勝安房守の或る一日

尾方佐羽

文字の大きさ
2 / 8

江戸市中を抜けていく

しおりを挟む
 大久保が去ると、勝は出かける支度を始める。妻のたみがその様子を端から見て、声をかける。
「明日でお城が引き渡しになるのでしょう」
「そうだ」
「明日でこのお役目も解かれるのでしょう」
「そうなる」
「もう命を狙われることもなくなりますね」
「そう願うね」
 たみはそれ以上は話を進めず、「どうぞ息災で」とだけ告げて静かに夫を見送った。
 妻に見送られて赤坂氷川の屋敷を出た勝は、しばし思案して、昨日よりもさらに大回りな道筋を取ることにした。同じ轍を踏みたくないという心理だったろうか。だいたい人家や人目があるところでは刺客も狙いづらい。昨日の狙撃手も池上道を出る中延村近辺の林に潜んでいたのだ。いずれにしても目黒を通るより大回りはできないし、町を過ぎれば人っ気がなくなるが……熟考の時間はない。急いで氷川明神に一礼し、馬を整えて出立した。


(氷川神社)

 さて、彼らはなぜ大回りの道を選ぶのだろうか。
 江戸城周辺から荏原郡の池上本門寺に向かう際至便なのは、何といっても海寄りの道である。芝から品川宿の東海道、のち平間街道に出るのが定番の筋である。左手に鈴ヶ森、森が崎辺りの鬱蒼とした緑の群れを眺めつつ歩くと、ほどなく本門寺の参道にたどり着く。
 この辺りは武蔵野台地の裾にあたるので、西の馬込方面に丘陵が連なっている。平間街道は崖の下を縫う道だ。そこへ物見遊山で行く人は、街道から脇に逸れて八景坂を上ってみるだろう。風光明媚な土地で「笠島夜雨、鮫洲晴嵐、大森暮雪、羽田帰帆、六郷夕照、大井落雁、袖浦秋月、池上晩鐘」の八景が望める。それを見るためにえっちらおっちら坂を上るだろう。
 先を急ぐなら平間街道をただただ進めばよい。寺の山門をくぐるまで急峻な坂はない。終始平坦で楽な道なのである。もとより東海道は江戸いちばんの大道、平間街道はその側道なので、人通りは常にたいへん多い。
 要するにこの道筋を取れば万事無駄がないのだが、大久保と勝は九日、本門寺に行くのにそちらを選ばなかった。彼らは麻布から広尾に向かう道を進み目黒に出た。相模の大山詣でに向かう時にしばしば使われる道で、近辺には大名屋敷や寺が多く立ち並んでいる。
 そちらの道筋を辿ってみよう。
 麻布永坂を進み一本松を仰ぐ。その先をゆくと仙台坂にぶつかるので右に曲がる。天真寺と盛岡藩の屋敷の間をいく。その先にある祥雲寺の前をさらに進んで古川を渡れば、広尾の町に辿り着く。広尾の町には大山道と不動道の分岐点があって、宿場ほどではないが参詣客で賑わう場所である。目黒に進む場合は左手の不動道を進む。次第に辺りの景色は町ではなくなる。田畑の畦道を抜けていくと賑やかな参道が現れ、目黒不動尊の山に辿り着くといった道筋だ。
 さらに目黒不動からほど近くの小杉道に出てしばらく行けば、本門寺に向かう池上道がある。あとは一筋だ。このように、説明するのも煩雑だが、東海道から平間街道の経路に比べて大回りでかなりの起伏がある。
 それでも東海道からひたすら離れたのは、あまりにも危険だったからである。
 東海道先鋒軍は名の通り東海道からやって来る。本門寺は東海道のほど近くにある広大な寺院なので本陣にうってつけだった。また薩摩藩邸は芝、抱屋敷は高輪で軒並み東海道沿いだ。畢竟、本門寺と薩摩藩邸・抱屋敷の間を軍の人間がひっきりなしに行き交うようになる。何より、抱屋敷の南には品川宿があるが、この期間は東征軍が主な客となっていた。攻めてくる側なので血気盛んな徒士が多く、宿での乱暴狼藉も少なからず起こる。相当に治安は悪化していた。

 勝は馬と進んでいく。
 江戸城の外堀から赤坂六本木一帯には、藩の屋敷や旗本屋敷のほか、寄合・与力・同心・掃除之者など江戸幕府に勤める者の大縄地(住居)が固まりでいくつも道沿いに集まっている。元が旗本の勝にとっては親しみやすい島で、その間を縫っていくのが絶対に安全というわけではないが、ただただ安心するのである。
 勝は馬の手綱を握ってつぶやく。
「おれも皆も明日になればお役御免だ。この景色も明日からガラリと変わっちまうのか」
 幕府をすげ替えろ、と言うのは簡単だ。
 しかし「江戸がどれほど巨大な町か本当に判っているのか」と勝は憮然とする。総督府の側がどれだけ理解しているかは定かではないが、勝麟太郎は判っている。
 例えば以前、勝は以下のような内容を紙に書き留めたことがあった。
〈人口百五十万、毎日費ス所下ノ如シ。
米。七千五百石
(男女老弱核計毎日食スル所四合。毎両換六斗価銀一万二千五百両)
薪。三十万束
(毎五人核計用一束。毎束銀五匁、価銀二千五百両)
塩。十五石
(毎人一勺、毎升銀四分三匁、価銀七百五十両)
魚。毎人銀二分
(価五千両)
菜。毎人銀一匁
(価二千五百両)
糖。毎人銀二匁
(価四千百六十両)
醤油。三万七十五石
(毎人二勺半、毎石銀百五十匁、価九百三十七両半)
酒。七百五十石
(毎人五勺、毎石銀五百匁。価三千七百五十両)
文政年間ト物価ヲ較べ異同下ノ如シ。
酒 毎升銀二百八十文  現今、四百文
醤油 毎樽同十匁     同、十六匁
炭 毎苞同四百文     同、七匁
鞋 毎双同二朱      同、一三四匁
傘 毎根同六七匁     同、十匁
紙 毎帖同二十四文    同、四十文
手巾 毎帳同八十文    同、百二十文〉
 これを正確に試算できるのは幕府の勘定方ぐらいではなかったか。平たく言えば江戸の食い扶持がどれほどかという試算である。政権をすげ替える云々以前に、どれだけの人々を背負っているか、背負えるのかをまず考えるのが肝要だと勝は常々主張していた。
 まだ日が出て間もないが、道で出会う人には知った顔もある。勝は目礼しながら人とすれ違いつつ、辺りをいつになくじっくりと眺める。改めて江戸の大きさを量っているのだ。旗本屋敷の一画を右に曲がり、徳山藩の毛利屋敷、青山備中守の屋敷を抜けていくと、紀伊和歌山藩屋敷の通りに行き当たる。ここは大名屋敷の中でも破格の広大さだ。そこを左に折れて、勝はしばらく道なりに進む。
 安政の頃に幕府老中だった佐倉藩の掘田屋敷が見えてくる。開明派だったかつての老中正陸は安政の大獄と桜田門外の変ののち失脚した。
「あの政変がなかったらどうなっていたんだろうね。この道に至って今さら変えられるものでもないが、おれが咸臨丸に乗っている間に空気はガラリと変わっちまった」
 つぶやきが自然と口をついて出る。物言わぬ大名屋敷ひとつを見ても溜めていたものがぽろぽろと剥げ落ちてくるようだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

ソラノカケラ    ⦅Shattered Skies⦆

みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始 台湾側は地の利を生かし善戦するも 人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される 背に腹を変えられなくなった台湾政府は 傭兵を雇うことを決定 世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった これは、その中の1人 台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと 舞時景都と 台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと 佐世野榛名のコンビによる 台湾開放戦を描いた物語である ※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()

 【最新版】  日月神示

蔵屋
歴史・時代
 最近日月神示の予言本に不安を抱いている方もあると思うがまったく心配いらない。  何故なら日月神示では「取り越し苦労や過ぎ越し苦労はするな!」 「今に生きよ!」  「善一筋で生きよ!」  「身魂磨きをせよ!」  「人間の正しい生き方」  「人間の正しい食生活」  「人間の正しい夫婦のあり方」  「身も心も神さまからお借りしているのじゃから夜になって寝る前に神さまに一旦お返しするのじゃ。そうしたら身と心をどのようにしたらよいか、分かるじゃろ!」  たったのこれだけを守れば良いということだ。  根拠のない書籍や情報源等に惑わされてはダメだ。  日月神示も出口王仁三郎もそのようなことは一切言っていない。  これらの書籍や情報源は「日月神示」が警告する「臣民を惑わすものが出てくるから気をつけよ!」 という言葉に注目して欲しい。  今回、私は読者の皆さんに間違った解釈をされている日月神示を分かりやすく解説していくことにしました。  どうか、最後までお読み下さい。  日月神示の予言については、私が執筆中の「神典日月神示の真実」をお読み下さい。    

影武者の天下盗り

井上シオ
歴史・時代
「影武者が、本物を超えてしまった——」 百姓の男が“信長”を演じ続けた。 やがて彼は、歴史さえ書き換える“もう一人の信長”になる。 貧しい百姓・十兵衛は、織田信長の影武者として拾われた。 戦場で命を賭け、演じ続けた先に待っていたのは――本能寺の変。 炎の中、信長は死に、十兵衛だけが生き残った。 家臣たちは彼を“信長”と信じ、十兵衛もまた“信長として生きる”ことを選ぶ。 偽物だった男が、やがて本物を凌ぐ采配で天下を動かしていく。 「俺が、信長だ」 虚構と真実が交差するとき、“天下を盗る”のは誰か。 時は戦国。 貧しい百姓の青年・十兵衛は、戦火に焼かれた村で家も家族も失い、彷徨っていた。 そんな彼を拾ったのは、天下人・織田信長の家臣団だった。 その驚くべき理由は——「あまりにも、信長様に似ている」から。 歴史そのものを塗り替える——“影武者が本物を超える”成り上がり戦国譚。 (このドラマは史実を基にしたフィクションです)

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

楽将伝

九情承太郎
歴史・時代
三人の天下人と、最も遊んだ楽将・金森長近(ながちか)のスチャラカ戦国物語 織田信長の親衛隊は 気楽な稼業と きたもんだ(嘘) 戦国史上、最もブラックな職場 「織田信長の親衛隊」 そこで働きながらも、マイペースを貫く、趣味の人がいた 金森可近(ありちか)、後の長近(ながちか) 天下人さえ遊びに来る、趣味の達人の物語を、ご賞味ください!!

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...