16世紀のオデュッセイア

尾方佐羽

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第5章 フィガロは広場に行く3 ニコラス・コレーリャ

ひとつの魂を分かち合う双子 1538年 ローマ、ヴェネツィア

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〈ミケランジェロ・ブォナローティ、ヴィットリア・コロンナ、ニコラス・コレーリャ、ラウラ・ピアッジョ、聖堂番〉

 ヴェネツィアには大量の船団が帰港している。ガレー船、キャラック船、フスタ船……ヴェネツィアの船だけではなく、スペイン船や、ジェノヴァ出身の老将軍アンドレア・ドーリア(前世紀末から、イタリア半島で最も有名な海将)所有の船もちらほら混ざっている。皆静かに沖合に錨を下ろし、しばらくすると三々五々海に去っていく。皆プレヴェザ(ギリシア)からの帰投ではあるが、何の覇気もない。
(プレヴェザの海戦の詳細については2章の『プレヴェザの海戦』をご参照ください)

 1538年の秋が足早に去っていこうとしていた。

 ギリシアのプレヴェザ沖でオスマン・トルコ軍と、ヴェネツィア、教皇軍、神聖ローマ帝国の連合艦隊が直接交戦するに至ったのは9月末のことだった。どの国もオスマン・トルコが地中海を席巻するのを阻止したかった。そのはずだったのだが、海戦に不馴れな連合艦隊が終始及び腰な姿勢を取り続けたことが原因で、完全な敗北を喫することになったのだ。

◆◆

「ニコラスは船に乗らなかったようだが、ヴェネツィアはさぞかし意気消沈しているだろう」とローマでつぶやいている男がいた。

 ミケランジェロ・ブォナローティだ。

 ローマも今回の海戦に軍船を出している。ただ、かつてのユリウス2世のように教皇がみずから陣頭指揮を取ることはなかったし、さきに述べたように連合艦隊は歩調が合わないままオスマン・トルコの追撃を受けて撤退してしまったので、尻切れトンボという印象は否めなかった。
 そのような事情もあって、ローマに関しては海戦の影響がほとんど感じられなかったということである。

 一方、トンボの切られた側であるヴェネツィアやスペインは散々な目にあった。
 特にもっとも犠牲を出したスペインは海の攻守に問題があることを痛感する。この屈辱を教訓に、以後海軍の強化に心血をそそぐことになる。それが後に無敵艦隊と呼ばれる海軍創設につながり、大海戦を戦うことになるのである。


 そして、地中海の拠点をオスマン・トルコに奪われたヴェネツィアにとってはこれまで海運で栄えた歴史に楔(くさび)を打たれる形となった。


 ローマのミケランジェロはこのところ、やや憂鬱な日々を過ごしている。やや、というのは1530年の災難(フィレンツェ包囲)と比較してという意味である。仲間が吊るし首にされ、自身も地下室にしばらく一人きりで隠れなければもならなかったのだから。もうあれほどの災難はこの芸術家にはやってこないだろう。
 トンマーゾ・ディ・カヴァリエーリやヴィットリア・コロンナというよき理解者に恵まれたミケランジェロは本拠地をローマに移し、歴代教皇に依頼されたシスティーナ礼拝堂の祭壇後ろの巨大壁画に取り組んでいた。1538年の時点でそれはまだ完成していない。

 『最後の審判』である。

 ローマのミケランジェロにはまだ預かりになっている仕事もあった。3代前の教皇ユリウス2世の廟所制作である。この依頼は手がけられないことで訴訟にもなり、新たに出した案も遺族にはねつけられ、こじれにこじれていた。どれぐらい前の話か、書いていても忘れるほど昔のことである。話が出たのは1510年代前半で、そこからずっと決着がつかなかったのである。
 この年、それには解決のめどが立ってきた。それには遺族の急先鋒であったウルビーノ公フランチェスコ・マリーア・デッラ・ローヴェレが逝去したことが影響している。ラファエロ・サンティとは懇意だった公爵だが、ミケランジェロのことはどうしても許せなかった。個人に対してということもあっただろうが、メディチ家とばかり懇意にして自身のローヴェレ家(ユリウス2世はローヴェレ家の出である)をないがしろにしたという恨みの方が大きかったかもしれない。実際、ミケランジェロが進んでないがしろにしたわけではないのだが、人の感情というのはなかなか理屈で抑え込めるものではないらしい。

 このこじれた問題の解決に、教皇パウルス3世の庇護もたいへんな力を与えた。ローマに定住することを決めた大芸術家を終身の「教皇庁主任建築家・彫刻家・画家」に任命し、生涯の収入を保証したのだ。教皇庁がミケランジェロのゆるやかな雇い主となったのである。これによって、ユリウス2世廟の話で教皇庁の仲裁が可能になったと考えられる。この前の年、1537年には教皇がこの訴訟について検討する旨の吟味書を発出している。

 1538年の秋、ミケランジェロには創造における自由への光が見えてきたと言ってもいいだろう。

 すでにフィレンツェに残した仕事は弟子たちが引き継いで制作に取りかかっている。これまた進まないままだったサン・ロレンツォ聖堂の礼拝堂も、ミケランジェロの制作したデザイン、完成している彫刻作品を踏まえて継続された。聖堂付属のラウレンティーナ図書館の完成だけはもう少し時間を待たなければならない。
 彼の弟子、ジョルジョ・ヴァザーリはメディチ家の全面的な庇護を受けて、フィレンツェの町づくりにも関わるようになるが、それはまた後の話である。

 大きな苦難は去った。
 そのようなときに、なぜミケランジェロは「やや憂鬱」なのか。それは彼の個人的な事情によるのである。

 この秋に、ミケランジェロの敬愛するヴィットリア・コロンナがローマを去って、オルヴィエートの修道院に移るのだ。これはミケランジェロには悲しいできごとだった。

 オルヴィエートがローマと20レグア(100km)ほどしか離れていないにも関わらず、身を切られるほどに悲しいことだった。距離だけではないのである。

 この時のミケランジェロにとって、ヴィットリア・コロンナはーー控えめに敬愛と書いたがーー最愛の女性だった(最愛の男性はトンマーゾ・ディ・カヴァリエーリである)。この寡婦の貴婦人はミケランジェロの激しい情熱を、大きく包み込むように受け止めていた。激しい情熱とは言ってもそこに肉欲は関与させていない。そこに使う熱を、ミケランジェロはすべて創作に注ぎ込んだのだ。

 彼は自分の性格や年齢が大きな欠点だと考えていた。性格についてはともかく、この時代は60を超えられたら長命で、その意味でミケランジェロはすでに老人であったから。それにも関わらず、15歳下のヴィットリアが「創る人」である自分に心から敬意を抱いて接してくれることも分かっていた。ミケランジェロが再び創作に向かうようになったのはその敬意に応えるためだった。
 この数年でたくさんの詩が、デッサンが彼女のもとに届けられた。自身が他から依頼されて制作するものについてもまずデッサンが彼女に披露された。

 その彼女がローマから去ってしまうことはミケランジェロにとって大きな衝撃だった。彼女がどんなに離れていようと、自分の思いが変わることはない。ヴィットリアも手紙のやりとりを続けようと言う。関係が途切れるわけではない。
 それでも、ミケランジェロは悲しかった。
 目の前に愛する人がいる。その喜びを知ってしまったからである。彼女にキスすることも、その肌の温かさをじかに感じることもできない。目の前にその人がいる。それだけで彼は十分に幸せを感じていたのである。

 それさえもできなくなる。
 手紙だけで、言葉だけで、
 心だけで……。
 つながっていけるものだろうか。
 それで、自分の心が満たされるだろうか。

 ヴィットリアがローマを旅立つ直前にミケランジェロはその邸宅にあいさつに出向いた。何度も訪問した重い木製のドアが開かれ、いつもと変わらない優美なヴィットリアが現れた。そして、彼をいつものように招き入れる。
 ヴィットリアは微笑みを浮かべて、ミケランジェロを見つめた。芸術家は何と言ったらよいか分からずに悲しそうなまなざしを彼女に返した。ヴィットリアは軽くうなずいて話しかける。
「淋しいですね」
 ミケランジェロは目を見開いて、固まったようになってヴィットリアの言葉を聞いている。
「私は、美しいものを愛し、求めるということにおいて、あなたほど真摯(しんし)な方にお会いしたことがありません。それがどれほど、私の心を揺さぶり振るわせたか、あなたにはお分かりにならないと思いますわ」
 ミケランジェロは感情が昂るのを押さえつけることができない。
「それはあなたが私の前に現れて下さったからです。あなたは私の女神なのです!私は……」
 途中で言葉が継げなくなったミケランジェロを見つめたまま、ヴィットリアは優しい声で、しかしはっきりと言う。

「純粋にひたすらに、あなたが美しいものを追求されるなら、私もまったく同じです。あなたは絵画や彫刻や建築で。私は詩を書くことで。私たちは神の御心のもと、常に美の前に向かい、ひとつの魂を分かち合っている双子なのです。違いますか」

 これほどの言葉が愛する彼女の口から出たことに、ミケランジェロは心を激しく揺さぶられた。そして、ぽろぽろと涙を流してヴィットリアの前にひざまずいた。

 美の前に向かい、ひとつの魂を分け合っている。

 その言葉がミケランジェロの心をあふれるほどに満たしたのである。

 彼はシスティーナ礼拝堂の壁画を手掛けながら、積年の課題であったユリウス2世廟の仕事にも新たな気持ちで取りかかりはじめた。

◆ ◆

 一方、ヴェネツィアのニコラスとラウラは特に大きな出来事もなく平穏な日々を送っていた。
 プレヴェザの海戦で大打撃を被ったヴェネツィアだったが、ギリシアでの戦闘だったため、市民に直接大きな打撃を与えてはいなかった。それでも、今後地中海での貿易が難しくなることを見越して、商人たちは陸続きのヨーロッパで商売を展開する方策を探し始めていた。もともと舶来のものを多く扱い、新しいものには敏感な人々である。舶来の技術を取り入れた、ヴェネツィア産の高価な名産品を売り出そうとする。『高価な』というところが肝である。
 その流れがこの頃から急激に進んでいくことになる。

 その筆頭はヴェネツィアン・ガラスだろう。現代まで変わることのない、ヴェネツィアの高級名産品である。ヴェネツィアのガラス作りの起源ははっきりしていないが、すでに14世紀頃には重要な交易品として扱われていた。美しいガラスを製造するためには、特別な技術が必要だったが、ヴェネツィアはそれを独占するために、ムラーノという島に職人を囲って保護した。この島でその技術は進化を遂げていくことになる。ただ透明にするだけではなく、単色のガラス、不透明なガラス、混色のガラス、金彩などの装飾を施したガラス……現代でも見られるようなヴェネチアン・ガラスが作られる基礎が作られていくのである。この商品は王侯貴族にもよく売れた。

 もうひとつの主力商品がこの時期に生まれようとしていた。
 レースである。

 ラウラ・ピアッジョが自宅で懸命に取り組んでいたレティセラがこの時期に開花しようとしていた。布に刺繍をしてから、下地の布をほどいていくやり方である。この技術を持つ職人はまたたく間に引く手あまたになった。ラウラも例にもれず、引かれる職人として忙しい日々を送ることになった。ニコラスの方は比較的仕事に余裕ができている。

 二人の間にまだ子どもはいない。自然に任せるしかないことで、ラウラもさほど気にはしていない。レティセラ刺繍の商売が繁盛しはじめたので、返って都合がいいと言っている。刺繍の作業をするだけなら自宅でもできるが、ラウラは図案の確認などで相変わらず外に出ることが多いのだ。

 したがって、ニコラスはこの頃よく一人でサン・マルコ聖堂の辺りに散歩に出ることが多い。

 そういえば最近、前に出くわした修道僧の一団を見かけなくなった。ニコラスはふと、側にいた聖堂番に尋ねてみる。すると、聖堂番はああ、という表情で答えた。

「あの方々はローマに行きましたよ。結局巡礼船がヴェネツィアから出ませんから、その間に皆さんのほとんどが、この聖堂で司祭になられましたよ」

 ニコラスは目を丸くした。おそらく、神学を修めた学生だったのだろうが、皆が司祭になるというのは、その方面にあまり詳しくないニコラスでも驚くようなことだったのだ。おそらく、修道会の方も教皇庁に認められるのだろう。

「あの方々の修道会の名は決まったのですか」とニコラスは尋ねる。

「はい、イエズス会(ラテン語でSocietatis Iesu)と名付けられたそうですよ」と聖堂番は即座に答えた。

 イエスの名前をそのまま使うことにしたのか、とニコラスは感慨深げな顔をする。以前、ピエール・ファーブルと話したときの、あの透き通ったまなざしをしきりに思い出したのだ。
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