16世紀のオデュッセイア

尾方佐羽

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第3章 フィガロは広場に行く1 ニコラス・コレーリャ

マキアヴェッリの受難 1512~13年 フィレンツェ、フェラーラ

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<新教皇レオ10世、ニッコロ・マキアヴェッリ、イザベッラ・デステ、ルクレツィア・ボルジア、ソッラ、マリア・エンリュクス>

 フェラーラにいるソッラが危惧していた通り、フィレンツェの官吏ニッコロ・マキアヴェッリは人生最大の苦難に見舞われていた。

 ユリウス2世の逝去から少し遡った1512年秋のことである。

 カンブレー同盟戦争で、フィレンツェがフランス寄りの中立の態度を守ることに終始したことはすでに書いた。それに加えてフランスと神聖ローマ皇帝が独自にピサで公会議を開こうとしたこと、それにフィレンツェが協力したことがユリウス2世の逆鱗に触れていた。フランスがイタリア半島から撤退してすぐにユリウス2世が手を付けたのはフィレンツェの処置だった。
 そのとき終身大統領の位置にあったピエロ・ソデリーニを追い出し、前世紀の僭主メディチ家を復すことにしたのである。

 フィレンツェの受難はその少し前からはじまっている。
 ラヴェンナの戦いが終わったあと、撤退するスペイン軍はフィレンツェの方に立ち戻ってくる。スペイン軍には捕虜になっているメディチ家の人間もいる。フィレンツェは親フランスの立場を取っていた。そのような事情がさまざまに絡んだ結果、フィレンツェとは目と鼻の街プラートが、敗軍となったスペイン兵によって略奪の限りを尽くされたのである。
 たいへん残念なことに、マキアヴェッリの編成した市民軍はスペイン兵にまったく歯が立たなかった。

 フィレンツェは恐怖におののいていた。教皇軍のさじ加減ひとつで軍隊がフィレンツェを蹂躙するかもしれない。
 ソデリーニが亡命したのはそのような時だった。

 1512年9月8日、終身大統領制は廃止され、1年ごとの任期で交替することに決められた。この体制で初大統領に任命されたのはジャン・バティスタ・リドルフィだった。メディチ家に対して中立の立場の人間である。これまでの人事をあからさまに変更するわけではないようだ。マキアヴェッリはほっと胸を撫で下ろした。
 しかし、安心するのはまだ早い。
 新たにフィレンツェの政治に関わることになるジュリアーノ・デ・メディチが9月16日にはフィレンツェ政庁に入る。そして9月18日にはマキアヴェッリの尽力で編成されたフィレンツェ市民軍(正式名称はフィレンツェ共和国国民軍)が解散となる。この時点でマキアヴェッリは不吉なものを感じたかもしれない。その後、金を支払うことでスペイン軍はプラートから撤退していく。教皇ユリウス2世の後ろ盾を得て、鳴り物入りで復帰したメディチ家が政府の梃子入れ(てこいれ)をはじめるのはその後だった。

 同年の11月7日、ニッコロ・マキアヴェッリは他の同僚とともにフィレンツェ政府の第二書記局書記官を解任され、他の役職からも一切外されたのだ。マキヴェッリは解任されただけでは済まなかった。向こう一年間フィレンツェから追放、そして罰金1千デュカートの支払いまで求められたのである。
 この罰金は家族や友人がかき集め、何とか払うことができた。

 メディチ家に対して中立の大統領を立てたのはメディチ家復帰に対する民衆の反発を和らげるためである。そしてマキアヴェッリら、いわば事務方の重鎮が外されたのは、そのポストにメディチ家の人間を入れるつもりだったと思われる。事務方の重鎮を外しても民衆からは分からない。加えて外交担当といえば、内外の諜報活動にもうってつけの役でもある。

 この解任劇は、いわゆるスケープゴートといって差し支えない。
 それでもマキアヴェッリは復職へのわずかな希望を抱いて、引き継ぎのためにフィレンツェ政庁に通ったのである。

 しかし、悲運はこれにとどまらない。ユリウス2世が臨終の床についたのと同じ頃、1513年2月18日、他の何人かの人間とともにニッコロ・マキアヴェッリに逮捕令が出されたのである。

 メディチ家への反乱を企んでいた二人の男のメモに、他の数人とともにマキアヴェッリの名前が書かれてあったのである。二人の男は、「メモに書いたのは、協力してくれる可能性のある人」のリストだと証言したが、当局もメディチ家もそれを信じることはなかった。
 マキアヴェッリは反乱の加担者になってしまったのである。

 みずから出頭したマキアヴェッリは逮捕され、証言を得るための拷問も受けた。それは程度の軽いものだったらしいが、何も証言することがないのに拷問を受けるのは何と辛いことだろうか。ミケーレ・ダ・コレーリアもカスタル・サンタンジェロの地下牢で拷問を受けたが、マキアヴェッリの身体がそれほど屈強なわけがない。
 この経験はマキアヴェッリを打ちのめすのに十分すぎるものだった。
 結局、首謀者の二人は絞首刑となったが、容疑が灰色のマキアヴェッリら「メモの人物」は牢屋に留められることになった。

 余談になるが、この話を書いていると中国の司馬遷(しばせん)と共通していることに気が付く。司馬遷は匈奴の手に落ちた将軍・李稜をかばったがために皇帝の怒りを買い、男性器を切断され投獄されるのである。優れた官僚であった司馬遷は文字通り絶望の日々を送らねばならなかった。マキアヴェッリはそこまでの待遇は受けなかったが、もともと無実の罪である。もしマキアヴェッリが司馬遷の話を知ったら、きっと深い同情を抱いたことだろう。そして、司馬遷と同様にマキアヴェッリも書くことに活路を見出していくのである。

 マキアヴェッリはその人生の大半を官吏として過ごしたのだが、それだけでは後世に名を残すことはなかっただろう。
 すべてはこれ以降の仕事によるものなのである。





 そして、ローマではユリウス2世が亡くなった。
 教皇の逝去後に開かれるコンクラーベ(教皇を選出する会議)の行方が注目される中、枢機卿(すうきけい、すうききょう)たちの中から選ばれたのはジョヴァンニ・デ・メディチ枢機卿だった。

 メディチ家三人の男子の二男(長兄はもう亡くなっている)で、家の威光もあって早くから枢機卿に選出されていた。どれぐらい早いかというと、チェーザレ・ボルジアと同じ、ピサ大学に在学していた時分である。チェーザレ・ボルジアの出世はパーリオの馬より早かったが、メディチ家の御曹司もまた同じように出世していたのである。

 同じ年に生まれたふたりである。ただし、ジョヴァンニはチェーザレのようなタイプの人では決してなかった。

 1513年3月19日、メディチ家の御曹司は教皇レオ10世として即位する。この時まだ30代後半で前任者のユリウス2世よりはるかに若かったが、恰幅のよさでそれなりに威厳を醸し出している。
 新任の教皇はこれまでの慣習の一つをさっそく派手に踏襲することにした。教皇の宮殿に呼ばれたのは画家ラファエロ・サンティだった。
 さっそく現れたラファエロが教皇の前にうやうやしく跪くと、教皇はにこにこして画家に言った。

「私の肖像画を頼む。すぐに描いてくれ」





「そう、あのお坊ちゃまが教皇になったの」

 マントヴァ侯国に早馬(マントヴァの馬はイタリア一だと評判なのである)が書状を届けたのはコンクラーベ終了から間もなくのことだった。
 侯妃イザベッラ・デステは弟のイッポーリト枢機卿からの手紙を読んでため息をついた。
 彼女の城の居間にはたくさんの絵画が飾られており、その中にはイザベッラの肖像画もいくつかある。彼女はそれを見やってから、ずっと大切に箱にしまってある一枚の紙を取り出した。
 その手にはチョークで描いたイザベッラの横顔のデッサンがあった。

「ロレンツォ様が生きておられた頃が懐かしい。あれだけの器量を持つ人間はもうメディチ家にはいない。偉大な男たちがどんどんいなくなる。すべて昔のことになってしまった」

 イザベッラは辛そうに目を伏せて、顔をゆがませた。

 フィレンツェにメディチ家が復帰したあおりを食って、一官吏であるマキアヴェッリが免職のうえ、反逆未遂の共犯だとして逮捕されたという報せも届いていた。堂々と各国大使と渡り歩いていた有能な官吏も、何とあっけなく放逐されることか。この時期の政治には普通のことではある。しかしイザベッラにはこの一連の状況が時代の変化を告げているような気がして、複雑な気持ちになるのである。

 前世紀は遠くなった。少女のイザベッラが憧れた器量と力量と運を持った男たちはもういない。

 イザベッラは自身が描かれたデッサン画を見つめ続ける。そのデッサンを描いたのは15世紀末のレオナルド・ダ・ヴィンチだった。

 彼女にとっては、15世紀最後の輝ける宝石ともいえる。


「ルクレツィア様、まだ起きていらっしゃったんですの? おかげんでも悪いのですか?」

 フェラーラ、夜更けのエステンセ城である。
 台所までに水を飲みに下りてきたルクレツィアにソッラは驚いて声をかける。
「ええ、ちょっと手紙を書いていたの。水差しも持っていくわ」
「あ、私がお持ちします」と言ってソッラが素早く水差しに水を汲む。
 ルクレツィアは燭台を手にしてソッラの行く先を照らしてやる。
「ありがとうございます」と言ってソッラは笑う。もう子どもたちも夫もとっくに眠っている。夜のエステンセ城はとても静かで暗い。階段を上ってルクレツィアの部屋まで行くと、ルクレツィアはソッラと少し話したいという。ソッラもまだ眠くはなかったので、乞われるまま部屋に入った。

 テーブルの上の燭台に火をともすとぼうっとした光の中に手紙の束らしきものが見えた。
「まぁ、座って」とルクレツィアが言う。
「どなたにお手紙を書いていらっしゃったのですか。まさか……恋人とか?」とソッラが後半をひそひそ声で言う。ルクレツィアは笑って否定する。
「いやね、そんなこともあったかもしれないけれど、昔の話よ。これはね、ガンディアのお義姉様に書いているの」
「あ、ルクレツィア様のお兄様の奥様ですね。スペインにいらっしゃる」とソッラが思い出しながら言う。
「そうよ。ご名答。義姉とは今でもたまに手紙のやり取りをしているの」

 ルクレツィアが義姉のマリア・エンリュクスと手紙のやり取りをするようになったのは、チェーザレ・ボルジアがナポリに幽閉された後スペイン追放になった1504年のことだ。義姉のマリア・エンリュクスはスペインのガンディアで子ども二人を育てながら領主を務めている。

 マリアは寡婦である。
 マリアの夫であり、ルクレツィアのすぐ上の兄ホアン・ボルジアは前世紀の末に若くして亡くなっている。
 暗殺されたのだ。殺害を指示したのは兄のチェーザレ・ボルジアだと言われている。
 チェーザレがスペイン追放になったのも、表向きは「弟ホアン・ボルジア暗殺の嫌疑によりスペインで裁判を受けるため」というのが理由だった。もっとも、それはあくまでも表向きのことで実際は裁判が行われることはなかった。
 ルクレツィアは兄を何とか自由の身にしたいと願い、ありとあらゆるところに直接依願し、手紙を出していた。それは夫の義理の兄にあたるマントヴァ侯爵フランチェスコ・ゴンザーガなどの身近な人物にはじまり教皇ユリウス2世、枢機卿団の全員、フランス国王ルイ12世、ナポリのコルドーバ総督、スペイン王フェルナンド、フェラーラに来る各国の使節など思いつく限りの人びとに働きかけたのだ。

 その中にマリア・エンリュクスがいた。

 マリアから見ればルクレツィアは義妹になる。
 しかし、マリアから見れば義兄のチェーザレ・ボルジアは夫に手を下した人間なのだ。
 マリアの夫ホアンが殺害されたのはローマだった。スペインのガンディアにいたマリアにとってはそれが本当か嘘なのかも確かめようがなかった。
 夫がガンディアに生きて戻ってこないということが肌身に染みるまで、未亡人もぼんやりとすごしていたのだが、領地と子どもが二人残されたことは間違いない事実だった。マリアは奮起した。ナポリに所有していたホアン名義の所領を売って、ボルハの縁者に補佐を依頼しつつ、自身が先頭となってガンディア公爵領をきっちりと守ることに決めたのである。

 その中でチェーザレのスペイン追放がなされたのだった。

 マリアはその件に一切関わらないし、殺害嫌疑の裁判にも出廷しないことを宣誓した。ローマのボルジア家とは縁を切っているということである。実際、チェーザレほどの大物に下手に関われば、せっかく大事に守っているガンディアの所領も取り上げられてしまうかもしれない。マリアにとってそれがいちばん怖ろしいことだった。

 しかし、義妹ルクレツィアの手紙はマリアの心を打った。
 ローマで生まれ育ったルクレツィアの手になる美しいスペイン語の文字、そして兄の自由を心から願う純粋な心を手紙から十分感じることができた。マリアはボルジア家に関わるまいという決心を少し変えて、ルクレツィアに返事を出した。

<王に取り次ぐなど、チェーザレのためにできる具体的なことは何もありません。私はひたすらチェーザレの自由を神に祈ります。誓願を立ててそれを固く守るようにいたします。それは結果的に義兄の自由のためにできる最善のことであると信じます>

 それは本当だった。マリアはガンディアの教会でチェーザレの自由のためにひたすら祈りを捧げた。マリアの信仰の深さは多くの人の口の端にのぼるようになる。それだけではない。自ら神に身を捧げるつもりだと公言し、教会に多額の寄進をし、修道院を建てさせた。そして、子どもが領主としてひとり立ちした暁にはその修道院で余生を送ることに決めた。

 まるで、ボルジア家の罪を背負おうとするかのように。

 敬虔に祈り続ける彼女の姿は多くの人々の心を打った。それはじきにカスティーリャの王家にも知られるようになる。

 ルクレツィアはマリアの献身に深く感謝して、折に触れて手紙を出した。そしてマリアからも信仰を主題とする長い返信が届いた。ふたりのやりとりは間歇的ながら途切れることなく続きもうすぐ10年になる。

 ルクレツィアは義姉の話を一気にし終わると、ひとつあくびをした。ソッラは微笑む。
「だからルクレツィア様はだんだん聖女のようになっていらっしゃるのですね」
 ルクレツィアはもうひとつあくびをして言う。
「聖女なんかじゃないわ。ただの幸せになりたい人間よ、そうでしょう? みんなおんなじよ」

 ソッラは苦笑して、ベッドにルクレツィアを寝かせる。
「それでは、お休みなさいませ、ルクレツィア様」

 燭台の灯りが静かに消された。
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