無能力者の俺が世界最高峰の実力至上主義の学園で無双する!?

とこ

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1章 集う、世界有数の実力者たち

開戦

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入学をかけたサバイバル試練が幕を開け、俺はその森の中を歩いていた。俺の腕には試練用のものだと思われる電子端末が装着されており、そこには現在の俺の所持金である1200円の表示と残り人数1524人の表示がなされていた。ちなみに俺は試練が始まってすぐにとある300円の物を購入したため残り1200円しか残っていない。とりあえず俺は事前に目星をつけていた場所に向かって歩を進める。
「誰もいないと、助かるんだけどな」
森の中を進み、草木をかき分けて
「ふう、着いたか」
そうして俺は森の中を流れる小川にたどり着いた。ここの小川は事前に飲める水だということが分かっていたため、俺はその周辺に腰を下ろすこととした。そして俺はカタログを開き、竿と餌を購入する。
「やっぱ釣りだよな~」
購入したものは購入した瞬間に手元に出現するという画期的なシステムとなっていたため、俺は釣り針に餌をつけて釣り糸を垂らす。釣りというのは良いものだ。こういうなかなか落ち着けない状況となった時にふと釣り糸を垂らすことで精神的な落ち着きを取り戻すことができる。それに加えて食料も確保できる。まさに一石二鳥というわけだ。
そして俺が釣り糸を垂らしてのんびり釣りをしていると、少し離れた場所で爆音が鳴り響く。
「なるほど、もう戦闘は起こっているのか」
端末を見るとそこには残り人数1316人と表記されていた。すでに208人の生徒が脱落をしたらしい。
「割とペースは速そうだな」
俺はもともとその支給額の少なさから早い段階で戦闘は起こるだろうと予見していたが、予想以上に生徒の減りが早い。現在は正午を少し過ぎた頃。このまま減っていくと1日も経たずして試練は終わりそうだが、そういうわけじゃないんだろうな。人数が減っていくごとに強者が残るのは明白だ。そうなると睨み合いの状態になってしまう可能性もある。とにもかくにも、試練がいつ終わるかなんて予測するのは未来を見れるような能力者じゃない限りほぼ不可能と言える。そうなると戦闘を回避していると金が尽きて体力がなくなってしまうわけだ。まあ、だとしても俺は戦闘なんてかけらもする気がないわけだが。
このまま時が過ぎ去って何事もなく試練を突破するのが一番都合いいんだが、どうやらそういうわけにもいかないらしい。俺は懐から購入したナイフを取り出し、後ろを振り向き、そのナイフを突きつける。
「何の用だ。俺を倒しにでも来たのか?」
俺がそう言うと同時に、森の中から人影が現れる。現れた少女は険しい表情を浮かべ、俺に対峙する。
それを見た俺はニヤリと笑みを浮かべて、
「・・・取引をしないか? 俺と」
と、その少女に向けて言い放つのであった。
 「・・・取引、ですか?」
目の前の黒っぽい桃色の短い髪をこさえた少女は少し驚きを見せつつも俺への警戒をやめずそう応じる。
「ああ、取引だ。なに、お前にとっても悪くない内容だから安心しな」
俺はそう言い、ナイフを懐にしまって敵意がないことをアピールする。
「・・・・・」
目の前の女は俺への警戒を緩めず、黙って俺の方を見ている。
「俺は無益な殺傷は好まない主義なんだ。この試練は結局入学の権利を得る300人を選別するためのものにすぎない。べつに無理して相手を倒す必要もない」
彼女は森の中でひたすらに俺の隙を窺っていた。仮に自分に絶対的な強さがあると思い込んでいるような奴だったらそんな回りくどい手は使わないだろう。彼女はあくまでこの試練を突破することを第一優先に考えているだろうと踏んだからこそこのセリフが言えるのだ。そしてそのような奴は少しでも自分にとってプラスに働く状況を望む習性がある。だからこそ、
「・・・その取引とは、なんなんですか」
と、目の前の女はそう言い放つのだった。そして俺はその取引の内容を言い放つ。
「俺と組まねえか?」と。
「・・・組む、ですか」
目の前の女は俺の言葉に少し目を見開いてそう言った。だが彼女はすぐに警戒心を取り戻して俺を睨み付ける。
「私はあなたを信頼できません。だからそんな簡単にあなたと組むなんて決断などできるはずありません」
彼女はそう断言し、戦闘体制に移行する。
「ああ、だからこその取引だろう?」
そうして俺は端末を操作して、そして、彼女の端末から電子音が鳴り響く。
「な!?」
彼女は目を見開いて驚いた。
「ど、どういうつもりなんですか! あなたは何がしたいんですか!」
「ああ、ちゃんと届いたか? 俺の全財産は」
「ッ・・・!」
目の前の女は警戒心はどこへやら、驚きを隠せないでいた。なにせ急に相手から850円という金が送られてきたんだ。そりゃ誰だって驚く。
俺は再びナイフを取り出して手元でくるくるともてあそびながら、
「ナイフ代300円、簡易版釣り竿代200円、餌代150円。お前にやった金850円。これで見事俺は一文無しってわけだ」
試練が始まり支給された端末をいじってみたことで手持ちの金を近くの端末へ移行できることを知ったため、今回俺は自分の持っていたすべての金を目の前の女に移行した。
「・・・どういうつもりですか!」
彼女はいまだに意味が分からないといった表情で俺に鋭く問いかける。その問いに俺は
「言ったろ? これが取引だ」
と、そう彼女に言い放った。
「とり、ひき・・・」
そして彼女ははっとした表情で視線を俺に向けた。そして俺は笑みを作り、再び彼女に問いかける。
「もう一度言うぞ? 俺と組まないか?」と。

 時刻は午後7時をまわった頃。残りの人数は1000人ほど。結構ペースは速いと思っていたが、あれから300人ほどしか減っていないことを考えると、まだまだサバイバル生活は続きそうである。ちなみに今日の釣りの成果はぼちぼちといったところだろうか。今日はほとんどの時間を釣りにあてていたため、魚を10匹以上釣ることができた。まあ〝2人分〟の食料は確保できただろう。ただ餌が枯渇してきたわけだが。
「悪いが150円ほどもらえないか。餌が尽きてしまう」
俺は隣に座っている少女にそう声をかけた。
「・・・べつに、もともとあなたのお金なんですからいいですよ」
隣の少女は俺の発言にあきれながらも150円を俺の端末に送ってくれた。
「悪いな、やるとか言っときながら」
俺はその金で新しく餌を注文する。そして手元に餌が瞬時に届いた。万能なもんだな。
「これ、そのまま食べるんですか?」
「ああ、そのつもりだが? 生魚は美味いぞ。おまえの分もある」
「私は焼いて食べますよ・・・」
そう言って彼女はマッチを注文し、どこからか落ち葉やら枝やら持ってきて火おこしを始めた。
「あの・・・」
「ん、なんだ?」
火おこしが終わり、今日釣った魚を食べているとき、彼女は俺に話しかけてくる。
「・・・なにが、目的なんですか?」
「目的? どういう意味だ」
「とぼけないでください。この試練は本来、自分以外のすべての人は敵となって、一人で勝ちにいかないといけないようなものなんです。それにもかかわらずあなたは自分にとって損しかないような取引を持ち掛けて、見ず知らずの私なんかと一緒に行動するなんて言い出して、意味が分からないですよ」
彼女は少し怒気を孕んだような声で俺にそう問い詰める。その言葉に俺は思わず笑いを零して、彼女に告げる。
「そんなの、どこのだれが決めたんだ?」
「え? でも・・・」
「べつに全員を敵に回せなんて誰も指示してない。この試練は単純に残り300人まで生き残ることのみが求められている試練だ。一人で戦おうが誰かと協力して突破しようが結局求められているのはそこだけなんだよ」
俺は続ける。
「この試練は敵を倒せば500円を獲得して確かに試練を有利に進められるかもしれない。だが冷静に考えてみろ。得られる金はせいぜい500円だ。この試練はサバイバルなんだぞ? 複数で協力すればするほど生き残れる可能性は純粋に高くなるし、たとえ敵が現れたとしても多勢に無勢がまかり通る。仮に自分の実力が他の追随を許さないような、そんなものなら話は変わるんだろうが、そうじゃないだろ。俺はあくまでお互いが勝ち抜くのに最善の手を打ったまでだ」
彼女はおそらく実戦経験というのが著しく欠けている。当たり前だ。学生、特に能力者なら自分が追い詰められている状況だったり生死を分けるような状況だったりは経験したことなどないだろう。だからこそこういう状況下では冷静な状況判断を下すことができない。
「なんであなたは、そこまで考えられるの。こんな急な状況で・・・」
彼女は少し弱弱しさを含んだ声で俺に問いかける。
「なんでか? そんなもん・・・」
そして俺は、告げる。
「無能力者故に、危機的状況には慣れてんだよ」と。
俺は今、自分が無能力者であることを彼女に伝えた。案の定彼女は驚いた表情で、
「無能力者!? じゃあ、あなたは!」
そして驚いた表情を見せる彼女に俺はニヤリと笑みを浮かべて、
「ああ、お前の想像通り。俺は奴隷なんだよ」
と、告げるのだった。

 この国は、実力至上主義の国だ。先にも行ったが、実力がある者は上に、実力のない者は下に、そんな世界。
この国における能力のない者への待遇はひどいものだ。仮に無能力者でも頭脳が高かったのならばまだ良い社会的立ち位置にいれるわけだが、そうでない者はこの国では『奴隷』と蔑称をつけられる。
奴隷となった人間は文字通り過酷な労働を強いられ、ろくに飯すら食っていくこともできない。この国はそんな理不尽な国だ。
現在この国の奴隷と呼ばれる人間は全国民の4割を占める。つまりこの国は、能力者を筆頭とする上級層3割、頭脳が卓越した切れ者や能力者の一部を筆頭とする中間層3割、そして特になんの特徴もない無能力者が中心となる奴隷層が4割と、そのような構成となってしまっている。仮に奴隷層が上級層に抗おうとも能力の有無の差で圧倒されてしまうのが落ちであるため、奴隷層の人間は重労働低賃金を強いられてしまう。
俺も奴隷層の人間だ。だが俺はまだ学生だったため普通に生活できていたが、学生が終われば重労働低賃金を強いられることになる。
この国は良くも悪くも実力至上主義。大規模な技術発展が現れる一方、そのような問題も抱えている。そんな国なのだ。
 「それで? それを知ってお前は俺を倒しに来るのか?」
俺は懐からナイフを取り出し、彼女に突きつける。
「ここで俺を倒せばお前は500円を追加で得られるし、学園側からの評価も高まるんだろうな。さあ、どうするつもりなんだ?」
彼女が能力者である限り、無能力者の俺を倒せる可能性はほぼ100%だ。少なくとも彼女の中には俺に倒されるというビジョンなどないだろう。仮にナイフを突きつけられていても能力を使えば無能力者など圧倒できる。それほどの差が両者にはあるのだ。
そのはずなのに・・・
「馬鹿じゃないですか?」
彼女は表情を変えずに即答する。
「・・・私が恩を仇で返すようなまねをすると思ってるんですか?」
その言葉に俺は思わず笑ってしまう。
「情でもかけてるつもりか? あまちゃんなんだな」
「勘違いはしないでください。私たちはあくまで利用し合う関係です。あなたが言ったように確かにこの試練は一人よりも複数の方が生き残れる可能性は高い。だからこそ私はここであなたを倒すのは不都合だと感じただけです」
彼女は真剣な表情でそう言葉を紡ぐ。
「そうか、じゃあお前は信用してもいいんだな?」
「あなたが裏切らない限りはかまいませんが、私はあなたを完全に信頼してるわけじゃないので、そこは理解しておいてくださいね」
「ああ、じゃあ守ってくれよ? 俺のこと」
俺のその言葉に彼女は嘆息しながら、
「・・・少しは役に立ってくださいね」
と言い、焼き魚にかぶりつく。
彼女は、甘い。実力至上主義の世界では少なくとも弱者は淘汰されるのが普通だ。だが、彼女はここで俺を生かしてしまった。この世界はそんなに甘い世界ではない。だからこそ、俺は思う。
(そんな考えでお前は、この先成り上がれるのか?) と・・・・・

 「お腹が痛い、だと!?」
夕食を食べ終わり、俺はその痛みに軽くうなされていた。
「なーんで種類も分からない魚を焼かずに食べるんですかねー。焚火炊いてたのに」
「俺は今まで超健康男児だったんだ。生魚くらいなら本来普通に食えるはずなんだ、!」
「だから焚火炊いてたじゃないですか。馬鹿なんですか?」
現在俺たちの近くでは仮設トイレが整備されていた。さすがにトイレとかの大物はすぐに届くわけじゃないらしく、少し設営に時間がかかるようだ。
「ま、まだか・・・」
「あと少しで完成しそうなんで我慢してください」
「その辺でしてもいいかな」
「不合格になりたいならお好きにどうぞ」
「・・・我慢してやる」
そうしてしばらくして、業者らしき人物が立ち去っていくのが確認できた。
「よし! 終わったか!」
俺は立ち上がりトイレの方に向かおうとすると、彼女が俺の前に立ちふさがる。
(・・・・・ん?)
「それじゃあ私が先に行くので」
「なんでだよ!」
いや意味が分からない。この女は何を言っている?
「俺が先約だろうが!」
「男子のトイレの後臭そうなので」
「そんな理由通じるかよ」
「・・・レディーファースト」
「どこにレディーがいるんだ」
「失礼ですね!」
そう言って彼女はトイレに駆け籠り、鍵を閉める。
「このトイレ破壊してやる」
そうすればこの女に復讐できるんだろうが、それは俺の社会的な死(大腸破裂)を意味するため、仕方なく我慢することとした。
(あの女は俺が〇してやる)
と、そんなことを思いながら。

 無事俺の腸内環境は回復し、俺はあの女に不平不満をぶつけた後、星空を見上げていた。
「神秘的ですね・・・」
「ああ、そうだな」
街灯がない無人島だからこそ見ることのできる圧巻の夜空に、俺たちは圧倒されていた。
「星空とかの普段見れない神秘的な景色は人の煩悩や悩みをなくしてくれるもんだ。だから俺は好きなんだよ、こういう景色は」
木の隙間から星空が顔を除くような景色。こんな景色は到底見れるものではない。
「・・・そうですね。今この時だけ、試練というものを忘れてしまいそうです」
「ああ、特にここでは星も輝いて見える。見てみろ、あれがレグルス。そしてあれはスピカっていうんだ」
「・・・詳しいんですね」
「まあな、子供の頃に覚えたんだ」
あいつは星が好きだったな、と思わずそんなことを思い出す。
「ほんとに、奇麗・・・」
その言葉はまるで心の声が思わず漏れてしまったような、そんな声だった。
俺は思わず隣の少女に目を向ける。
彼女の目は、天に浮かぶ幻想的な宇宙に向けられている。そしてその目はどこか哀しさ・重々しさを漂わせており、彼女の表情は何とも言えないものとなっていた。
「・・・知ってるか?」
俺は彼女に声をかける。
「・・・この世界じゃない、また別の世界では、流れ星に願いごとを唱えると叶うって言われているらしいぞ」
昔、そんな迷信をどこかの誰かに教えられた記憶がある。にわかに信じがたいかもしれないが、俺はそんな迷信をなぜか本当のことだと思ってしまう。それぐらい神秘的な話だった。
「・・・そんな平和的な迷信があるんですね」
彼女は俺の方を向いて微笑む。
「信じがたいような話なんですが、なぜかその迷信にはいろいろと惹きつけられるものがありますね。不思議です」
「だな。俺もそう思う」
そうして俺たちは再び空を見上げる。この時間がどうしても心地よいのは俺だけなんだろうか。今試練が行われているということなんて、少なくとも今の俺の頭にはなかった。
「そういえば、あなたの名前。なんていうんですか?」
彼女は俺の方を向きながらそう尋ねてきた。そういえば自己紹介してなかったか。
「俺の名前は・・・」
そして俺は告げる、その自分の名を。
「月影白夜だ。この名前は、星の迷信を教えてくれた人物に名付けてもらったんだ」と。
「いい名前ですね」
彼女は微笑み、そう返す。
「・・・あなたに色々なことをしてくれたその人物ってのは、あなたの親なんですか?」
その問いに、俺は首を横に振る。
「違う。俺には両親なんていない」
俺は続ける。
「俺はいつどこでこの世に生まれたのか分からない。この世に生を受けて路頭に迷ってたらその人物と出会ってな。名前も付けてもらったし、いろんな面白い話も聞かせてもらったんだ」
「そうなんですね・・・、ってことは拾われたってことなんですか?」
「いや、そういうわけじゃない」
「え、じゃあどういう・・・」
「分かんないんだ、その辺が」
「分かんない、って・・・」
俺は知らない。結局あの人との思い出は断片的にしか残っていない。俺の頭に残っていたのは、その人が俺に名前を授けてくれたこと、迷信や面白い話をしてくれたということ、そして・・・
『ボクには使命があるんだ』と言って忽然と姿を消したこと・・・
結局俺はあの人のことは全然分からないのだ。
「結局俺は今まで一人で生きてきた。だからだろうな、勘なんだが、俺はこの試練を突破できる気がするんだ」
なんで俺はここまで彼女に自分のことを言ったのだろう。もしかしたら俺は理解してくれる人が欲しいと思っていたのかもしれない。
「・・・あなたなら」
隣にいる彼女は俺に語りかけてくる。
「あなたならきっと、何とかなる気がします。私の勘なんですけどね」
あと、と彼女はさらに言葉を紡ぐ。
「あなたはきっと、良い人なんでしょうね」
良い人、か。俺自身自分を良い奴なんて思ったことなど一度もないわけだが。
隣にいる少女は立ち上がり、まっすぐ俺の瞳を見て微笑みながら、
「私は、夜桜菜花と言います。よろしくお願いしますね、白夜さん!」
と告げた。春っぽい良い名前だなと思いながら俺も立ち上がり、
「ああ、よろしく頼む」
と、そう返すのだった。

 翌日、時刻は午前7時になった頃。
「おはようございます・・・。すみません、見張りなんか任せてしまって」
「ああ、べつに構わないぞ」
前日の夜、俺は夜間の見張り役を買って出た。彼女は寝ている時に攻撃してこないか警戒していたものの、最終的に了承してくれていたため、俺は今晩は敵が来ないか警戒し続けていた。
「あの、大丈夫ですか? 多分寝れてないですよね」
「大丈夫だ。俺は一晩寝ないぐらいなら全然動ける体をしているからな」
「超健康男児とはとても思えませんね」
彼女はくすっと笑いながら俺と話してくれる。昨日であった頃からは考えられないような行動だ。
「その様子から見るに、お前は俺を信用しているってことでいいのか?」
俺がそう聞くと彼女は笑みを崩さず、
「昨日の夜私が寝ている隙をついてない時点で信用できていますよ。それにこんな状況じゃもう信用するしかないじゃないですか」
「そうか、ならまあいいんだが」
まあ信用されてないよりかは信用されてる方がこちらとしても動きやすい。それにべつに俺から彼女に危害を加えるようなことはないしな。
「それにしても、全然人が減りませんね・・・」
彼女は端末を確認してそう言葉を零す。そう言われて俺も端末を確認する。
「・・・確かにな」
端末には残り人数980人と表示されている。つまり昨日の晩から実に20人ほどしか減っていないということになる。
「なんというか、少しおとなしくなったんですかね」
「ああ、まあ疲れだろうな。あとは余計な体力を使いたくないと判断した生徒が多くなったことだ」
この試練はサバイバル。ただでさえ一人でサバイバルをするのは精神的にも身体的にも疲れるものなのに、これに加えて他プレイヤーを倒すということもするとなると、いくら腕に自信がある奴と言ってもそう簡単に無傷ではいられなくなるだろう。
「この試練は最終的には生き残ればいいんだ。べつに無理して敵を倒す必要性なんかない。だからこそお互い様子見し合ってるんだろうな」
「でもそれだとただサバイバルの時間が長くなるだけですよね」
「ああ、だからこそ誰かが大きな動きさえ見せれば一気に状況は変わるだろう」
だが大きく動くなんてことは相当リスクが高い。なにせ俺たちはまだ他人の実力など知ることができないし、自分の実力がどの程度の位置にあるのかも不明確だからだ。
「ともかく、試練がいつ終わるかなんて想定することはできない。お前今手持ちどれくらいあるんだ?」
「昨日トイレに使ったせいで残りは1000円ほどですね」
「そうか、なら大丈夫そうだな」
この試練において釣りだったり食料採集だったりはかなり効果的であると分かったため、1000円もあれば十分だろう。俺はそう考察する。
「でも、学園側はこの試練をどう評価するんですかね」
「さあな、今のところは分からない。だが少なくとも、学園の評価を未だ気にしてる奴なんてのはごく少数だろうな」
「え、そうなんですか?」
俺の言葉に彼女は首をかしげる。
「ああ、実際この人数の減りが物語っている。最初の人数の減りに関していえばおそらく金と評価にしか目がなかったような奴らが他の連中を蹴落としに行った結果だ。だが、そう言う奴らも含めて生徒のほとんどは実感していくんだよ。一人でサバイバルをする労力ってもんをな」
サバイバルは一見自然の中で自給自足をするだけだと思われるかもしれない。だが、普通いつもと違う状況下で、いつもと違う生活を送るというのは肉体的にも精神的にもかなり疲労がたまるものなのだ。それに加えて、今回は入学をかけた試練であり、自分以外の全員が敵というシチュエーションである。そんな状況で実践経験のない学生がいつも通りの実力など出せるはずがない。
「結局のところ、動きたくても動けないような状況なんだよ、今はな」
だがこの状況もそう長くは続かないだろう。やはり金を得るためには敵を倒さなければならない。そうなるとどこかしらのタイミングで一気に人数が減ることだってもちろん考えられる。
「・・・確かに、そうですね。それにこの島結構広いので単純に索敵が難しくなってるのもありそうですし」
「確かにな」
この無人島は俺が思っていたものよりもはるかに大きかった。実際に事前調査でもおそらくだが島の1~2割ほどしか回り切れてないだろう。それゆえに残り500人とかになったら本格的に敵を見つけるのが難しくなりそうだ。
「そう考えると、開戦直後に敵を多く倒すってのもだいぶ効果的になるんだろうな」
「そうかもしれませんね」
俺たちはそう軽く雑談を交わす。
「それで、今日は何するつもりなんですか?」
彼女は俺にそう尋ねる。
「そうだな。何かしたいのか?」
べつに俺は今日も釣りをするつもりだったが、もし菜花がやりたいことがあるのならばそれをやってもいいのかもしれない。
「そうですね、私は少し果物を探したりこの島を探索してみたりしたいですね」
「そうか、まあいいかもな」
釣りだけというのも確かに物足りないし、島を探索してみるのはありなのかもな。それに何かあれば守ってくれるだろう。
「あの、言っておいてあれなんですが、ほんとに大丈夫なんですか? 寝てないのに」
「安心しろ、全然大丈夫だからな」
すると彼女は微笑んで、
「きっと一人だったらこういうことも一人でやらないといけないんですよね。あまり考えたくもないです」
と、そう言葉を零す。
「お前は気配察知とかできないのか?」
すると彼女は少し悲しそうな表情で俺の方へ向く。
「私は、能力者の中でも弱い方なんです」
彼女は少し笑みを浮かべながら、
「私は今まで能力者の中でも実力が開花しなかった。その現実があまりにも悔しかったんですよ。だから結局この試練でもあなたにすがってしまう」
と、そう告げる。俺は彼女のその言葉を聞く。
「でも私はそんな弱さを変えたい。今までの私を変えたい。だからこそこの学園で自分を磨いて、この実力至上主義の国で十分生きていけるための実力を身につけたい。だから入学したんです、この学園に」
目の前の女、夜桜菜花の確かなる決意。きっとその背後には簡単に想像することができないようなことがあるんだろうな。俺はそう思い、そして彼女に告げる。
「お前のそれは、弱さなんかじゃねーよ」
俺の言葉に彼女の表情が少し強張り、
「・・・何を言ってるんですか。自分の実力が足りず結局は他の人に頼らないと何もできない。私一人では立ち向かっていくことができない。これが弱さ以外のなんだっていうんですか!」
と俺に向かって強めに告げる。
俺は嘆息しながら、彼女のその言葉を否定する。
「本当の弱者っていうのは、自分の実力を過信して弱さを認めない奴のことだ。だがお前は違うだろ。己の弱さを自覚し、頼れる時には人に頼りながらもひたすら精進しようとしている。そんな奴が弱者なのか? 俺はそうは思えないな」
彼女は彼女なりに己の弱さと向き合い、それを克服するためにこの学園に来ているのだ。そして今、この入学試練を突破すべく件名に励んでいる。俺からしたらその行動は立派なものだ。
「お前には可能性がある。これからいくらでも強くなれるんだよ。そう言う奴は弱者とは呼ばない」
俺ははっきりと、確信をもって彼女に告げる。
「お前は、まぎれもない強者なんだよ」と。
 「・・・ありがとうございます」
彼女は俺に向かって少し頬を緩ませながら、
「あなたは、私の親みたいなことを言うんですね」
と言った。
「私は、正直今までその言葉を信用することなどできませんでした。だって私は弱者だから、とずっと思ってましたから。けど、なんであなたの言葉はそんなにも響くんでしょうね」
「俺の言葉が響いたか響いてないかなんてのはどうでもいい。だが、」
俺はそう言って、
「・・・自分の実力を認めない奴は、成り上がれない。これは世の中の理だ」
と、彼女に告げる。
「そうですね」
彼女は表情を整え、
「だからこそ私は頑張ろうと決めたんです! この学園で成り上がるためにも」
と宣言する。
「あ、あと気になったことがあるんです」
「ん? なんだ?」
彼女は俺の目を見て、その疑問をぶつけてくる。
「あなたはなんで、この学園に来たんですか?」
 それは彼女が自分の入学理由を言ったからこそ、率直に出てきた疑問。彼女にとっては無能力者がなぜこの学園に入学しようと知るのかなんて想像できないだろう。無能力者がこの学園に入学したところで、成り上がるどころか生き残ることすら不可能だと思われているだろうから。
・・・だから俺は告げる、その理由を。
「面白そうだったからだ」
「・・・へ?」
 彼女は俺の答えにそう素っ頓狂な声を発し、目を見開く。
「・・・正気なんですか?」
「おいおい、俺が異常者みたいな発言はよしてくれよ」
「異常者じゃなかったんですか?」
「逆に俺は今まで異常者だと思われていたのか!」
「なぜ正常扱いされてると思ったんですか?」
 なんか俺がどんな風に映ってるのか考えるのが怖くなってきた。人間の物事を選択するときの判断基準なんて大体、面白そうだとか興味あるとかだろ! なんで面白そうって発言で異常者認定されるのか意味が分からない。
「・・・あなたはほんとにマイペースで生きてそうですね」
 彼女は呆れながら俺の方を見る。おいやめろ。そんなごみを見る目で人を見るんじゃない。メンタルつよつよの俺でもさすがに傷つくぞ。
「それで、あなたがこの学園に来た理由は何なんですか」
「だから面白そうだからだって言っただろ?」
「あくまで隠すってことですね。まあいいですけど」
 彼女はため息をつき、俺から視線を離す。べつに本当のことなんだがなあ。
「とりあえず行きますか? 探索」
「そうだな、そろそろ行くか」
試練前に何箇所か目星をつけていた場所はあったため、俺たちは支度をして探索を始めるのであった。

 森の中を俺たちは進んでいき、そしてその場所へ辿りつく。
「・・・こんな場所があったんですか!」
周りには多くの果実が実っている木がある。ここは俺が事前に調査済みだった場所だ。
「まさかこんな食料が豊富な場所があるなんてな」
事前に知ってはいたが、俺はあくまで今知ったかのように立ち回ることとした。
「リンゴの木なんて、初めて見ました」
彼女はあたりを見渡しながらそう言葉を零す。
 確かに、リンゴの木が生えているところなんて俺も見たことがない。農家出身の奴なら一部は毎日のように見ていたんだろうが、そうではないような奴にとってはこういう光景は割と新鮮だったりする。
「他にもいろいろ生えているみたいだな」
 完全に時期外れな実を宿した木までなっていることから、どうやらこの島は学園によりある程度整備されているらしい。
「とりあえずここから少し食料を採取するぞ」
「そうですね、これだけあれば大丈夫そうです」
 俺たちは各々袋をもって気になっている実を詰めていく。
「それにしてもナイスアイデアですよね。ごみ処理用に支給される袋をこうやって活用するとは」
彼女は次々と木の実を袋に詰めながら言葉を漏らす。
「支給されるってからには使わない手なんてない。それが実用性が高い物ならなおさらな」
べつにゴミ袋という概念にとらわれる必要性なんてないのだ。それにこの学園のことだ。こういった使用用途も当然考えていただろう。
「あなたって意外と頭良いんですね」
「当たり前だろ。俺は天才だからな」
「はいはいそうですね」
彼女はこちらを見ることもなくそう返す。まあ俺が天才だと分かってくれればそれで良いんだけどな。
 「・・・結構集まりましたね」
木の実でだいぶ大きくなった袋を持ちながら、彼女はそう告げる。
「そうだな、そろそろ戻っても良いのかもしれない」
べつになくなればまた採ってくれば良いため、俺は彼女に戻るぞと声をかけた。
「それにしてもここまで木の実がなってたあたり誰もここの場所に気づけなかったんですかね?」
「まあそうだろうな。なんせ今は2日目だ。べつにおかしいことでもない」
 まあ少し木の実の数に偏りがあったため、誰かが採っていたとしてもおかしくないわけだが。
「とりあえず、行くとするか」
・・・と、俺がそう言ったその刹那、
「ッ・・・!」
突如として現れた〝ソレ〟に俺はほぼ条件反射で袋をぶつける。
「・・・白夜さん!」
少し離れた場所から菜花の焦り声が聞こえる。
 俺は素早く袋を離し、懐からナイフを取り出し、そいつに突きつけた。
「なるほど、お前はやる気満々なんだな」
目の前の中年の男の手は針状の何かに変化している。まあこの学園の受け入れ年齢は幅広いため、こいつのようになかなかの年の奴ももちろんいるか。
「そういう能力なんだな。お前は」
俺はニヤリと笑みを零す。そして告げる。
「・・・退屈だったんだよ、サバイバルなのに敵が全く現れない。ちょうど拍子抜けしてたんだ」
こいつなら自分の実力を確かめるのにちょうどいいだろう。
「・・・かかってこいよ、俺が相手してやる」
俺は余裕そうな表情を浮かべ、目の前の男にそう告げるのだった。

「ハハッ」
俺の言葉に目の前の男は、恐怖ではなく余裕そうな表情を浮かべていた。
「お前、高校生だろ」
男は笑いながらそう俺に告げる。
「まあ、年齢的に言えばそうなるか。まだ入学できてるわけじゃないがな」
俺はあくまでナイフを男に突きつけながら会話をする。
「確かに世の中では学生の頃に能力のピークが来ると言われている。だがな・・・」
目の前の男は俺に告げる。
「人生経験の浅いお前なんかに負けるような道理はない」
「そうかよ」
そしてしばしの沈黙。男の手は針状になっているため、おそらく体を針に変化させることのできる能力みたいなやつだろう。
「お前らは俺が拠点としていた場所に踏み入り、あろうことか食料までも盗もうとした。戦闘になるには十分な理由だよなあ」
男はその手を俺に突きつけ、
「俺の能力は『体の一部を鋭利にする能力』だ。お前の持っているナイフよりも鋭く、硬い。お前に勝ち目なんてものはないんだよ」
 男は笑いながら俺をあざ笑う。その言葉に俺は思わず笑い飛ばしてしまった。
「お前、俺の見立て通りやはり小物だったんだな」
「・・・なに?」
 先ほどまで笑みを浮かべていた男の表情は、俺の一言によって怒りの表情へと変わる。
「・・・テメエ、今俺を小物っつったか」
その言葉には明らかに怒気が含まれていた。だが俺がそんな小物の怒りに臆するわけもなく、
「ああ、お前は正真正銘の小物だろ。なんせ自分の能力を簡単に敵に明かしてるんだからな」
この世界では能力を明かすという行為は他人に自分の個人情報を流すのとおなじようなもんだ。
「そんなことも分からないくせに、人生経験語らないで欲しいもんだな」
 これで煽りはちょうどいいだろう。目の前の男は明らかに俺に対して怒りの表情を向けている。俺は後ろにいるそいつに声をかける。
「そういうことだ。あとは頼むぞ」
「いやいやいや、あそこまで煽っておいて肝心のことは私に丸投げなんですか!?」
いや、俺があいつと戦っても結果見えてるだろ・・・
「おい、テメエが戦えよ。あんだけ煽っといて後ろの嬢ちゃんに丸投げとはいい度胸じゃねえか」
「いや、だって・・・」
そんなもん当たり前だろう。
「無能力者が戦えるわけないじゃねーか。堅実な判断だろ」
「・・・は?」
目の前の男はそう素っ頓狂な声を上げる。それと同時に響き渡る声。
「な! なんで! なんで言うんですか!?」
夜桜菜花はそう叫び、俺の頭を思いっきりひっぱたく。
「痛いな。なにすんだお前」
俺は頭の痛さに思わず苦悶の表情を浮かべる。
「あ、あなたは本当に馬鹿なんですか!」
「だから俺は天才だと言ってるだろ!」
 そして俺たちが言い合ってる中、響き渡る笑い声が一つ。
「無能力者か! 何かと思えばお前、ただの奴隷じゃねーか!」
男はげらげら笑いながら俺の方を向く。
「社会のごみの分際でよくもそこまで威張れたもんだ。その度胸は認めてやるよ」
男はそう言い、手に発現させた刃をこちらに向け、
「奴隷ごときが俺様に歯向かったこと、後悔させてやるよ」
と言い、俺たちとの距離を詰めてくる。
「夜桜菜花」
 俺は未だ俺に呆れかえっている少女の名を呼び、
「この学園で成り上がるんだろ? だったらこいつを倒せ」
と、そう告げる。
「な、なんであなたにそんな命令をされなきゃいけないんですか!?」
「さっきも言ったようにこいつは大したことない奴だ。お前はこの学園で強くなるんだろ? だったら今ここでこいつを倒すのはお前にとってやらなきゃいけないことなんだよ」
そうして俺は彼女の背中を押して告げる。
「圧勝して来いよ?」
俺のその言葉に彼女は、
「・・・この借りは、必ず返してもらいますよ!」
と言い、その瞬間、何かをつんざく音があたりに木霊するのだった。

 あの女は弱者だと、この俺は思い込んでいた。だって無能力者のあの男と行動しているのだ。俺からしたら弱い者同士が体を寄せ合ってるだけなのだ。だからこそ油断していた。俺はその刃を女ではなく、奴隷であるあの男に向けて放ったのだ。その判断こそが、間違いだった。
「あなたの相手は私ですよ」
 女の声が響き渡ると同時に俺の体に何十個もの傷がつけられる。
「・・・・・!」
そうして俺はその場に倒れ伏せた。体のあらゆるところがその痛さに悲鳴を上げている。
「あ・・・、が・・・!」
俺は倒れたまま目の前の女に目を向ける。その女は俺を見下ろし、
「油断大敵。そんなことも体に染みついてない人に、私が負けることはありません」
と告げ、その刹那、俺の視界は暗闇に染まるのであった。

 「・・・へぇ」
俺はその一瞬で決着がついた戦いに目を向けていた。
「これで弱者呼ばわりされてたのかよ」
俺は笑みを零してしまった。先ほどの戦いにおいて、彼女は能力を発動した。彼女の周りには、いくつもの〝花びら〟が舞い、その花びらは武器となって一瞬であの男を切りつけた。
「十分恵まれた能力じゃねーか」
男は倒れ伏せ、菜花は無傷で立っている。
「・・・圧勝だな」
 俺は軍配を上げた彼女に近づいて、その勝利をたたえる。
「見事なもんだ。ほんとに圧勝しちまうとはな」
「あなたの馬鹿さにはうんざりしましたよ」
「なんでそんなこと言うの?」
あれ? もしかしてこいつ今機嫌悪い? 俺はべつに彼女に何か悪いことなんて・・・
・・・してるわ。めっちゃしてたわ。
「ほんとに申し訳ございませんでした」
 そういえば俺は自分で煽りまくった敵を思いっきり彼女に押し付けてたわ。しかも迫ってくる相手の方に思いっきり押し出してたし。彼女からすれば俺にめっちゃ利用されてる形になってるわ。明らか彼女の方が強いのに。
「勝てない相手にあんなに煽れるあなたのその神経が理解できません」
 俺たちと対峙していた男は目の前で気絶していた。
「あ、お金が増えました」
なるほど、つまりこいつはこの時点で試練失格となったわけか。俺たちは無事勝利できたみたいだ。
「こいつの実力よりもお前の実力の方が上回ったな」
 この勝利は、紛れもなく彼女の勝利だ。
「ただ、この男の意識はあなたに向いてました。だからこの勝利は、真っ向から戦ったものとは言えません」
「何を言ってる。どのような形であれ、この勝負はお前の勝ちだ。誇ってもいい」
「でも・・・」
 彼女はなかなか自分の勝利を認めないような感じだったが、どことなく嬉しそうな、そんな表情をしていた。
「守ってくれて助かった、今後も頼むぞ」
彼女がこれぐらいの実力なら、べつに心配する必要もないだろう。俺はそう思い彼女に告げた。
「・・・あなたは安易に他人を煽らないでください。ほんとに頼みますよ・・・」
「善処する」
「んもう!」
そのような会話を交わし、俺たちは木の実を多く持って拠点へと戻るのであった。

「ふんふん、ふふ~ん♪」
食料採集から帰ってきた俺たちは元いた川辺に戻り、昼食をとっていた。
「・・・ご機嫌だな」
「当たり前ですよ♪ 相手を一人自分の力で倒せたんですよ~! これを喜ばずして何を喜ぼうというのですか!」
 彼女は満面の笑みを浮かべながら採ってきた木の実を頬張っている。
「あんなに腑に落ちないような表情をしていたのに、随分と期限変わりが早いんだな」
「いや~、時間が経つとだんだん嬉しくなっちゃってですね~」
 なんというか、良くも悪くも彼女は気分屋なんだな、とそんなことを思わず感じてしまう。
「浮かれてるところに敵に奇襲を仕掛けられるなんてことがなければいいけどな」
「そんなこと分かってますよ~」
彼女は満面の笑みを浮かべて次々と木の実を頬張っている。・・・はて、この木の実にはアルコールでも入っていたのだろうか。
 俺は腕の端末を見る。相も変わらず金額欄にはしっかりと0と刻まれていたが、
(・・・人数の減りも相変わらず小さいか)
端末の残り人数の欄には965人と表示されている。つまりは午前中のうちにたったの15人しか脱落していないということだ。
(これは、想像以上の減りの遅さだな)
俺はどんなに減りが遅くとも2日目の昼には700人を切っているだろうと睨んでいた。だからこそこの数値は俺にとってなかなか衝撃的なものだったのだ。
「これは・・・」
と、俺が呟こうとしていると、
「どうかしたんですか?」
俺の横から菜花が首を出して俺の端末をのぞき込んでいた。
「ああ、まあちょっとな」
彼女は俺の端末をのぞき込む。
「・・・まだこんなに残ってるんですか」
 彼女は少し深刻そうな顔を浮かべながらそんなことを呟く。
「そのようだな。正直想定外だ」
「そうですね、皆お金大丈夫なんでしょうか」
「もしかしたら他の奴らも俺たちのようにグループを組んでいるのかもな」
「グループ、ですか」
サバイバルは少なくとも数人で過ごすのと一人で過ごすのでは難易度が格段に変わる。敵を倒したところで500円しか得ることができない以上、複数人が固まってグループとして試練を乗り切った方が生き残る可能性も高まるのだ。たとえ敵が来ようが大人数でたたき伏せればいいんだからな。
・・・ただ、
「そうだとすると、危機感がなさすぎるな」
「ですよね」
 本来、自分にとって敵の立場にある人間を信用するなど難しいことなのだ。特に今回は学園に入学できるか否かが問われるような試練。簡単に他人を信用するなんてことは到底できることでもない。だが、仮にその状況になっているのだとしたら、
「俺たちはもしかすると、不利な立場なのかもしれないな」
「・・・もし敵が3人以上で固まっていた場合、そうなりますね。こっちの戦力は実質一人ですし・・・」
「え? お前戦力にならないのか?」
「あなたに決まってるでしょうが!」
完璧なつっこみを受けてしまった。
「俺たちもグループを作るか?」
俺は冗談交じりでそんなことを彼女に提案してみる。
「私は少なくとも、他の人たちを信用するなんてことできません」
彼女ははっきりとそう断言した。
「冗談だ。俺もあまり他の奴と組みたいなんて思わない。俺もあまり他人に信頼を置く人間じゃないしな」
「私に『助けてくれよ』なんて言っていた人はどこの誰ですか」
「ああ、そうだったな」
「まあ私たちにはまだ1500円あるし、安易にそんなこと決める必要などないですよ」
「まあまだ他がグループを作ってるなんてことが確定してるわけじゃないしな」
 そう言って俺は立ち上がり、森の方へ向かって歩き出す。
「どこか行かれるんですか?」
「ああ心配するな、ただの食後の散歩さ」
「私はいかなくて大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、すぐ戻る」
俺は彼女にそう告げて、〝その気配〟のする方向へ足を向けるのであった。

 森の中を少し歩いて、やがてそいつのもとへたどり着く。
「奇遇だな、一人なのか」
「え? あ!」
俺の声に目の前の女、二階堂花音は俺の方を向く。
「アンタ、まだ残ってたのね!」
「まるでくたばってたかと思ってたような発言だな」
「だってアンタ無能力者だし・・・」
彼女とそんなことを話していたが、その表情は決して明るいものとは言い難く、
「・・・余裕がなさそうだな」
と、思わず俺はそんな言葉をかけてしまう。
「・・・バレた?」
彼女は少しにやけながらもそんなことを言う。
「当たり前だろ。中学からの付き合いだ」
俺も笑いながらそう返す。
「思い知ったわ。この試練が一筋縄じゃ行かないってことをね」
彼女は頭をポリポリとかきながらそう言葉を零す。
「確かにな。俺も少し予期しないことが起きて驚いてる」
「へえ、ちなみにどんなことに?」
「人数の減りが遅くてな。隠れてればそのうちなんとかできると思ってたんだが、ことごとくその夢は幻想に終わったってところだ」
「やっぱりあなたもそう感じてたのね」
 彼女はあたりを見渡して大きくため息をつく。
「今ね、ちょっと厄介なことになってるのよ」
「へえ、そうなのか。ちなみにだが教えてもらってもいいか?」
「いいわよ、どうせ教えてあげるつもりだったし」
彼女は長い髪をかき上げて、そして告げる。
「人数の減りが職単に少ない理由はね、言ってしまえばそれほど実力があるわけでもない敵同士が協力し合ってるからなのよ」
「そうだったのか」
まあ、おおまか俺の予想通りだ。というかこの人数の減りの遅さ、大体からして一人で誰も倒さず過ごすことは金額上困難なところを見る限りそうとしか考えられないのだ。
「あと、一部なんだけど。圧倒的な実力差を見せつけてその辺の敵たちを使役している実力者もいるみたいで。それが理由となってるの」
「そんなこともあるのか・・・」
「ええ。私がその辺の奴を倒して事情を吐かせたら、どうやら持ち金を全部払ったら守ってあげるって言われたらしいわ」
「なるほどな」
ちゃっかりこいつはこいつで敵をなぎ倒してはいるらしい。大変なものだ。
「それで、そいつを倒そうとしたら強い奴が助太刀にでも来たのか?」
俺が聞くなり彼女は目を細めて、
「来るわけないじゃない。大体そんな口約束守るような奴の方が少ないでしょ」
と、ため息をつきながら言う。
「いや、そうじゃない奴もいるんじゃないか?」
俺はそこで先ほどまで一緒にいた少女の顔を思い起こす。まああいつの場合は優しすぎるような気もするが。
「世の中のたいていの奴なんて自分さえよければそれでいいなんていう思考をしてるのよ。今回もそう。私が倒した相手を助けに来るなんて、強者からしたらメリットなんて一切ないわ。あの子との口約束だって、どうせそいつを倒して500円もらうよりもそいつから1000円近くぶんどって自分の駒にする方がよっぽどいいっていう思考でしょ。あくまで自分の都合のいいように、ね」
「そういうもんか」
 まあそりゃそうだろう。結局は300人の中に自分が入れさえすればいいのだ。戦術がどうであろうと、試練を自分のペースに運ぶことができればそれでいい。本来、他人なんてべつに気に掛ける必要なんてないのだ。
「だからこそ、面倒なのよ」
 彼女はそう言って小さく息をつく。
「どういうことだ?」
俺はあくまで彼女にその理由を尋ねる。
「アンタは気づいてないかもしれないけど、この試練中、真の実力者はあまり動いてなんかない。そこら中に気を張り巡らせている」
だろうな、と俺は心の中でそう思う。なんせこの試練が始まってからこの島の至る所に強い気配が散漫していた。俺は無能力者だが人の気配を感じ取ることには長けていると自負している。だからこそ、
「お前が派手に動けば面倒なことになる可能性が高いってことか」
「・・・そういうことよ」
なるほど。それなら確かに花音にとってはやりにくいのかもしれない。
「それに、いくら私と言えどサバイバルで体力削がれてる中で複数人の能力者を相手になんかしたくないわ。ただでさえ厄介なのに、下手に実力を出して疲弊しきってる中上位能力者なんかと相見えたくないもの」
「確かにな。おそらくだが強者は血に飢えてそうな偏見があるからお前のような奴がいたらよだれ垂らしてきそうだな」
「やめてよ何もできないじゃない」
 意外と彼女は彼女で苦しい戦いを強いられているらしい。彼女は俺の目の前で深い溜息をつきながらうなだれていた。
「・・・お前は学園の評価を気にしないのか?」
俺は彼女にそんな問いをぶつける。
「気にしてるわよ。ただ今は動けない。皆が皆お互いけん制したり様子を見合ってたりしてるから下手に動けないし、それに」
すると彼女は懐から木の実を一つ取り出して、
「幸運なことにこの島には食べられそうなものがいくつも生えてるからね。そんなにお金は使わなくて済むのよ」
と、苦笑いをしながら言った。
 俺はそんな彼女に告げる。
「仮にそういう状況なのだとしたら、今後確実に戦況が変わるぞ。正直時間の問題だ」
「それはもちろん分かってる。食材だって有限だし、おそらく猛者たちは頃合いを見て一気に動き出すわ。こんなサバイバル、早く終わらせたいと思ってる人がほとんどだろうし、なにより・・・」
彼女は少し間をおいて、
「猛者が一人でも動き出せば、確実に派生するように他の輩も動き出すわ。これは間違いない」
「ああ、そうだな」
「その時まで私は未だ孤立している人を探し出して狩っていくことにするわ。お金は欲しいしね」
彼女のその言葉に俺は思わず、
「お前は誰かを利用することはしないのか?」
と尋ねる。その言葉に彼女は
「私はこの試練を一人で勝ち抜くと決めたの。だからそんなことは絶対しないわ」
と告げた。
「そうか」
 俺は彼女の言葉を聞き届け、踵を返す。
「敵に背を向けてもいいのかしら?」
「お前は俺を倒すのか?」
俺は笑いながら彼女に尋ねる。
「そんなことはしないわよ、冗談冗談。でも・・・」
彼女は言葉を続ける。
「あなたは大丈夫なの? 今後確実に戦いは激しくなるわよ?」
彼女のその言葉に俺は振り向くことなく、
「大丈夫だ。俺もこの試練を絶対勝ち抜くって決めたからな」
と言葉を残して、彼女のもとから立ち去るのであった。
「健闘を祈ってるわ」
と、そんな彼女の言葉を聞き届けて。
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