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第二章 お恵の初仕事
第五話
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用もないのにまた徳屋に来てしまった。何か用事を考えなくちゃと思いつつも、お恵が徳屋に用事なんてそうそうあるものでもない。何か適当な言い訳があればいいのだが、お茶問屋にいったいどんな用があるというのだろう。
声をかけられたら何と言って誤魔化すか。そればかり考えてここまで来たが、それはあっさり杞憂に終わった。松太郎が知らないおじさんと話していたのである。
松太郎と話したいお恵は、その男が去るのを待った。だが、なかなかに込み入った話をしているようで動く気配がない。商品のお茶を眺めながら待つことにした。
雰囲気的に男は松太郎の知り合いらしい。
「坊っちゃんならうちのガキどももなついてますし、喜んで勉強してくれると思うんですよ。知らない先生のいる寺子屋よりも覚えが早そうだし、小さい子を柏原まで通わせるのはちょっと」
「でも私は今、徳屋さんに奉公している身ですから、勝手に出かけて行って読み書きを教えるわけにはいかないんです。甚六さんだって松清堂に奉公していたんですからわかるでしょう?」
どうやら松清堂に奉公していた男らしい。しかも自分の子供たちに読み書きを習わせたいが柏原までは遠いので、松太郎に教えに来て欲しいということのようだ。
そうは言っても松太郎の言った通り、彼は奉公人なのでそんなことができるわけがない。熱心な男に松太郎がほとほと困り果てているのがわかる。
ここは一つ自分が名乗りを上げるしかないか、とお恵は一歩前に出た。
「あの。すみません、お話が聞こえてしまいました。あたし、松太郎さんの友達でお恵って言います。松太郎さんは奉公人ですから自由が利きません。あたしで良ければその役、お引き受けします」
「あ、お恵さん、いらっしゃいませ」
男はお恵を振り返ってまじまじと見た。
「坊っちゃん、こちらは?」
「枝鳴長屋のお恵さんです。ご両親が寺子屋のお師匠様で、お恵さんもその手伝いをされています」
松太郎は今度はお恵に向き直って、男を紹介してくれた。
「お恵さん、こちらは以前松清堂で調剤師をしていた甚六さんです。男の子ばかり五人のお子さんがいらっしゃいます」
「はじめまして。お子さんはおいくつですか」
「上から十二、十一、九つ、八つ、六つです」
「あたしが十だから二番目と三番目の間ね。読み書きと算術ならあたしが教えられます」
「ほんとですかい。あっしは家族を食わせるために薬を作らなきゃなんねえんで、子供たちを柏原の寺子屋まで送り迎えできないんですよ。上の二人にはそろそろ帳簿もつけて欲しいし、三番目は薬に興味を持っているんで、読み書きを覚えて欲しいんです。お嬢さんが来てくださるんでしたら、あっしは心置きなく仕事ができます」
だが松太郎が今一ついい顔をしていない。
「お恵さん、楢岡まで通わなきゃならないんですよ、いいんですか?」
「平気よ。楢岡なんて庭みたいなものじゃない。三日に一度でどうかしら。雨の日は翌日に延期。朝行ってお昼前に帰る。それなら何も問題ないわ」
「ぜひそれでお願いします。お代は寺子屋よりも支払います」
「両親じゃなくてあたしが教えるんだから安くていいわ」
「楢岡まで来ていただくんで、その分の手当込みです。あっしはずっと家で仕事をしてますんで、予告なしでいきなり来ていただいても構いませんから」
「はい、近いうちに行きます。おうちはどこですか」
松太郎が割り込んだ。
「私が教えておきます。お恵さんに失礼の無いよう、卯一郎たちに言っておいてください」
「へい、わかりやした。お願いします。それじゃ、あっしはこれで」
甚六は用が済んだとばかりにそそくさと帰ってしまった。あまり長居はできないのだろう。子だくさんもたいへんだが、おかみさんはいないのだろうか。
そんなことを考えていると、甚六が帰ったのを見はからって松太郎がお恵の方へと視線を戻した。
声をかけられたら何と言って誤魔化すか。そればかり考えてここまで来たが、それはあっさり杞憂に終わった。松太郎が知らないおじさんと話していたのである。
松太郎と話したいお恵は、その男が去るのを待った。だが、なかなかに込み入った話をしているようで動く気配がない。商品のお茶を眺めながら待つことにした。
雰囲気的に男は松太郎の知り合いらしい。
「坊っちゃんならうちのガキどももなついてますし、喜んで勉強してくれると思うんですよ。知らない先生のいる寺子屋よりも覚えが早そうだし、小さい子を柏原まで通わせるのはちょっと」
「でも私は今、徳屋さんに奉公している身ですから、勝手に出かけて行って読み書きを教えるわけにはいかないんです。甚六さんだって松清堂に奉公していたんですからわかるでしょう?」
どうやら松清堂に奉公していた男らしい。しかも自分の子供たちに読み書きを習わせたいが柏原までは遠いので、松太郎に教えに来て欲しいということのようだ。
そうは言っても松太郎の言った通り、彼は奉公人なのでそんなことができるわけがない。熱心な男に松太郎がほとほと困り果てているのがわかる。
ここは一つ自分が名乗りを上げるしかないか、とお恵は一歩前に出た。
「あの。すみません、お話が聞こえてしまいました。あたし、松太郎さんの友達でお恵って言います。松太郎さんは奉公人ですから自由が利きません。あたしで良ければその役、お引き受けします」
「あ、お恵さん、いらっしゃいませ」
男はお恵を振り返ってまじまじと見た。
「坊っちゃん、こちらは?」
「枝鳴長屋のお恵さんです。ご両親が寺子屋のお師匠様で、お恵さんもその手伝いをされています」
松太郎は今度はお恵に向き直って、男を紹介してくれた。
「お恵さん、こちらは以前松清堂で調剤師をしていた甚六さんです。男の子ばかり五人のお子さんがいらっしゃいます」
「はじめまして。お子さんはおいくつですか」
「上から十二、十一、九つ、八つ、六つです」
「あたしが十だから二番目と三番目の間ね。読み書きと算術ならあたしが教えられます」
「ほんとですかい。あっしは家族を食わせるために薬を作らなきゃなんねえんで、子供たちを柏原の寺子屋まで送り迎えできないんですよ。上の二人にはそろそろ帳簿もつけて欲しいし、三番目は薬に興味を持っているんで、読み書きを覚えて欲しいんです。お嬢さんが来てくださるんでしたら、あっしは心置きなく仕事ができます」
だが松太郎が今一ついい顔をしていない。
「お恵さん、楢岡まで通わなきゃならないんですよ、いいんですか?」
「平気よ。楢岡なんて庭みたいなものじゃない。三日に一度でどうかしら。雨の日は翌日に延期。朝行ってお昼前に帰る。それなら何も問題ないわ」
「ぜひそれでお願いします。お代は寺子屋よりも支払います」
「両親じゃなくてあたしが教えるんだから安くていいわ」
「楢岡まで来ていただくんで、その分の手当込みです。あっしはずっと家で仕事をしてますんで、予告なしでいきなり来ていただいても構いませんから」
「はい、近いうちに行きます。おうちはどこですか」
松太郎が割り込んだ。
「私が教えておきます。お恵さんに失礼の無いよう、卯一郎たちに言っておいてください」
「へい、わかりやした。お願いします。それじゃ、あっしはこれで」
甚六は用が済んだとばかりにそそくさと帰ってしまった。あまり長居はできないのだろう。子だくさんもたいへんだが、おかみさんはいないのだろうか。
そんなことを考えていると、甚六が帰ったのを見はからって松太郎がお恵の方へと視線を戻した。
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