ブリストルの兄弟ーThe Modern World Never Concerns

尾方佐羽

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ガッタパーチャが道を拓く

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 ジェイコブ・ブレットはブリストルに留まっていたのだが、ロンドンに呼ばれた。

 兄と弟のジェイコブはまったく対照的な容貌だという話はさっきもしたが、ああ、写真は君も見たことがあったか。そうそう、記事に入れる写真のことを忘れていた。比較的最近のものが1枚書庫にあるはずだから、明日引っ張り出そう。

 ここで初めて弟のジェイコブ・ブレットが出てくるわけだ。ブリストルで機械技師をしていたという。と言っても具体的に何をしていたのかまでは私も知らない。当時はすでに、いろいろな技師が必要だった。
 その頃どのような機械が回り始めていたか、君は言えるかい。スミス君、君の職業を鑑みれば完璧に言えるべきだと私は思うがね。

「リチャード・ロバーツの発明した旋盤と織機がありますね。あとはジョゼフ・ホィットワースの平削り盤とネジもそうでしょうか。ジョージ・コーリスの蒸気機関も初期型を大きく進化させましたね。彼はミシンも作っていたはずです。イザムバード・キングダム・ブルネル設計のグレート・ブリテン号を忘れてはいけませんね。あれが、のちのグレート・イースタン号に繋がるのですよね。あの美しく巨大な客船には憧れたなあ」

 ほう、なかなか正確な答えだ。何も言うことがない。強いていうならグレート・イースタン号については君の見解を大いに支持する。

 さて当時、弟ブレットの方はじきに開通する見込みだったグレート・ウェスタン鉄道(GWR)に熱中していて、終着駅となった地元ブリストルで鉄道技師の職に就くことも考えていたようだ。兄ジョン・ワトキンスが「パディントン(ロンドン)ももう一方の終着駅だ」と説き伏せたかもしれないが、弟はずっと住んでいたのだから、ブリストルを離れることには少なからず後ろ髪を引かれる思いだったろう。GWRの開通は一九三八年だったから、ロンドン行きの鉄道は十分堪能できたかもしれないがね。GWRにはじきに最新型の車両も投入された。そう、有名なアイアン・デューク型機関車だ。あれは素晴らしい作品だ。鉄道好きの後輩としては、ひたすら憧れるばかりだよ。

 まあ、通りいっぺんの人間ならば、ロンドンに出てくるのは晴れがましい思いがするのだろうが、ジェイコブ・ブレットに関していえば、晴れがましい部分とそうではない部分があっただろうということだ。
 ただ、ロンドンの画廊で働く彼の評判は悪くなかった。穏和で誠実な接客態度は人に安心感を与え、さらなる顧客を増やすのに貢献したという。どこまで経営に噛んでいたかは追いかけようがないが、彼は立派に画廊の支配人を担い、兄の事業を助けるパートナーになった。

 そのようなことで、画廊・美術商の経営は上手く回っていた。何しろかのレオナルド・ダ・ヴィンチの絵画まで扱っていたからな。金がなければ買い付けられないし、展示できないし、売ることも、委託することもできない。実に莫大なポンドが動いたのだと思うよ。美術商として名を上げたジョン・ワトキンスはロンドンの名士たちと広く知り合うようになり、潤沢な資金も手にするに至った。そのような場合、たいていすることは共通している。
 投資、もっといえば会社を自分のものにすることだ。兄は忠実に働く弟にも相談した。この際に何に投資するべきかという選択で弟が迷うことはなかった。

 そう、鉄道会社だよ。

 何しろ鉄道は次から次と開通されていた。この段階で弟の鉄道趣味に兄も感化され始めたというわけだが、それを置いても鉄道というのは我々英国人にとって、この上なく魅惑的な存在だ。それは分かるだろう。

 ストックトン・アンド・ダーリントン鉄道で1型蒸気機関車(Locomotion No.1)による旅客輸送が開業し、一八ニ五年に総延長四〇キロの営業運転が始まった。蒸気機関車第一号、英国で一号、蒸気機関車で営業運転を行うものとして世界で一号、何とも心地のよい響きだね。その五年後にはスティーヴンソンの蒸気機関車がリバプール・アンド・マンチェスター鉄道で走り始める。以降、鉄道事業は英国の誇るべき技術革新の象徴であり続けた。

 さて、兄弟は美術商の収益を鉄道事業への出資に振り替えていくようになる。この事業の発展は約束されていた。何しろ万国博覧会(一八五一年)を控えていた時期で、英国の鉄道はさらに脚光を浴びることが約束されていた。

 トーマス・スミス君。鉄道網と一緒にどんどん伸びていったものがある。
 もちろん知っているだろうが通信、具体的にはそのための通信機とケーブルだよ。今でこそベル博士に代表されるたゆまぬ発明の積み重ねで、私と君が離れていても電話という機械を通して会話できるようになったが、当時は音声を運ぶことはまだ未知の世界だった。

 まったく、隔世の感があるね。
 半世紀前はまだ何かしら伝達する基盤を作るのに皆が懸命になっていた。通信機に関していえば、信号を文字に置換して送る技術は一八三〇年代にはすでにあって、拡張する鉄道網に沿って敷設されていった。鉄道路線の伸長はすなわち通信網の伸長でもあったわけだ。
 そのように地上の線(ケーブル)が伸びていくにしたがって、それを海の向こうに伸ばせないかと考える人も現れた。何しろ、英国は回りを海に囲まれた島だからね。「海を越える」というのが至上命題なわけだよ。

 ただ、地上のケーブルを海へと展開するのはより困難な条件をクリアしなければならない。ケーブルの銅線を保護するため、大量に調達できて、磨耗することが少なく、絶縁性が高い被覆材が必要だった。
 しかし当時は塩水に何年浸かっても平気な素材がそうそうあるとは思われていなかったのだ。

 ロンドン大学キングス・カレッジの物理学教授だったホィートストーン博士はそれまでにもさまざまな発明をしていたが、この頃には通信技術を中心に研究・開発・実証実験していた。通信機の開発以上に強靭なケーブル用の被覆素材を見つけるのは難問だったようだ。その中で彼はガッタパーチャという耳慣れない素材に天啓を感じてその可能性を突き詰めていったのさ。

 『運命の恋人』との出会いのようなものだな……いや、失敬。私は意外にロマンティストなのだ。

 マレー半島で自生しているこの木の樹液は常温で柔軟性がなく、熱すると柔らかくなり加工できる。これが海に浸すケーブル素材に適していると彼は考えた。彼はガッタパーチャで覆った銅線の製造を依頼し、スウォンジー湾(ウェールズ)でそのケーブルによる実験を行なった。船上と陸地を結んだ実験で、結果は良好だったよ。
 そこまでは分かった。
 今ではガッタパーチャもさらにコーティングすることで耐久性を上げたが、素のままでもそれなりには行けたということだ。

 ああ、君ももう一杯ラムをやるといい。
 さっきから盃が空っぽなことはもちろん気づいているさ。私も少々口が滑らかになってきたようだ。え、まだ続くのかって? 話はここからが面白いんだよ。
 パブが閉まったらどうするのかって? おいおい、外はまだ明るい。私を酔っぱらいの与太と思わんでくれよ。

「主幹がキケロばりの雄弁家だということが、初めて分かりました」

 ああ、Speech is silver, silence is golden(沈黙は金なり)が私の座右の銘ではあるが、今は金でも銀でもなく、銅線とガッタパーチャの話をしているんだよ、スミス君。

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