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第十一章 友達のために
第四十四話
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「どうしたんだい、さっきから落ち着かないね」
徳屋の主人の言う通り、お恵が去ってからの松太郎は全く落ち着きがない。
「ええ、まあ。旦那様もご存知でしょう。お恵ちゃんは好奇心が旺盛で」
「そうだねえ」
「いろいろと可能性を考えてしまって。もしも私の考える通りなら……」
「通りなら?」
「運が悪ければお恵ちゃんは殺される」
徳屋の主人は驚いて、「なんだって?」と聞きなおした。
「最悪の場合です。きっとお恵ちゃんは甚六さんのところに遊びに行ったわけじゃない、何かを探りに行ったんだ」
主人はかがんで松太郎と顔の高さを合わせた。
「甚六さんってあの薬屋の?」
「そうです。私も元はと言えば薬屋の跡取り、何が取引されようとしていてそれがどんな結果を生むかくらいはわかります。モノはアヘンです。死人が出る。それを止めに行ったんだ」
「なんだって! 子どもが首を突っ込める話じゃないぞ」
「だからお恵ちゃんには絶対にそこには触れるなって言ったんです。でもあの性格だから黙っていられるわけがない。さっき通って行ったから何かやらかす気です」
「わかった。お前、ここはいいからお恵ちゃんを止めに行くんだ。私は勝五郎親分に知らせてくる」
「いいんですか?」
「いいも何もないだろう、早く行きなさい! 好きな女一人守れないでどうする! もしもお恵ちゃんが先に到着してしまっていたら、松太郎はその辺に身を隠して勝五郎親分が来るのを待つんだ。絶対に一人で行動してはいけないよ。いいね」
「はい、ありがとうございます」
松太郎は徳屋の前掛けを外すと、取るものとりあえず楢岡へ向かった。
「ごめん下さいまし」
「あ、松太郎」
たまたまそこにいたのは午三郎だった。
「こんにちは、ここにお恵ちゃんは来ていないかい?」
「お恵ちゃん? うーん、おいらは見てないけど。いつもお恵ちゃんが来るとおいらのところに来るから、来てないんじゃないかな」
——では一体どこへ?
「そうかい、それならいいんだ。久しぶりに甚六さんにご挨拶したいんだけどいるかい?」
「父ちゃん喜ぶよ。松太郎久しぶりだもんな。おいら少し背が伸びただろ?」
言いながら午三郎は甚六のところへ松太郎を連れて行った。
「父ちゃん、松太郎が来たよ」
それまで帳簿とにらめっこしていた甚六と卯一郎がパッと顔を上げた。
「坊っちゃん、いらっしゃい。どうしたんですこんなところへ」
午三郎が「おいら麦湯入れてくる」と出て行く。
「お恵ちゃんからケシの畑のことを聞いたもので、見せていただこうかと思いまして」
「もちろん構いませんよ。まあ、麦湯を飲んでから……」
「すぐに見たいんです」
「ああ、そうですか。じゃあご案内します」
甚六が立つと卯一郎も腰を上げた。
外に出ると午三郎と羊四郎が畑の真ん中から手を振った。松太郎は無理やり笑顔を作って二人に手を振ってやった。
ケシ畑に行くとほとんど花が散ってケシ坊主だけになったものが一面に生えていた。花の最盛期にはとんでもなく美しかっただろう。お恵が目を奪われるのもわかる気がした。
「これだけの敷地にケシですか。暗黒斎先生と七篠先生だけの分ではありませんね」
「ええ、さすが坊っちゃん。このたび潮崎の薬屋の大店と取引をする事になりましてね。そこは鳴海屋さんと言うんですけど何件もの診療所と提携しているらしいんで、麻酔薬がたくさん必要なんだとかで、家族総出で収穫してるんですよ」
「その鳴海屋さんは本当にお薬問屋さんなんですね?」
「はい? そりゃそうでしょう。薬問屋以外にあっしのところに用のあるようなお人はお医者様くらいですからねぇ」
これはお恵の勘違いか、それとも甚六が完全に騙されていて微塵も疑っていないかどちらかだ。
「それにしてもこの量は凄いですね」
と、そこまで言ったところで、ケシ畑の真ん中で酉五郎が立ち上がった。
「卯兄ぃ。松兄かー?」
「ああ、そうだよー」
すいすいとこちらまでやってきた酉五郎に卯一郎が妙な事を言った。
「お恵ちゃんは?」
「えっ? お恵ちゃん?」
驚いたのは甚六と松太郎だ。二人ともここにお恵が来たことを知らない。
「えっと、もう満足したからって先に帰った」
お恵が満足して帰っただと? そんなことはありえない。あの好奇心の塊だ、何かを見つけたに決まっている。
その時、辰二郎の大声が家の方から聞こえて来た。
「おーい、父ちゃん。お客さんだよ」
「わかった、今行く」
一言叫ぶと、松太郎に少しここで待つように言って家の方へ行ってしまった。残された松太郎、卯一郎、酉五郎の間に妙な空気が流れた。
「お恵ちゃんはどうした?」
松太郎が極力優しく言うと、酉五郎は泣きそうになりながらボソボソと話した。
「だから、先に帰ったって。そう言えって言われた」
――やっぱり。
「お前まさかあの枸杞の茂みを教えたんじゃないだろうな」
「ごめんなさい」
卯一郎は大きなため息をつくと踵を返した。
「父ちゃんに言って来る。お前はここで松太郎と一緒に待ってろ」
卯一郎がいなくなると、松太郎は「枸杞の茂みって何のことだ?」と聞いた。酉五郎は「こっち」と松太郎の手を引いた。
「ほら、ここだけ少し茂みが途切れてるでしょ。ここから向こう側に行けるんだ。だけど枸杞の棘が凄くて、ここを通ると袖が破れちまうから絶対通るなって父ちゃんと母ちゃんに口うるさく言われてるんだ。それを言ったら、お恵ちゃんがおいらに戻るように言ってここを通って行っちゃったんだ」
「そうですか……お恵ちゃんは甚六さんに通るなとは言われてませんからね。そして私も」
「え?」
「人が通った跡がある。お恵ちゃんのものです。私も向こう側に行ってみます。酉五郎は通るなと言われているのですからそこにいないと駄目ですよ」
松太郎はおもむろに屈むと、その枸杞の茂みの中に入って行った
徳屋の主人の言う通り、お恵が去ってからの松太郎は全く落ち着きがない。
「ええ、まあ。旦那様もご存知でしょう。お恵ちゃんは好奇心が旺盛で」
「そうだねえ」
「いろいろと可能性を考えてしまって。もしも私の考える通りなら……」
「通りなら?」
「運が悪ければお恵ちゃんは殺される」
徳屋の主人は驚いて、「なんだって?」と聞きなおした。
「最悪の場合です。きっとお恵ちゃんは甚六さんのところに遊びに行ったわけじゃない、何かを探りに行ったんだ」
主人はかがんで松太郎と顔の高さを合わせた。
「甚六さんってあの薬屋の?」
「そうです。私も元はと言えば薬屋の跡取り、何が取引されようとしていてそれがどんな結果を生むかくらいはわかります。モノはアヘンです。死人が出る。それを止めに行ったんだ」
「なんだって! 子どもが首を突っ込める話じゃないぞ」
「だからお恵ちゃんには絶対にそこには触れるなって言ったんです。でもあの性格だから黙っていられるわけがない。さっき通って行ったから何かやらかす気です」
「わかった。お前、ここはいいからお恵ちゃんを止めに行くんだ。私は勝五郎親分に知らせてくる」
「いいんですか?」
「いいも何もないだろう、早く行きなさい! 好きな女一人守れないでどうする! もしもお恵ちゃんが先に到着してしまっていたら、松太郎はその辺に身を隠して勝五郎親分が来るのを待つんだ。絶対に一人で行動してはいけないよ。いいね」
「はい、ありがとうございます」
松太郎は徳屋の前掛けを外すと、取るものとりあえず楢岡へ向かった。
「ごめん下さいまし」
「あ、松太郎」
たまたまそこにいたのは午三郎だった。
「こんにちは、ここにお恵ちゃんは来ていないかい?」
「お恵ちゃん? うーん、おいらは見てないけど。いつもお恵ちゃんが来るとおいらのところに来るから、来てないんじゃないかな」
——では一体どこへ?
「そうかい、それならいいんだ。久しぶりに甚六さんにご挨拶したいんだけどいるかい?」
「父ちゃん喜ぶよ。松太郎久しぶりだもんな。おいら少し背が伸びただろ?」
言いながら午三郎は甚六のところへ松太郎を連れて行った。
「父ちゃん、松太郎が来たよ」
それまで帳簿とにらめっこしていた甚六と卯一郎がパッと顔を上げた。
「坊っちゃん、いらっしゃい。どうしたんですこんなところへ」
午三郎が「おいら麦湯入れてくる」と出て行く。
「お恵ちゃんからケシの畑のことを聞いたもので、見せていただこうかと思いまして」
「もちろん構いませんよ。まあ、麦湯を飲んでから……」
「すぐに見たいんです」
「ああ、そうですか。じゃあご案内します」
甚六が立つと卯一郎も腰を上げた。
外に出ると午三郎と羊四郎が畑の真ん中から手を振った。松太郎は無理やり笑顔を作って二人に手を振ってやった。
ケシ畑に行くとほとんど花が散ってケシ坊主だけになったものが一面に生えていた。花の最盛期にはとんでもなく美しかっただろう。お恵が目を奪われるのもわかる気がした。
「これだけの敷地にケシですか。暗黒斎先生と七篠先生だけの分ではありませんね」
「ええ、さすが坊っちゃん。このたび潮崎の薬屋の大店と取引をする事になりましてね。そこは鳴海屋さんと言うんですけど何件もの診療所と提携しているらしいんで、麻酔薬がたくさん必要なんだとかで、家族総出で収穫してるんですよ」
「その鳴海屋さんは本当にお薬問屋さんなんですね?」
「はい? そりゃそうでしょう。薬問屋以外にあっしのところに用のあるようなお人はお医者様くらいですからねぇ」
これはお恵の勘違いか、それとも甚六が完全に騙されていて微塵も疑っていないかどちらかだ。
「それにしてもこの量は凄いですね」
と、そこまで言ったところで、ケシ畑の真ん中で酉五郎が立ち上がった。
「卯兄ぃ。松兄かー?」
「ああ、そうだよー」
すいすいとこちらまでやってきた酉五郎に卯一郎が妙な事を言った。
「お恵ちゃんは?」
「えっ? お恵ちゃん?」
驚いたのは甚六と松太郎だ。二人ともここにお恵が来たことを知らない。
「えっと、もう満足したからって先に帰った」
お恵が満足して帰っただと? そんなことはありえない。あの好奇心の塊だ、何かを見つけたに決まっている。
その時、辰二郎の大声が家の方から聞こえて来た。
「おーい、父ちゃん。お客さんだよ」
「わかった、今行く」
一言叫ぶと、松太郎に少しここで待つように言って家の方へ行ってしまった。残された松太郎、卯一郎、酉五郎の間に妙な空気が流れた。
「お恵ちゃんはどうした?」
松太郎が極力優しく言うと、酉五郎は泣きそうになりながらボソボソと話した。
「だから、先に帰ったって。そう言えって言われた」
――やっぱり。
「お前まさかあの枸杞の茂みを教えたんじゃないだろうな」
「ごめんなさい」
卯一郎は大きなため息をつくと踵を返した。
「父ちゃんに言って来る。お前はここで松太郎と一緒に待ってろ」
卯一郎がいなくなると、松太郎は「枸杞の茂みって何のことだ?」と聞いた。酉五郎は「こっち」と松太郎の手を引いた。
「ほら、ここだけ少し茂みが途切れてるでしょ。ここから向こう側に行けるんだ。だけど枸杞の棘が凄くて、ここを通ると袖が破れちまうから絶対通るなって父ちゃんと母ちゃんに口うるさく言われてるんだ。それを言ったら、お恵ちゃんがおいらに戻るように言ってここを通って行っちゃったんだ」
「そうですか……お恵ちゃんは甚六さんに通るなとは言われてませんからね。そして私も」
「え?」
「人が通った跡がある。お恵ちゃんのものです。私も向こう側に行ってみます。酉五郎は通るなと言われているのですからそこにいないと駄目ですよ」
松太郎はおもむろに屈むと、その枸杞の茂みの中に入って行った
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