斥候を命じた。
「変事あらば狼煙(のろし)を上げよっ」
「承知っ」
 数馬は馬にまたがると急ぎ走り去った。
「それでは、われわれも」と水野隊に同道していた神保隊の二名が申し出た。
「ううむ。様子が分かるまでこちらに留まってはどうか。交戦中であれば甚だ危険」
 勝成は二人を心配して言った。しかし、その二人は勝成に深く頭を下げた。
「やはり、この場は主君に付くがわれらの為すべき道と存じます。水野様には篤くお取り計らいいただき、感謝に堪えませぬ」
 勝成は家臣の心情を十分理解していたので、それを認めた。ただし、何かあったらすぐに戻るように告げ、二人を送り出した。


 数馬は思いのほか早く戻ったが、その報告はまさに驚愕の一言に尽きた。

 神保出羽守相茂以下二八八人は船場口の手前で、明石全登隊の残党と対戦している最中、後から現れた数百を数える伊達鉄砲隊に一斉掃射を受け全滅したのだろうというのである。

 勝成は目を見開いたまま、しばらくものが言えなかった。

「何と……明石隊はほぼ壊滅させたはずじゃ。それほどの残党がおったのか」
「撃たれた者らを見たところ、大半が神保勢かと」
「神保勢だけが、神保らだけが撃たれたと申すか? まさか。手負いでも話せる者はおるんかや?」
「……おりません。全滅です」
 勝成はさらに衝撃を受けた。
「全滅? 全員死んどるっちゅうんか。ばかな、味方の流れ弾が当たることはあっても、全滅するなどありえん」
「……全員、死んでおります」と杉野が困惑の極みの表情を見せる。
「では、左門は、左門らはどうなった」
「じっくりと改めてはおりませんが……神保に同道したわが勢三名も……おそらく」
「……馬はおったか」と勝成は絞り出すように問うた。
「おりませぬ」

 勝成は目を閉じて、しばらくものを言わなかった。一同唇をきつく結んでうつむいている。その背後には神保の二人も従っていた。
「わが勢は敵に向かっているところを背後から撃たれたのです。皆背中を何発も射ぬかれており、息あるものは突かれ……」
 そう喘ぎながら語るが、怒りのあまり幽鬼の形相となっている。あまりの痛ましさに勝成はしばし声をかけることができなかった。

「伊達の非道な同士打ち、必ず何をか報わんでや。しかし貴殿らぁが命を落としては、主君の無念を伝えるものこれなし。ここはどうか、こらえて、生き延びてくれ」
 二人は力無くうなずき下がった。周囲の者もかなりの衝撃を受け、勝成の反応を固唾を飲んで見守った。

 勝成は突然くわっと目を見開き、毅然とした口調で叫んだ。
「皆に申すっ。この件はわしが一身に預かる。このような非道な振る舞い、わしもこのかた経験がない。しかるべく伊達に抗議するで、どうかこらえてくれまい」

 一同は驚いた。勝成の気性からすれば、伊達勢をこのまま見逃すことなどありえないと思っていたからだ。誰かがそれに異を唱えようとすると、勝成は制するように続けた。
「味方の手に掛かり絶命した神保勢の無念、はかり知れず。しかし、敵はあくまでも大坂方、まだ戦が終わったわけではないんじゃ。神保勢の無念、左門らの無念、われらは仇討ちで返すわけにはいかぬ。わしにその恨み、預けてくれぬか」
 一同は、「おうっ」と次々に声を上げた。その声に元気はない。
 そこに現れたのは本多忠政である。水野隊の様子が異様なのを見てとって、何があったのか問うた。話を聞いた忠政も烈火のごとく怒った。
「来る途中、バタバタと倒れとったのは、皆神保勢なのかっ。酷い、これは何をか報いんでいかがする」
 勝成は忠政に丁重に頭を下げた。忠政は直ちに総大将の秀忠に報告すべきだと息巻いている。皆は持ち場に戻ったが一様に沈痛な表情のままである。

 勝重が勝成に近づいた。勝成は兜を直していたが、その顔は涙で濡れていた。
「勝重、父上の決断にいたく感じ入りましてごさいます」
「……三村の親父ならばどうしたろうと思うてな」
「じじ様なら……」
「きっとこうしたじゃろう」

 三村家親が興禅寺で宇喜多勢の凶弾に倒れたとき、親成は家中の動揺を押さえ、何事もなかったかのように迅速に退却した。その例に習ったのである。しかし、今目にしている勝成は血が滲むほどこぶしを強く握りしめている。父は抑えようのない怒りに必死に耐えている。それは勝重が鳥肌を立てるほどの感動を与えた。これ以上無駄な犠牲を払うわけにはいかない、その一心で耐えていたのであった。

 豊臣秀頼、母の淀の方は籾蔵で自刃して果て、戦は終わった。

 そして、関東勢も甚大な犠牲を払うこととなった。勝成は仔細を知らなかったが、家康は五人立てた影武者を全て失うほど押し寄られ、何里も後退しなければならなかった。大将である秀忠も、側につく柳生宗矩、駆けつけてきた黒田長政や加藤嘉明の奮戦がなければ危ないところだった。将の討ち死にも相次いだ。

 勝成は本多忠政とともに使者を通じて秀忠と家康に伊達隊の行為について抗議の意を伝えた。ただ、他にも同士討ちの例、戦列を横切ったものを斬り捨てるなどの事件が起こっていたことを勝成は知った。あれほどの大混戦、全ての事件に罰を与える訳にはいかぬだろう。それに、何らかの処断を下すには伊達政宗は大きすぎる。勝成は無念な結論を自ら導き出さねばならなかった。

 神保隊への同士討ちは問題にされないかもしれぬ。

 だとすると、わしは何をすべきか。
 勝成はしばらく思案し、一つの考えを得た。それは翌日、さっそく実行されることとなる。勝成はこの戦でよく斥侯を務めた杉野数馬を今いちど呼び寄せ、鼓を取り寄せさせた。


 翌朝、伊達勢が大隊を引き連れ陣所から出発してきたところ、突然脇の草むらから鼓の音が響いてきた。一行は足を止めた。すると道の脇に白装束で舞う男と、鼓を持つ男がのそりと現れた。そして朗々とした声で仕舞を始めた。

 「ほととぎす、名をも雲居に揚ぐるかなと」
 「仰せられければ」
 「頼政右の膝をついて、左の袖を広げ、月を少し目にかけて、
  弓張月の、いるにまかせてと、仕り御剣を賜り、
  御前をまかり帰れば、頼政は名を揚げて、
  我は名を流すうつほ舟に、押し入られて淀川の、淀みつ流れ行く末の、
  鵜殿も同じ芦の屋の、浦曲の浮洲に流れ留まって、
  朽ちながらうつほ舟の、
  月日も見えず冥きより、冥き道にぞ入りにける、
  遙かに照らせ山の端の、遙かに照らせ、山の端の、
  遙かに照らせ、山の端の月と共に、
  海月も入りにけり、海月と共に入りにけり」

 伊達勢はしばらくあっけにとられていたが、すぐに近習が刀に手をかけて構えた。
「おぬしら、水野の手の者かっ。何の用じゃ」
 勝成が口上のように朗々と述べる。
「それ、そこの馬はわしのこよなく愛でし檜木なり。家臣竹本左門に与えしが、左門討たれ、馬はそちらが奪いしか。のう、檜木よ」
 馬が高くいなないて答える。
「何っ、とんだ言いがかりを。聞き捨てならぬ」
「笑止っ、われは三河刈屋藩水野藤十郎勝成、今度の狼藉、武士の風上にもおけぬわっ」
 そう言うと、勝成は抜刀し一気に言葉の主を袈裟掛けに切り捨てた。慌てた馬廻衆が綱を引き、別の者が馬に刀を向けた。
「道理は通じぬようじゃ」
 脇から杉野数馬が加勢し、刀を向けた者を一息で突いた。そして背を向けた馬廻衆も勝成が仕留めた。
 じりじりと後ずさりする兵をかきわけて、片倉重綱と伊達政宗が現れた。
「水野殿、戦の余興か」
「いや、馬を返してもらえば、後は用はない」
 そう言うと、勝成は馬を引いた数馬とともに背中を向けて堂々と去っていった。
 片倉が追いかけようとするのを政宗が制した。
「追わずともよい」
「しかし……」
 政宗はつぶやく。
「同じ数を討ち引き返したか。謡い舞い馬を引き、好きなようにやってくれるわ」

 伊達勢から馬と人の件について、幕府への抗議はなされなかった。


 戦の勝敗が決した後、家康は直ちに京の二条城に、秀忠は伏見城に入った。事後の手続きなどのため、諸将は一ヶ月ほど京都に留めおかれることになった。

 勝成が家康に目通りできたのは、五月の半ばだった。秀忠にはすぐに目通りがかない、神保勢が同士討ちに遭った件などについて、本多忠政らと抗議したが、仕舞の件は特に言及しなかった。

 しかし家康はさすがに耳ざとかった。
「頼政の鵺(ぬえ)退治を謡い舞ったそうじゃな」
「ああ、確かに『鵺』じゃ。ご存じでござったか」
「わしは見とらんで、伊達から聞いた」と家康が答える。

「伊達の軍法によれば、横切っておらんでも横切ったとされれば打ち捨てだでや、脇で舞う分には構わんじゃろう。何しろ左門の馬を返してもらわんといかんかったで」
 勝成の皮肉に家康は苦笑した。
 
 伊達の軍法、その一言で神保隊の死は片づけられることになった。
 勝成は馬を取り返す際、綱を放さなかった馬廻ら三人を斬ったが、きっちりと水野隊で同士討ちに遭った者の意趣返しは果たしたわけだ。鵺は神保勢の意趣返し。家康にはおおよその察しはついていた。感心したように勝成の演目について語る。
「源頼政は帝から宝剣を賜り栄達を極め、射られた鵺には塵ほどの尊厳も与えられず、淀川に流されて闇に落ちる。落とされた身で月ほどのわずかな光と救いを求めるその哀れさや。当を得ておるわ。鵺は化け物でもあり、滅ぼされた平氏の姿も重ねておる。おぬしにしてみれば奢る頼政が政宗で、鵺が神保勢か。わしらは源を名乗っておるで、まぁ、いろいろな理にかなった謡じゃ。おぬしにかような才があるとはのう……わしの知る限り、戦の場でそんなことができるのは謙信公、信長公ぐらいだで。政宗もさぞかし毒気を抜かれたじゃろ」

 勝成は軽く頭を下げ、家康をまじまじと見て言った。
「今度の件、本多忠政殿、本多正純殿にもいたく同情頂き、共に抗議して下さったが、伊達への沙汰なしにこれ以上異議は申さぬ。後顧の憂いは残すべきではないと思うておりますからな。しかし、修羅道に在るわしらにも通すべき筋がある。神保はわしらが預かっておったのじゃ。よもや味方から一斉に撃たれるなどとは、腸が煮えくり返って我を忘れましたぞ」
 この件について、私情を吐露したのは初めてだった。
 家康の暗い表情には、神保勢への同情があるように勝成には見えた。
「政宗には申したわ。この件は不問とし、神保勢は立派に戦って散ったと正史に残す。しかし、人の口に戸は立てられぬぞ、とな」
「いかなる理由があろうとも、虫けらのように味方を潰すとは言語道断、同道の将として看過したまま済ますわけにはいかぬ。あれがわしのできる精一杯の抗議じゃ」
「あいわかった」
「しかし、わしも目配りが足りんかった。神保勢のみで動かすべきではなかったんじゃ。許してくれまい」
 素直に詫びる勝成を見て、家康は後ろをふり向いた。そこには、いつか勝成が抱えて持ち去った阿弥陀如来像があった。
「おぬしを伊達勢に付けたのは、間違いではなかったわ。他の者ならこうはいかぬ」
「は?」
「神保勢はまこと哀れなことだで」
「……」
「政宗の吐は読めぬ。大坂方に寝返ろうとしとるのか、功第一で名を上げたいだけか。それともおぬしに反発しただけなのか。全部かもしれぬのう。政宗は油断ならんでや、おぬしもあやつの動きは解せなかったろう。まず万が一、伊達勢が異なる動きをしたら、おぬしが止める」と家康がにやりと笑う。
「わしゃ、楯かいな」
「ああ、伊達を抑えるにはおぬしぐらいの楯でないと」
 勝成は鼻でフン、と息をした。家康は続けた。
「しかし、そう信じたのは正しかったで、よくやった。忠重に見せたかったぞ」
 突然の言葉に勝成は目を丸くした。
 家康には叱られたことしかないので、当然の反応である。
「いや……そうか」
「おぬし、道明寺でも伊達とひと悶着あったで、よく短気を起こさず、逆に兵の志気を上げて真田隊を崩し一番旗を揚げた。おぬしと伊達が激突などしたら、大和方面隊は総崩れ必至じゃ」
「それは、将がすべきことではないで」
「その通り。おぬしは最後まで越前衆の補佐に徹した。一人で突っ走っとった前のおぬしにそんな芸当はできんかったで。まこと見事じゃ。忠重に見せてやりたかったわ。わしの子らぁもこれぐらい立派に育ってくれたらよかったが」と家康がふっと遠い目をする。
「育っておるじゃろう」
 家康は遠い目をした。
「信康、秀康は死に、秀忠は将軍、忠輝は……まあええ」
 伊達の指揮下にいた忠輝が自身をないがしろにしていると家康は感じていた。それがついこぼれてしまう。
「忠輝殿の越後勢は伊達勢の後ろにおった。前に出んよう政宗に言われとったんじゃろ。あれは致し方ないでや」
 家康は寂しげに笑った。
「ああ、分かっとるわ。あやつは舅の言うことは素直に聞くで。まあ、ええ。おぬしには大和郡山をやるようにするで、承知しておけ」

 大和郡山城。
 勝成の脳裏に瓦礫の焦土が蘇る。
 真っ黒になった巨大な城の残骸、生きている者の姿がなく、煙がくすぶる村々。
 そして、あれほど喜んでわしらを迎えてくれた大和衆の面々、神保、奥田、松倉……皆いなくなってしまった。勝成は目をしばたかせていた。

「今度大和口進軍の際、郡山城や街道筋の人家も大分打ち壊されて焼き討ちされとった。わしゃ大和口の将だで、きちんと後始末をせねばなるまい」
 家康の趣旨はきちんと勝成に伝わったようだった。
「さよう、神保のせがれには然るべき処遇をいたすが、この戦の功労者として、おぬしも丁重に弔意を示してくれまい」
「あい、承知」
 家康は微笑んでいた。
「おぬしは立派になった。昔は随分難儀をさせられたで。しかし、不思議と厭な気はせんかった。誰にでも同じようにものを言い、気性荒く、一番でなければ気が済まぬ。そのくせ、バカ正直で人なつっこいゆえ、どこでも一目おかれておる。あの後藤又兵衛もおぬしのように生きておったらよかったが」
「それは、わしの力ではない。わしを守ってくれた人らぁがようけおったからじゃ。又兵衛にはそれがなかった。今はただただ残念じゃ」
「おぬしは何より、戦に駆けながら、その非道をよくわかっておる。わしの子らぁにはそれがない。おぬしのように年を経て己の道を知るのならば救いがある。しかし、はじめから天下があるとそれも望めぬようじゃ」
 勝成は何も言えずに、目の前の老人を見た。疲れ切って目が落ちくぼんでいる。

「いつぞやの金二百枚は帳消しにしてやるで。これからも将軍を助けてやってくれまい」

 勝成は深く頭を下げ、家康の背後の阿弥陀像に手を合わせてその尊顔を拝した。眠る童子のように清らかで、荒れきった心にいくばくかの安らぎが得られるような気がする。だから家康はこの像を肌身離さず置いているのかもしれない。

 二条城を退出したところで、勝成はふうと息をついた。
 全力で戦った二週間だった。
 身体はまだ疲れておりだるかった。わしも五十一、さすがに堪えたのう。七十五の家康には叱られそうだが。
「天下というのは、そういうものなんじゃのう、親父よう」
 勝成は京都の空を見上げて、小さくつぶやいた。
 神保家はその後、旗本衆に取り立てられ、相茂の子は江戸常駐の身となった。領地の池尻には陣屋が置かれ、そのまま代を継ぎ江戸を生き抜いた。奥田家も同様である。


 勝成が家康ときちんと、心ゆくまで話したのはこれが最後だった。
 このしばらく後に、秀忠の在る伏見城で諸将が集められ、論功行賞とともに武家諸法度が申し渡された。勝成には大和郡山藩六万石が与えられた。


 五月の半ばまで、宮本武蔵は茶臼山で遺体の収容を手伝っていた。
 この作業は各藩から出された兵のほか地元民・僧侶・河原者が行っていた。武蔵はみずから名乗ることもせず、黙々と手伝っていた。大きな穴を掘り遺体を納めていく。家康は在地の寺の住職にことわりを入れていたらしい。恐ろしいほど、淡々と埋葬は進んでいる。

 武蔵は数日前にこの地を再訪した時の有様をまざまざと思い出す。

 一帯に広がる、首のない裸の遺体の群れ。鎧甲も鑓も鉄砲も刀も、衣服に猿股すらない。敵も味方も分かるものではない。戦の際に断続的に続いた荒天の後、一気に気温が上がり、遺体は既に腐敗が始まっていた。すえた臭いと洪笑のようなカラスの鳴き声も相まって、武蔵は地獄に来たような感覚にとらわれた。
 今は遺体もだいぶ納められ、土をかぶせた後に僧侶が読経をあげている。香の匂いが辺りに流れるように漂っている。
「関ヶ原もこんなんじゃったんかのう」
 武蔵がつぶやくと、背後から突然声が聞こえた。
「そうじゃ、あの時も付近の者が総出でやっとった。おぬしは肥前におったのじゃったか」
 振り返ると、そこには勝成が立っていた。
「おう、水野殿。大和方面大将もこんなところに来るんか」
 勝成はフン、と鼻を鳴らした。
「将だのは関係ないで」
「そりゃ、貴殿じゃから言えることじゃのう。しかし、ここはまだええ。道明寺はもっと酷いはず。敵将の首はまだ捕られとらんと聞いた。根こそぎ首狩りに合うとるじゃろ」

 勝成は抱えてきた鍬を振りあげると、脇の土を掘り始めた。草陰にはまだ打ち捨てられた遺体があった。武蔵も鍬を握った。
「道明寺にも、人をやっとる。小松山は古の貴人がたくさん眠っとるそうじゃ。神保が言うとった。きっと、又兵衛は知らんかったじゃろうな。墓の上で戦をするなど、バチ当たりなことじゃ。しかし、今言うてももう遅い……船場の神保勢の亡骸は既に納めてきたで」
 武蔵は驚いたように勝成を見た。
「仕舞もすりゃ頭も気も回るんじゃのう。殿はつくづく、不思議な御仁じゃ」

 勝成は土を掻き掘りながら、一人言のようにいう。
「昔、おとくに言われたことがあった。他愛なきことで茶頭を斬って、ああ、またやってしもうたと頭を抱えていたときじゃ。おとくはわしに、“鬼になるなら、鬼になりきれ。ただし、平和な世を作る鬼になれ”ときっぱり言うたわ。わしは、あれから考えが少しばかり変わった。まあ、年端も行かぬ娘っこが言うことではないがのう」
 武蔵は笑った。
「それぞ、おとく様、荒くれ者も形無しじゃ」
 勝成も笑った。
「さて、おぬしはまた旅に出るんか。おとくはおぬしに貰うたどんぐりをまだ大事にしておるが……わしのところに来いや」
「そうじゃのう。とりあえず、道明寺の土掘りをして、あとは風に聞きますかのう。また困ったら伺いますけえ」
 勝成は了解し、頭を下げた。
「勝重を守っていただいたこと、心より礼を申す。七人ばかりを瞬時に斬り伏せたおぬしの腕前、敬服いたした。おとくにも伝えるで」
 武蔵は一礼し去って行った。勝成はその後ろ姿を見ていた。

 あやつも修羅にいる自分を知っている。これでもう、大きな戦も当分あるまい。兵法者としては生きづらくなるかもしれん。

 それからも後も勝成と武蔵の交流は続く。

 その後、武蔵は勝成の家臣、中川志摩之助の子を養子にもらった。彼は宮本三木之助と名乗り、姫路藩本多忠刻に仕えることになる。家臣となることはついぞなかったが、勝成との交流は長く続いた。
 おとくは都築家に嫁して、女子を二人産んでいた。夏の陣での活躍はおとくにも知らされ、彼女は手を合わせて武蔵に感謝するばかりだった。

 彼は約束をきちんと果たしたのである。

 武蔵とおとくの関わりについては当の二人と勝成だけの秘密として、以降も表に出ることはなかった。

→引用 謡曲「鵺」 謡曲百番 (新日本古典文学大系 57) 岩波書店
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