20 / 48
第六章 七篠診療所
第二十話
しおりを挟む
翌日、お玉は七篠先生のところへ報告を兼ねてお代を払いに行った。母がいなくなったから、もうお代の心配はいらないし、ここまで峠を越えて手押し車を押してくることもない。金銭的にも体力的にも楽にはなったが、心の中がぽっかりと空いたようになっていた。
そんなお玉を見かねて、琴次が一緒について行くと言った。お玉も昨日のことがあったせいか、琴次はほとんど昨日が初対面なのにもかかわらず、誰よりも心を開ける相手になっていた。
二人は峠を歩きながら、ぽつぽつと話をした。
「琴次さん、昨日は母のために芝居に付き合っていただいてありがとうございました。まさか花嫁がこんな味噌樽みたいな娘だとは思わなかったでしょう?」
「お玉ちゃんていう名前にピッタリの可愛い娘さんだと思ったわよ。お玉ちゃんこそ婿役がオカマだなんて思わなかったでしょ。ごめんなさいね、ちょうどいいのがあたししかいなかったもんだからね」
「とんでもありません。素敵な方がお婿さん役になってくださって、私どうしようかと思いました。そういえば琴次さんのお歳も知らなかった」
「あたしは二十二さ。一番お玉ちゃんの年齢にふさわしそうだから選ばれたってだけで、もっといい男もいたんだろうけど。なにぶん時間が無かったもんだから」
お玉は少し赤くなって俯いた。
「私にはもったいないようなお相手役でした。高島田も結ってくださって」
お玉はずいぶん痩せたが、それでも小ぶりの味噌樽のような体型のままだったのに比べ、琴次は黙ってさえいれば男前だ。その辺は悠と同じだが、悠は細身で妙な色気があって老若男女問わず振り返る。琴次の方は若い娘が「あらイイ男」とチラチラ見るようないい体をしている。その上男色家ときたもんだ。しかも琴次の標的が悠で、当の悠は琴次に見向きもしないところが如何ともしがたいところである。
「あたしは髪結いだからね。高島田なんか簡単よ」
「おっ母さんには最後にいい夢を見せてあげることができました。枝鳴長屋の皆さんには感謝してもしきれません」
「いいのよいいのよ。あの人たちは三郎太さんを筆頭にみんなお節介焼きなんだから」
どこかで鶯が鳴いた。昨日悠がおかみさんと一緒に聞いた鶯が少し上手になったのかもしれない。
「琴次さんはご家族の方はどうなさってるんですか」
琴次は人差し指を頬に付け、ちょっと中空を見やった。
「そんなもんいないわよ。親の顔なんて見たことないから、親孝行できるってのはうらやましくてね」
「それで手伝ってくださったんですね」
「まあ。そんなとこかしらね」
お玉は体は味噌樽だが可愛らしい顔をしている。目はぱっちりしているし、ちょっと団子鼻ではあるが、つやつやの肌にりんごのような頬をしている。性格だって素直で真面目で努力家で明るいいい子だ。こんな娘をダシに使って店を乗っ取ろうとした児玉屋とやらの次男坊はちょっと許しがたい。もし夫婦になっていたら、この娘はどんな扱いを受けていたのだろう。
ふと琴次は、自分が子どものころに受けていた扱いを思い出した。
「あたしはお稚児さんてやつでね」
「え?」
琴次は狗尾草の葉を取って弄び始めた。
「親を知らないころから寺に預けられてたのさ。そこで坊さんたちの世話をするのよ。ほら、お寺って女人禁制でしょ。だから稚児はたまに夜、閨に呼ばれるのよ。特にきれいな子はよく呼ばれたりしてね。わかるでしょ。だからあたしこうなっちゃったのよ。お玉ちゃんの婿役なんて申し訳ないくらいにね」
「そうだったんですか。琴次さん苦労されたんですね」
琴次は笑っただけだった。相手が悠ならまた反応も違ったのだろうが、お玉は女性だ。琴次自身、自分を女性とみているようなところがあるので、同性の友達に打ち明け話をしている気分だった。実際これだけ寛げる相手も今までいなかった。
「さ、一本松だ。もうすぐだね。あたしは診療所を知らないんだ、お玉ちゃん案内しとくれよ」
「はい」
一本松を過ぎてしばらく行ったところでお玉は左へ入った。そこから緩やかに左へと曲がり元の方向に戻る形に坂を上って行った。
「おっ母さんのおかげで、いいお友達ができた気がします。琴次さんの方が年上だけど」
「あたしを友達だって言ってくれるのかい? 嬉しいねぇ。みんな気味悪がって女友達なんかいなかったからねぇ」
お玉は照れたように指差した。
「この上が診療所です。行きましょ」
そんなお玉を見かねて、琴次が一緒について行くと言った。お玉も昨日のことがあったせいか、琴次はほとんど昨日が初対面なのにもかかわらず、誰よりも心を開ける相手になっていた。
二人は峠を歩きながら、ぽつぽつと話をした。
「琴次さん、昨日は母のために芝居に付き合っていただいてありがとうございました。まさか花嫁がこんな味噌樽みたいな娘だとは思わなかったでしょう?」
「お玉ちゃんていう名前にピッタリの可愛い娘さんだと思ったわよ。お玉ちゃんこそ婿役がオカマだなんて思わなかったでしょ。ごめんなさいね、ちょうどいいのがあたししかいなかったもんだからね」
「とんでもありません。素敵な方がお婿さん役になってくださって、私どうしようかと思いました。そういえば琴次さんのお歳も知らなかった」
「あたしは二十二さ。一番お玉ちゃんの年齢にふさわしそうだから選ばれたってだけで、もっといい男もいたんだろうけど。なにぶん時間が無かったもんだから」
お玉は少し赤くなって俯いた。
「私にはもったいないようなお相手役でした。高島田も結ってくださって」
お玉はずいぶん痩せたが、それでも小ぶりの味噌樽のような体型のままだったのに比べ、琴次は黙ってさえいれば男前だ。その辺は悠と同じだが、悠は細身で妙な色気があって老若男女問わず振り返る。琴次の方は若い娘が「あらイイ男」とチラチラ見るようないい体をしている。その上男色家ときたもんだ。しかも琴次の標的が悠で、当の悠は琴次に見向きもしないところが如何ともしがたいところである。
「あたしは髪結いだからね。高島田なんか簡単よ」
「おっ母さんには最後にいい夢を見せてあげることができました。枝鳴長屋の皆さんには感謝してもしきれません」
「いいのよいいのよ。あの人たちは三郎太さんを筆頭にみんなお節介焼きなんだから」
どこかで鶯が鳴いた。昨日悠がおかみさんと一緒に聞いた鶯が少し上手になったのかもしれない。
「琴次さんはご家族の方はどうなさってるんですか」
琴次は人差し指を頬に付け、ちょっと中空を見やった。
「そんなもんいないわよ。親の顔なんて見たことないから、親孝行できるってのはうらやましくてね」
「それで手伝ってくださったんですね」
「まあ。そんなとこかしらね」
お玉は体は味噌樽だが可愛らしい顔をしている。目はぱっちりしているし、ちょっと団子鼻ではあるが、つやつやの肌にりんごのような頬をしている。性格だって素直で真面目で努力家で明るいいい子だ。こんな娘をダシに使って店を乗っ取ろうとした児玉屋とやらの次男坊はちょっと許しがたい。もし夫婦になっていたら、この娘はどんな扱いを受けていたのだろう。
ふと琴次は、自分が子どものころに受けていた扱いを思い出した。
「あたしはお稚児さんてやつでね」
「え?」
琴次は狗尾草の葉を取って弄び始めた。
「親を知らないころから寺に預けられてたのさ。そこで坊さんたちの世話をするのよ。ほら、お寺って女人禁制でしょ。だから稚児はたまに夜、閨に呼ばれるのよ。特にきれいな子はよく呼ばれたりしてね。わかるでしょ。だからあたしこうなっちゃったのよ。お玉ちゃんの婿役なんて申し訳ないくらいにね」
「そうだったんですか。琴次さん苦労されたんですね」
琴次は笑っただけだった。相手が悠ならまた反応も違ったのだろうが、お玉は女性だ。琴次自身、自分を女性とみているようなところがあるので、同性の友達に打ち明け話をしている気分だった。実際これだけ寛げる相手も今までいなかった。
「さ、一本松だ。もうすぐだね。あたしは診療所を知らないんだ、お玉ちゃん案内しとくれよ」
「はい」
一本松を過ぎてしばらく行ったところでお玉は左へ入った。そこから緩やかに左へと曲がり元の方向に戻る形に坂を上って行った。
「おっ母さんのおかげで、いいお友達ができた気がします。琴次さんの方が年上だけど」
「あたしを友達だって言ってくれるのかい? 嬉しいねぇ。みんな気味悪がって女友達なんかいなかったからねぇ」
お玉は照れたように指差した。
「この上が診療所です。行きましょ」
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
白衣の下 第一章 悪魔的破天荒な天才外科医と惨めな過去を引きずる女子大生の愛情物語。先生っひどすぎるぅ〜涙
高野マキ
キャラ文芸
弟の主治医と女子大生の甘くて切ない愛情物語り。こんなに溺愛する相手にめぐり会う事は二度と無い。
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写と他もすべて架空です。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる