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第7章 海の巡礼路(日本編) フランシスコ・ザビエル
リュートを弾く司祭 1551年 山口
しおりを挟む〈フランシスコ・ザビエル、ファン・フェルナンデス、ベルナルド(河邊成道)、コスメ・デ・トーレス、アマドル、アントニオ、内藤興盛(ないとうおきもり)、大内義隆、フランシスコ・ボルハ〉
1551年2月、私たちは堺から舟を乗り継いで、瀬戸内海を進み一路平戸(長崎)を目指していた。そこにはコスメ・デ・トーレス司祭をはじめ、アマドル(インド人)、アントニオ(日本人)が私たちの帰りを待っているのだ。セサルが堺に残ることになり、私は心のどこかにぽかんと穴が開いたような状態だった。しかし、それを表に出している暇はなかった。皆も旅の連れがひとりいなくなったことに加えて、京都で成果がなかったことに落胆していた。皆を率いる私が別れの憂鬱を背負っているわけにはいかなかった。
とはいえ、帰りの瀬戸内海もたいへん寒かった。皆がぶるぶると震えながら、ただ時が過ぎて目指す岸が現れることばかりを願っていた。そのうちに日中の陽光に少しずつ熱を感じるようになってきた。それは本当に神の恵みだと感じたのだ。
長かった冬がようやく終わろうとしていた。
セサルはどうしているのだろうかと時折思い出しながら、私は島々を縫うようにして再び平戸の地にたどり着いた。
平戸ではトーレス司祭らがにこやかに出迎えてくれた。どうやら、春先には戻ってくるようだという話をどこかで聞きつけたらしい。船が入るたびに私たちがいないか探していたという。フェルナンデスもベルナルドも、トーレス司祭の顔を見てたいへん安堵したようだ。
トーレス司祭は松浦隆信公ににらまれることもなく、現地の人々とよく親しみ信徒を着実に増やしていた。私は京都での話を彼に聞かせたが、その中で天龍寺の策彦周良(さくげんしゅうりょう)が忠告していたことを思い出した。
「高名な僧侶と話をしたとき、日本人の文化や歴史に合わせた形で宣教する方がいいだろうと言っていました」と私が言うと、トーレス司祭は大きくうなずく。
「同感です。キリストの教えを変えることはありませんが、仏教や神道などの宗教、あるいは人々ととあからさまに対立するべきではないでしょう。地域の人々と日頃から分け隔てなく親しみ、その日常生活に溶け込むようにした上で使徒信条などについて話していくのが、最もよい方法だと思います」
トーレス司祭はまた、誰に教示されることもなく新たなやり方を見いだして実践していたのだった。私が彼に賞賛の言葉を告げると、彼は謙遜して穏やかに言う。
「すべては神の御心のままに」
セサルが堺に残ることになったいきさつについては、私から今後の方向も含めて話をした。トーレス司祭はうなずきながら静かに聞いていた。なぜか驚いた風でもなかった。
「あれほど万事のことに通じていて、ラテン語もイタリア語も使えるのですから、私はローマに出ていた貴族出身の学者か軍人かと思っていました。聖職者ではないとおっしゃっていましたし。ただ、立志伝中の方だとは思いませんでした。そうですか、ザビエル司祭……私は彼を探している人を知っています」
トーレス司祭の最後の言葉に私は目を丸くした。
「え、そうなのですか、それはいったい……」
「スペイン・ガンディアのフランシスコ・ボルハ公爵です。El compañero(兄弟)、ボルハ公爵の祖父ホアンの兄はチェーザレ・ボルジアなのです」
私はうなずいた。その話はピエール・ファーブルからも、ニコラス・コレーリャからも聞いていたので、特に驚きはしなかった。
「そのような血縁者がいることは別の人から聞いていますし、セサルも承知しています。しかし、ボルハ公爵はセサルを探しているのですか」
トーレス司祭はしっかりとうなずいて続ける。
「私がスペインを発つとき、ボルハ公爵はヴァレンシア地方の長を務めておられました。私はそこにごあいさつに伺ったのです。彼はスペイン艦隊が向かうのがメキシコだと知っていましたが、こっそりと、もし大叔父のチェーザレ・ボルジアの消息を聞くことがあったら、どんなに小さなことでもいい、知らせてほしいとおっしゃいました」
私は首を横に振る。
「トーレス司祭、セサルはもうチェーザレ・ボルジアという甲冑を脱いだのです。ボルハ公爵はいったいなぜ、彼の消息を尋ねたいと思われるのでしょう」
「最初にボルハ公爵に依頼したのは、教皇パウルス3世だとおっしゃっていました。確かパウルス3世を枢機卿に推したのはボルジアの教皇(アレクサンデル6世)でしたね。ですので、捕えようとか、そのような趣旨ではないように聞きました」
私はため息をついた。
「そうですか……」
トーレス司祭は私が少し戸惑っているのを見て、言葉を継ぎかねているようだった。そして、しばらくしてから、こう言った。
「ボルハ公爵はおっしゃっていました」
「何と?」
「『私について言うなら、自分の道を決めるために、ただ知りたいのだ。もしチェーザレ・ボルジアが東洋にいるのであれば、私は聖職者になって東方宣教に出る』と……」
私はピエール・ファーブルからの最後の手紙を思い出した。信仰心の篤いボルハ公爵は、そのようなことまで考えていたのだーーと改めて感じたのだ。
「そうでしたか……セサルがどう思うかはともかく、そのことは知らせてやった方がいいかもしれませんね」
「私はこの国に留まることに異存はありませんから、セサルにまた会う機会もありましょう。それまで、公爵のおっしゃったことは私の胸にしまっておきます」とトーレス司祭は締めくくった。
私たちが急いで平戸に戻ったのは、周防の大内氏に改めて目通りを申し込み、宣教の許可をもらうためだった。京都の町の荒廃と比叡山の排他的な様子を知って、あの時点での活動は難しいと判断したのだ。
本当ならば、比叡山や高野山、至れるものならば坂東の足利学校(栃木県)まで足を伸ばしたかった。しかし、私たちのあのときの荷物では京都に行くので限界だった。インドで宣教するときにはどれほど遠くても軽装で荷物もごくごく軽かったので、その例を踏襲したのだが、日本ではまったく勝手が違っていた。冬という季節に対しての見通しも甘かったのだろう。意気軒昂で冬にピレネー山脈を越えたこともあったが、それは10代の頃の話だ。
アントニオ、私はまだ45歳だったが、この冬の旅で髪の毛が一気に白くなっていることに気がついた。雪に染められたのだろうかと皆には冗談を言っていたのだが、自分が歳を取ったことをまざまざと感じたよ。ベルナルドが言うことには、やはりまた夢をよく見ているようだった。
さて、周防であれば内藤興盛(おきもり)殿を通じて目通りがかなうだろうと私たちは考えていた。ただやはり、国の使節としての訪問なのだから、きちんとした服装と複数の人と、何より献上品を持っていかなければならない。平戸にいったん戻ったのは、それを整えるためだった。トーレス司祭の報告を聞くと、私はその旨を伝えて置いてある荷物をまとめ始めた。
平戸から周防への船旅は、もう春先だったのでさほど厳しいものではなかった。ただ前回と異なり、荷物は大変な量になった。一行が身に付ける絹の盛装の衣類をはじめ、以前から用意してあったインド総督とインド司教の親書、お土産として装飾で彩られた望遠鏡、オルゴール、リュート、錦繍(きんしゅう)の布、派手な衣装、時計、マスケット銃、美麗な製本の聖書、ガラスの大きな花瓶、鏡、老眼鏡、陶器、絵画などだ。これらを運ぶにはそれなりの人数が必要だということを痛感したよ。
私たちは大量の荷物とともに再び関門海峡を越えてーートーレス司祭らは初めてだったがーー三田尻(みたじり、現在の山口県防府市)まで海路を進み、そこから馬も頼んで山口を目指した。
「こりゃあまた、えらく見違えたもんじゃのう!ああ、よう来んさった! 南蛮の一行さま。すぐに殿に取り次ぎようけん、取りあえずは休んじょってくれんかいの」
取り次ぎを再び頼もうと内藤興盛(ないとうおきもり、大内家の家老)殿の邸宅を訪ねると、当の本人から感嘆の声が上がった。
本当に喜んでくれている様子が感じられて、私たちも喜んだのだよ。
内藤殿は約束を違えない男だった。翌日、私たちは広大な大内館に入って、別邸で大内義隆公に目通りすることができた。大内公は献上した土産の品をひとつひとつ嬉しそうに眺め、ものによってはその使い方を尋ねられた。フェルナンデスはオルゴールのゼンマイを巻き、トーレス司祭はリュートを奏でて見せた。大内公は、「どれも日本にはない、見事な品ばかりじゃ」とたいへん満足した様子だった。私はもうすでに話したことなので、衆道(男性の同性愛のこと)の禁忌について語りはしなかった。
トーレス司祭がリュートを上手に弾いたことに驚いたからかもしれない。人は見かけによらないものだ。
そして、山口での宣教が正式に認められたのである。1551年(天文20)4月末のことだった。
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