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1章 集う、世界有数の実力者たち
つぼみ、ほころぶ
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〇つぼみ、ほころぶ
二階堂花音と少しだけ会話した後、俺はもといた拠点へと戻る。
「あ、戻ってきた」
俺が戻って来ると彼女は目をこすりながら俺に語りかける。
「・・・寝起きか?」
俺は彼女の眠そうな表情からそう考える。
「そうですね。少し寝てました」
「そうか、まあ精気を養うのは大切なことだし、こんな気候だと眠くもなるよな」
「個人的には暖かい風呂が恋しいところですけどね」
「まあそれに関しては仕方ないだろ」
実際俺たちは川の水で体を洗い流すことにより、風呂の代わりとしていた。ちなみに菜花が水浴びしてるとき俺は必ずトイレにこもらないといけないという条件までついてしまっている。まあ当然だが。
・・・もちろん、のぞき見なんてしてない。バレたときが怖いし、俺自身まだ人間として紳士的な要素も残しておきたいからだ。
ただ不思議なことに、彼女からはいつも良い匂いが漂っている。そのことに多少の疑問を覚えた俺は彼女に尋ねる。
「お前、香水でもつけてるのか?」
「え? 急に何ですか?」
「いや、お前から香水みたいな匂いが漂ってるもんだから思わずなんでなんだろうなと考えてしまってな」
俺がそう言うと彼女はクスリと笑って、
「これも能力のおかげですよ」
と、そんなことを言ってきた。
「あの戦闘の時きっとあなたは私の能力を見てたと思うので分かると思いますよ」
俺は彼女にそう言われ、その時のことを思い起こしてみる。確かあの時は彼女の周りに花びらのようなものが漂っていた。ピンクや赤などの鮮明な色を備えた、そんな花びらが。
「そういう能力なんですよ、私は」
彼女は笑みを浮かべて、
「花を扱うような能力なんです」
と、告げる。
「この匂いも能力を応用していろんな花の匂いを調合させ作ってるようなものなんですよ」
「なるほどな。そんな使い方もできるのか」
能力というのはとんでもなく利便性が高いものである。彼女の能力のように花一つでも武器として扱えたり、匂いなどの性質を応用させ私生活などに活かせたりすることが可能となる。
この世の中に生まれた能力には大きく分けて4つの段階が存在している。まず1段階目は、能力者が先天的にあらゆる属性の気質を宿すようになることである。一般的にその段階のことは『能力の発現段階』と呼ばれる。例えば、彼女の場合はおそらく木属性を宿していたと考えられる。木属性を宿した人間は主に植物などに由来する潜在的な能力を持ち合わせることとなる。木属性の他にも火属性や金属性なども存在し、どのような能力が付与されているのか想定しづらい無属性なんかも存在する。共通して言えることは、能力者と言える奴は生まれながらにしてそれらの属性のいずれかを宿しているということである。対して無能力者は属性を宿していないこととなるので、実際生まれた直後にそいつが能力者か否かを判断することができるのである。
そして2段階目は、気質を外に放出できる段階である。一般的にその段階は『能力の解放段階』と呼ばれ、この段階においては能力の種類に関係なく、能力者の誰もが同じようなエネルギーを放出できるようになる。例えると某作品に登場する気功波のようなエネルギー弾を放出できたり、エネルギーを自分の体に宿して多少の身体強化をしたりすることが可能となる。この段階から実質的に能力者と無能力者の差が顕著に表れるようになるのだ。
そして3段階目に当たるのが、先ほども彼女が能力を発動していたように、能力者が固有に備わっている能力を発動できる段階、いわゆる『能力の覚醒段階』である。この段階になってはじめて、属性に沿った一般的に異能の力と呼ばれている力を発動したと言えるのである。
そして、この段階に至ると個人の体術なども鮮度が増し、体力や力も数段階引き上げられる。また、能力は個人個人の技量だったり体力、成長段階、才能だったりによってその質が変化する。才能に恵まれていてなおかつ技量が卓越した者が能力を発動すれば、もちろんその能力の規模や力は一級品の物となるし、そんなに技量がない者が能力を発動すれば、その質はどうしても劣ってしまう。だからこそ、仮に同じ火の能力者が対峙したとしてもその鮮度や実力の差で勝敗が決してしまうのだ。
またもちろん、能力間には相性というものも存在する。分かりやすいところでいえば、水を扱う系の能力者は火の能力者との相性が良いし、逆に草木を操るような能力者とは相性が悪くなる。そういう性質が能力にはあるため、多少は能力者であろうと体術面の実力も付けなければならないのだ。
そのような過程を経て、ごくまれに第4段階、いわゆる『能力の顕現段階』に至るものも現れる。この段階になると、自分が持つ能力をフルで使いこなせるようになり、文字通り第3段階とは比べ物にならないほどの力を得ることができる。ただ第4段階に至るには能力に見合った個人の実力を完全に体得する必要があるうえに、能力を顕現させることができる才覚をも持ち合わせることも必要になる。そしてそのような条件でさらに多くの経験を積み、自分の能力を完全に理解する必要があるため、第4段階に至ることはほぼ不可能とされている。ただ、能力の顕現を可能にした人物は全世界に一人だけ存在していたため、概念として能力の顕現段階というのが存在しているのである。
彼女が花を扱う能力を香水代わりなどに使っているのを見ると、意外と自分の能力について理解をしているのかもしれない。そう思うと能力っていうのも使い手次第なところだったり応用の仕方だったりで唯一無二になっていくものなんだろうな。なんとも奥が深いものだ。
「あなたにも香水つけてあげましょうか?」
「そんなことできるのか?」
俺がそう尋ねると彼女ははい!っとにこやかに言い、川の方へ歩いていき水をすくって俺の方へと運んでくる。
「匂ってみてください!」
彼女にそう言われて俺はその水の匂いを嗅いでみる。
「・・・いい匂いだな」
その水はまるで花畑に行っている気分になるような、そんな匂いがしていた。
「これを、こうするんですよ」
彼女はそう言い終えると、俺の顔にその水をつけてくる。やられたことはないんだが、まるで化粧されているような感覚に似たものを俺は感じた。
「こんな風に体に水をつけていくと、香水代わりになるんですよ」
彼女はニコッと笑い、俺にそんなことを言ってくる。
「便利だな、お前の能力」
俺は思ったことをそのまま彼女に伝える。
「それが、何でもできるわけじゃないんですよ」
彼女はそう言って少し俺と距離を置く。
「私の能力はあくまで触れたものに対して効力が出たり、自分の身にその一部をまとえたりするくらいなんです。だからこの辺りをお花畑にしたり、いきなり手から花を出したり、そういうことはできないんですよ」
「あの戦闘の時は花びらを出してたじゃないか」
「あれはあくまで花びらを出しただけです。あれは花というものを構成する一部にすぎません。それくらいであれば私だって出せますよ」
「花びらを鋭利なものに変えていたのはお前の能力によるものだろ? それができれば花を出すことくらいできそうなもんじゃないか?」
俺がそう言うと彼女は少し苦笑いをして、
「もしかしてあなた、私が花を出せる能力だと思ってませんか?」
と言い、ポケットから何かを取り出した。
「それは・・・」
彼女の手元にあるのは、桜の花、あとはたんぽぽ、しろつめ草の花など、色々な花だった。
「これらはすべてこの無人島で拾った花です」
そして彼女は能力を発動する。すると彼女の周りにはありとあらゆる花びらが舞い乱れる。
「この花びら。お前が持ってた花のものだな」
俺は花びらを見て気づいたことを言う。
「ええ、そういうことです」
彼女はそう言った後に、
「私の能力は、触れた花の潜在的能力を自分の身に宿す能力なんですよ」
と告げ、手に持っていた花をその場に落とす。そしてそれと同時に彼女の周りからは花びらが霧散する。
「花びらを鋭利なものにしたことだって、結局はそういうことです」
彼女は足元に散らばった花を拾い上げ、
「花はその成長の過程でいくらでも花びらを固くすることだって可能なものなんです。だから私はそんな花の可能性を全面的に引き出した。こういうことなんです」
彼女は落ちていた花をすべて拾い、空を見上げる。
「ここまで花の可能性を引き出すために私はすごく鍛えました。もしもっと鍛えたら、もっと花が持つ可能性を出してあげられるんじゃないかって、そんなことを思ったんですよ」
「・・・そうか」
おそらくだが、彼女はこの段階に至るまで相当努力を積んだのだろう。まあそれならあの時敵を倒したことに喜びを感じたことも当然と言える。なにせ自分の努力が実を結んだんだからな。
「だから私、頑張ります! もっと自分の能力を磨けるように」
彼女は俺の方を向いてそう告げる。もう何回目だろうか、彼女のそんな決意を聞いたのは。
「お前をそこまで突き動かすものは、なんなんだ?」
気づけば俺はそんなことを彼女に尋ねていた。気になった。なぜこいつはそこまでできるのかが、純粋に。
「私は、お花が好きなんですよ」
彼女は俺の問いに対してそんな答えを返してきた。
「・・・違うか。ちゃんと言うとするなら、お花は私にとって、なくてはならない存在なんです」
「へぇ~、ちなみに理由を聞いてもいいか?」
「どうしてそこまで気になるんですか?」
彼女はクスクス笑いながらそんなことを聞いてくる。
「お前は努力家だ、れっきとしたな。努力ってのはきっかけがないとすることができないもんだ。だからこそ気になっただけだ。特別な理由なんてねーよ」
「そうなんですか」
彼女は少し考える素振りを見せた後、クスッと口元を綻ばせ、
「分かりました。ただ教える代わりに私の要望も聞いてもらいますよ」
彼女のその言葉に俺は笑ってしまった。
「今すぐこの試練から脱落しろとか私に倒されろとかの理不尽なもんじゃなきゃかまわないぞ。能力まで教えてもらってるからな」
「そんな要望言うぐらいだったら直接倒してますよ」
「・・・認めたくないが確かにそうだな。じゃあ聞かせてくれ」
俺がそう言うと彼女は一度目を閉じて、
「分かりました。少し長くなりますが」
と言い、彼女の過去話を語り始めるのだった。
私は、能力者の家系で生を受けた。私の両親は能力者だったので、もちろん私も能力者として生まれたのだ。ただ私には能力はあれど、才能はあまりなかった。能力者であったとしても、それを扱えるような才能だったり、解放段階・覚醒段階に至るための実力だったりが欠けていれば本来の能力の真髄が出せないため、良い評価など与えられない。
「なかちゃん、遊ぼーよ!」
私は能力者が持つはずの才覚を持ってなかったため、子供の頃はずっと無能力者だった子と関わりを持っていた。
「うん、いいよ」
私はこれでよかった。私には能力者にあるべき実力が欠けていたから。中学に入って能力者のほとんどが能力の覚醒段階に入っている中、私は解放段階に入ったばかりだった。自分だけ劣等感を抱えて生きていくのが嫌だった私は自分が能力者であることを他の人にばらすことはなかった。
私は無能力者と変わらない。能力者として体が成長していない。
(このまま私は・・・)
そう思っていた私はこの先もずっと、能力者として出しゃばることなく生きていこうと思った。
「ッ・・・!」
そんなある日、私はその現場を目撃してしまった。普段私と一緒に遊んでいた友達が、
・・・能力者たちに虐められていたのだ。
ひどい暴力、暴言を浴びせられていた友達のその表情は、いつも私と遊んでいた時のあの明るさからは想像できないような、言葉にも表せないものだった。
私は、腐っても能力者だ。幸い彼女を虐めている人間は2人。私ならこの虐めを止められる可能性がある。
(私がなんとかしないと!)
私は意を決してその現場に踏み出そうとする。
・・・・・なのに、
(なんで、どうして・・・!)
私の足は鉛のように重く、動かない。
(助けないと、彼女を救わないといけないのに!)
私は思い切りその現場に踏み出そうとするも、私の足が動くことなんてなかった。
気づけば彼女を虐めていた人たちはいなくなっていて、その教室では、ただ私の友達がぐったりとした表情で地に座り込んでいた。
「・・・・・ぁ」
疲弊しきったような声が、夕焼けの差し込む教室内に響き渡る。気づけば私とその友達の視線は交わっていた。
「えへへ、なかちゃんだ~」
彼女はいつものように私に向けてニカッと笑みを浮かべる。その笑顔にはもちろん、私は笑えなかった。
「・・・もしかして、見ちゃってたかな?」
「あ、えっと・・・」
すると彼女はぱっとその場から立ち上がり、私の方へと歩いてきた。
「・・・ごめんなさい」
私は、とりあえず彼女に謝った。助けられなかったから。何もできなかったから。
「良かったな~」
私の謝罪に、彼女はそんな言葉を返してきた。
「え・・・・・」
私は思わず彼女の目を見る。怒っているんだろうなと私は思っていたが、彼女は私に微笑んで白い歯を見せていた。
「なかちゃん、正義感強いでしょ? もしなかちゃんが私が虐められてるところを見て私を助けようとしてたら巻き添えくらっちゃうでしょ? 私、なかちゃんが傷つけられるところ見たくないもん!」
その言葉を聞いた瞬間、私は胸元から強烈な何かが押し上げられるのを感じた。
「そんな、こと・・・」
私は、何をしていた? 立ち止まっていた、友達が虐められてる前で。
なんで動けなかった? 私は自分が傷つけられるのが怖かった。
「そんなに深刻そうな顔しないでよ~。こんなの私にとっては日常茶飯事だから!」
「・・・え?」
今、彼女は何と言った? 日常茶飯事?
・・・つまり彼女はいつもこんな目にあってたってこと? 私は、それに気づくことさえもできなかったのに?
私の脳内では様々な思考が駆け巡っていて、そして
「あ・・・・・」
気づけば私は、学校に行かなくなっていた。
(私はもう、彼女に顔向けできない)
本来なら中学に行くべき時間なのに、私はそんなことを自室にて考えていた。
私があの時一歩踏み出していれば、彼女をもしかしたら助けられたのかもしれない。そんな思考ばかりが私の脳裏をかすめる。
『なかちゃん、大丈夫?』 — 未読
『今日も休みなの? お見舞い行くよ?』 — 『・・・来なくていい』
『・・・・・会いたいよ』
そんなメッセージが来たとき、私はスマホを閉じる。
(私みたいな薄情者は、彼女とは関われない)
きっと私の心情を聞いた人なら揃ってこう言うのだろう。そこまで気にする必要なんかない、と。
だけど私は、自分でいうのもなんだけど異常なまでに正義感が強い。だからこそ彼女を救えなかったことは私にとってとんでもないほどの後悔であると同時に、彼女と友達でいる資格すらないと思ってしまうようなものなのだ。
彼女は私が葛藤している時にそばにいてくれて、いつも微笑みかけてくれた。能力者であることは彼女にも言ってなかったけど、彼女といると私は悩みなんて感じないくらいに至福の時間を過ごせたのだ。
そんな彼女が虐められていた。私も見たことのない、彼女からは想像もつかないような苦痛な表情の前に私はおびえることしかできなかった。こんな恵まれた天性の力も持っているというのに。
「菜花、明日お出かけに行くわよ」
私が気を落としている時にお母さんはそう私に声をかけた。
「・・・なんで?」
今私は夕食すらあまり採れるような気分じゃなかった。なのにそんな私を連れてどこに行くというのだろうか。
「大事なことよ。明日は少し外に出てもらうわ」
「・・・分かった」
別に私は外に出たくなくて学校に行ってないわけではなかったため、その誘いには乗ることとした。
「お母さんは? 仕事じゃないの?」
私のお母さんは能力者の一員として警察に務めていたが、警察の組織に入っていて平日に休みなんてとれるのだろうか。
「そんなこと、あなたが気にする必要なんてないわ」
今日のお母さんはどことなく重い雰囲気を醸し出していた。私は学校を休んでいる事情なんて言ってなかったけど、お母さんは今までその話題を出してはこなかった。きっと母さんなりの配慮なのだろう。だからこそ今回のお出かけはなんとなく重要な意味を持っていると、そんなことを私は考える。
そしてこのお出かけが、私が実力を高めようという考え方になるきっかけの一つとなるとは、少なくとも当時の私が知る由もなかった。
翌日、私は母さんと車で結構な遠出をした。
「お母さん、どこに行くの?」
私は行き先を知らなかったため、そんなことを母さんに尋ねる。
「私がお父さんからプロポーズされた場所よ」
母さんは静かにそう言った。
「お父さん、から?」
私の父親は単身赴任だったから、私は母さんとの二人暮らしだった。私の両親はどちらも能力者で、私なんかと違って実力もしっかりと備わっていた。
「菜花。あなた自分が無力なんて、そんなこと思ってない?」
「・・・え!?」
突然母さんからそんなことを言われ、私は思わず驚いてしまう。
「・・・やっぱりそうみたいね」
私の反応から、母さんは私が悩んでいることを察してしまったらしい。
「なんで、そう思ったの?」
思わず私は母さんにそんなことを聞き返してしまう。私がそう言うと母さんは少し口元を綻ばせて、
「誰であっても、自分の無力さを痛感したら落ち込むものよ。特にあなたは正義感が強い子だから、友達を守るための実力がなかったんだ、とかそんなところなんでしょうけど」
「・・・・・!!」
驚くほどに図星だった。母さんは私が悩んでることを的確に言い当ててきた。
「何年あなたの母親やってると思ってるのよ」
私の表情を見るなり母さんは微笑み、そんなことを言ってきた。
「母さん、もしかして・・・」
「ええ、あなたが学校を休んでいる理由なんて、おおよそ見当はついてたわよ」
母さんはそう言って車を止める。
「さ、少し歩くわよ」
そう言って母さんは車を降りて先へ歩みを進める。私も車を降りて母さんの後を追っていくのだった。
歩いている間は、私たちの中に会話はなかった。ただ黙って私は母さんの後についていく。
(どこに行くんだろう・・・)
母さんは山道をどんどん進んでいく。まさか父さんは登山中にプロポーズをしたのだろうか。だとしたらさすがにセンスがないのでは?(※一個人の感想)と少し思ってしまう。
「もうすぐ着くわよ」
母さんがそう言うと同時に私たちの眼前にかなり開けた場所が見えた。私たちはその場所へと踏み入って、
「え、なにここ・・・」
そこは、いわゆるお花畑だった。赤い花、黄色い花、白い花など色とりどりの花が咲き誇っており、真ん中には一際大きい木が佇んでいる。
「お母さん。ここって、なに?」
私が母さんにそう尋ねると母さんは微笑んで告げる。
「この開けた土地は、私たちの土地なのよ」
「え、」
私は驚いた。そりゃそうだろう。こんな辺境な地に私たちの土地があると聞かされたんだから。それにそこには色とりどりの花が整備されてあって、
「プロポーズには、うってつけの場所だね・・・」
私はそう言葉を零していた。
「ここはお父さんの家系が代々受け継いでるらしいわ。私もプロポーズを受けるまで知らなかったもの」
母さんは笑いながらそんなことを言う。
「真ん中の大きな木があるでしょ?」
言われて私はそこへと視線を向ける。その地のど真ん中に立っている巨木には花がついておらず、枝をむき出しにしてただ直立している。
「あれは桜の木なのよ」
母さんは私にそんなことを教えてくれた。桜の木、と言われて私は、この木に桜が咲いていたら、どれだけ素晴らしいものになるんだろう、と思わずそんなことを考えてしまった。だけど、それと同時に、
「この桜の木、なんだかほんとに生きてるみたい」
私はふとそんなことを考えてしまった。母さんの方を見ると、
「へえ、菜花もそう感じるんだ・・・。お父さんと同じことを言うんだね」
と、そう言って笑っていた。
「お父さんもそう言ってたの?」
私がそんなことを聞くと母さんはクスっと微笑んで、
「この桜はね、ちょっと特殊なのよ」
と、そんなことを言ってきた。
「特殊?」
その言葉に私は思わず首をかしげてしまう。
「ええ、そうなの」
母さんは笑って、そして、
「この桜はね、とある条件が満たされた時の〝夜にだけ〟咲く桜なのよ」
と、告げる。そこで私の頭に一つの可能性がよぎる。
「まさか! 私の苗字って・・・」
私の苗字は『夜桜』。つまり・・・
「ええ、あなたの苗字はこの桜から来てるのよ」
母さんは私にそんなことを言った。
「そうだったんだ・・・」
人間の苗字というのは何かしらの意味を持って付けられるという話はどこかで聞いたことがあるが、私の苗字もここから来たのだと、私は少し関心を持った。
「それで、この桜の木はどういう条件下で咲くの?」
母さんの話の中で純粋に疑問に思ったことを私は母さんに尋ねた。すると母さんは桜の方を向いたまま、
「それは父さんも分からないらしいわ。どうにもこの桜の木が咲いたのって数百年前に一度だけみたいだし、そもそも夜に咲くってこと自体あくまで伝説の話だしね」
と、そんな言葉を零した。
「・・・なんか、すごい伝説」
この桜の木が咲き誇るところを一度は見てみたいな、と思わず私はそんな感想を抱いてしまうのだった。
「さて、それじゃ、そろそろ本題に移ろうか!」
「本題?」
今の話が本題じゃなかったのだろうか、などと私はそう考えてしまった。十分本題っぽかったが。
「そう、今日話したかったことはね・・・」
母さんは一泊を置いて、そして告げる。
「あなたの名前の由来を、ね」と。
「私の名前の、由来?」
言われて私は少し考えたが、確かに記憶の中にはまだ名前の由来についての情報はなかった。
「あなたの名前は花に因んでつけられてるのよ」
「そうだよね、菜の花みたいな名前だもん」
それくらいなら私は随分前に察していた。きっと私の両親はお花が好きなんだろうな~とそんなことを思いながら。
ただ私は今まで一度も親に本当の理由を聞いたことがなかった。だからこそ、
「なんでこの名前になったの?」
と、率直な疑問を母さんに聞く。
「あなたには人の心を明るくする力があるからよ」
「人の心を、明るくする力?」
「ええ、そんなことをお父さんが言ってたのよ」
何を根拠にそんなことを、と私は思ってしまう。私はそんなことできるはずない。現に友達が、いつも私の隣で私なんかと話してくれていた親友が虐められていたのに、私は能力を持っていたのに、彼女を救えたかもしれないのに。
・・・そんなことが、できなかった。
そんな私が人を明るくできる? そんなわけがないでしょ? たった一人の友達の苦悩にも気づいてあげられなくて、目の前で苦しんでる中助けてすらあげられなかった。なのに・・・
「それをできるかできないかは、あなたにかかっているのよ?」
後悔で頭がいっぱいになっている中、聞こえた一つの声。
「花っていうのは咲き方や種類によって人に与える印象は大きく変わる」
母さんはあくまで静かな声で、そんなことを私に伝える。
「赤い花はどこか情熱さや力強い印象を、黄色い花は活発で輝いている印象を、桃色の花は可憐で新鮮な印象を。他にも色によって人間に与える印象は違うし、人間によって受け取る印象も変わる」
母さんは淡々と、だけど今の私にはどことなく響いてくるような言葉を投げかけてくる。
「鮮やかな花は少なくとも人に悪い印象を与えることはない。だけどそれがもし、開き切ってない花や枯れている花だったらどうかしら」
「・・・・・」
私はあくまでその場で無言を貫いている。でも母さんはそんな私に容赦なく、
「菜花。今のあなたは後者よ」
と、そんな一撃を浴びせてくる。
その言葉に私は、何も言い返すことができなかった。そんなの当たり前だ。全部事実なのだから。
「あなたの名前は菜花。花に因んでつけられた名前。あなたはこのまま枯れていくの?」
母さんから容赦なく言葉が叩き込まれる。私は目線を前に向ける。
(奇麗だなぁ)
山奥にあるお父さんの土地。大きな桜の木を囲うように咲き誇っている数多の花々。この花たちを見ていると、私の心は少しずつ晴れやかになっていく気がした。
「帰るわよ」
私が花々を眺めていると、母さんはそう言い、踵を返してその土地から立ち去ろうとする。
『あなたはこのまま枯れていくの?』
頭の中で母さんの言葉が反芻する。これから私はどうするべきなんだろうか。少なくとも冷静でない今の私では決めることができそうもないので、とりあえず母さんの後を追い、家への帰路を辿るのだった。
家に着き、私は夕食をとって自分の部屋のベッドで寝転がっていた。
「明日、彼女に謝ってみようかな」
母さんの言葉を聞き、あそこに咲き誇っていた色とりどりの花を見て、私の心境は少しずつ変わっていった。
私はスマホを開く。
『・・・会いたいよ』
彼女から送られてきたメールを眺め、私はしばらく考えた後、
『ごめんね、ちょっと体調悪かったの。明日いきつけのカフェ行こうね!』
と、彼女へ返信を送った。
もしかしたら私は恨まれているかもしれない。きっと彼女に会うべきではないのかもしれない。
でも、考えていくうちに、私が自分から彼女を遠ざけるのは違うということに気が付いた。
私が彼女から離れてしまったら、あの時の彼女の言葉を無下にしてしまう気がする。私に虐めの現場を見られたということが汚点となってしまう。だから、私個人の感情で彼女から離れちゃ駄目だ。
もし彼女が虐められていたら、今度こそ私は彼女に寄り添うし、そうじゃなかったとしても、私は彼女に明るく振舞えるようになろう。だって私は、
「〝菜花〟として、生きてるんだからね」
私はまだ枯れているわけじゃない。言ってみれば今まではまだつぼみの段階だったのだ。ただそれでもちろん今までの行動が許されるとも思ってない。だからこの経験を糧にして、これから開花すればいい。弱い自分を捨てればいい。そう思った私は明日彼女とたくさん話して、少しでも彼女が直面している状況を和らげてあげるんだ。そう決意して私は明日に備え、早めに寝ることとした。
私は正義感が強いとよく言われる。今日母さんにも言われた。ただ私はそれが欠点だとは微塵も思ってない。
偽善だと言われるかもしれないけど、私はそんなことも気にしてない。
今回の決意だって、たぶん正義感からきた言葉だろう。だけど、今回はそれでもいいだろう。私を良い方向へと動かしてくれたんだから。
ピロン♪
そんな時私の携帯から着信音が響き渡る。私はそれに目を向け、彼女からの連絡だということに気づいた。だけど、
「・・・・・え?」
その内容は私の想像をはるかに超えるもので、私は思わず目を見開いてしまう。
『平等って、なんなんだろうね』
そして以降、彼女との連絡は途絶えてしまうのだった。
「自殺、した・・・?」
翌日私が学校へ行くとすぐに、クラスメートからそんな話を聞いてしまった。
「なん、で?」
その人が言うには、彼女への虐めがエスカレートしてしまい、彼女は拠り所を失った結果、そんなことが起きてしまったらしい。
「拠り所って、まさか・・・」
「うん。あの子、あなたが来なくなってから日に日にどんどん衰弱していって・・・」
「でも、彼女にはいっぱい友達がいたじゃん!」
私は思わずそう怒鳴ってしまった。
「なんで!?」
目から涙が出てくる。なんで。別に私以外にも友達なんてたくさんいたはずだ、彼女には。なのにどうして。
「あいつを庇ったら、次にターゲットにされるのはそいつだ」
私が半狂乱でいる中、一人の男子生徒がそう呟く。
「正直、俺たち無能力者は能力者に勝てない。だろ? そんなことが分かっていて虐められてる奴を庇えるか?」
彼はそう言って一枚の紙を私に見せてきた。
「なに、これ・・・」
そこに書かれていたのは、
『〇〇は私らが徹底的にぶちのめす。あいつは私らの顔に泥塗りやがったんだ。お前らはあいつらに関わるなよ? 関わったら分かってるよな?』
と、そんな文が書かれている。
「なんで、こんな物が!」
私は色々な感情が入り交ざって、もはや絶句していた。なんで、彼女がこんな目に合わないといけないんだ?
「彼女が、なにをしたっていうの・・・」
声を振り絞って、私はそう言葉を発した。
「あの方は、主犯の能力者の方に手を挙げたんです」
私の言葉に反応した少女が一人。
「・・・椎名さん」
彼女は椎名雫。水色髪で高貴な家庭に生まれた、私たちの学校で一番強い能力者と言われている少女。ただ今はそんなことどうだっていい。
「それだけのこと・・・! なんで学校は動かないの!」
ただ手を挙げただけ。いじめっ子の方がもっと卑劣なことをしている。なのに、なんで学校は動かなかった? 絶対知ってたはずなのに。
「夜桜さん。学校側は動かないのが当然です。あなたもお分かりでしょう」
「・・・・・!」
そんなこと、言われなくても分かってる。この国は実力主義で、この国にある学校のほとんどは公的機関が運営している施設。簡単に無能力者の肩を持つような真似はできないことくらい、分かっている。
「けど・・・!」
「夜桜さん。気持ちはお察しいたしますが、今は冷静でいてください。彼女もあなたが標的にされることなど望んでおりません」
椎名さんは落ち着いた声で私を宥めてくれる。
「・・・・・」
私はなんとか正気を保てたが、正直怒りしか湧いてこない。
「すみません」
すると、椎名さんは私に向けて謝罪してきた。
「今回の件、私も解決を試みたのですが、少し事情もあり介入するまでに至れませんでした。お力になれず申し訳ございません」
「え!? いや・・・」
「今回、主犯格にいるのは椎名家と良好な関係を築いている家計でして。私が彼女と敵対してしまうと関係が崩れかねないのです。ご理解いただけると幸いです」
「いや、椎名さんが謝ることなんてないですよ!! 何も悪くありませんって!」
私は彼女につい頭を下げてそんなことを言ってしまった。椎名さんが私たちのことを思ってくれていたことに申し訳ないと感じつつも、少し嬉しさも感じてしまう。
「とりあえずそろそろ始業なので席に戻りましょう」
椎名さんは私に微笑みかけ、そう言ってくれた。
「・・・すみません」
私は彼女にお辞儀を返して自席へと戻る。
「・・・ん、?」
自席に戻った私は、引き出しの中に何かが入っていたことに気づいた。
「これって・・・」
私が取り出してみたそれは、一通の手紙だった。まさか!と思い、私はその手紙を開封する。
「やっぱり・・・」
その手紙はずっと私と友達でいてくれて、そして追い込まれて自殺してしまった彼女からの手紙だった。
私はその手紙を開き、中身を確認する。
なかちゃんへ
まず初めに、ごめんね。なかちゃんって多分だけど私のことで塞ぎこんじゃって学校休んでたんだよね。
えへへ~嬉しいな~、なかちゃんは私を心配してくれたんだよねえ~。ありがとねえ~。
でもごめんね、こんなことになっちゃって。
ううう、悲しいよお~、なかちゃんに会えなくなっちゃう(´;ω;`)
あ、だめだめ泣いてたら! なかちゃん悲しませちゃダメなんだった!!
大事なお手紙だもん! 私がなかちゃんに伝えたいこと書かなきゃだよね!
まずなかちゃん! 私はなかちゃんが悲しむところなんて絶対に見たくない!
だから泣いちゃダメだし、怒ってもダメ! なかちゃんのことだからどうせあいつらにやりかえそうとするんでしょ~?
ダメだよ! だってなかちゃん弱いし、あいつらにぼこぼこにされちゃうよ~
その証拠にあの時教室の前で足ガクガクさせてたでしょ~。バレないと思った? バレバレw
でも嬉しかった。あの時のなかちゃん、私を助けようって感じだったもん!
私、なかちゃんと友達になれて本っっっっ当によかった! 楽しかったもん! なかちゃんと遊ぶのだって、なかちゃんの隣を歩くのだって。
でも、悲しかったんだよお。なかちゃんが学校来てくれなかったから、私寂しかった・・・
なかちゃん来るまで頑張ろうと思ってたけど、無理だったみたい。私弱いな~。人のこと言えないや!
さて、手も疲れたことだし、そろそろお手紙も書き終わろうかな~
なかちゃん。私メールで短い文章を送ったんだけど、読んでくれたかな?
あれはね~、私がずっと知りたかったことなんだ。だからさ、なかちゃん。良かったら答え、教えてくれない?
なかちゃんが考えてるそれについて教えて欲しいんだあ~
メールにでも送っといてよ! 絶対見るから!
嘘はつかないよ? なかちゃんのこと、ずっと監視しとくからね!
だから、弱くて強い、そんななかちゃんでいてね。
最後に一つだけ!
大好き! なかちゃん!
「・・・あっ」
涙なんて、堪えきれるわけがなかった。
「・・・あ、・・・ああ」
すでに朝礼が始まっている中、私は声を必死に押し殺しながら泣いた。
(ごめんね・・・、気づいてあげられなくて。そばにいてあげられなくて)
私はただそんなことしか考えられなかった。
「ごめん、約束守れそうにないや・・・」
今だけは、いいよね。泣いちゃダメって言われたけど、今だけは許してほしい。だって、友達がいなくなったのに、泣かずにいることなんてできないから。ごめんね、今だけは弱い私を許してよ。弱い私で、いさせて。
私は机に顔を伏せ、声を出さずにただひたすら涙を流すのだった。
授業が始まったけど、当たり前だが私は授業を受ける気になんてなれなかった。私は泣きはらした目を青空に向け、ひたすらにボーっとする。
「弱いな~、私」
彼女には泣くなって言われてるのに泣いちゃったし、はっきりと弱いって言われちゃってるし。
「これじゃあ、駄目だな~」
私は手に持っているそれを見つめる。手紙と一緒に同封されていたその栞を。
「桜の花、か」
前に彼女とお花見へ行ったときに記念で彼女は道に落ちている桜を拾ってたな~。確か落ちてる桜の中で一番きらきらしてたから、とか言ってたっけ。
「きらきら、か」
果たして私は彼女に対してきらきらできていただろうか。それを確かめる術なんて、もうない。
『あなたには、人の心を明るくする力があるからよ』
昨日の母さんの言葉が脳裏をよぎる。確か私の名前の由来だっけ?
彼女は私を「なかちゃんなかちゃん」って呼んでくれてたけど、私は彼女の心を明るくできてた?
私は首を横に振る。私は彼女の傷に気づけなかった。それどころか、彼女を見捨てるような真似までしている。こんなんじゃ、彼女の心を明るくすることができたなんて言えないよ。
「はあ・・・」
私は溜息をつく。彼女のいない世界はどこかもの寂しさを感じてしまう。
(私はどうするべきだろう。どうしたら彼女にとって明るい私でいられるんだろう)
私はそんなことを頭で考える。
(強いって、なんだろう)
彼女は手紙の中で強いなんて言葉を私に言ってたけど、彼女は一体私のどこを強いって思ったんだろうか。私には彼女の考え方を理解することができなかった。
「あれ? なんだ来てんじゃんw」
私がそんなことを考えていた時、屋上に響き渡る声が一つ。
(今は授業中なんだけどなー)
そう思い私は声がする方に視線を向け、
「・・・え」
思わず私はそう声を漏らしてしまう。だって、そこには
「あいついないのに来たん? ウケるわw」
・・・彼女を、私の友達をいじめていた主犯格がいたんだから。
「なんで、あなたが・・・!」
私は声を絞り上げて彼女に尋ねる。
「ただいっつものように授業さぼってただけだけど、まさかアンタと会うなんてね。ラッキー」
彼女はそう言い指をポキポキと鳴らす。
「アンタも潰しときたいって思ってたのよ」
「お前、!」
私はすでに頭に血が上っていた。そりゃそうだろう。あいつはこの一連の事件の根源なんだ。そんな奴が目の前に現れて怒りを覚えないような奴なんているはずもない。
「お前、よく私の前に姿を見せれたな! お前のせいで、彼女は・・・!」
「・・・・・アハ、なるほどね」
私がそういうと彼女はゲラゲラと笑い出した。
「アンタ、なんも知らないんだw」
「何も、知らない? どういうことだ!」
私は怒鳴る。正直もう我慢なんてできない。なんであいつは笑っていられるんだ。そのことがさらに私の怒りを煮えたぎらせる。
「その目。まるで憎い奴を見てるみたいね」
「・・・当たり前だろ。お前のせいで・・・」
「責任転嫁も甚だしいよね、ほんっと。そういうところも嫌いだわ」
そうして彼女は告げる。
「アンタのせいでこうなったのにね」
と、そんな一言を。
「・・・は?」
私は一瞬彼女が何を言ってるのか分からなかった。今、私のせいって・・・
「ふざけんな! お前らがあの子をいじめたからだろうが!」
私はありったけの声量で怒鳴りつける。
「お前ら、どこまでクズなんだ! 責任転嫁をしたのはお前らの方だろ!」
私のその言葉に彼女はなぜか感心したようなそぶりを見せる。
「へぇ、まさかあいつ言わなかったんだ。意外と口は堅かったんだな」
「言わなかった?」
私は彼女の言葉に違和感を覚える。すると彼女は嘲るように笑いながら私の方を見て、
「なんであたしらが率先してあの子いじめなきゃならないんだよ」
「は? まさかお前ら、この事件をなかったことにしようって言うつもりか!」
「誰もそんなこと言ってないだろうが」
彼女は少し呆れたような表情をしながら、
「無能力者のゴミクズなんてその辺に腐るほどいる。なんの理由もなくいじめ倒すんなら別にあいつじゃなくてもいいだろ。あいついじめがいなくて正直うんざりしてたしな」
と、そんなことを言う。
「じゃあお前ら、なんで彼女をいじめた!」
私は彼女に怒鳴る。なんで、なんであいつはうんざりだと言いながら死に追いやるまで彼女に手を出したんだ。その事実がなお私の怒りを促進させる。
「ハハ、ハハハハハハ」
彼女は腹を抱えて笑い出す。
「ッ・・・・・・!!」
その行動に私の堪忍袋の緒は切れ、私はそいつに向かって気弾を放つ。
「・・・・・!」
彼女は目を見開きながらもその気弾をよけ、私に思い切り詰め寄って、
「・・・・・ぐっ!」
私の腹に思い切り拳を突き刺した。
「ごほ・・・」
私はその攻撃に、思わず膝をついて腹を抱えてうずくまってしまった。
「驚いた。アンタ能力者だったんだ」
見上げた先にはいじめの主犯格の女子生徒が私を見下ろしていた。次の瞬間、彼女はニヤリと笑みを浮かべ、
「じゃあ、あいつは無駄死にだったってことか」
と、そんな言葉を吐き捨てる。
「無駄死に、だと!」
私はその言葉にさらに怒りが湧いてきて、
「殺した張本人のくせして・・・!」
と叫び、立ち上がって彼女に再び気弾を放とうとするが、
「さっきも見たよ、それ」
彼女は態勢を変えて私の懐に潜り込み、
「こいつを守る価値なんて、ないのにね」
と吐き捨て、私の腹に蹴りを放つのだった。
「が!?」
その蹴りによって私は吹き飛ばされ、壁に激突する。
「私は一点に気力を集中させることのできる能力。どう? 満足した?」
彼女はけらけらと笑い、私の前に座り込む。
「なんで、アンタを選んだのかね?」
彼女はまじまじと私の目を見つめる。
「どういう、ことだ!」
私の怒りはまだ残っていたが、戦えるような体力はもう残されていなかった。
「チッ、あいつがなんであたしらにいじめられていたかも知らないくせしていい子ちゃんぶりやがって」
彼女はそんなことを言い、私の頬を思い切り殴ってくる。
「いじめられていたわけ? じゃあなんでお前らはあの子をいじめたんだよ」
私は彼女の発言に対しての疑問を思い切りぶつける。すると彼女は次の瞬間、
「あいつはアンタを守ろうとしたからだ」
と、そんなことを吐き捨てるのだった。
「・・・守ろうとした?」
私は彼女が何を言ってるか分からなかった。
「本来いじめの標的にされてたのはどこの誰か分かってんのかよ」
彼女はニヤリと笑みを浮かべて私の顔をのぞき込む。私は少しした後、とある可能性に行きつく。
「まさか、私をいじめの手から守るためにあの子は・・・」
「ご名答」
その刹那、私の腹に拳が飛んでくる。
「・・・・が」
私はその痛さに悶絶する。それに構わず目の前の女は私の頭を足で踏みつけ、
「あたしらは元々ダチだった! あいつは無能力者だったけど、いい奴だった! あたしらだってこんなことしたくなかったし、そのままお前をいじめ倒して終わりにしたかったんだよ!」
彼女の踏みつける力が増していく。おそらく能力を使っているのだろう。私の頭がかち割れそうになってゆく。
「だがあいつは私らの前に立ちはだかった! お前をいじめてやろうとしている最中にな! あいつなんて言ったと思うよ」
少し間を置き、彼女は告げる。
「〝なかちゃんをいじめるなら私をいじめろ!〟だってさ、バカバカしい」
私を踏みつける力が強くなっていく。
「私らはお前が憎たらしかったんだよ! いつも正義面してあいつに能力者は気をつけろだのあの人たちとは関わらない方が良いだの散々言いやがって! おかげ様であいつは私らの前に立ち塞がり続けたさ! お前の隣にいるせいであたしらが近づけないようにな!」
彼女の言葉は怒気を徐々にはらんでいく。
「私らはお前とあいつを引き離すために色々考えてあいつに考えを改めろと言い続けたさ。
〝能力者は無能力者よりも価値が高いんだ。実力至上主義だから仕方ないだろ〟
〝私らはあいつがいちいち私らを悪いように言うから分からせようとしてるだけだ。じゃないと私らの印象が悪くなるだろ〟
ってな! でもあいつはお前を守り通した! だから説得は諦めて一度あいつをいじめて心を折ろうとした! けど、あいつは折れなかった! 私らはただ、あいつにお前を諦めて欲しかっただけだったのに・・・!」
「・・・そろそろ黙れよ」
その刹那、私は彼女の足を思いっきり掴み、私の頭から勢いよくどかす。そして彼女がバランスを崩した瞬間、彼女の手を掴み勢いよく捻り上げた。
「・・・・・!?」
彼女はその場に倒れ伏せ、私の方を見て目を見開く。
「・・・アンタ、なによその力」
私の目の前の女はその場から立ち上がり、私から距離をとる。
「ッ・・・・・!」
目の前の女は警戒をやめない。厳しい目つきを私に向けている。
「・・・そんなことで、私が折れると思ったんですか?」
自分でも驚いている。私は今彼女に対して怒りしか湧いていないはずなのに、なぜか今の私の心の中は凪いでいた。
あの子は私を守るために自らいじめられていた。その真実は確かに私の心に大きく響いたことだったのかもしれない。だけど・・・
「彼女はきっと、そんなこと望んでないよね」
彼女は絶対に、その事実で折れる私なんて見たくないと思うだろう。
(ずっと、見てるんでしょ?)
彼女はあの手紙で、私のことずっと監視していると言っていた。彼女は嘘なんてつかない。それが分かってるからこそ私は冷静さを保つ。
「どんな事実があっても、挫けちゃダメだよね」
私は一歩踏み出す。
「な、なんだよ・・・。あたしとやろうっての!?」
目の前の女は私への警戒を緩めない。そりゃそうだ、私だって分かっている。今私は体の中に封印されていたものが解かれていく感覚を味わっている。
彼女は復讐したらダメだよ、なんてそんなことを言っていた。もちろん、私は彼女の言葉、彼女との約束を守る。だからこそこの戦いは、彼女の復讐なんかじゃない。
・・・この戦いは、私自身のケジメなのだ。
私の中で何かが解かれていく感覚がする。隠された何かを封じる鎖が一本ずつ、確実に解かれていく感覚。
母さんに教えてもらった私の名前の由来。
『あなたの名前は、花に因んでつけられているのよ』
『あなたには、人の心を明るくする力がある』
一足早く旅立った友達の言葉。
『弱くて強い、そんななかちゃんでいてね』
私は、確かに弱い。正義感なんてそんなものを感じていたくせして、身近にいる友達の苦難に気づいてあげられなくて、正直私の行動がちゃんとなっていれば、彼女がいじめられるなんてそんなことにもなっていなくて。いざ私一人になるとこんなズタボロに殴る蹴るされて。自分は能力者だっていうのに、この世界の大半の人よりも力があるのに、私はそんな現実から目を背けて、彼女を助けられなくて。
私は正直、弱者でしかない。でも・・・
『あなたはこのまま、枯れていくの?』
脳内で母さんの言葉が木霊する。
今までの私だったら、すでに心なんてぽっきりと折れている。きっと立ち直ることなんてできない。私の行動を一生悔やんで、彼女に対して一生償うだけの空っぽな存在になっていただろう。
『それをできるかできないかは、あなたにかかっているのよ?』
私の名前は、夜桜菜花。人の心を明るくできるような、そんな存在。
私の中の鎖がどんどん切れていく。内に秘められた力が、徐々に解放されてゆく。
『大好き! なかちゃん!』
「うん、私も大好きだったよ。だから見ておいてよ。私は・・・」
私は一度深呼吸をする。そして大好きな彼女を思い浮かべる。
もう迷わない。だからこそ断言する。
「・・・あなたの理想の、〝なかちゃん〟になるよ」
その刹那、鎖で繋がれていたエネルギーが一気に放出され・・・
———————
私は、その攻撃をよけていた。脊髄反射というべきだろうか。目の前から放たれたそれを受けきることなんてできなかっただろう。
「・・・・・!」
私は一度、詰めかけていた間合いを元に戻す。
「・・・まさかこのタイミングで覚醒? 運がいいもんだな!」
私は目の前の女を思い切り睨み付ける。目の前の女は、その体の周りに桃色のなにかをまとっていた。
(なんだあれ、花びら?)
それを見た瞬間私は確信する。こいつは能力をたった今覚醒させたのだと。
「アンタは、そういう能力なのね」
私はニヤリと笑って、瞬間、彼女との間合いを思い切り詰める。
(能力さえ分かっていれば、あとは熟練度勝負なんだよ!)
私はその攻撃に備え、思い切り身をかがめて、その拳に力を宿す。
(能力は、実力に比例して強くなる!)
彼女はおそらく、たった今能力を覚醒させた。だからこそ彼女自身まだ能力は扱えない。
結局のところ、能力を扱うには慣れが必要なのだ。私は随分前に能力を覚醒させている。だからこそいくら彼女が能力を使えたところでこの勝負に分があるのは私なのだ。
私は拳を固め、彼女の腹めがけて放つ。だけど、
「んな・・・!」
彼女は私の拳を両手で受け止めている。
「なんで! どっからそんな力が!」
私は彼女を見る。彼女は少し険しそうな顔を浮かべながらも、その瞳はしっかりと私の目をとらえていて、
「・・・あなたは、この勝負に何を賭けてるんですか?」
と、そんなことを呟く。
「は?」
私がそう言葉を零した瞬間、
「油断してますよ」
彼女の声と同時に、私にその花びらが飛来する。
「ぐ・・・!?」
私はその攻撃をまともに受け、体のあらゆる箇所から出血する。
「ちっ・・・!」
私は一旦体勢を立て直すためにも、彼女と一度距離をとる。
彼女は変わらず真剣な表情を浮かべて、私と対峙している。
「あなたはなんでこの勝負をしてるんですか?」
「・・・なに?」
私がなんでこの勝負を受けてるのかだって? そんなの・・・
「アンタが憎たらしいからに決まってるだろうが!」
そうだ。私はこいつが心底嫌いだった。無能力者のくせして、私らよりも立場が低くて弱いくせして、よく分からない正義感みたいなのをひっさげてやがる。
気に食わなかった。私らがいじめっ子だなんだってそう言う奴に言われるのが。たかが社会のゴミにそんなことを言われるのが。
そして今、こいつが実は能力者だということを知った。それで私のこいつに対する嫌悪感はより増した。だって、こいつが私と勝負したら、
・・・傍から見たら、こいつが正義で、私が悪みたいじゃないか。
偽善語ってるこいつが正義だなんて、私が許すはずがない。
「偽善者のお前が調子乗ってるのを見るとイライラするんだよ!」
私はそう言って、再び彼女との距離を詰める。だが、
「・・・結局自分勝手じゃないですか」
その刹那、私の後ろから鋭利な物体が飛来する。
「・・・・・!」
私はそれに気づけず、攻撃をもろに食らってしまう。
「あぐ・・・!」
体中が傷だらけで、その傷から痛みが迸る。思わず私はその痛みで膝をついてしまった。
「彼女のためだとかなんだとか言ってますけど、結局あなたのような人間は自己中心的な考えでしか動いてない」
私が見上げた先には、鋭い目つきでこちらを睨む少女が立っている。
「そんなあなたの戯言に、今更どう怯めというんですか」
彼女は冷徹に、私にそう言い放つ。
「あなたはなんともないでしょうね。だって今の勝負なんてあなたにとっては賭けるものもなければ特別な理由あってのものでもない。ですが私にとっては違う」
彼女の声は徐々に怒気をはらんだものへと変わる。
「私はこの勝負に色んなものを賭けてます。それこそ彼女に託されたもの。私の信念。あらゆるものをね」
彼女は再び能力を発動し、その複数の武器を私に向ける。
「なにも背負ってないあなたに、私が負けるわけが・・・」
と、彼女が言いかけたとき、
「あ・・・・・」
私の目の前の少女は突如、地に膝をつけるのだった。
――――――――
体力切れ。私は容易にそれに気づくことができた。
「覚醒した瞬間調子乗ってそんなもんぽんぽん使うからだ」
目の前の女はニヤリと笑みを浮かべて、傷だらけの体でよろけながらも立ち上がる。私は、立ち上がることができなかった。
「嘘・・・」
私は未だに立ち上がることもままならない体を抑えながら、その女を見上げる。
「アンタの言うとおりだ」
彼女は静かな声でそんなことを私に告げる。
「私は結局、この勝負に私情しか挟んでない」
彼女は握り拳を作り、しゃがんで私と目線を合わせる。
「・・・クソッ!」
私は能力を発動しようとするも、その努力も虚しく、桜の花びらが眼前に出てくることはなかった。
「危なかったさ。確かにアンタと私じゃ背負ってるもんも違うだろうしね。だけど・・・」
彼女は続ける。
「この世界では結局、勝者が全てだ。今回の勝負、残った結果は私が勝ちでアンタが負け。それだけなんだよ」
彼女はそう告げ、私の腹に思い切りその拳を突き刺す。
「あ・・・・が・・・!」
私はその一発をもろに食らい、倒れこむ。そして私の視界は暗転していき、
「敗者の覚悟も、無駄になるんだよ!」
その言葉を最後に、私の意識は途切れるのだった。
「・・・・・ん、」
そこで私は目を覚ます。ここは、ベッドの上だろうか。
「あ、気づかれましたか」
「へ?」
声がする方へ視線を飛ばすと、そこには鮮やかな水色の髪をこさえた少女が私の顔をのぞき込んでいた。
「し、椎名さん・・・?」
私はガバッと起き上がり、
「ど、どうして椎名さんがここに!? それにここは!?」
と、慌てふためいてしまった。
「お、落ち着いてください・・・、ここは保健室ですよ」
「え!?」
そう言われ、私は辺りを見渡す。
「ほんとだ・・・、てことは・・・」
「ええ。屋上での一件も耳にしております」
「・・・そうですか」
私は少し溜息をついて思わず肩を落としてしまう。
「お疲れのようですし、私はこのあたりで失礼しましょうかね」
「あ、いえその!」
椎名さんが私に気を使ってくれたのか、保健室を立ち去ろうとしたので、私は慌てて呼び止める。
「・・・少し、話しませんか?」
照れながらもそう言うと椎名さんはにこりと笑って、
「ええ、分かりました」
と言い、私の隣に腰かけた。なんというか、とてもひと思いの優しい人だなと思えた。
「・・・・・」
呼び止めたはいいものの、なかなか話を切り出すことができない。要するに気まずい空気が保健室内に流れている。
(うわぁ・・・)
こういう時どうすればいいのか分からなかった私は適当に雑談を繰り広げようとする。
「・・・きょ、今日はいい天気ですね・・・」
「今は小雨が降ってるみたいです」
「え? あ、」
やってしまった。これじゃあ私が話題を何も考えてなかったことが筒抜けじゃないか。私は思わず赤面してしまう。
「ふふ・・・」
すると椎名さんはクスクスと笑みを零した。
「あの・・・」
私は戸惑ってしまい、思わずそう言葉を零してしまう。
「いえ、お気になさらず。ただ元気そうで良かったってだけです」
椎名さんは私の顔を見て笑顔でそう言う。
「元気そう、ですか・・・」
そこで私は先ほどの屋上での出来事を思い出す。結局あの戦いで私は、いじめの主犯格の女に敗北してしまい、覚悟もなにもかも否定されたような形で幕引きとなってしまった。私はそれを思い出してしまい、改めて無力であることを痛感してしまう。
「あなたが能力者であったことには、正直なところ驚きました」
私が少し落ち込んでいる隣で椎名さんはそう言葉を零す。
「誰もがそうです。能力者であるならば一般的には他よりも優位に立つためにそれをひけらかすだけです。あなたが能力者だということをひけらかさなかったのには、なにか能力者に対して思うところがあったのでしょう?」
「ありましたが、椎名さんが想像しているような大層な理由ではないです」
彼女の言葉に私ははっきりとそう告げる。
「確かに私は今まで自分が能力者であることを隠してきた。それは紛れもない事実です。でも私は能力者として未熟だったから、才能がなかったから、その事実から目を背けるために能力者であるということを明かさなかったんです。周りの能力者たちが能力を覚醒させている中、私は未だにその段階まで至ってなかった。そのことが嫌だったんです」
私は椎名さんに自分の弱みだったことを話す。話していて気づけたことは、結局のところ私は自分勝手な理由で能力者であることを隠して、自分の実力を高めようともせず、いざという時に実力不足ゆえに彼女を助けることもできず、今回の戦いで勝利することもできなかったということだった。
(そうじゃん。彼女がこんな結末になっちゃったのも、元はと言えば私のせいじゃん・・・)
私は拳を握り、己の愚かさに憎しみを覚える。私にもっと実力があればこんなことにはならなかったんだ。冷静に考えれば、私は自分の実力のなさを才能のせいにばかりしている。ろくに努力することもなく。そんな自分が心の底から許せなかった。
「この世界は実力至上主義です」
椎名さんは突然そんなことを言ってくる。
「実力がある者は優位な立場に立つことができますし、そうでない者は当然下に見られます。この概念は覆りません。だからこそ私はあなたに考えてもらいたいことがあります」
椎名さんは一度間をとって、そして私に告げる。
「能力者たる者。天性の恵みを託された者は、どのような行動をとるべきなんでしょうね」
「・・・・・」
私はもちろん、その問いに答えられなかった。分からないからだ。
「少なくとも私は・・・」
椎名さんは真剣な表情になり、私の目をまっすぐに見つめる。
「・・・その天性の力を使用しないのは、活かさないのは愚かであると考えます」
「・・・・・!」
普段からどこか達観した目で周りを静観している椎名さんから放たれた言葉だからこそ、私はその言葉に怯みを覚えてしまう。ただ、椎名さんはその結論に至った理由までは教えてはくれない。そりゃそうだ。そんなもの、少し考えれば誰にだって分かる。
椎名さんはその場から立ち上がり、保健室を後にしようとする。
「それでは私は失礼させていただきます」
椎名さんは私に微笑みかけて、
「これからのあなたの精進に、期待しています」
と告げ、私のもとから立ち去るのだった。
「精進、か」
一人となった私はこれからのことについて考える。とはいっても、これから私がやることなんて、決まっている。
『弱くて強い、そんななかちゃんでいてね。』
私は彼女の手紙を何度も読み返す。そして私は決意する。
(私は・・・・・、能力者として、明るい存在になれるために、実力を高めていく)
もう私は弱さを見せない。今までの私じゃない。絶対に同じ過ちなんて犯さない。
私は一人、静まった部屋のベッドの上にて、そう自分に言い聞かせるのだった。
「・・・そう、それがあなたの決意なのね?」
私は今日起こったこと、そしてこの前の外出から感じたことをありのまま母さんに伝えた。
「だから・・・」
私は母さんに告げる。
「私を鍛えてよ。誰でも明るくできるような、そんな存在にするために」
母さんはかなり強い能力者だと思う。だからこそ私は母さんにそんなことを頼んだ。
「それがあなたの出した結論なら、いいわ。とことん付き合ってあげる」
母さんはそう言って私に微笑みかける。
「それがあなたの紛れもない決意なのだとしたら・・・」
母さんは真剣な表情で告げる。
「これから学校はしばらく休んでもらうわ」
「え・・・、学校を?」
思わず私は母さんの方を向く。母さんは真剣な表情をしながら話しているため、冗談などではないのだろうということが容易に想像できた。
「そこまで、するの?」
私は実力をつけたいとは言ったが、そこまでする必要があるのかと率直に疑問を持ったため、そのように尋ねる。
「あなたは、この実力至上主義をどう思う?」
突然、母さんは私にそう尋ねてくる。この国は実力至上主義で、確かに財力だったり技術力だったりは他の国よりもはるかに最先端を行っていると思う。だけどそれでも、
「弱い人が淘汰される世界は、私は嫌だな・・・」
私は母さんの質問にそう返した。もちろん、実力至上主義というのは良い側面が多いけど、そうだとしてもこの国はその思考に偏りすぎている気がする。事実、今回のいじめの件で学校側が動かったのもそういうことだろう。無能力者よりも能力者の方が権力が高いから、好きにやらせれば良いというこの国の理によるもの。それはあまりにも、道理から外れていると言わざるを得ない。
「あなたは能力者なのよ? 普通そんな答えが出てくるかしら」
母さんはいつになく真剣な表情を保ったまま、私に対してそんなことを告げる。
「どうだろ、私にもよく分からないんだけどさ。なんて言えばいいのかな・・・、今回の件もそうなんだけど、無能力者が泣きを見る世界ってほんとにうまく回ってるのかなってことが言いたいの。この世界、いやこの国って確かに3割も能力者がいて、その人たちの力があってうまく回ってるわけでしょ? でもさ、この国の7割は無能力者なんだよ? まあその中からでも頭が切れる人だったり才能ある人だったりは満足した生活を送れてるんだけど。でも、この国の半分以上の人が泣きを見る世界って、どうなのかな・・・」
どれだけ技術が発展しても、どれだけ世界の最先端を進んだとしても、結局多くの人が苦難するような世界っていうのは良い方向に進むのか疑問に残る。能力者と無能力者の間には圧倒的な差があるから、反旗を翻したとしても簡単に抑え込まれて終わりだろう。皆それを知っているからこそ、無能力者で特段才能のない人は泣き寝入りを強いられてしまう。それに・・・
「・・・能力者って、そんなに偉いのかな」
これは、思わず出てしまった私自身の率直な疑問。確かに能力者は無能力者に比べて圧倒的な力を持っているし、社会貢献度が高いのも明白だろう。だけど、ただ才能を持ち合わせた人ってだけでそれ以外はただの人間、無能力者と変わらないはずなのだ。そんな人たちは果たしてそんなに位が高いと言えるのだろうか。社会貢献度が高いからと言って、本当に社会の役に立っているのだろうか。
・・・分からない。私の中では様々な疑問が浮かび、それについて考えていく度に次々と新たな疑問が湧いてくる。
「・・・そう」
母さんは目を閉じて私の感想を黙って受け止める。
「じゃああなたは、実力をつけた果てに、何を求めているの?」
母さんの質問に、私は間髪入れずに答える。
「私の近くにいる人を、私が大切だと思った人を助けてあげられる人になることかな」
私には、能力がある。この世の中にいる大半の人よりも力がある。だからその力を、今後は誰かのために使ってあげること。自分だけの力じゃなくて、いろんな人の役に立てる力として使いたい。それが、それこそが人を明るくする力に繋がると思うから。
「たくましくなったわね」
母さんはそんなことを言って、私に微笑みかける。
「そう、かな・・・」
私は少し言葉を詰まらせながらも、たくましくなったという言葉に思わず嬉しくなってしまう。
「以前までのあなただったら、そういう発言なんて出来なかったでしょうね」
「うん、そうだね」
今までなら私は自分の力なんて隠し続ければよいと思っていただろう。だけど実際に身近にいる人を失って、勝負の中で自分の無力さを実感して、私は二度とそんなことを起こさないためにも、実力をつけることを切望した。
「能力者は学校に行かなくてもそれほど咎められることなんてない。今回もあなたが能力者だと学校側に示せたから休学は多分簡単にいくと思うわ。あなたが人を助けるために実力をつけたいなら、良い場所を知っている」
そして母さんは息をついて、
「そこで半年間頑張ってみなさい。そして半年後に・・・」
そして母さんは告げる。
「世界最高峰の実力至上主義の学園に入学できる力を、身につけなさい」と。
自室に戻った私は、自分のスマホを立ち上げる。メールには私が能力者だったことを祝ってくれたり驚いたりするコメントが多くみられたが、私はそれらのメールを全て飛ばして、彼女のメールを立ち上げる。
『平等ってなんなんだろうね』
彼女とのやりとりはそこで終わっていた。
「平等かぁ」
私はしばらく考えた後、スマホを閉じる。今の私では、平等についてなんて的確な答えが出せるわけない。
その答えは、これから見つけていけば良い。少なくとも、強くなる決意をしたばかりの私がすぐに出せる答えというわけでもないだろう。
「・・・ふぅ」
私は息をついてベッドに寝転がる。きっと明日からは私の知らない世界だったり、まだ経験したことのないことだったりが待っているだろう。そんな予感がする。私は、私の信念のために、これから実力をつける。助けられなかった彼女の分まで。そんなことを思いながら私は眠りにつく。
そしてこの半年後、私はこの学園への入学を決意するのだった。
二階堂花音と少しだけ会話した後、俺はもといた拠点へと戻る。
「あ、戻ってきた」
俺が戻って来ると彼女は目をこすりながら俺に語りかける。
「・・・寝起きか?」
俺は彼女の眠そうな表情からそう考える。
「そうですね。少し寝てました」
「そうか、まあ精気を養うのは大切なことだし、こんな気候だと眠くもなるよな」
「個人的には暖かい風呂が恋しいところですけどね」
「まあそれに関しては仕方ないだろ」
実際俺たちは川の水で体を洗い流すことにより、風呂の代わりとしていた。ちなみに菜花が水浴びしてるとき俺は必ずトイレにこもらないといけないという条件までついてしまっている。まあ当然だが。
・・・もちろん、のぞき見なんてしてない。バレたときが怖いし、俺自身まだ人間として紳士的な要素も残しておきたいからだ。
ただ不思議なことに、彼女からはいつも良い匂いが漂っている。そのことに多少の疑問を覚えた俺は彼女に尋ねる。
「お前、香水でもつけてるのか?」
「え? 急に何ですか?」
「いや、お前から香水みたいな匂いが漂ってるもんだから思わずなんでなんだろうなと考えてしまってな」
俺がそう言うと彼女はクスリと笑って、
「これも能力のおかげですよ」
と、そんなことを言ってきた。
「あの戦闘の時きっとあなたは私の能力を見てたと思うので分かると思いますよ」
俺は彼女にそう言われ、その時のことを思い起こしてみる。確かあの時は彼女の周りに花びらのようなものが漂っていた。ピンクや赤などの鮮明な色を備えた、そんな花びらが。
「そういう能力なんですよ、私は」
彼女は笑みを浮かべて、
「花を扱うような能力なんです」
と、告げる。
「この匂いも能力を応用していろんな花の匂いを調合させ作ってるようなものなんですよ」
「なるほどな。そんな使い方もできるのか」
能力というのはとんでもなく利便性が高いものである。彼女の能力のように花一つでも武器として扱えたり、匂いなどの性質を応用させ私生活などに活かせたりすることが可能となる。
この世の中に生まれた能力には大きく分けて4つの段階が存在している。まず1段階目は、能力者が先天的にあらゆる属性の気質を宿すようになることである。一般的にその段階のことは『能力の発現段階』と呼ばれる。例えば、彼女の場合はおそらく木属性を宿していたと考えられる。木属性を宿した人間は主に植物などに由来する潜在的な能力を持ち合わせることとなる。木属性の他にも火属性や金属性なども存在し、どのような能力が付与されているのか想定しづらい無属性なんかも存在する。共通して言えることは、能力者と言える奴は生まれながらにしてそれらの属性のいずれかを宿しているということである。対して無能力者は属性を宿していないこととなるので、実際生まれた直後にそいつが能力者か否かを判断することができるのである。
そして2段階目は、気質を外に放出できる段階である。一般的にその段階は『能力の解放段階』と呼ばれ、この段階においては能力の種類に関係なく、能力者の誰もが同じようなエネルギーを放出できるようになる。例えると某作品に登場する気功波のようなエネルギー弾を放出できたり、エネルギーを自分の体に宿して多少の身体強化をしたりすることが可能となる。この段階から実質的に能力者と無能力者の差が顕著に表れるようになるのだ。
そして3段階目に当たるのが、先ほども彼女が能力を発動していたように、能力者が固有に備わっている能力を発動できる段階、いわゆる『能力の覚醒段階』である。この段階になってはじめて、属性に沿った一般的に異能の力と呼ばれている力を発動したと言えるのである。
そして、この段階に至ると個人の体術なども鮮度が増し、体力や力も数段階引き上げられる。また、能力は個人個人の技量だったり体力、成長段階、才能だったりによってその質が変化する。才能に恵まれていてなおかつ技量が卓越した者が能力を発動すれば、もちろんその能力の規模や力は一級品の物となるし、そんなに技量がない者が能力を発動すれば、その質はどうしても劣ってしまう。だからこそ、仮に同じ火の能力者が対峙したとしてもその鮮度や実力の差で勝敗が決してしまうのだ。
またもちろん、能力間には相性というものも存在する。分かりやすいところでいえば、水を扱う系の能力者は火の能力者との相性が良いし、逆に草木を操るような能力者とは相性が悪くなる。そういう性質が能力にはあるため、多少は能力者であろうと体術面の実力も付けなければならないのだ。
そのような過程を経て、ごくまれに第4段階、いわゆる『能力の顕現段階』に至るものも現れる。この段階になると、自分が持つ能力をフルで使いこなせるようになり、文字通り第3段階とは比べ物にならないほどの力を得ることができる。ただ第4段階に至るには能力に見合った個人の実力を完全に体得する必要があるうえに、能力を顕現させることができる才覚をも持ち合わせることも必要になる。そしてそのような条件でさらに多くの経験を積み、自分の能力を完全に理解する必要があるため、第4段階に至ることはほぼ不可能とされている。ただ、能力の顕現を可能にした人物は全世界に一人だけ存在していたため、概念として能力の顕現段階というのが存在しているのである。
彼女が花を扱う能力を香水代わりなどに使っているのを見ると、意外と自分の能力について理解をしているのかもしれない。そう思うと能力っていうのも使い手次第なところだったり応用の仕方だったりで唯一無二になっていくものなんだろうな。なんとも奥が深いものだ。
「あなたにも香水つけてあげましょうか?」
「そんなことできるのか?」
俺がそう尋ねると彼女ははい!っとにこやかに言い、川の方へ歩いていき水をすくって俺の方へと運んでくる。
「匂ってみてください!」
彼女にそう言われて俺はその水の匂いを嗅いでみる。
「・・・いい匂いだな」
その水はまるで花畑に行っている気分になるような、そんな匂いがしていた。
「これを、こうするんですよ」
彼女はそう言い終えると、俺の顔にその水をつけてくる。やられたことはないんだが、まるで化粧されているような感覚に似たものを俺は感じた。
「こんな風に体に水をつけていくと、香水代わりになるんですよ」
彼女はニコッと笑い、俺にそんなことを言ってくる。
「便利だな、お前の能力」
俺は思ったことをそのまま彼女に伝える。
「それが、何でもできるわけじゃないんですよ」
彼女はそう言って少し俺と距離を置く。
「私の能力はあくまで触れたものに対して効力が出たり、自分の身にその一部をまとえたりするくらいなんです。だからこの辺りをお花畑にしたり、いきなり手から花を出したり、そういうことはできないんですよ」
「あの戦闘の時は花びらを出してたじゃないか」
「あれはあくまで花びらを出しただけです。あれは花というものを構成する一部にすぎません。それくらいであれば私だって出せますよ」
「花びらを鋭利なものに変えていたのはお前の能力によるものだろ? それができれば花を出すことくらいできそうなもんじゃないか?」
俺がそう言うと彼女は少し苦笑いをして、
「もしかしてあなた、私が花を出せる能力だと思ってませんか?」
と言い、ポケットから何かを取り出した。
「それは・・・」
彼女の手元にあるのは、桜の花、あとはたんぽぽ、しろつめ草の花など、色々な花だった。
「これらはすべてこの無人島で拾った花です」
そして彼女は能力を発動する。すると彼女の周りにはありとあらゆる花びらが舞い乱れる。
「この花びら。お前が持ってた花のものだな」
俺は花びらを見て気づいたことを言う。
「ええ、そういうことです」
彼女はそう言った後に、
「私の能力は、触れた花の潜在的能力を自分の身に宿す能力なんですよ」
と告げ、手に持っていた花をその場に落とす。そしてそれと同時に彼女の周りからは花びらが霧散する。
「花びらを鋭利なものにしたことだって、結局はそういうことです」
彼女は足元に散らばった花を拾い上げ、
「花はその成長の過程でいくらでも花びらを固くすることだって可能なものなんです。だから私はそんな花の可能性を全面的に引き出した。こういうことなんです」
彼女は落ちていた花をすべて拾い、空を見上げる。
「ここまで花の可能性を引き出すために私はすごく鍛えました。もしもっと鍛えたら、もっと花が持つ可能性を出してあげられるんじゃないかって、そんなことを思ったんですよ」
「・・・そうか」
おそらくだが、彼女はこの段階に至るまで相当努力を積んだのだろう。まあそれならあの時敵を倒したことに喜びを感じたことも当然と言える。なにせ自分の努力が実を結んだんだからな。
「だから私、頑張ります! もっと自分の能力を磨けるように」
彼女は俺の方を向いてそう告げる。もう何回目だろうか、彼女のそんな決意を聞いたのは。
「お前をそこまで突き動かすものは、なんなんだ?」
気づけば俺はそんなことを彼女に尋ねていた。気になった。なぜこいつはそこまでできるのかが、純粋に。
「私は、お花が好きなんですよ」
彼女は俺の問いに対してそんな答えを返してきた。
「・・・違うか。ちゃんと言うとするなら、お花は私にとって、なくてはならない存在なんです」
「へぇ~、ちなみに理由を聞いてもいいか?」
「どうしてそこまで気になるんですか?」
彼女はクスクス笑いながらそんなことを聞いてくる。
「お前は努力家だ、れっきとしたな。努力ってのはきっかけがないとすることができないもんだ。だからこそ気になっただけだ。特別な理由なんてねーよ」
「そうなんですか」
彼女は少し考える素振りを見せた後、クスッと口元を綻ばせ、
「分かりました。ただ教える代わりに私の要望も聞いてもらいますよ」
彼女のその言葉に俺は笑ってしまった。
「今すぐこの試練から脱落しろとか私に倒されろとかの理不尽なもんじゃなきゃかまわないぞ。能力まで教えてもらってるからな」
「そんな要望言うぐらいだったら直接倒してますよ」
「・・・認めたくないが確かにそうだな。じゃあ聞かせてくれ」
俺がそう言うと彼女は一度目を閉じて、
「分かりました。少し長くなりますが」
と言い、彼女の過去話を語り始めるのだった。
私は、能力者の家系で生を受けた。私の両親は能力者だったので、もちろん私も能力者として生まれたのだ。ただ私には能力はあれど、才能はあまりなかった。能力者であったとしても、それを扱えるような才能だったり、解放段階・覚醒段階に至るための実力だったりが欠けていれば本来の能力の真髄が出せないため、良い評価など与えられない。
「なかちゃん、遊ぼーよ!」
私は能力者が持つはずの才覚を持ってなかったため、子供の頃はずっと無能力者だった子と関わりを持っていた。
「うん、いいよ」
私はこれでよかった。私には能力者にあるべき実力が欠けていたから。中学に入って能力者のほとんどが能力の覚醒段階に入っている中、私は解放段階に入ったばかりだった。自分だけ劣等感を抱えて生きていくのが嫌だった私は自分が能力者であることを他の人にばらすことはなかった。
私は無能力者と変わらない。能力者として体が成長していない。
(このまま私は・・・)
そう思っていた私はこの先もずっと、能力者として出しゃばることなく生きていこうと思った。
「ッ・・・!」
そんなある日、私はその現場を目撃してしまった。普段私と一緒に遊んでいた友達が、
・・・能力者たちに虐められていたのだ。
ひどい暴力、暴言を浴びせられていた友達のその表情は、いつも私と遊んでいた時のあの明るさからは想像できないような、言葉にも表せないものだった。
私は、腐っても能力者だ。幸い彼女を虐めている人間は2人。私ならこの虐めを止められる可能性がある。
(私がなんとかしないと!)
私は意を決してその現場に踏み出そうとする。
・・・・・なのに、
(なんで、どうして・・・!)
私の足は鉛のように重く、動かない。
(助けないと、彼女を救わないといけないのに!)
私は思い切りその現場に踏み出そうとするも、私の足が動くことなんてなかった。
気づけば彼女を虐めていた人たちはいなくなっていて、その教室では、ただ私の友達がぐったりとした表情で地に座り込んでいた。
「・・・・・ぁ」
疲弊しきったような声が、夕焼けの差し込む教室内に響き渡る。気づけば私とその友達の視線は交わっていた。
「えへへ、なかちゃんだ~」
彼女はいつものように私に向けてニカッと笑みを浮かべる。その笑顔にはもちろん、私は笑えなかった。
「・・・もしかして、見ちゃってたかな?」
「あ、えっと・・・」
すると彼女はぱっとその場から立ち上がり、私の方へと歩いてきた。
「・・・ごめんなさい」
私は、とりあえず彼女に謝った。助けられなかったから。何もできなかったから。
「良かったな~」
私の謝罪に、彼女はそんな言葉を返してきた。
「え・・・・・」
私は思わず彼女の目を見る。怒っているんだろうなと私は思っていたが、彼女は私に微笑んで白い歯を見せていた。
「なかちゃん、正義感強いでしょ? もしなかちゃんが私が虐められてるところを見て私を助けようとしてたら巻き添えくらっちゃうでしょ? 私、なかちゃんが傷つけられるところ見たくないもん!」
その言葉を聞いた瞬間、私は胸元から強烈な何かが押し上げられるのを感じた。
「そんな、こと・・・」
私は、何をしていた? 立ち止まっていた、友達が虐められてる前で。
なんで動けなかった? 私は自分が傷つけられるのが怖かった。
「そんなに深刻そうな顔しないでよ~。こんなの私にとっては日常茶飯事だから!」
「・・・え?」
今、彼女は何と言った? 日常茶飯事?
・・・つまり彼女はいつもこんな目にあってたってこと? 私は、それに気づくことさえもできなかったのに?
私の脳内では様々な思考が駆け巡っていて、そして
「あ・・・・・」
気づけば私は、学校に行かなくなっていた。
(私はもう、彼女に顔向けできない)
本来なら中学に行くべき時間なのに、私はそんなことを自室にて考えていた。
私があの時一歩踏み出していれば、彼女をもしかしたら助けられたのかもしれない。そんな思考ばかりが私の脳裏をかすめる。
『なかちゃん、大丈夫?』 — 未読
『今日も休みなの? お見舞い行くよ?』 — 『・・・来なくていい』
『・・・・・会いたいよ』
そんなメッセージが来たとき、私はスマホを閉じる。
(私みたいな薄情者は、彼女とは関われない)
きっと私の心情を聞いた人なら揃ってこう言うのだろう。そこまで気にする必要なんかない、と。
だけど私は、自分でいうのもなんだけど異常なまでに正義感が強い。だからこそ彼女を救えなかったことは私にとってとんでもないほどの後悔であると同時に、彼女と友達でいる資格すらないと思ってしまうようなものなのだ。
彼女は私が葛藤している時にそばにいてくれて、いつも微笑みかけてくれた。能力者であることは彼女にも言ってなかったけど、彼女といると私は悩みなんて感じないくらいに至福の時間を過ごせたのだ。
そんな彼女が虐められていた。私も見たことのない、彼女からは想像もつかないような苦痛な表情の前に私はおびえることしかできなかった。こんな恵まれた天性の力も持っているというのに。
「菜花、明日お出かけに行くわよ」
私が気を落としている時にお母さんはそう私に声をかけた。
「・・・なんで?」
今私は夕食すらあまり採れるような気分じゃなかった。なのにそんな私を連れてどこに行くというのだろうか。
「大事なことよ。明日は少し外に出てもらうわ」
「・・・分かった」
別に私は外に出たくなくて学校に行ってないわけではなかったため、その誘いには乗ることとした。
「お母さんは? 仕事じゃないの?」
私のお母さんは能力者の一員として警察に務めていたが、警察の組織に入っていて平日に休みなんてとれるのだろうか。
「そんなこと、あなたが気にする必要なんてないわ」
今日のお母さんはどことなく重い雰囲気を醸し出していた。私は学校を休んでいる事情なんて言ってなかったけど、お母さんは今までその話題を出してはこなかった。きっと母さんなりの配慮なのだろう。だからこそ今回のお出かけはなんとなく重要な意味を持っていると、そんなことを私は考える。
そしてこのお出かけが、私が実力を高めようという考え方になるきっかけの一つとなるとは、少なくとも当時の私が知る由もなかった。
翌日、私は母さんと車で結構な遠出をした。
「お母さん、どこに行くの?」
私は行き先を知らなかったため、そんなことを母さんに尋ねる。
「私がお父さんからプロポーズされた場所よ」
母さんは静かにそう言った。
「お父さん、から?」
私の父親は単身赴任だったから、私は母さんとの二人暮らしだった。私の両親はどちらも能力者で、私なんかと違って実力もしっかりと備わっていた。
「菜花。あなた自分が無力なんて、そんなこと思ってない?」
「・・・え!?」
突然母さんからそんなことを言われ、私は思わず驚いてしまう。
「・・・やっぱりそうみたいね」
私の反応から、母さんは私が悩んでいることを察してしまったらしい。
「なんで、そう思ったの?」
思わず私は母さんにそんなことを聞き返してしまう。私がそう言うと母さんは少し口元を綻ばせて、
「誰であっても、自分の無力さを痛感したら落ち込むものよ。特にあなたは正義感が強い子だから、友達を守るための実力がなかったんだ、とかそんなところなんでしょうけど」
「・・・・・!!」
驚くほどに図星だった。母さんは私が悩んでることを的確に言い当ててきた。
「何年あなたの母親やってると思ってるのよ」
私の表情を見るなり母さんは微笑み、そんなことを言ってきた。
「母さん、もしかして・・・」
「ええ、あなたが学校を休んでいる理由なんて、おおよそ見当はついてたわよ」
母さんはそう言って車を止める。
「さ、少し歩くわよ」
そう言って母さんは車を降りて先へ歩みを進める。私も車を降りて母さんの後を追っていくのだった。
歩いている間は、私たちの中に会話はなかった。ただ黙って私は母さんの後についていく。
(どこに行くんだろう・・・)
母さんは山道をどんどん進んでいく。まさか父さんは登山中にプロポーズをしたのだろうか。だとしたらさすがにセンスがないのでは?(※一個人の感想)と少し思ってしまう。
「もうすぐ着くわよ」
母さんがそう言うと同時に私たちの眼前にかなり開けた場所が見えた。私たちはその場所へと踏み入って、
「え、なにここ・・・」
そこは、いわゆるお花畑だった。赤い花、黄色い花、白い花など色とりどりの花が咲き誇っており、真ん中には一際大きい木が佇んでいる。
「お母さん。ここって、なに?」
私が母さんにそう尋ねると母さんは微笑んで告げる。
「この開けた土地は、私たちの土地なのよ」
「え、」
私は驚いた。そりゃそうだろう。こんな辺境な地に私たちの土地があると聞かされたんだから。それにそこには色とりどりの花が整備されてあって、
「プロポーズには、うってつけの場所だね・・・」
私はそう言葉を零していた。
「ここはお父さんの家系が代々受け継いでるらしいわ。私もプロポーズを受けるまで知らなかったもの」
母さんは笑いながらそんなことを言う。
「真ん中の大きな木があるでしょ?」
言われて私はそこへと視線を向ける。その地のど真ん中に立っている巨木には花がついておらず、枝をむき出しにしてただ直立している。
「あれは桜の木なのよ」
母さんは私にそんなことを教えてくれた。桜の木、と言われて私は、この木に桜が咲いていたら、どれだけ素晴らしいものになるんだろう、と思わずそんなことを考えてしまった。だけど、それと同時に、
「この桜の木、なんだかほんとに生きてるみたい」
私はふとそんなことを考えてしまった。母さんの方を見ると、
「へえ、菜花もそう感じるんだ・・・。お父さんと同じことを言うんだね」
と、そう言って笑っていた。
「お父さんもそう言ってたの?」
私がそんなことを聞くと母さんはクスっと微笑んで、
「この桜はね、ちょっと特殊なのよ」
と、そんなことを言ってきた。
「特殊?」
その言葉に私は思わず首をかしげてしまう。
「ええ、そうなの」
母さんは笑って、そして、
「この桜はね、とある条件が満たされた時の〝夜にだけ〟咲く桜なのよ」
と、告げる。そこで私の頭に一つの可能性がよぎる。
「まさか! 私の苗字って・・・」
私の苗字は『夜桜』。つまり・・・
「ええ、あなたの苗字はこの桜から来てるのよ」
母さんは私にそんなことを言った。
「そうだったんだ・・・」
人間の苗字というのは何かしらの意味を持って付けられるという話はどこかで聞いたことがあるが、私の苗字もここから来たのだと、私は少し関心を持った。
「それで、この桜の木はどういう条件下で咲くの?」
母さんの話の中で純粋に疑問に思ったことを私は母さんに尋ねた。すると母さんは桜の方を向いたまま、
「それは父さんも分からないらしいわ。どうにもこの桜の木が咲いたのって数百年前に一度だけみたいだし、そもそも夜に咲くってこと自体あくまで伝説の話だしね」
と、そんな言葉を零した。
「・・・なんか、すごい伝説」
この桜の木が咲き誇るところを一度は見てみたいな、と思わず私はそんな感想を抱いてしまうのだった。
「さて、それじゃ、そろそろ本題に移ろうか!」
「本題?」
今の話が本題じゃなかったのだろうか、などと私はそう考えてしまった。十分本題っぽかったが。
「そう、今日話したかったことはね・・・」
母さんは一泊を置いて、そして告げる。
「あなたの名前の由来を、ね」と。
「私の名前の、由来?」
言われて私は少し考えたが、確かに記憶の中にはまだ名前の由来についての情報はなかった。
「あなたの名前は花に因んでつけられてるのよ」
「そうだよね、菜の花みたいな名前だもん」
それくらいなら私は随分前に察していた。きっと私の両親はお花が好きなんだろうな~とそんなことを思いながら。
ただ私は今まで一度も親に本当の理由を聞いたことがなかった。だからこそ、
「なんでこの名前になったの?」
と、率直な疑問を母さんに聞く。
「あなたには人の心を明るくする力があるからよ」
「人の心を、明るくする力?」
「ええ、そんなことをお父さんが言ってたのよ」
何を根拠にそんなことを、と私は思ってしまう。私はそんなことできるはずない。現に友達が、いつも私の隣で私なんかと話してくれていた親友が虐められていたのに、私は能力を持っていたのに、彼女を救えたかもしれないのに。
・・・そんなことが、できなかった。
そんな私が人を明るくできる? そんなわけがないでしょ? たった一人の友達の苦悩にも気づいてあげられなくて、目の前で苦しんでる中助けてすらあげられなかった。なのに・・・
「それをできるかできないかは、あなたにかかっているのよ?」
後悔で頭がいっぱいになっている中、聞こえた一つの声。
「花っていうのは咲き方や種類によって人に与える印象は大きく変わる」
母さんはあくまで静かな声で、そんなことを私に伝える。
「赤い花はどこか情熱さや力強い印象を、黄色い花は活発で輝いている印象を、桃色の花は可憐で新鮮な印象を。他にも色によって人間に与える印象は違うし、人間によって受け取る印象も変わる」
母さんは淡々と、だけど今の私にはどことなく響いてくるような言葉を投げかけてくる。
「鮮やかな花は少なくとも人に悪い印象を与えることはない。だけどそれがもし、開き切ってない花や枯れている花だったらどうかしら」
「・・・・・」
私はあくまでその場で無言を貫いている。でも母さんはそんな私に容赦なく、
「菜花。今のあなたは後者よ」
と、そんな一撃を浴びせてくる。
その言葉に私は、何も言い返すことができなかった。そんなの当たり前だ。全部事実なのだから。
「あなたの名前は菜花。花に因んでつけられた名前。あなたはこのまま枯れていくの?」
母さんから容赦なく言葉が叩き込まれる。私は目線を前に向ける。
(奇麗だなぁ)
山奥にあるお父さんの土地。大きな桜の木を囲うように咲き誇っている数多の花々。この花たちを見ていると、私の心は少しずつ晴れやかになっていく気がした。
「帰るわよ」
私が花々を眺めていると、母さんはそう言い、踵を返してその土地から立ち去ろうとする。
『あなたはこのまま枯れていくの?』
頭の中で母さんの言葉が反芻する。これから私はどうするべきなんだろうか。少なくとも冷静でない今の私では決めることができそうもないので、とりあえず母さんの後を追い、家への帰路を辿るのだった。
家に着き、私は夕食をとって自分の部屋のベッドで寝転がっていた。
「明日、彼女に謝ってみようかな」
母さんの言葉を聞き、あそこに咲き誇っていた色とりどりの花を見て、私の心境は少しずつ変わっていった。
私はスマホを開く。
『・・・会いたいよ』
彼女から送られてきたメールを眺め、私はしばらく考えた後、
『ごめんね、ちょっと体調悪かったの。明日いきつけのカフェ行こうね!』
と、彼女へ返信を送った。
もしかしたら私は恨まれているかもしれない。きっと彼女に会うべきではないのかもしれない。
でも、考えていくうちに、私が自分から彼女を遠ざけるのは違うということに気が付いた。
私が彼女から離れてしまったら、あの時の彼女の言葉を無下にしてしまう気がする。私に虐めの現場を見られたということが汚点となってしまう。だから、私個人の感情で彼女から離れちゃ駄目だ。
もし彼女が虐められていたら、今度こそ私は彼女に寄り添うし、そうじゃなかったとしても、私は彼女に明るく振舞えるようになろう。だって私は、
「〝菜花〟として、生きてるんだからね」
私はまだ枯れているわけじゃない。言ってみれば今まではまだつぼみの段階だったのだ。ただそれでもちろん今までの行動が許されるとも思ってない。だからこの経験を糧にして、これから開花すればいい。弱い自分を捨てればいい。そう思った私は明日彼女とたくさん話して、少しでも彼女が直面している状況を和らげてあげるんだ。そう決意して私は明日に備え、早めに寝ることとした。
私は正義感が強いとよく言われる。今日母さんにも言われた。ただ私はそれが欠点だとは微塵も思ってない。
偽善だと言われるかもしれないけど、私はそんなことも気にしてない。
今回の決意だって、たぶん正義感からきた言葉だろう。だけど、今回はそれでもいいだろう。私を良い方向へと動かしてくれたんだから。
ピロン♪
そんな時私の携帯から着信音が響き渡る。私はそれに目を向け、彼女からの連絡だということに気づいた。だけど、
「・・・・・え?」
その内容は私の想像をはるかに超えるもので、私は思わず目を見開いてしまう。
『平等って、なんなんだろうね』
そして以降、彼女との連絡は途絶えてしまうのだった。
「自殺、した・・・?」
翌日私が学校へ行くとすぐに、クラスメートからそんな話を聞いてしまった。
「なん、で?」
その人が言うには、彼女への虐めがエスカレートしてしまい、彼女は拠り所を失った結果、そんなことが起きてしまったらしい。
「拠り所って、まさか・・・」
「うん。あの子、あなたが来なくなってから日に日にどんどん衰弱していって・・・」
「でも、彼女にはいっぱい友達がいたじゃん!」
私は思わずそう怒鳴ってしまった。
「なんで!?」
目から涙が出てくる。なんで。別に私以外にも友達なんてたくさんいたはずだ、彼女には。なのにどうして。
「あいつを庇ったら、次にターゲットにされるのはそいつだ」
私が半狂乱でいる中、一人の男子生徒がそう呟く。
「正直、俺たち無能力者は能力者に勝てない。だろ? そんなことが分かっていて虐められてる奴を庇えるか?」
彼はそう言って一枚の紙を私に見せてきた。
「なに、これ・・・」
そこに書かれていたのは、
『〇〇は私らが徹底的にぶちのめす。あいつは私らの顔に泥塗りやがったんだ。お前らはあいつらに関わるなよ? 関わったら分かってるよな?』
と、そんな文が書かれている。
「なんで、こんな物が!」
私は色々な感情が入り交ざって、もはや絶句していた。なんで、彼女がこんな目に合わないといけないんだ?
「彼女が、なにをしたっていうの・・・」
声を振り絞って、私はそう言葉を発した。
「あの方は、主犯の能力者の方に手を挙げたんです」
私の言葉に反応した少女が一人。
「・・・椎名さん」
彼女は椎名雫。水色髪で高貴な家庭に生まれた、私たちの学校で一番強い能力者と言われている少女。ただ今はそんなことどうだっていい。
「それだけのこと・・・! なんで学校は動かないの!」
ただ手を挙げただけ。いじめっ子の方がもっと卑劣なことをしている。なのに、なんで学校は動かなかった? 絶対知ってたはずなのに。
「夜桜さん。学校側は動かないのが当然です。あなたもお分かりでしょう」
「・・・・・!」
そんなこと、言われなくても分かってる。この国は実力主義で、この国にある学校のほとんどは公的機関が運営している施設。簡単に無能力者の肩を持つような真似はできないことくらい、分かっている。
「けど・・・!」
「夜桜さん。気持ちはお察しいたしますが、今は冷静でいてください。彼女もあなたが標的にされることなど望んでおりません」
椎名さんは落ち着いた声で私を宥めてくれる。
「・・・・・」
私はなんとか正気を保てたが、正直怒りしか湧いてこない。
「すみません」
すると、椎名さんは私に向けて謝罪してきた。
「今回の件、私も解決を試みたのですが、少し事情もあり介入するまでに至れませんでした。お力になれず申し訳ございません」
「え!? いや・・・」
「今回、主犯格にいるのは椎名家と良好な関係を築いている家計でして。私が彼女と敵対してしまうと関係が崩れかねないのです。ご理解いただけると幸いです」
「いや、椎名さんが謝ることなんてないですよ!! 何も悪くありませんって!」
私は彼女につい頭を下げてそんなことを言ってしまった。椎名さんが私たちのことを思ってくれていたことに申し訳ないと感じつつも、少し嬉しさも感じてしまう。
「とりあえずそろそろ始業なので席に戻りましょう」
椎名さんは私に微笑みかけ、そう言ってくれた。
「・・・すみません」
私は彼女にお辞儀を返して自席へと戻る。
「・・・ん、?」
自席に戻った私は、引き出しの中に何かが入っていたことに気づいた。
「これって・・・」
私が取り出してみたそれは、一通の手紙だった。まさか!と思い、私はその手紙を開封する。
「やっぱり・・・」
その手紙はずっと私と友達でいてくれて、そして追い込まれて自殺してしまった彼女からの手紙だった。
私はその手紙を開き、中身を確認する。
なかちゃんへ
まず初めに、ごめんね。なかちゃんって多分だけど私のことで塞ぎこんじゃって学校休んでたんだよね。
えへへ~嬉しいな~、なかちゃんは私を心配してくれたんだよねえ~。ありがとねえ~。
でもごめんね、こんなことになっちゃって。
ううう、悲しいよお~、なかちゃんに会えなくなっちゃう(´;ω;`)
あ、だめだめ泣いてたら! なかちゃん悲しませちゃダメなんだった!!
大事なお手紙だもん! 私がなかちゃんに伝えたいこと書かなきゃだよね!
まずなかちゃん! 私はなかちゃんが悲しむところなんて絶対に見たくない!
だから泣いちゃダメだし、怒ってもダメ! なかちゃんのことだからどうせあいつらにやりかえそうとするんでしょ~?
ダメだよ! だってなかちゃん弱いし、あいつらにぼこぼこにされちゃうよ~
その証拠にあの時教室の前で足ガクガクさせてたでしょ~。バレないと思った? バレバレw
でも嬉しかった。あの時のなかちゃん、私を助けようって感じだったもん!
私、なかちゃんと友達になれて本っっっっ当によかった! 楽しかったもん! なかちゃんと遊ぶのだって、なかちゃんの隣を歩くのだって。
でも、悲しかったんだよお。なかちゃんが学校来てくれなかったから、私寂しかった・・・
なかちゃん来るまで頑張ろうと思ってたけど、無理だったみたい。私弱いな~。人のこと言えないや!
さて、手も疲れたことだし、そろそろお手紙も書き終わろうかな~
なかちゃん。私メールで短い文章を送ったんだけど、読んでくれたかな?
あれはね~、私がずっと知りたかったことなんだ。だからさ、なかちゃん。良かったら答え、教えてくれない?
なかちゃんが考えてるそれについて教えて欲しいんだあ~
メールにでも送っといてよ! 絶対見るから!
嘘はつかないよ? なかちゃんのこと、ずっと監視しとくからね!
だから、弱くて強い、そんななかちゃんでいてね。
最後に一つだけ!
大好き! なかちゃん!
「・・・あっ」
涙なんて、堪えきれるわけがなかった。
「・・・あ、・・・ああ」
すでに朝礼が始まっている中、私は声を必死に押し殺しながら泣いた。
(ごめんね・・・、気づいてあげられなくて。そばにいてあげられなくて)
私はただそんなことしか考えられなかった。
「ごめん、約束守れそうにないや・・・」
今だけは、いいよね。泣いちゃダメって言われたけど、今だけは許してほしい。だって、友達がいなくなったのに、泣かずにいることなんてできないから。ごめんね、今だけは弱い私を許してよ。弱い私で、いさせて。
私は机に顔を伏せ、声を出さずにただひたすら涙を流すのだった。
授業が始まったけど、当たり前だが私は授業を受ける気になんてなれなかった。私は泣きはらした目を青空に向け、ひたすらにボーっとする。
「弱いな~、私」
彼女には泣くなって言われてるのに泣いちゃったし、はっきりと弱いって言われちゃってるし。
「これじゃあ、駄目だな~」
私は手に持っているそれを見つめる。手紙と一緒に同封されていたその栞を。
「桜の花、か」
前に彼女とお花見へ行ったときに記念で彼女は道に落ちている桜を拾ってたな~。確か落ちてる桜の中で一番きらきらしてたから、とか言ってたっけ。
「きらきら、か」
果たして私は彼女に対してきらきらできていただろうか。それを確かめる術なんて、もうない。
『あなたには、人の心を明るくする力があるからよ』
昨日の母さんの言葉が脳裏をよぎる。確か私の名前の由来だっけ?
彼女は私を「なかちゃんなかちゃん」って呼んでくれてたけど、私は彼女の心を明るくできてた?
私は首を横に振る。私は彼女の傷に気づけなかった。それどころか、彼女を見捨てるような真似までしている。こんなんじゃ、彼女の心を明るくすることができたなんて言えないよ。
「はあ・・・」
私は溜息をつく。彼女のいない世界はどこかもの寂しさを感じてしまう。
(私はどうするべきだろう。どうしたら彼女にとって明るい私でいられるんだろう)
私はそんなことを頭で考える。
(強いって、なんだろう)
彼女は手紙の中で強いなんて言葉を私に言ってたけど、彼女は一体私のどこを強いって思ったんだろうか。私には彼女の考え方を理解することができなかった。
「あれ? なんだ来てんじゃんw」
私がそんなことを考えていた時、屋上に響き渡る声が一つ。
(今は授業中なんだけどなー)
そう思い私は声がする方に視線を向け、
「・・・え」
思わず私はそう声を漏らしてしまう。だって、そこには
「あいついないのに来たん? ウケるわw」
・・・彼女を、私の友達をいじめていた主犯格がいたんだから。
「なんで、あなたが・・・!」
私は声を絞り上げて彼女に尋ねる。
「ただいっつものように授業さぼってただけだけど、まさかアンタと会うなんてね。ラッキー」
彼女はそう言い指をポキポキと鳴らす。
「アンタも潰しときたいって思ってたのよ」
「お前、!」
私はすでに頭に血が上っていた。そりゃそうだろう。あいつはこの一連の事件の根源なんだ。そんな奴が目の前に現れて怒りを覚えないような奴なんているはずもない。
「お前、よく私の前に姿を見せれたな! お前のせいで、彼女は・・・!」
「・・・・・アハ、なるほどね」
私がそういうと彼女はゲラゲラと笑い出した。
「アンタ、なんも知らないんだw」
「何も、知らない? どういうことだ!」
私は怒鳴る。正直もう我慢なんてできない。なんであいつは笑っていられるんだ。そのことがさらに私の怒りを煮えたぎらせる。
「その目。まるで憎い奴を見てるみたいね」
「・・・当たり前だろ。お前のせいで・・・」
「責任転嫁も甚だしいよね、ほんっと。そういうところも嫌いだわ」
そうして彼女は告げる。
「アンタのせいでこうなったのにね」
と、そんな一言を。
「・・・は?」
私は一瞬彼女が何を言ってるのか分からなかった。今、私のせいって・・・
「ふざけんな! お前らがあの子をいじめたからだろうが!」
私はありったけの声量で怒鳴りつける。
「お前ら、どこまでクズなんだ! 責任転嫁をしたのはお前らの方だろ!」
私のその言葉に彼女はなぜか感心したようなそぶりを見せる。
「へぇ、まさかあいつ言わなかったんだ。意外と口は堅かったんだな」
「言わなかった?」
私は彼女の言葉に違和感を覚える。すると彼女は嘲るように笑いながら私の方を見て、
「なんであたしらが率先してあの子いじめなきゃならないんだよ」
「は? まさかお前ら、この事件をなかったことにしようって言うつもりか!」
「誰もそんなこと言ってないだろうが」
彼女は少し呆れたような表情をしながら、
「無能力者のゴミクズなんてその辺に腐るほどいる。なんの理由もなくいじめ倒すんなら別にあいつじゃなくてもいいだろ。あいついじめがいなくて正直うんざりしてたしな」
と、そんなことを言う。
「じゃあお前ら、なんで彼女をいじめた!」
私は彼女に怒鳴る。なんで、なんであいつはうんざりだと言いながら死に追いやるまで彼女に手を出したんだ。その事実がなお私の怒りを促進させる。
「ハハ、ハハハハハハ」
彼女は腹を抱えて笑い出す。
「ッ・・・・・・!!」
その行動に私の堪忍袋の緒は切れ、私はそいつに向かって気弾を放つ。
「・・・・・!」
彼女は目を見開きながらもその気弾をよけ、私に思い切り詰め寄って、
「・・・・・ぐっ!」
私の腹に思い切り拳を突き刺した。
「ごほ・・・」
私はその攻撃に、思わず膝をついて腹を抱えてうずくまってしまった。
「驚いた。アンタ能力者だったんだ」
見上げた先にはいじめの主犯格の女子生徒が私を見下ろしていた。次の瞬間、彼女はニヤリと笑みを浮かべ、
「じゃあ、あいつは無駄死にだったってことか」
と、そんな言葉を吐き捨てる。
「無駄死に、だと!」
私はその言葉にさらに怒りが湧いてきて、
「殺した張本人のくせして・・・!」
と叫び、立ち上がって彼女に再び気弾を放とうとするが、
「さっきも見たよ、それ」
彼女は態勢を変えて私の懐に潜り込み、
「こいつを守る価値なんて、ないのにね」
と吐き捨て、私の腹に蹴りを放つのだった。
「が!?」
その蹴りによって私は吹き飛ばされ、壁に激突する。
「私は一点に気力を集中させることのできる能力。どう? 満足した?」
彼女はけらけらと笑い、私の前に座り込む。
「なんで、アンタを選んだのかね?」
彼女はまじまじと私の目を見つめる。
「どういう、ことだ!」
私の怒りはまだ残っていたが、戦えるような体力はもう残されていなかった。
「チッ、あいつがなんであたしらにいじめられていたかも知らないくせしていい子ちゃんぶりやがって」
彼女はそんなことを言い、私の頬を思い切り殴ってくる。
「いじめられていたわけ? じゃあなんでお前らはあの子をいじめたんだよ」
私は彼女の発言に対しての疑問を思い切りぶつける。すると彼女は次の瞬間、
「あいつはアンタを守ろうとしたからだ」
と、そんなことを吐き捨てるのだった。
「・・・守ろうとした?」
私は彼女が何を言ってるか分からなかった。
「本来いじめの標的にされてたのはどこの誰か分かってんのかよ」
彼女はニヤリと笑みを浮かべて私の顔をのぞき込む。私は少しした後、とある可能性に行きつく。
「まさか、私をいじめの手から守るためにあの子は・・・」
「ご名答」
その刹那、私の腹に拳が飛んでくる。
「・・・・が」
私はその痛さに悶絶する。それに構わず目の前の女は私の頭を足で踏みつけ、
「あたしらは元々ダチだった! あいつは無能力者だったけど、いい奴だった! あたしらだってこんなことしたくなかったし、そのままお前をいじめ倒して終わりにしたかったんだよ!」
彼女の踏みつける力が増していく。おそらく能力を使っているのだろう。私の頭がかち割れそうになってゆく。
「だがあいつは私らの前に立ちはだかった! お前をいじめてやろうとしている最中にな! あいつなんて言ったと思うよ」
少し間を置き、彼女は告げる。
「〝なかちゃんをいじめるなら私をいじめろ!〟だってさ、バカバカしい」
私を踏みつける力が強くなっていく。
「私らはお前が憎たらしかったんだよ! いつも正義面してあいつに能力者は気をつけろだのあの人たちとは関わらない方が良いだの散々言いやがって! おかげ様であいつは私らの前に立ち塞がり続けたさ! お前の隣にいるせいであたしらが近づけないようにな!」
彼女の言葉は怒気を徐々にはらんでいく。
「私らはお前とあいつを引き離すために色々考えてあいつに考えを改めろと言い続けたさ。
〝能力者は無能力者よりも価値が高いんだ。実力至上主義だから仕方ないだろ〟
〝私らはあいつがいちいち私らを悪いように言うから分からせようとしてるだけだ。じゃないと私らの印象が悪くなるだろ〟
ってな! でもあいつはお前を守り通した! だから説得は諦めて一度あいつをいじめて心を折ろうとした! けど、あいつは折れなかった! 私らはただ、あいつにお前を諦めて欲しかっただけだったのに・・・!」
「・・・そろそろ黙れよ」
その刹那、私は彼女の足を思いっきり掴み、私の頭から勢いよくどかす。そして彼女がバランスを崩した瞬間、彼女の手を掴み勢いよく捻り上げた。
「・・・・・!?」
彼女はその場に倒れ伏せ、私の方を見て目を見開く。
「・・・アンタ、なによその力」
私の目の前の女はその場から立ち上がり、私から距離をとる。
「ッ・・・・・!」
目の前の女は警戒をやめない。厳しい目つきを私に向けている。
「・・・そんなことで、私が折れると思ったんですか?」
自分でも驚いている。私は今彼女に対して怒りしか湧いていないはずなのに、なぜか今の私の心の中は凪いでいた。
あの子は私を守るために自らいじめられていた。その真実は確かに私の心に大きく響いたことだったのかもしれない。だけど・・・
「彼女はきっと、そんなこと望んでないよね」
彼女は絶対に、その事実で折れる私なんて見たくないと思うだろう。
(ずっと、見てるんでしょ?)
彼女はあの手紙で、私のことずっと監視していると言っていた。彼女は嘘なんてつかない。それが分かってるからこそ私は冷静さを保つ。
「どんな事実があっても、挫けちゃダメだよね」
私は一歩踏み出す。
「な、なんだよ・・・。あたしとやろうっての!?」
目の前の女は私への警戒を緩めない。そりゃそうだ、私だって分かっている。今私は体の中に封印されていたものが解かれていく感覚を味わっている。
彼女は復讐したらダメだよ、なんてそんなことを言っていた。もちろん、私は彼女の言葉、彼女との約束を守る。だからこそこの戦いは、彼女の復讐なんかじゃない。
・・・この戦いは、私自身のケジメなのだ。
私の中で何かが解かれていく感覚がする。隠された何かを封じる鎖が一本ずつ、確実に解かれていく感覚。
母さんに教えてもらった私の名前の由来。
『あなたの名前は、花に因んでつけられているのよ』
『あなたには、人の心を明るくする力がある』
一足早く旅立った友達の言葉。
『弱くて強い、そんななかちゃんでいてね』
私は、確かに弱い。正義感なんてそんなものを感じていたくせして、身近にいる友達の苦難に気づいてあげられなくて、正直私の行動がちゃんとなっていれば、彼女がいじめられるなんてそんなことにもなっていなくて。いざ私一人になるとこんなズタボロに殴る蹴るされて。自分は能力者だっていうのに、この世界の大半の人よりも力があるのに、私はそんな現実から目を背けて、彼女を助けられなくて。
私は正直、弱者でしかない。でも・・・
『あなたはこのまま、枯れていくの?』
脳内で母さんの言葉が木霊する。
今までの私だったら、すでに心なんてぽっきりと折れている。きっと立ち直ることなんてできない。私の行動を一生悔やんで、彼女に対して一生償うだけの空っぽな存在になっていただろう。
『それをできるかできないかは、あなたにかかっているのよ?』
私の名前は、夜桜菜花。人の心を明るくできるような、そんな存在。
私の中の鎖がどんどん切れていく。内に秘められた力が、徐々に解放されてゆく。
『大好き! なかちゃん!』
「うん、私も大好きだったよ。だから見ておいてよ。私は・・・」
私は一度深呼吸をする。そして大好きな彼女を思い浮かべる。
もう迷わない。だからこそ断言する。
「・・・あなたの理想の、〝なかちゃん〟になるよ」
その刹那、鎖で繋がれていたエネルギーが一気に放出され・・・
———————
私は、その攻撃をよけていた。脊髄反射というべきだろうか。目の前から放たれたそれを受けきることなんてできなかっただろう。
「・・・・・!」
私は一度、詰めかけていた間合いを元に戻す。
「・・・まさかこのタイミングで覚醒? 運がいいもんだな!」
私は目の前の女を思い切り睨み付ける。目の前の女は、その体の周りに桃色のなにかをまとっていた。
(なんだあれ、花びら?)
それを見た瞬間私は確信する。こいつは能力をたった今覚醒させたのだと。
「アンタは、そういう能力なのね」
私はニヤリと笑って、瞬間、彼女との間合いを思い切り詰める。
(能力さえ分かっていれば、あとは熟練度勝負なんだよ!)
私はその攻撃に備え、思い切り身をかがめて、その拳に力を宿す。
(能力は、実力に比例して強くなる!)
彼女はおそらく、たった今能力を覚醒させた。だからこそ彼女自身まだ能力は扱えない。
結局のところ、能力を扱うには慣れが必要なのだ。私は随分前に能力を覚醒させている。だからこそいくら彼女が能力を使えたところでこの勝負に分があるのは私なのだ。
私は拳を固め、彼女の腹めがけて放つ。だけど、
「んな・・・!」
彼女は私の拳を両手で受け止めている。
「なんで! どっからそんな力が!」
私は彼女を見る。彼女は少し険しそうな顔を浮かべながらも、その瞳はしっかりと私の目をとらえていて、
「・・・あなたは、この勝負に何を賭けてるんですか?」
と、そんなことを呟く。
「は?」
私がそう言葉を零した瞬間、
「油断してますよ」
彼女の声と同時に、私にその花びらが飛来する。
「ぐ・・・!?」
私はその攻撃をまともに受け、体のあらゆる箇所から出血する。
「ちっ・・・!」
私は一旦体勢を立て直すためにも、彼女と一度距離をとる。
彼女は変わらず真剣な表情を浮かべて、私と対峙している。
「あなたはなんでこの勝負をしてるんですか?」
「・・・なに?」
私がなんでこの勝負を受けてるのかだって? そんなの・・・
「アンタが憎たらしいからに決まってるだろうが!」
そうだ。私はこいつが心底嫌いだった。無能力者のくせして、私らよりも立場が低くて弱いくせして、よく分からない正義感みたいなのをひっさげてやがる。
気に食わなかった。私らがいじめっ子だなんだってそう言う奴に言われるのが。たかが社会のゴミにそんなことを言われるのが。
そして今、こいつが実は能力者だということを知った。それで私のこいつに対する嫌悪感はより増した。だって、こいつが私と勝負したら、
・・・傍から見たら、こいつが正義で、私が悪みたいじゃないか。
偽善語ってるこいつが正義だなんて、私が許すはずがない。
「偽善者のお前が調子乗ってるのを見るとイライラするんだよ!」
私はそう言って、再び彼女との距離を詰める。だが、
「・・・結局自分勝手じゃないですか」
その刹那、私の後ろから鋭利な物体が飛来する。
「・・・・・!」
私はそれに気づけず、攻撃をもろに食らってしまう。
「あぐ・・・!」
体中が傷だらけで、その傷から痛みが迸る。思わず私はその痛みで膝をついてしまった。
「彼女のためだとかなんだとか言ってますけど、結局あなたのような人間は自己中心的な考えでしか動いてない」
私が見上げた先には、鋭い目つきでこちらを睨む少女が立っている。
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彼女は冷徹に、私にそう言い放つ。
「あなたはなんともないでしょうね。だって今の勝負なんてあなたにとっては賭けるものもなければ特別な理由あってのものでもない。ですが私にとっては違う」
彼女の声は徐々に怒気をはらんだものへと変わる。
「私はこの勝負に色んなものを賭けてます。それこそ彼女に託されたもの。私の信念。あらゆるものをね」
彼女は再び能力を発動し、その複数の武器を私に向ける。
「なにも背負ってないあなたに、私が負けるわけが・・・」
と、彼女が言いかけたとき、
「あ・・・・・」
私の目の前の少女は突如、地に膝をつけるのだった。
――――――――
体力切れ。私は容易にそれに気づくことができた。
「覚醒した瞬間調子乗ってそんなもんぽんぽん使うからだ」
目の前の女はニヤリと笑みを浮かべて、傷だらけの体でよろけながらも立ち上がる。私は、立ち上がることができなかった。
「嘘・・・」
私は未だに立ち上がることもままならない体を抑えながら、その女を見上げる。
「アンタの言うとおりだ」
彼女は静かな声でそんなことを私に告げる。
「私は結局、この勝負に私情しか挟んでない」
彼女は握り拳を作り、しゃがんで私と目線を合わせる。
「・・・クソッ!」
私は能力を発動しようとするも、その努力も虚しく、桜の花びらが眼前に出てくることはなかった。
「危なかったさ。確かにアンタと私じゃ背負ってるもんも違うだろうしね。だけど・・・」
彼女は続ける。
「この世界では結局、勝者が全てだ。今回の勝負、残った結果は私が勝ちでアンタが負け。それだけなんだよ」
彼女はそう告げ、私の腹に思い切りその拳を突き刺す。
「あ・・・・が・・・!」
私はその一発をもろに食らい、倒れこむ。そして私の視界は暗転していき、
「敗者の覚悟も、無駄になるんだよ!」
その言葉を最後に、私の意識は途切れるのだった。
「・・・・・ん、」
そこで私は目を覚ます。ここは、ベッドの上だろうか。
「あ、気づかれましたか」
「へ?」
声がする方へ視線を飛ばすと、そこには鮮やかな水色の髪をこさえた少女が私の顔をのぞき込んでいた。
「し、椎名さん・・・?」
私はガバッと起き上がり、
「ど、どうして椎名さんがここに!? それにここは!?」
と、慌てふためいてしまった。
「お、落ち着いてください・・・、ここは保健室ですよ」
「え!?」
そう言われ、私は辺りを見渡す。
「ほんとだ・・・、てことは・・・」
「ええ。屋上での一件も耳にしております」
「・・・そうですか」
私は少し溜息をついて思わず肩を落としてしまう。
「お疲れのようですし、私はこのあたりで失礼しましょうかね」
「あ、いえその!」
椎名さんが私に気を使ってくれたのか、保健室を立ち去ろうとしたので、私は慌てて呼び止める。
「・・・少し、話しませんか?」
照れながらもそう言うと椎名さんはにこりと笑って、
「ええ、分かりました」
と言い、私の隣に腰かけた。なんというか、とてもひと思いの優しい人だなと思えた。
「・・・・・」
呼び止めたはいいものの、なかなか話を切り出すことができない。要するに気まずい空気が保健室内に流れている。
(うわぁ・・・)
こういう時どうすればいいのか分からなかった私は適当に雑談を繰り広げようとする。
「・・・きょ、今日はいい天気ですね・・・」
「今は小雨が降ってるみたいです」
「え? あ、」
やってしまった。これじゃあ私が話題を何も考えてなかったことが筒抜けじゃないか。私は思わず赤面してしまう。
「ふふ・・・」
すると椎名さんはクスクスと笑みを零した。
「あの・・・」
私は戸惑ってしまい、思わずそう言葉を零してしまう。
「いえ、お気になさらず。ただ元気そうで良かったってだけです」
椎名さんは私の顔を見て笑顔でそう言う。
「元気そう、ですか・・・」
そこで私は先ほどの屋上での出来事を思い出す。結局あの戦いで私は、いじめの主犯格の女に敗北してしまい、覚悟もなにもかも否定されたような形で幕引きとなってしまった。私はそれを思い出してしまい、改めて無力であることを痛感してしまう。
「あなたが能力者であったことには、正直なところ驚きました」
私が少し落ち込んでいる隣で椎名さんはそう言葉を零す。
「誰もがそうです。能力者であるならば一般的には他よりも優位に立つためにそれをひけらかすだけです。あなたが能力者だということをひけらかさなかったのには、なにか能力者に対して思うところがあったのでしょう?」
「ありましたが、椎名さんが想像しているような大層な理由ではないです」
彼女の言葉に私ははっきりとそう告げる。
「確かに私は今まで自分が能力者であることを隠してきた。それは紛れもない事実です。でも私は能力者として未熟だったから、才能がなかったから、その事実から目を背けるために能力者であるということを明かさなかったんです。周りの能力者たちが能力を覚醒させている中、私は未だにその段階まで至ってなかった。そのことが嫌だったんです」
私は椎名さんに自分の弱みだったことを話す。話していて気づけたことは、結局のところ私は自分勝手な理由で能力者であることを隠して、自分の実力を高めようともせず、いざという時に実力不足ゆえに彼女を助けることもできず、今回の戦いで勝利することもできなかったということだった。
(そうじゃん。彼女がこんな結末になっちゃったのも、元はと言えば私のせいじゃん・・・)
私は拳を握り、己の愚かさに憎しみを覚える。私にもっと実力があればこんなことにはならなかったんだ。冷静に考えれば、私は自分の実力のなさを才能のせいにばかりしている。ろくに努力することもなく。そんな自分が心の底から許せなかった。
「この世界は実力至上主義です」
椎名さんは突然そんなことを言ってくる。
「実力がある者は優位な立場に立つことができますし、そうでない者は当然下に見られます。この概念は覆りません。だからこそ私はあなたに考えてもらいたいことがあります」
椎名さんは一度間をとって、そして私に告げる。
「能力者たる者。天性の恵みを託された者は、どのような行動をとるべきなんでしょうね」
「・・・・・」
私はもちろん、その問いに答えられなかった。分からないからだ。
「少なくとも私は・・・」
椎名さんは真剣な表情になり、私の目をまっすぐに見つめる。
「・・・その天性の力を使用しないのは、活かさないのは愚かであると考えます」
「・・・・・!」
普段からどこか達観した目で周りを静観している椎名さんから放たれた言葉だからこそ、私はその言葉に怯みを覚えてしまう。ただ、椎名さんはその結論に至った理由までは教えてはくれない。そりゃそうだ。そんなもの、少し考えれば誰にだって分かる。
椎名さんはその場から立ち上がり、保健室を後にしようとする。
「それでは私は失礼させていただきます」
椎名さんは私に微笑みかけて、
「これからのあなたの精進に、期待しています」
と告げ、私のもとから立ち去るのだった。
「精進、か」
一人となった私はこれからのことについて考える。とはいっても、これから私がやることなんて、決まっている。
『弱くて強い、そんななかちゃんでいてね。』
私は彼女の手紙を何度も読み返す。そして私は決意する。
(私は・・・・・、能力者として、明るい存在になれるために、実力を高めていく)
もう私は弱さを見せない。今までの私じゃない。絶対に同じ過ちなんて犯さない。
私は一人、静まった部屋のベッドの上にて、そう自分に言い聞かせるのだった。
「・・・そう、それがあなたの決意なのね?」
私は今日起こったこと、そしてこの前の外出から感じたことをありのまま母さんに伝えた。
「だから・・・」
私は母さんに告げる。
「私を鍛えてよ。誰でも明るくできるような、そんな存在にするために」
母さんはかなり強い能力者だと思う。だからこそ私は母さんにそんなことを頼んだ。
「それがあなたの出した結論なら、いいわ。とことん付き合ってあげる」
母さんはそう言って私に微笑みかける。
「それがあなたの紛れもない決意なのだとしたら・・・」
母さんは真剣な表情で告げる。
「これから学校はしばらく休んでもらうわ」
「え・・・、学校を?」
思わず私は母さんの方を向く。母さんは真剣な表情をしながら話しているため、冗談などではないのだろうということが容易に想像できた。
「そこまで、するの?」
私は実力をつけたいとは言ったが、そこまでする必要があるのかと率直に疑問を持ったため、そのように尋ねる。
「あなたは、この実力至上主義をどう思う?」
突然、母さんは私にそう尋ねてくる。この国は実力至上主義で、確かに財力だったり技術力だったりは他の国よりもはるかに最先端を行っていると思う。だけどそれでも、
「弱い人が淘汰される世界は、私は嫌だな・・・」
私は母さんの質問にそう返した。もちろん、実力至上主義というのは良い側面が多いけど、そうだとしてもこの国はその思考に偏りすぎている気がする。事実、今回のいじめの件で学校側が動かったのもそういうことだろう。無能力者よりも能力者の方が権力が高いから、好きにやらせれば良いというこの国の理によるもの。それはあまりにも、道理から外れていると言わざるを得ない。
「あなたは能力者なのよ? 普通そんな答えが出てくるかしら」
母さんはいつになく真剣な表情を保ったまま、私に対してそんなことを告げる。
「どうだろ、私にもよく分からないんだけどさ。なんて言えばいいのかな・・・、今回の件もそうなんだけど、無能力者が泣きを見る世界ってほんとにうまく回ってるのかなってことが言いたいの。この世界、いやこの国って確かに3割も能力者がいて、その人たちの力があってうまく回ってるわけでしょ? でもさ、この国の7割は無能力者なんだよ? まあその中からでも頭が切れる人だったり才能ある人だったりは満足した生活を送れてるんだけど。でも、この国の半分以上の人が泣きを見る世界って、どうなのかな・・・」
どれだけ技術が発展しても、どれだけ世界の最先端を進んだとしても、結局多くの人が苦難するような世界っていうのは良い方向に進むのか疑問に残る。能力者と無能力者の間には圧倒的な差があるから、反旗を翻したとしても簡単に抑え込まれて終わりだろう。皆それを知っているからこそ、無能力者で特段才能のない人は泣き寝入りを強いられてしまう。それに・・・
「・・・能力者って、そんなに偉いのかな」
これは、思わず出てしまった私自身の率直な疑問。確かに能力者は無能力者に比べて圧倒的な力を持っているし、社会貢献度が高いのも明白だろう。だけど、ただ才能を持ち合わせた人ってだけでそれ以外はただの人間、無能力者と変わらないはずなのだ。そんな人たちは果たしてそんなに位が高いと言えるのだろうか。社会貢献度が高いからと言って、本当に社会の役に立っているのだろうか。
・・・分からない。私の中では様々な疑問が浮かび、それについて考えていく度に次々と新たな疑問が湧いてくる。
「・・・そう」
母さんは目を閉じて私の感想を黙って受け止める。
「じゃああなたは、実力をつけた果てに、何を求めているの?」
母さんの質問に、私は間髪入れずに答える。
「私の近くにいる人を、私が大切だと思った人を助けてあげられる人になることかな」
私には、能力がある。この世の中にいる大半の人よりも力がある。だからその力を、今後は誰かのために使ってあげること。自分だけの力じゃなくて、いろんな人の役に立てる力として使いたい。それが、それこそが人を明るくする力に繋がると思うから。
「たくましくなったわね」
母さんはそんなことを言って、私に微笑みかける。
「そう、かな・・・」
私は少し言葉を詰まらせながらも、たくましくなったという言葉に思わず嬉しくなってしまう。
「以前までのあなただったら、そういう発言なんて出来なかったでしょうね」
「うん、そうだね」
今までなら私は自分の力なんて隠し続ければよいと思っていただろう。だけど実際に身近にいる人を失って、勝負の中で自分の無力さを実感して、私は二度とそんなことを起こさないためにも、実力をつけることを切望した。
「能力者は学校に行かなくてもそれほど咎められることなんてない。今回もあなたが能力者だと学校側に示せたから休学は多分簡単にいくと思うわ。あなたが人を助けるために実力をつけたいなら、良い場所を知っている」
そして母さんは息をついて、
「そこで半年間頑張ってみなさい。そして半年後に・・・」
そして母さんは告げる。
「世界最高峰の実力至上主義の学園に入学できる力を、身につけなさい」と。
自室に戻った私は、自分のスマホを立ち上げる。メールには私が能力者だったことを祝ってくれたり驚いたりするコメントが多くみられたが、私はそれらのメールを全て飛ばして、彼女のメールを立ち上げる。
『平等ってなんなんだろうね』
彼女とのやりとりはそこで終わっていた。
「平等かぁ」
私はしばらく考えた後、スマホを閉じる。今の私では、平等についてなんて的確な答えが出せるわけない。
その答えは、これから見つけていけば良い。少なくとも、強くなる決意をしたばかりの私がすぐに出せる答えというわけでもないだろう。
「・・・ふぅ」
私は息をついてベッドに寝転がる。きっと明日からは私の知らない世界だったり、まだ経験したことのないことだったりが待っているだろう。そんな予感がする。私は、私の信念のために、これから実力をつける。助けられなかった彼女の分まで。そんなことを思いながら私は眠りにつく。
そしてこの半年後、私はこの学園への入学を決意するのだった。
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