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第十二章 危機一髪
第四十六話
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午三郎が卯一郎を小走りで迎えた。
「卯兄、お恵ちゃんて? 来てたの?」
「ああ、お前忙しそうだったから酉五郎に案内させてたんだ」
「ダメだよ酉五郎は。あいつ枸杞の茂みが大好きなんだ」
卯一郎が眉根を寄せた。
「枸杞の茂みに一カ所だけ植えてないところがあるのは知ってるか」
「うん。酉五郎くらいしか通れないような細い隙間だけど、枸杞は棘だらけで危ないからぜっていに入るなって言ってある」
「だからあいつは通らなかったんだ。その代わりお恵ちゃんが行っちまった」
三郎太は頭を抱えた。お恵ちゃんなら当たり前だ。
「それだけじゃねえ、それを聞いた松太郎も後を追ったんだ」
「松太郎も来てたんだね」
悠は落ち着き払って確認した。
「はい、あとから坊っちゃんがいらして」
「その枸杞の茂みに案内してくれるかい?」
「もちろんです。こちらです。辰二郎と羊四郎は畑にいろ」
子供たちを残して大人だけで枸杞の方へ向かった。歩きながら甚六は「あの」と遠慮気味に聞いて来た。
「鳴海屋さんが薬問屋じゃないっていうのは本当なんですか」
「ええ、あたしが実際に賭博をやっているところに乗り込んで博打うちましたからねぇ。そこでぼろ儲けしたらアヘン船に乗せられたんです。あたしは刻み煙草を詰めた煙管を持っていたもんでね、そっちをふかして演技していたんですけど、鳴海屋さんに詰められたものを七篠先生に鑑定して貰ったら、アヘンだって言うんですよ。それでどれくらいの規模のケシ畑を作っているのかこの目で確かめようと思いましてねぇ。あたしも好奇心が旺盛なもんですから」
「実は……」甚六が絞り出すように言った。
「昨日聞かれたんですよ、本当に鳴海屋さんは薬問屋なのかって」
「七篠先生にですか」
「ええ、そうです。聞かれて初めて自分が全く疑っていなかったことに気づきまして。もしも薬問屋じゃなかったら大変な事になる。こんな長閑な町でそんなこと思いつかないじゃないですか。言われたまま信じてしまったんですよ」
「甚六さん、お前さんも人がいい。この三郎太みたいにね。人を疑うってことをしない。あたしなんか会う人みんな疑ってかかりますからね。あなたのそれは美点ですよ」
そりゃあ、父親をあんな形で目の前で殺された悠ならそうもなるだろう。まして今は勝五郎親分の風として働いている。人を疑うなという方が無理だ。
「こちらです。子供たちは知りませんので」
なぜか母屋からつながる薬小屋の方に案内された。そこには小さな引き戸があり、そこから中に入ると左へ向かえば母屋から続く薬小屋の方へ行けるが右にも通路が続いている。怪訝に思いながらも甚六の行く右の通路の方へ行くとまた引き戸がある。
「この通路を通ると枸杞の茂みの向こう側に出られるんです」
「なんでそんなことをする必要があるんです?」
「ここの向こうが七篠診療所だからです」
やっぱり繋がっていたか――悠は声にこそ出さなかったが小さくため息をついた。
「それで昨日の晩、鳴海屋さんは本当に薬問屋なのかと問い詰められて、そこでやっと騙されているのかもしれないと気づいたんです」
三郎太が甚六より一つ分高い位置にある頭をひょこッと下げて首を傾げた。
「昨日の晩? 七篠先生に会ったのかい?」
「七篠はあっしの女房なんです」
これには悠も三郎太も言葉が出なかった。
「そのことはお子さんたちはご存じなんですか」
「いえ、知りません。だから枸杞から先は行っちゃいけねえって言ってあるんです。時が来たら話そうとは思ってるんですが、今はまだ母ちゃんが人を殺していると勘違いされても困りますし。楢岡の町の飯屋で働いていることにしています」
「本当のおかみさんの名前はなんて言うんだい?」
「詩乃です」
「嫌じゃ有馬の水天宮。おいら意味が通じちまった」
悠がチラリと三郎太の方に頭を傾けると、耳の石がサラリと揺れた。
「卯一郎、辰二郎、午三郎、羊四郎、酉五郎、そんであんたが甚六、順番で行くと次は七だ。それで七篠先生ってんだな」
「ああ……なんで早く気付かなかったんだい、あたしとしたことが」
赤芽柏で完全に視界を遮られた通路を曲がるとそこには人が住めるような建物があった。
「ここが七篠診療所の裏口です」
誰かの声がする。お恵と松太郎だろうか、そこに七篠先生も含まれているのだろうか。物陰に隠れながら近づくと、どうやら大人の男のような声だ。
「さっきのガキどもはどうした」
「伍助が二人まとめて柿ノ木川に運んで行きました。そのまま川に投げ込めば死体も上がりませんよ」
「そうか。七篠先生にも悪いが同じ道をたどって貰うよ。知られたからには生かしちゃおけねえからな」
何かうめき声が聞こえる。七篠先生は恐らく猿ぐつわをされて手足を縛られているのだろう。そのまま川に放り込めばお陀仏だ。
それにしても琴次はどうしたのだろうか? 七篠診療所に向かったはずだが。その伍助とやらが連れ去った後だったのだろうか。
「三郎太の兄さん、栄吉さんを呼んどくれ」
「合点承知の助」
三郎太が懐から笛を出そうとした瞬間、呼びもしないうちから栄吉が縁側から音も立てずに入って来た。どうやら屋根に上っていたらしい。下りて来るなり報告をしていた男の首の後ろに一発浴びせ、ガクリと膝を折ったところに玄関にあった水瓶を水ごと頭にかぶせた。彼は自分に何が起こったのかわからないようだった。
もう一人報告を受けていた方の男はそれを目の当たりにして動けずにいたが、栄吉の拳が片耳を直撃した。彼は顔から壁に突っ込み、前歯数本を折って口元を血みどろにして倒れた。
その間に三郎太は七篠先生の手足を自由にし、悠は猿ぐつわを急いで外した。急がないとお恵と松太郎が土左衛門になってしまう。
「二人を縛り上げておけ」
三郎太と悠に指示を飛ばして、栄吉はすぐに診療所を飛び出した。
「卯兄、お恵ちゃんて? 来てたの?」
「ああ、お前忙しそうだったから酉五郎に案内させてたんだ」
「ダメだよ酉五郎は。あいつ枸杞の茂みが大好きなんだ」
卯一郎が眉根を寄せた。
「枸杞の茂みに一カ所だけ植えてないところがあるのは知ってるか」
「うん。酉五郎くらいしか通れないような細い隙間だけど、枸杞は棘だらけで危ないからぜっていに入るなって言ってある」
「だからあいつは通らなかったんだ。その代わりお恵ちゃんが行っちまった」
三郎太は頭を抱えた。お恵ちゃんなら当たり前だ。
「それだけじゃねえ、それを聞いた松太郎も後を追ったんだ」
「松太郎も来てたんだね」
悠は落ち着き払って確認した。
「はい、あとから坊っちゃんがいらして」
「その枸杞の茂みに案内してくれるかい?」
「もちろんです。こちらです。辰二郎と羊四郎は畑にいろ」
子供たちを残して大人だけで枸杞の方へ向かった。歩きながら甚六は「あの」と遠慮気味に聞いて来た。
「鳴海屋さんが薬問屋じゃないっていうのは本当なんですか」
「ええ、あたしが実際に賭博をやっているところに乗り込んで博打うちましたからねぇ。そこでぼろ儲けしたらアヘン船に乗せられたんです。あたしは刻み煙草を詰めた煙管を持っていたもんでね、そっちをふかして演技していたんですけど、鳴海屋さんに詰められたものを七篠先生に鑑定して貰ったら、アヘンだって言うんですよ。それでどれくらいの規模のケシ畑を作っているのかこの目で確かめようと思いましてねぇ。あたしも好奇心が旺盛なもんですから」
「実は……」甚六が絞り出すように言った。
「昨日聞かれたんですよ、本当に鳴海屋さんは薬問屋なのかって」
「七篠先生にですか」
「ええ、そうです。聞かれて初めて自分が全く疑っていなかったことに気づきまして。もしも薬問屋じゃなかったら大変な事になる。こんな長閑な町でそんなこと思いつかないじゃないですか。言われたまま信じてしまったんですよ」
「甚六さん、お前さんも人がいい。この三郎太みたいにね。人を疑うってことをしない。あたしなんか会う人みんな疑ってかかりますからね。あなたのそれは美点ですよ」
そりゃあ、父親をあんな形で目の前で殺された悠ならそうもなるだろう。まして今は勝五郎親分の風として働いている。人を疑うなという方が無理だ。
「こちらです。子供たちは知りませんので」
なぜか母屋からつながる薬小屋の方に案内された。そこには小さな引き戸があり、そこから中に入ると左へ向かえば母屋から続く薬小屋の方へ行けるが右にも通路が続いている。怪訝に思いながらも甚六の行く右の通路の方へ行くとまた引き戸がある。
「この通路を通ると枸杞の茂みの向こう側に出られるんです」
「なんでそんなことをする必要があるんです?」
「ここの向こうが七篠診療所だからです」
やっぱり繋がっていたか――悠は声にこそ出さなかったが小さくため息をついた。
「それで昨日の晩、鳴海屋さんは本当に薬問屋なのかと問い詰められて、そこでやっと騙されているのかもしれないと気づいたんです」
三郎太が甚六より一つ分高い位置にある頭をひょこッと下げて首を傾げた。
「昨日の晩? 七篠先生に会ったのかい?」
「七篠はあっしの女房なんです」
これには悠も三郎太も言葉が出なかった。
「そのことはお子さんたちはご存じなんですか」
「いえ、知りません。だから枸杞から先は行っちゃいけねえって言ってあるんです。時が来たら話そうとは思ってるんですが、今はまだ母ちゃんが人を殺していると勘違いされても困りますし。楢岡の町の飯屋で働いていることにしています」
「本当のおかみさんの名前はなんて言うんだい?」
「詩乃です」
「嫌じゃ有馬の水天宮。おいら意味が通じちまった」
悠がチラリと三郎太の方に頭を傾けると、耳の石がサラリと揺れた。
「卯一郎、辰二郎、午三郎、羊四郎、酉五郎、そんであんたが甚六、順番で行くと次は七だ。それで七篠先生ってんだな」
「ああ……なんで早く気付かなかったんだい、あたしとしたことが」
赤芽柏で完全に視界を遮られた通路を曲がるとそこには人が住めるような建物があった。
「ここが七篠診療所の裏口です」
誰かの声がする。お恵と松太郎だろうか、そこに七篠先生も含まれているのだろうか。物陰に隠れながら近づくと、どうやら大人の男のような声だ。
「さっきのガキどもはどうした」
「伍助が二人まとめて柿ノ木川に運んで行きました。そのまま川に投げ込めば死体も上がりませんよ」
「そうか。七篠先生にも悪いが同じ道をたどって貰うよ。知られたからには生かしちゃおけねえからな」
何かうめき声が聞こえる。七篠先生は恐らく猿ぐつわをされて手足を縛られているのだろう。そのまま川に放り込めばお陀仏だ。
それにしても琴次はどうしたのだろうか? 七篠診療所に向かったはずだが。その伍助とやらが連れ去った後だったのだろうか。
「三郎太の兄さん、栄吉さんを呼んどくれ」
「合点承知の助」
三郎太が懐から笛を出そうとした瞬間、呼びもしないうちから栄吉が縁側から音も立てずに入って来た。どうやら屋根に上っていたらしい。下りて来るなり報告をしていた男の首の後ろに一発浴びせ、ガクリと膝を折ったところに玄関にあった水瓶を水ごと頭にかぶせた。彼は自分に何が起こったのかわからないようだった。
もう一人報告を受けていた方の男はそれを目の当たりにして動けずにいたが、栄吉の拳が片耳を直撃した。彼は顔から壁に突っ込み、前歯数本を折って口元を血みどろにして倒れた。
その間に三郎太は七篠先生の手足を自由にし、悠は猿ぐつわを急いで外した。急がないとお恵と松太郎が土左衛門になってしまう。
「二人を縛り上げておけ」
三郎太と悠に指示を飛ばして、栄吉はすぐに診療所を飛び出した。
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