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第十一章 友達のために
第四十三話
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薬草の中を背を縮めて進む。男の子たちには日常茶飯事なのだろう。だが、街中で育ったお恵には腰の痛いことこの上ない。
しばらくして酉五郎が止まった。
「ほら、ここ。なんとか人が一人通れるくらい空いてるだろ? 前にここを通ろうとして枸杞の棘で着物が少し破けて、おいらと羊兄がこっぴどく叱られたんだ」
「だけど何か家が建ってるわ」
「あれは父ちゃんがうちの倉庫だって言ってた。だから家の方からあっちに回る道があるんだ。道って言うか廊下だけど。でも悪い奴に盗まれるといけねえから普段はあっちに行く廊下の扉には鍵が閉めてある。まだ卯兄だってあっちに行くのは許されてないんだぜ」
怪しい。何かが隠してある。家の方から回れないのなら、ここの枸杞の通り道から突っ切るしかない。
「ちょっとお恵ちゃんどこ行くの」
「あたし、あっちに行ってみる。酉ちゃんはあたしのことを聞かれたら、もう帰ったって言うのよ」
「えっ、でも着物がボロボロになるよ」
「大丈夫とにかく酉ちゃんは見つからないうちにみんなのところへ戻って。そしてあたしのことは大事な用事があったのを思い出したから帰ったって言うのよ、いいわね」
お恵は有無を言わさぬ口調で告げると、枸杞の茂みの中に入って行った。背後で酉五郎の「うん」という情けない声が聞こえた。
さすがに枸杞の茂みは手ごわかった。着物が破れる前に腕にたくさんのひっかき傷ができた。そこから滲んだ血が袖を少し汚したが、着物の袖に柄が入っているようにも見えた。
思ったより簡単に枸杞の茂みを抜けることができた。
「何よ、楽勝じゃない」
お恵は目の前に立つ屋敷を見て、ただの倉庫とはどうしても思えなかった。どう考えても人間が住んでいる。倉庫ならもっと無駄のない作りになるはずだ。
こちらは建物の北に当たる。東(左側)に回ってみると樽がいくつか置いてあった。
そのまま反対の南側に回ると厠があった。厠の前には井戸もあった。これは確実に人の住んでいる場所だ。
「これのいったいどこが倉庫なのよ」
訝りながらも南側を見るとどうも広縁の向こうは三畳ほどの部屋がいくつも並んでいるようだ。北側から見たときも同じような作りだった。なぜ部屋の両側に広縁を作ったのかわからないが、住む人がそれを必要としたのだろう。
家の中に人の気配はしない。留守にしているのだろうか。
今度はさらにぐるりと回って西側に出てみた。玄関の中で誰かの話声がする。お客さんが来ているのだろうか。こっそりと回ってみると小さな看板が出ていた。愕然とした。
『七篠診療所』
ここが。ここがあの七篠診療所?
そうか、甚六さんちは一本松から左に入り、そのまま右に曲がりながら山を登った。悠さんと琴次さんの話では、七篠診療所は一本松からずっと先の細い道を左に入り、そこから左に戻るような角度で山を登って行った。ぶつかっても不思議じゃない。
まるで狙って隣に建てたかのようなこの配置は、七篠先生が甚六さんから全ての薬を受注すると決めてから建てたようではないか。鳴海屋は七篠先生がまさか隣から仕入れているとは思わずにウマシカ兄弟とかゴロツキとかなんかそんなのを七篠先生のところに何度も行かせてるんだ。七篠先生いい迷惑じゃないの!
あまりのことに立ち尽くしていると、玄関先で立ち話をしていた男の片方がお恵に気づいた。
「お嬢さん、何かここに用事かい?」
随分と体格がいい。とは言えデカいだけで琴次のような筋肉質ではない。ただデカいだけの馬鹿に見えた。
そのとき玄関の中から白衣を着た女性が出てきた。
「お客様です、お引き取り下さい」
女性が毅然と言い放った。この人が七篠先生なのだろうか。勝手に男の先生だと思い込んでいた。女性の医師なんて聞いたことが無かった。
「我々もね、七篠先生の薬の仕入れ先を聞くまでは帰れないんですよ。こちらのお嬢さんも御用があるようだ。さっさと我々に話してお嬢さんの用を聞いてあげた方がいいんじゃないですかねぇ」
もう一人が厭味ったらしく先生に告げた。こっちは四十そこらか。わざと丁寧ぶった言い方が鼻についた。どちらの男もお恵を怒らせるには十分すぎるほど彼女の大っ嫌いな雰囲気を持っていた。
「あんたたち。潮崎の鳴海屋さんでしょ。バッカじゃないの? あんたたちそんなこと今更聞きに来てるの? あたしは知ってるわよ。あんたたちとはどうも頭の出来が違うようだから」
「なんでわかるんだこの小娘」
やはりデカい方は頭の出来が良くないらしい。認めたようなものではないか。
しかし四十代の品のいい方が片手を挙げてデカい方のやつを黙らせた。
「我々がその鳴海屋だったら何なんだね?」
「甚六さんを騙して潮崎の薬問屋の大店か何かを名乗ってアヘンを大量に作らせる。そうしておいてアヘンの中毒患者をたくさん作ってぼろ儲けするんでしょ」
「そんなアヘンを焚くようなところはないよ」
「あるわ。鳴海屋は廻船問屋。屋形船で吸わせて船宿に押し込めるのよ。簡単じゃない。それで中毒患者が死んだら海に捨てるんだわ。廻船問屋だもの、簡単よね。受け売りだけど」
男は眉根を寄せた。図星だったのだろう。
「なんですって。あなた方はそんな事を企んでいたのですか! 毎日苦しんで死んでいく人たちがいるというのに!」
七篠先生が爆発した。この人は毎日苦しみながら死んでいく人を見るに見かねて安楽死を手伝うようになったのだろう。
「お前さんたちは少し知りすぎてしまったようだねぇ」
お恵がハッと身構えた瞬間、既にお腹に鈍い衝撃を感じて視界が暗くなっていくのを感じた。
しばらくして酉五郎が止まった。
「ほら、ここ。なんとか人が一人通れるくらい空いてるだろ? 前にここを通ろうとして枸杞の棘で着物が少し破けて、おいらと羊兄がこっぴどく叱られたんだ」
「だけど何か家が建ってるわ」
「あれは父ちゃんがうちの倉庫だって言ってた。だから家の方からあっちに回る道があるんだ。道って言うか廊下だけど。でも悪い奴に盗まれるといけねえから普段はあっちに行く廊下の扉には鍵が閉めてある。まだ卯兄だってあっちに行くのは許されてないんだぜ」
怪しい。何かが隠してある。家の方から回れないのなら、ここの枸杞の通り道から突っ切るしかない。
「ちょっとお恵ちゃんどこ行くの」
「あたし、あっちに行ってみる。酉ちゃんはあたしのことを聞かれたら、もう帰ったって言うのよ」
「えっ、でも着物がボロボロになるよ」
「大丈夫とにかく酉ちゃんは見つからないうちにみんなのところへ戻って。そしてあたしのことは大事な用事があったのを思い出したから帰ったって言うのよ、いいわね」
お恵は有無を言わさぬ口調で告げると、枸杞の茂みの中に入って行った。背後で酉五郎の「うん」という情けない声が聞こえた。
さすがに枸杞の茂みは手ごわかった。着物が破れる前に腕にたくさんのひっかき傷ができた。そこから滲んだ血が袖を少し汚したが、着物の袖に柄が入っているようにも見えた。
思ったより簡単に枸杞の茂みを抜けることができた。
「何よ、楽勝じゃない」
お恵は目の前に立つ屋敷を見て、ただの倉庫とはどうしても思えなかった。どう考えても人間が住んでいる。倉庫ならもっと無駄のない作りになるはずだ。
こちらは建物の北に当たる。東(左側)に回ってみると樽がいくつか置いてあった。
そのまま反対の南側に回ると厠があった。厠の前には井戸もあった。これは確実に人の住んでいる場所だ。
「これのいったいどこが倉庫なのよ」
訝りながらも南側を見るとどうも広縁の向こうは三畳ほどの部屋がいくつも並んでいるようだ。北側から見たときも同じような作りだった。なぜ部屋の両側に広縁を作ったのかわからないが、住む人がそれを必要としたのだろう。
家の中に人の気配はしない。留守にしているのだろうか。
今度はさらにぐるりと回って西側に出てみた。玄関の中で誰かの話声がする。お客さんが来ているのだろうか。こっそりと回ってみると小さな看板が出ていた。愕然とした。
『七篠診療所』
ここが。ここがあの七篠診療所?
そうか、甚六さんちは一本松から左に入り、そのまま右に曲がりながら山を登った。悠さんと琴次さんの話では、七篠診療所は一本松からずっと先の細い道を左に入り、そこから左に戻るような角度で山を登って行った。ぶつかっても不思議じゃない。
まるで狙って隣に建てたかのようなこの配置は、七篠先生が甚六さんから全ての薬を受注すると決めてから建てたようではないか。鳴海屋は七篠先生がまさか隣から仕入れているとは思わずにウマシカ兄弟とかゴロツキとかなんかそんなのを七篠先生のところに何度も行かせてるんだ。七篠先生いい迷惑じゃないの!
あまりのことに立ち尽くしていると、玄関先で立ち話をしていた男の片方がお恵に気づいた。
「お嬢さん、何かここに用事かい?」
随分と体格がいい。とは言えデカいだけで琴次のような筋肉質ではない。ただデカいだけの馬鹿に見えた。
そのとき玄関の中から白衣を着た女性が出てきた。
「お客様です、お引き取り下さい」
女性が毅然と言い放った。この人が七篠先生なのだろうか。勝手に男の先生だと思い込んでいた。女性の医師なんて聞いたことが無かった。
「我々もね、七篠先生の薬の仕入れ先を聞くまでは帰れないんですよ。こちらのお嬢さんも御用があるようだ。さっさと我々に話してお嬢さんの用を聞いてあげた方がいいんじゃないですかねぇ」
もう一人が厭味ったらしく先生に告げた。こっちは四十そこらか。わざと丁寧ぶった言い方が鼻についた。どちらの男もお恵を怒らせるには十分すぎるほど彼女の大っ嫌いな雰囲気を持っていた。
「あんたたち。潮崎の鳴海屋さんでしょ。バッカじゃないの? あんたたちそんなこと今更聞きに来てるの? あたしは知ってるわよ。あんたたちとはどうも頭の出来が違うようだから」
「なんでわかるんだこの小娘」
やはりデカい方は頭の出来が良くないらしい。認めたようなものではないか。
しかし四十代の品のいい方が片手を挙げてデカい方のやつを黙らせた。
「我々がその鳴海屋だったら何なんだね?」
「甚六さんを騙して潮崎の薬問屋の大店か何かを名乗ってアヘンを大量に作らせる。そうしておいてアヘンの中毒患者をたくさん作ってぼろ儲けするんでしょ」
「そんなアヘンを焚くようなところはないよ」
「あるわ。鳴海屋は廻船問屋。屋形船で吸わせて船宿に押し込めるのよ。簡単じゃない。それで中毒患者が死んだら海に捨てるんだわ。廻船問屋だもの、簡単よね。受け売りだけど」
男は眉根を寄せた。図星だったのだろう。
「なんですって。あなた方はそんな事を企んでいたのですか! 毎日苦しんで死んでいく人たちがいるというのに!」
七篠先生が爆発した。この人は毎日苦しみながら死んでいく人を見るに見かねて安楽死を手伝うようになったのだろう。
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